イザベラ覚醒
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その夜、王城は静かな緊張に包まれていた。王太子は作戦本部の椅子にただ座っている。父と母も同様だ。黙って待っている。
待つことしかできない。自らは動けない立場だ。家族に辛い時間が過ぎてゆく。
「ノバリザイア侯爵令嬢の魔力波を検知!」
宮廷魔法士団の観測士が声を上げた。老師が立ち上がった。
「間もなく到着されます」
「医師の準備を。魔法医師も呼べ」
「はっ!」
静かだった本部が動き出す。姫を迎える為の侍女や医師らが部屋に入って来る。
部屋の中央に、真っ黒な影が浮かぶ。すると王女を抱えた侯爵令嬢が現れた。
「ユリア!!」
王と王妃が眠る王女を受け取った。すぐに医師が脈を取り、「問題ございません」と笑顔で言った。場の緊張が一気に解ける。王国はようやく王女を奪還したのだ。
「イザベラ?どうしたの?」
影から出た令嬢の様子がおかしいことに、王太子が気づく。紙のように真っ白な顔色で床に手を付いている。そのまま、ぱたりと横倒しに倒れた。
「いかん!魔力切れじゃ!」
老師が慌てて魔法医師に治療をさせるが、どんどん脈が遅くなる。彼女は治療室へ運ばれた。
「老師!一体何が?」
付き添うこともできず、王太子は老師に説明を求めた。
「“影渡り”は膨大な魔力を必要とする。故にできる魔法士はほとんどいない。ましてや、生きた人間を運ぶなど前例が無い。どれほど魔力を食うのか分からなかったのじゃ」
「でも襲撃犯は…」
多くの人間を闇魔法で送り込んだのではなかったのか。王太子はそう聞いた。
「“影渡り”以外の何かだったのだろう。魔道具か、魔力を増幅させる触媒を使ったか。いずれにしても令嬢の魔力は枯渇してしまった。同じ属性魔力を供給できれば良いのだが、あいにく闇属性持ちがいない」
モーリーしかおらんな、と言って老師は黙った。
「…何から何まであやつ頼みか。情けない」
王が眉間を揉みながら言う。彼がいなければ、妹も令嬢も救えないとは。王太子は悔しさに唇を噛んだ。
◇
国境近くの攻防は続いていたが、大勢は決まった。魔法騎士が館を制圧した。皇子が対していた闇魔法士は痛みに呻いて倒れている。
王女に化けたリコリスは気を失った振りをしていた。皇子の合図で敵の腹に短刀を突き立て、雷魔法を傷口にぶち込んだ。幼い少女の姿にまんまと騙された闇魔法士は、血を吐きながら皇子たちを睨んだ。
「おのれ…このままで終わると…思…」
「やかましい」
皇子は一太刀で闇魔法士の首を刎ねた。後々面倒そうなので、こいつは殺しておく。その思考は決して聖人ではない。冷徹な武人だった。
「宮様。首は持って帰りますか?」
元に戻ったリコリスが訊く。首実検のための氷漬けにして持ち帰ることにする。体は浄化をかけてから燃やした。
「侯爵令嬢が気になる。俺たちは先に戻るぞ」
「はっ!館の捜索が終わり次第、帰還します!」
主将騎士に後事を託すと、皇子は仲間を連れて影に潜った。彼の身体のどこかに触れていれば良いと言ったのに、ミナミはぎゅうぎゅうと腕に引っ付いている。リコリスは手を繋いで欲しいと言う。
「怖い怖い怖い…」「わあ!真っ暗ですね!」
右腕にミナミを絡ませ、左手でリコリスを引きながら王城に戻った。令嬢の魔力波の跡を追って外に出ると、王や王太子がぎょっとしていた。作戦本部だったらしい。
「モーリー?!」
王太子の表情から何か問題があったことが分かる。
「ええい、いい加減離れろ!…何があった?」
2人を剥がし、王太子に事情を訊く。侯爵令嬢が魔力切れで倒れたという。闇属性の魔力が要るというので治療室に向かった。確かに令嬢の魔力は底を尽いていた。
「無理をさせたな。悪かった」
リコリスの“身代わり”と令嬢の“影渡り”が無ければ、作戦は成り立たなかった。詫びながら闇属性の魔力を分ける。やがて令嬢の容体も落ち着いた。付き添いはミナミたちに任せて、皇子は本部に戻った。
「誘拐犯はどうした?」
王が訊いてきた。王太子も老師も報告を聞きたそうな顔をしているが、さすがの皇子も疲れていた。
「殺した。後で魔法騎士団が首を持ってくる」
「あっさり言うね…。正体は分かったの?」
王太子が呆れた顔で言った。
「分からん。尋問用に捕虜もいる」
とりあえず報告は明日にさせてもらう。部屋を出ていこうとすると、老師に呼び止められた。
「先ほどミーナとリコリスを連れて“影渡り”をしたな?大丈夫なのか?」
平気だと言うと、3人とも奇妙な顔をしていた。もうすぐ夜明けだ。皇子は城内の部屋を借りて休んだ。
♥
侯爵令嬢が目を覚ました時、横にミナミとリコリスが寝ていた。驚いて声をかけると2人は起きた。
「元気になって良かったね!…あれ?イザベラちゃん、目、どうしたの?」
ミナミが令嬢の顔をまじまじと見て言う。リコリスも驚いている。どうやら瞳の色が変わったらしい。
「紫と黒のグラデーションになってる」
「これはこれで綺麗ですね」
魔法医師が診察に来たので訊いてみたが、よく分からないと言う。闇魔法を使いすぎた後遺症かもしれない。
娘たちは湯あみをして、王妃が用意したドレスを着た。王から昼餐に招待をされたからだ。すっかり元気になったイザベラは、ミナミやリコリスとおしゃべりしながら会場へ向かった。
共に戦ったこの3人には、身分を超えた友情ができていた。コンプレックスだった闇魔法も黒髪も、今の令嬢には誇るべきものになっている。
「イザベラ?!その目は…」
昼餐の席に着くやいなや、王太子が気づく。令嬢は穏やかに微笑んだ。
「少し変わってしまいましたが、ちゃんと見えています」
「ならば良い。令嬢にはすっかり世話になってしまった。礼を言う」
向かいに座る美貌の魔法士が頭を下げる。皆、彼の見た目を特別視するが、令嬢は暖かい人柄の方が好きだった。
「とんでもございません。お役に立てて嬉しゅうございます」
「この恩は忘れぬ。俺にできることがあれば何でも言ってくれ」
義理堅い申し出に、令嬢はならばと答えた。
「ではモーリー様の弟子にしてくださいませ。闇魔法をもっと習いたいのです」
「「「えっ?!」」」
王太子、ミナミ、リコリスが声を揃えて驚く。言われた当人も目を見開いている。侯爵令嬢イザベラ・ノバリザイアは魔法士として覚醒したのだった。




