竜宮城
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人魚姫の母親から招待された。宮殿は海中だという。どうやって人間が空気無しに海の中に行けるのか。ミナミは疑問を口にした。
『大丈夫です。女王様の宮殿内は陸と同じです』
近衛の司令官が説明する。問題はそこまで行く方法だ。宮殿からの迎えは亀ではなかった。巨大ジンベエザメの平らな背の上に乗り、皇子が水を通さない物理結界を張ることにする。
ご招待を受けるメンバーは皇子一行と魔法騎士たちだ。船長と乗組員、皇国の翁の手下たちは行かない。人魚に対する恐怖心が大きいからだ。彼らに見送られ、ジンベエザメは船を離れた。
「浦島太郎だわ…」
ジンベエ号は海中遊覧船と潜水艦を合わせた感じだ。他の人たちは大興奮している。皇子も結界を維持しながら周囲を物珍しそうに眺めていた。普通、海の中を見ることはないからだろう。
とにかく透明度が半端ない。魚の群れも宙を飛ぶかのようだ。近衛たちはイルカやサメに乗って先導する。姫は泣く泣く指揮官のサメに同乗させられていた。
30分ばかりで宮殿が見えた。皇子によると隠蔽結界を通過していたらしい。なかなか魔法が進んでいる。女王が住まう海の宮殿は中華風だった。人魚姫が全裸だったので、もっと開放的なギリシャっぽい宮殿を想像していた。行き交う人魚たちはちゃんと服を着ている。
『ようこそ人魚の国へ。歓迎いたします。人族の殿』
奈良時代の宮女のような服を着た、二足歩行の人魚が出迎えてくれる。宮殿の中は空気があった。外から来る人魚はどうするのだろう。ずぶ濡れで入ってくるのか。
宴会場へ案内される。皇子は普通に歩いているが魔法騎士たちは居心地が悪そうだ。ミナミはこっそり訊いた。
「どしたの?トイレ?」
「いえ、あの…女性ばかりだな、と」
そう言えば、男の人魚がいない。侍女、下働き、警備兵。全て女だ。姫は近衛と別の建物へ入っていった。子供の人魚の宮だそうだ。そちらには男の子もいるのかもしれない。
やがて大きな宴会場に着いた。扉が開かれ、中に通される。
『人族の殿とその御家来衆でございます!』
アナウンスが微妙に間違っているが、皆には分からない。正面の遥か向こうに玉座があった。
『人魚族の女王陛下です』
案内の人魚が紹介する。女王は緑の髪の20代後半とも、30代半ばともとれる美女だった。豪華な着物を何枚も重ね着して、ゆったりと玉座の肘掛にもたれている。
『此度は我が娘が大層世話になった。また近衛が迷惑をかけたこと、許してたもれ』
鈴を振るような美しい声だ。皇子は優雅に一礼した。
「不幸な行き違いだ。こちらこそ、ご招待感謝する。女王陛下」
『心ばかりの宴ぞ。楽しまれよ』
女王は皇子を隣に座らせた。ミナミ、リコリス、ヒナ、ノアも横に並ぶ。魔法騎士たちは一段下に座った。見た目も綺麗な料理が次々に給仕され、果物のジュースみたいな飲みが振舞われる。大人は酒だ。生演奏に合わせて、鯛や鮃の舞い踊りならぬ美女たちが舞い踊る。酒が入った騎士たちは楽しそうに見物していた。
『クラーケンが今年だけで3体発見されておる。異常な数じゃ』
女王と皇子はクラーケンについて情報を交換している。
「あれも魔獣であろう。やはり瘴気から生まれるのか?」
『いや。海に瘴気溜まりは無い。どうやって生まれるかは誰も知らぬ』
沈んだ顔で女王は杯を傾けた。そこへ人魚姫がやってきた。乙姫風の着物を着て、なんと二足歩行をしている。
『背の君!』
抱き着かんばかりの勢いで皇子に近づく。女王は姫を窘めた。
『これマリエル。客人に失礼な』
『母上。私、運命の伴侶を見つけました!』
『…相手の意思も確かめずにそのような事を』
常識的な母親で良かった。だが非常識な娘は皇子にのたもうた。
『背の君も同じ気持ちですよね?』
「俺は陸にしか住めぬ。姫は海にしか住めぬ。どうやって添い遂げるのだ?」
しらっと皇子に言われ、姫はよろめいた。種族の壁に気づいたらしい。とたんに変化の魔法が解けたらしく、姫の下半身は魚化した。どさりと倒れる前に、素早く皇子が受け止める。
『やはり人化の魔法はまだまだじゃな。下がりゃ』
呆れた女王は姫に退出を命じた。皇子は思い出したように訊いた。
「姫は亜人の会議に出席するとか。人化できずにどうされるつもりだったのだ?」
『従者にかけさせるのよ。会議は延期じゃ。エルフの王女も行方知れずだそうな』
各亜人の王族が数年に一度集まって、平和裏に揉め事を解決する。それが亜人会議だ。大体、跡継ぎの若い王族が派遣されるそうだ。あんなんで人魚姫は王太女らしい。ミナミは人魚族の未来が心配になった。
◇
宴も半ば、女王の下に小姓が何事か耳打ちしていった。皇子の優れた聴覚は聞き取ってしまった。
『王子殿下の御加減が急変いたしました』
女王は少し外すと言って席を立った。足早に宮殿の奥へと向う。皇子は土人形に“影渡り”で跡をつけさせた。
奥まった一室に医師や女官らしき者がいた。女王はベッドに横たわる子供の手を取った。
『坊や。起きておくれ…』
それは臨終の床であった。女王は先ほどまでにこやかに接待をしていた。その陰で息子が死にかけていたのだ。




