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イザベラ覚醒

            ◆




 その夜、王城は静かな緊張に包まれていた。王太子は作戦本部の椅子にただ座っている。父と母も同様だ。黙って待っている。


 待つことしかできない。自らは動けない立場だ。家族に辛い時間が過ぎてゆく。


「ノバリザイア侯爵令嬢の魔力波を検知!」


 宮廷魔法士団の観測士が声を上げた。老師が立ち上がった。


「間もなく到着されます」


「医師の準備を。魔法医師も呼べ」


「はっ!」


 静かだった本部が動き出す。姫を迎える為の侍女や医師らが部屋に入って来る。


 部屋の中央に、真っ黒な影が浮かぶ。すると王女を抱えた侯爵令嬢が現れた。


「ユリア!!」


 王と王妃が眠る王女を受け取った。すぐに医師が脈を取り、「問題ございません」と笑顔で言った。場の緊張が一気に解ける。王国はようやく王女を奪還したのだ。


「イザベラ?どうしたの?」


 影から出た令嬢の様子がおかしいことに、王太子が気づく。紙のように真っ白な顔色で床に手を付いている。そのまま、ぱたりと横倒しに倒れた。


「いかん!魔力切れじゃ!」


 老師が慌てて魔法医師に治療をさせるが、どんどん脈が遅くなる。彼女は治療室へ運ばれた。

 

「老師!一体何が?」


 付き添うこともできず、王太子は老師に説明を求めた。


「“影渡り”は膨大な魔力を必要とする。故にできる魔法士はほとんどいない。ましてや、生きた人間を運ぶなど前例が無い。どれほど魔力を食うのか分からなかったのじゃ」


「でも襲撃犯は…」


 多くの人間を闇魔法で送り込んだのではなかったのか。王太子はそう聞いた。


「“影渡り”以外の何かだったのだろう。魔道具か、魔力を増幅させる触媒を使ったか。いずれにしても令嬢の魔力は枯渇してしまった。同じ属性魔力を供給できれば良いのだが、あいにく闇属性持ちがいない」


 モーリーしかおらんな、と言って老師は黙った。


「…何から何まであやつ頼みか。情けない」


 王が眉間を揉みながら言う。彼がいなければ、妹も令嬢も救えないとは。王太子は悔しさに唇を噛んだ。




            ◇




 国境近くの攻防は続いていたが、大勢は決まった。魔法騎士が館を制圧した。皇子が対していた闇魔法士は痛みに呻いて倒れている。


 王女に化けたリコリスは気を失った振りをしていた。皇子の合図で敵の腹に短刀を突き立て、雷魔法を傷口にぶち込んだ。幼い少女の姿にまんまと騙された闇魔法士は、血を吐きながら皇子たちを睨んだ。


「おのれ…このままで終わると…思…」


「やかましい」


 皇子は一太刀で闇魔法士の首を刎ねた。後々面倒そうなので、こいつは殺しておく。その思考は決して聖人ではない。冷徹な武人だった。


「宮様。首は持って帰りますか?」


 元に戻ったリコリスが訊く。首実検のための氷漬けにして持ち帰ることにする。体は浄化をかけてから燃やした。


「侯爵令嬢が気になる。俺たちは先に戻るぞ」


「はっ!館の捜索が終わり次第、帰還します!」


 主将騎士に後事を託すと、皇子は仲間を連れて影に潜った。彼の身体のどこかに触れていれば良いと言ったのに、ミナミはぎゅうぎゅうと腕に引っ付いている。リコリスは手を繋いで欲しいと言う。


「怖い怖い怖い…」「わあ!真っ暗ですね!」


 右腕にミナミを絡ませ、左手でリコリスを引きながら王城に戻った。令嬢の魔力波の跡を追って外に出ると、王や王太子がぎょっとしていた。作戦本部だったらしい。


「モーリー?!」


 王太子の表情から何か問題があったことが分かる。


「ええい、いい加減離れろ!…何があった?」


 2人を剥がし、王太子に事情を訊く。侯爵令嬢が魔力切れで倒れたという。闇属性の魔力が要るというので治療室に向かった。確かに令嬢の魔力は底を尽いていた。


「無理をさせたな。悪かった」


 リコリスの“身代わり”と令嬢の“影渡り”が無ければ、作戦は成り立たなかった。詫びながら闇属性の魔力を分ける。やがて令嬢の容体も落ち着いた。付き添いはミナミたちに任せて、皇子は本部に戻った。

 

「誘拐犯はどうした?」


 王が訊いてきた。王太子も老師も報告を聞きたそうな顔をしているが、さすがの皇子も疲れていた。


「殺した。後で魔法騎士団が首を持ってくる」


「あっさり言うね…。正体は分かったの?」


 王太子が呆れた顔で言った。


「分からん。尋問用に捕虜もいる」


 とりあえず報告は明日にさせてもらう。部屋を出ていこうとすると、老師に呼び止められた。


「先ほどミーナとリコリスを連れて“影渡り”をしたな?大丈夫なのか?」


 平気だと言うと、3人とも奇妙な顔をしていた。もうすぐ夜明けだ。皇子は城内の部屋を借りて休んだ。




            ♥




 侯爵令嬢が目を覚ました時、横にミナミとリコリスが寝ていた。驚いて声をかけると2人は起きた。


「元気になって良かったね!…あれ?イザベラちゃん、目、どうしたの?」


 ミナミが令嬢の顔をまじまじと見て言う。リコリスも驚いている。どうやら瞳の色が変わったらしい。


「紫と黒のグラデーションになってる」


「これはこれで綺麗ですね」

 

 魔法医師が診察に来たので訊いてみたが、よく分からないと言う。闇魔法を使いすぎた後遺症かもしれない。

 

 娘たちは湯あみをして、王妃が用意したドレスを着た。王から昼餐に招待をされたからだ。すっかり元気になったイザベラは、ミナミやリコリスとおしゃべりしながら会場へ向かった。

 共に戦ったこの3人には、身分を超えた友情ができていた。コンプレックスだった闇魔法も黒髪も、今の令嬢には誇るべきものになっている。


「イザベラ?!その目は…」


 昼餐の席に着くやいなや、王太子が気づく。令嬢は穏やかに微笑んだ。


「少し変わってしまいましたが、ちゃんと見えています」


「ならば良い。令嬢にはすっかり世話になってしまった。礼を言う」


 向かいに座る美貌の魔法士が頭を下げる。皆、彼の見た目を特別視するが、令嬢は暖かい人柄の方が好きだった。


「とんでもございません。お役に立てて嬉しゅうございます」


「この恩は忘れぬ。俺にできることがあれば何でも言ってくれ」


 義理堅い申し出に、令嬢はならばと答えた。


「ではモーリー様の弟子にしてくださいませ。闇魔法をもっと習いたいのです」


「「「えっ?!」」」


 王太子、ミナミ、リコリスが声を揃えて驚く。言われた当人も目を見開いている。侯爵令嬢イザベラ・ノバリザイアは魔法士として覚醒したのだった。

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