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夕食会

            ♥




 ヴィレッジ子爵夫人は魔獣討伐の成功を聞いて、すぐに夕食会の準備を始めさせた。四女のリコリスの初めての里帰りを、複雑な気持ちで待っていたところだ。


 裁判の時、夫人は領地にいたので、かれこれ半年以上娘の顔を見ていない。夫から聞いた話を信じたわけではない。だが貴族の令嬢がいきなり女騎士になれるはずがない。自分の知らぬところで鍛錬をしていたのは本当らしい。娘を傷つけた後悔や将来への心配で、夫人は夜も眠れない日々を過ごしていた。


「お母さま!ただいま帰りました!」


 娘が帰宅の挨拶に現れた。騎士風の服を着て化粧はほとんどしていない。


「お帰りなさい…リコリス、あのね…」


「宮さまが夕食会にいらっしゃいます!良かった!準備はできていますか?何か手伝いましょうか?」


 口ごもる母親に対して、娘は今の主を実家に呼べる喜びでいっぱいだった。隣の領地の伯爵家との結婚話は忘れたらしい。夫人はほっとして、いつものように細々(こまごま)と身支度を指示した。


「大丈夫よ。あなたも湯あみをして着替えなさい。お化粧もするのよ」


「はいっ!ありがとうございます!」


 娘はこんなに溌溂(はつらつ)とした子だったろうか?7人いる子供の中でも、特に大人しい方だと思っていた。あれは偽りの姿だったのだと、やっと夫人は気づいた。


(それにしても、“宮さま”?どんな人なのかしら?平民なのよね…)


 今後リコリスにまともな結婚話は来ないだろう。せめて娘が選んだ男が夫人を失望させないことを祈った。




            ♥




 夜。貴族服を纏う黒髪の若い男は、同じ黒髪の美少女を連れてやってきた。子爵家の人々は一目で固まった。


 神々しいばかりの美貌と優雅な所作。騎士団を指導する武辺者の気配は微塵も感じられない。どこかの王族だと言われても不思議のない威厳があった。


「…ようこそ。魔獣討伐への助力、感謝する」


 子爵が不機嫌に出迎えた。


「こちらこそ騎士たちの受け入れとご招待、感謝申し上げる」

 

 夫人と子供たちに、彼がリコリスの主だと紹介される。白く長い指が夫人の手を取り、身をかがめて貴婦人への礼を取った。


「お初お目にかかる。護良と申す」


 涼やかな声が夫人の耳を打つ。


(なんて美しい…声も…)


 同伴者のミーナとかいう少女も紹介されるが、まるで目に入らない。横で夫がますます不機嫌になるのも気にならなかった。




            ♡




 皇子が子爵邸の女子全てを魅了してから、夕食会は始まった。メンバーは子爵夫妻とリコリス、10歳の弟と8歳の妹とミナミだ。子爵夫人は最初はぼうっとしていたが、食事が始まるとさすがに正気を取り戻した。


「まあ。では王太子殿下の師範でいらしたのね。女性なのにすごいわ」


 夫人はミナミにもよく話を振ってくれた。リコリスの記憶から、勝手に無理解な母親だと思い込んでいた。実際はおっとりとした優しい女性だった。


「リコの方がすごいです。さっきも領兵の皆さんに大人気でした」


「そうなの?ありがたいわね」


 専ら女同士で話す。子爵と皇子の方は明日の打ち合わせと化していた。


「…では調査団は50名に絞ろう。残りの魔法騎士は警戒に当たらせる。神官はどうする?」


「残してくれ。いざという時、森を結界で隔離したい」 


「承知した。では今夜中に選抜者を挙げよう」


 実務レベルではすごくスムーズに会話している。リコリスのことには触れずに。だが空気を読まない弟が切り込んできた。


「姉上。モーリー様と姉上は、いつご結婚なさるのですか?」


 場が一瞬で凍り付いた。ちょうど水を飲んでいたリコリスは派手にむせた。


「…そういう関係ではないのよ。みや…モーリー様は(あるじ)なの」


「でも皆言っています。姉上はモーリー様と一緒になるために騎士になられたと」


「一緒って…」


 間違ってはいないが、違う。説明できないリコリスに意外にも皇子が助け舟を出した。


「令息は誤解をしている。俺たちの関係は“仲間”だ」

 

 弟君はきょとんとした。


「仲間?友達ではなく?」


「そうだ。互いに助け合い、同じ目的の為にある者。それが仲間だ」


「友達は?」


「共にいるだけで満たされる者だ」


 10歳には難しかったようだ。皇子はリコリスの両親ときちんと向かい合った。


「…改めて、令嬢を預けていただき、感謝する。ヴィレッジ子爵、夫人」


「頭をお上げくださいませ、モーリー様。むしろお礼を申し上げなければ。娘を助けてくださって、ありがとうございます」


 夫人はハンカチで目頭を押えた。子爵は口を引き結んでいる。無言だが悪い雰囲気ではない。


(これは和解が成立したと思っていいよね?)


 ミナミはリコリスを見た。彼女も笑顔で頷いている。すると、今度は妹君が突撃してきた。


「では私がモーリー様の奥方になります!いいでしょう?お父様!」


「良いわけないだろう!!」


 父親に大声で怒られた妹君は泣き出した。どこかザワ村の宴会を思い出すようなやり取りに、皇子は声を立てて笑う。それを見た侍女が何人か倒れた。いつもの混沌(カオス)が始まったが、リコリスと家族とのわだかまりが消えた。ミナミはそれが一番の収穫だと思った。

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