姫とネズミ
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夕方に馬車を降ろされ、姫はまた監禁された。誘拐されて7日くらいだろうか。今日も助けは来ない。
攫われたあの日、後宮の庭で見た黒髪の男は想い人とは別人だった。似ていたのは髪色と背の高さだけで、顔立ちは全く違っていた。
男は粗末ながらも食事や水は与えてくれる。だが朝な夕なに現れては、決して助けは来ない、お前は見捨てられたのだと言い、姫の心を抉った。
姫の食事や身の回りの世話をする女も、「はい」か「いいえ」か「わかりかねます」の言葉以外を発しない。話す相手がいないことが、こんなに寂しいものだとは知らなかった。知らず、目に映る物に話しかける癖がついてしまった。
「…あら、ねずみさん!いらっしゃいな!」
たまたま部屋の隅にいたネズミに声をかける。王城なら悲鳴を上げて騒いだろうが、汚い部屋に慣れてしまった。
珍しくネズミは姫に近づいて来た。小さなランプが一つきりの薄暗がりの中、姫は孤独な会話を続けた。
「パンくずがあるわよ。食べる?今夜の夕食も固いパンと水だけだったの。私、今までうんと美味しいご飯を食べてたのね。よく残して叱られてたわ…」
ネズミはパンくずには目もくれず、姫の周りをグルグルと走り回った。その奇妙な行動に姫ははっとした。
「あなた、もしかして私の言葉が分かるの?」
小さな頭が上下する。姫は興奮を押し殺した。助けが来たのだ。
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ノースフィルド王国東端の国境付近にその館はあった。周囲に人家は無く、深い森に囲まれていた。翁によると、そこに姫を乗せた馬車が夕刻に到着している。
夜半。ミナミは館の真下にいた。モグラの術で土中を掘り進め、リコリスの合図を待っている。彼女はスキル“身代わり”でネズミに変身し、姫との接触を試みていた。
「副長!合図来ました!」
聴力の強化に優れた騎士が、トンネルの壁から耳を離して言った。ネズミ(リコリス)の暗号を聞き取ったのだ。
「姫の位置を確認!ヴィレッジ副長の防護結界展開も確認できました!」
観測係が報告する。ミナミは皇子への作戦開始の合図を送るよう指示した。直ちに発光弾が上がる。
すると間を置かずに、轟音と振動がトンネルを揺らした。皇子が館を吹っ飛ばしたのだ。
「さあ、行くよ!」
ミナミは救出部隊を地上に送り込んだ。
◇
「副長からの合図来ました!」
皇子と魔法騎士団は夜空に打ちあがった光を見た。ミナミからの合図だ。皇子は特大の火球を館に放った。3階建ての館は半分ほどになる。崩れ落ち、燃える館から敵兵が飛び出してきた。魔法士もいる。水魔法で火を消そうと躍起になっていた。
「行くぞ」
攻撃部隊を率いて皇子は館を急襲した。混乱に陥った敵を蹴散らしつつ進む。
「姫はあそこです!」
救出部隊の魔法騎士が瓦礫を指さすと、防護壁の中に姫の姿があった。彼らは急いで瓦礫を取り除く。姫は爆破の衝撃で気を失っているようだった。皇子は倒れ伏す姫に近づいた。
「!?」
次の瞬間、闇魔法が空から降ってきた。黒く禍々しい雨が皇子の周りにだけ降り注ぐ。彼はとっさに光魔法の多重結界を張り、それを防いだ。
「へえ。あれを弾くのか。やるなあ」
目の前に黒ずくめの闇魔法士がいた。黒髪、赤目の男だ。王女を脇に抱えている。
この男が誘拐犯の首魁か。尋常でない魔力量だ。
「王女を返してもらおう」
皇子は怒りを露わにした。闇魔法士は馬鹿にしたように笑った。
「攻撃できるのか?お姫様に当たっちまうぞ」
「卑怯者め。子供を盾にするとは。1対1が怖いのか」
挑発するが、男は乗らない。
「卑怯で結構さ。お姫様は貰って行く。せいぜい追って来いよ」
真っ黒な穴が空間に出現する。男はそこに逃げ込もうとした。
「リコリス!」
皇子が大声で叫ぶ。すると王女が男を短剣で刺した。
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ネズミは不思議なリズムで床を蹴った。何度か繰り返した後、姫の方を向く。にいっと笑ったような気がした。するとネズミは少女に変身した。姫は驚いて口を押えた。
「ヴィレッジ子爵令嬢?」
見覚えがある。姫の想い人に仕える女騎士だ。彼女は跪くと小さな声で答えた。
「はい。助けに参りました、姫様」
姫の頬に涙が伝う。令嬢騎士は優しく王女を抱きしめた。
「よく頑張りましたね。もう大丈夫です。み…モーリー様が助けに来ていますよ」
「本当?」
信じられない思いでへたり込む。姫を攫った男は言っていた。王女誘拐の容疑で彼は牢に入れられたと。だから決して助けには来ないと。
「本当ですとも。ではお逃げください」
令嬢騎士はあっという間に王女に変身した。来ているドレスから何から瓜二つだった。
「姫様の身代わりに残ります」
「でもどうやって…」
「私がお運びしますわ」
訊きかけた時、床の影から声がした。すうっと1人の女性が現れる。ノバリザイア侯爵令嬢だった。
イザベラは王太子妃候補の高位貴族だ。そんな令嬢が助けに来た。子爵令嬢は身代わりになってくれる。外では想い人が救出作戦の指揮を取っているという。誘拐犯の言うことは嘘ばかりだった。王女はようやく微笑んだ。
「ありがとう。頼みます」
侯爵令嬢にしっかりと抱きつき、ゆっくりと影に入ると、そこは真の闇だった。怖くてぎゅっと目をつぶる。だがイザベラの魔力でできた闇は暖かかった。張り詰めた気持ちが緩み、王女はいつの間にか眠ってしまった。




