夕食会
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ヴィレッジ子爵夫人は魔獣討伐の成功を聞いて、すぐに夕食会の準備を始めさせた。四女のリコリスの初めての里帰りを、複雑な気持ちで待っていたところだ。
裁判の時、夫人は領地にいたので、かれこれ半年以上娘の顔を見ていない。夫から聞いた話を信じたわけではない。だが貴族の令嬢がいきなり女騎士になれるはずがない。自分の知らぬところで鍛錬をしていたのは本当らしい。娘を傷つけた後悔や将来への心配で、夫人は夜も眠れない日々を過ごしていた。
「お母さま!ただいま帰りました!」
娘が帰宅の挨拶に現れた。騎士風の服を着て化粧はほとんどしていない。
「お帰りなさい…リコリス、あのね…」
「宮さまが夕食会にいらっしゃいます!良かった!準備はできていますか?何か手伝いましょうか?」
口ごもる母親に対して、娘は今の主を実家に呼べる喜びでいっぱいだった。隣の領地の伯爵家との結婚話は忘れたらしい。夫人はほっとして、いつものように細々と身支度を指示した。
「大丈夫よ。あなたも湯あみをして着替えなさい。お化粧もするのよ」
「はいっ!ありがとうございます!」
娘はこんなに溌溂とした子だったろうか?7人いる子供の中でも、特に大人しい方だと思っていた。あれは偽りの姿だったのだと、やっと夫人は気づいた。
(それにしても、“宮さま”?どんな人なのかしら?平民なのよね…)
今後リコリスにまともな結婚話は来ないだろう。せめて娘が選んだ男が夫人を失望させないことを祈った。
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夜。貴族服を纏う黒髪の若い男は、同じ黒髪の美少女を連れてやってきた。子爵家の人々は一目で固まった。
神々しいばかりの美貌と優雅な所作。騎士団を指導する武辺者の気配は微塵も感じられない。どこかの王族だと言われても不思議のない威厳があった。
「…ようこそ。魔獣討伐への助力、感謝する」
子爵が不機嫌に出迎えた。
「こちらこそ騎士たちの受け入れとご招待、感謝申し上げる」
夫人と子供たちに、彼がリコリスの主だと紹介される。白く長い指が夫人の手を取り、身をかがめて貴婦人への礼を取った。
「お初お目にかかる。護良と申す」
涼やかな声が夫人の耳を打つ。
(なんて美しい…声も…)
同伴者のミーナとかいう少女も紹介されるが、まるで目に入らない。横で夫がますます不機嫌になるのも気にならなかった。
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皇子が子爵邸の女子全てを魅了してから、夕食会は始まった。メンバーは子爵夫妻とリコリス、10歳の弟と8歳の妹とミナミだ。子爵夫人は最初はぼうっとしていたが、食事が始まるとさすがに正気を取り戻した。
「まあ。では王太子殿下の師範でいらしたのね。女性なのにすごいわ」
夫人はミナミにもよく話を振ってくれた。リコリスの記憶から、勝手に無理解な母親だと思い込んでいた。実際はおっとりとした優しい女性だった。
「リコの方がすごいです。さっきも領兵の皆さんに大人気でした」
「そうなの?ありがたいわね」
専ら女同士で話す。子爵と皇子の方は明日の打ち合わせと化していた。
「…では調査団は50名に絞ろう。残りの魔法騎士は警戒に当たらせる。神官はどうする?」
「残してくれ。いざという時、森を結界で隔離したい」
「承知した。では今夜中に選抜者を挙げよう」
実務レベルではすごくスムーズに会話している。リコリスのことには触れずに。だが空気を読まない弟が切り込んできた。
「姉上。モーリー様と姉上は、いつご結婚なさるのですか?」
場が一瞬で凍り付いた。ちょうど水を飲んでいたリコリスは派手にむせた。
「…そういう関係ではないのよ。みや…モーリー様は主なの」
「でも皆言っています。姉上はモーリー様と一緒になるために騎士になられたと」
「一緒って…」
間違ってはいないが、違う。説明できないリコリスに意外にも皇子が助け舟を出した。
「令息は誤解をしている。俺たちの関係は“仲間”だ」
弟君はきょとんとした。
「仲間?友達ではなく?」
「そうだ。互いに助け合い、同じ目的の為にある者。それが仲間だ」
「友達は?」
「共にいるだけで満たされる者だ」
10歳には難しかったようだ。皇子はリコリスの両親ときちんと向かい合った。
「…改めて、令嬢を預けていただき、感謝する。ヴィレッジ子爵、夫人」
「頭をお上げくださいませ、モーリー様。むしろお礼を申し上げなければ。娘を助けてくださって、ありがとうございます」
夫人はハンカチで目頭を押えた。子爵は口を引き結んでいる。無言だが悪い雰囲気ではない。
(これは和解が成立したと思っていいよね?)
ミナミはリコリスを見た。彼女も笑顔で頷いている。すると、今度は妹君が突撃してきた。
「では私がモーリー様の奥方になります!いいでしょう?お父様!」
「良いわけないだろう!!」
父親に大声で怒られた妹君は泣き出した。どこかザワ村の宴会を思い出すようなやり取りに、皇子は声を立てて笑う。それを見た侍女が何人か倒れた。いつもの混沌が始まったが、リコリスと家族とのわだかまりが消えた。ミナミはそれが一番の収穫だと思った。




