闇魔法
◇
イザベラは声だけで姿は現さない。皇子は驚きつつも、再び遮音結界を張った。
「侯爵令嬢か?どうやってここに?」
「“影渡り”です。私が使える数少ない闇魔法ですわ」
彼の足元の影から、にゅうと籠が現れた。白い手がそれを押し上げている。
「お食事です。お腹がすいてたらと思って」
「ありがたい。しかし令嬢、なぜこんな真似を…」
籠を受け取りながら、淑女らしからぬ危険な行動を咎める。すると、令嬢の手が水晶球を床に置いた。
「ミーナ様からです。今、リコリス様とお二人でモーリー様をお救いする為に奔走してらっしゃいます」
「!」
「ご不自由でしょうが、しばしお待ちを。私たちも微力ながら協力いたします」
「…ありがとう」
皇子は何とも言えない温かい感情に満たされた。仲間が彼の為に手を尽くしてくれている。それだけで何でも堪えられると思えた。
イザベラはまた明日来ると行って消えた。「男性のお部屋にお邪魔するのは…」と最後まで顔は見せなかった。
◇
ミナミの伝言は短いものだった。
「はーい、ヨッシー。元気?今、各方面からヨッシーの釈放へ圧力かけてます。ちょっと待ってて。すぐ出したげるから。じゃね」
リコリスの言葉も入っていた。半分泣いている。
「宮様ぁ~!必ずお救い申し上げます!ううううえ~!」
また化粧が崩れている。皇子は笑った。最後に老師が映る。厳しい顔をしていた。
「モーリーよ。王城は今、情報統制に入っておる。参内は許された者しかできん。外からの圧力も限界がある。できれば牢に籠っていろ。暗殺も気をつけろ…と言って、お主が殺られるとも思えんが。まあ骨休めしてろ。籠に本も入れておいた」
魔法の本があった。老師の心遣いが嬉しかった。
(では俺も動くか)
仲間の言葉で元気が出た皇子は、土魔法で人形を作り出した。
◇
王太子宮。襲撃の痕跡はすでに無く、煌びやかな姿を取り戻していた。その主の寝室に、一際暗い影が生まれる。寝台には王太子が横になっている。夜着は着ていない。いつでも起きられるようにか。
影から女が出てくる。黒い髪、黒い瞳。侍女の格好をしている。
「起きろ」
赤い唇が声を発すると、王太子は目を覚ました。女はすかさずその口を押える。
「太子。事情を話してもらおうか」
分かったという風に王太子が頷く。女は手を離した。
「もしかして…モーリー?」
「そうだ」
王太子は起き上がって、まじまじと侍女姿の土人形を見た。
「生きているみたいだ。どことなく君に似てるね」
「それより早く教えろ。何が起きた?」
皇子は性急に訊く。
「ユリアが失踪した。おそらく攫われたと思う」
姫が最後に確認されたのは後宮の庭だった。一人東屋にいた姫は忽然と消えた。護衛も侍女も誰一人として気づかなかった。それが一昨日の夕方のことだ。丸1日王城内を捜索したが、今だ見つからない。
「それで闇魔法か。確かに説明がつかんな」
「君の逮捕が早すぎる。あの反王太子派の大臣の仕業だ。君に罪を擦り付ける気だろう」
「姫を攫い、その罪を俺に?あからさますぎる」
単純すぎて陰謀とも言えない。
「でも、すぐには釈放できない。…ごめんモーリー」
王太子は項垂れた。
「かまわん。いずれ暗殺者でも送り込んでくるだろう。敵が分かったら教える」
土人形は影に沈んでいった。皇子は次に王の執務室に向かった。
◆
王の執務室にはまだ明かりが付いていた。娘の捜索が続く中、眠れない二度目の夜だった。
「お茶をお持ちしました」
扉がノックされ、侍女の声がする。物思いに沈んでいた王は無意識に許可した。
いつもの侍女と違うが、気にせずカップに手を伸ばす。その手を侍女が押さえた。
「何を…」
「本当に王城の警備は大丈夫なのか?王よ」
はっとしてその顔を見る。黒髪黒目の美しい女だった。その口調に聞き覚えがある。
「モーリーか?」
「そうだ。先ほど太子の寝所に行った。誰も室内にいなかった。今も見知らぬ侍女を咎める者はいない」
女は顔をしかめて警備の穴を並べた。その表情が不遜な男にそっくりで、思わず笑ってしまう。
「…なるほど。いとも簡単に王族を狙えるわけだ。お前の言う通りだ。守りが薄いな」
「起きたことは仕方ない。一刻も早く姫を探さねば」
王は目を見張った。その容疑者として囚われているのに、捜索を手伝うと言うのか。女は腕を組んで机に広げられた城下の地図を見た。
「すでに城内にはいないな。城下の方はどうだ?」
姫の失踪が分かってから、すぐに城門の出入りを制限した。数百の兵を捜索に当たらせているが有力な情報はまだ無い。王の話を黙って聞いていた女は、冷めた茶を淹れなおした。それを差し出すと、
「飲め。それから少し寝ろ。そんな顔で明日、家臣の前に出られるか」
と説教をしてきた。女の姿だと不思議と優しく感じる。王は笑って茶を受け取った。
「渋いな」
「悪かったな。では俺は帰る。探索に長けた者に話をつけてくる」
そう言って、女は床に落ちた影に沈んでいった。これが闇魔法か。いつでも要人に近づける、恐るべき魔法だ。だが、優れた使い手である彼は味方だ。きっと娘は無事に見つかるだろう。
王は渋い茶を飲み干すと、仮眠を取りに行った。




