捕らえられた皇子
◇
「“腐食”に光魔法が効かない、ですか?」
聖女はベールを揺らして首を傾げた。
修行の合間の休憩中に、皇子は魔獣が放った闇魔法の話をした。己が闇魔法に飲まれそうになった時、様々な光魔法を試したが効かなかった。“再生”も効きが悪かった。しかし、身代わりとなったリコリスには効いた。その差は何なのか。未だに解明できていなかった。
「おかしいですね。“腐食”には光魔法が効くはずです」
「だが俺自身には効かなかったのだ。他人には効いたのだが。なぜだと思う?」
見えぬ目は真実を見通す。皇子は聖女に助言を乞うた。
「…失礼ですが、モーリー様はご自身を愛していらっしゃいますか?」
思いもがけない事を言われ、言葉が出ない。
「光魔法の真髄は愛です。他者を愛せない人間には、決して授けられない属性なのです」
聖女曰く、光魔法は魔力と愛で構成されている。民への愛、主君への愛、神への愛。親や子への愛でも良い。愛するものを救わんとする時、最大の効果を発揮する。
「魔法が効かないのは、どうしても愛せない相手です。神官も人間ですから。そんな時もあります」
珍しくころころと笑いながら聖女は言った。その後、皇子は宿題を出された。
「ご自身を愛せない理由をお考えください。まずはそこからです」
◇
神殿から老師の屋敷の戻ると、王城からの使者が待っていた。至急参内すべしと告げられる。ミナミは学園に行っている。リコリスは魔法騎士団の訓練の手伝いだ。皇子は1人で王城に向かった。
また何か問題が発生した気がする。迎えに来た使者は終始無言だ。話は王がすると言って事情を教えない。
(自分を愛する…)
馬車の中で、聖女に言われた言葉を反芻する。どんなに追い詰められた時でも、懸命に活路を見出そうと足掻いた。自暴自棄は皇子の最も厭うものだ。そういうことではないのか。
物思いに耽っているうちに王城に着いた。
馬車を降り、案内の小姓に連れられ、長い廊下を歩かされる。
「いつもの部屋ではないのか?」
見覚えのない順路なので訊く。小姓は慌てて答えた。
「本日はこちらでと」
しばらく行くと、微かに鎧や剣がぶつかる音が聞こえる。皇子は警戒して立ち止まった。
(しまった。嵌められた)
前後の角から兵の一群が現れる。既に抜刀している。皇子は何も持っていない。
「貴様がモーリーだな。王女誘拐の容疑で逮捕する!」
隊長らしき男が叫んだ。皇子は冷静に問うた。
「王女誘拐?ユリア姫が攫われたと?」
「ええい、白々しい!闇魔法が使える貴様にしかできぬ凶行だ!牢に引っ立てよ!」
皇子の両腕を兵が押さえようとするが、防壁で近寄れない。兵たちは困惑した。ただの宮中警護兵では無理だろう。縄を持って右往左往する姿が滑稽だった。
「抵抗はせぬ。牢に案内せよ」
簡潔に命じる。ぐぬぬ…と隊長らしき男は顔を赤くして怒っていたが、仕方なく皇子を取り囲んで歩き始めた。
◇
前世の皇子も宮中で捕らえられた。建武元年の冬だった。歌会に呼ばれ参内すると、多くの武士に囲まれた。罠だった。
必死に抵抗したが、武器も無く、たった1人ではどうしようもない。捕縛され、その後鎌倉に幽閉された。
命じたのは父帝だ。寵姫・阿野簾子と足利尊氏に“護良親王は帝位を狙っている”と唆されて。皇子は政争に負けたのだ。
◇
王城の外れだろう。幾つもの鉄の扉を通り、小さな窓が1つあるだけの地下牢に入れられた
「すぐに審問官が来る。覚悟しとけ」
隊長は、そう言い捨てて去っていった。
皇子は周囲を見回した。8畳ほどの広さの牢である。廊下に面する壁が鉄格子だ。石の床も寝台も汚い。とりあえず、“再生”で部屋中を真新しくした。することも無いので土魔法で椅子を作り腰かける。
(さて、どうしたものか)
ユリア姫が攫われたらしい。闇魔法が使える皇子が疑われている。王や王太子の命ではないだろう。脱出はいつでもできる。だが老師やミナミ、リコリスたちに反逆の汚名が着せられるかもしれない。そう考え、彼は一旦捕まったのだ。
やがて、審問官というより拷問官といった風体の一団が現れた。皇子の顔を見るなり舌なめずりをする。
「出ろ。罪人」
不快な笑い顔で命じてきた。皇子の大嫌いな人種だ。
「断る」
言うが早いか、防壁で鉄格子を覆う。もう牢の中には入れない。審問官どもの怒声が響いた。
「何しやがる!さっさと開けろ!」
「俺を出したくば王を連れてこい」
あまりに煩いので、遮音結界を張る。下郎どもは暫く喚いていたが、そのうち諦めて帰っていった。
小窓から入る光が弱くなった。もう夕暮れのようだ。どうせ食事も出まい。皇子は寝台に寝転んだ。
◇
皇子が目覚めると夜だった。遮音結界を解いても何の物音もしない。真夜中のようだ。
ふいに気配を感じ、誰何する。
「何者だ?」
すると、床の影から小さな声が聞こえた。女の声だ。
「モーリー様」
イザベラ・ノバリザイア侯爵令嬢が影から呼びかけてきた。
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~鎌倉宮~
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~永福寺跡~
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~比叡山延暦寺・三千院~
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~令和5年・護良親王祭~
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