瘴気溜まり
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翌日、選抜した50名の魔法騎士を率いて、皇子は森の調査に向かった。子爵の話では、秋に狩りを行った時は異常はなかったそうだ。冬の間に何かがあったということだろう。悪意ある人間の仕業とも考えられる。
春まだ浅い森を騎馬が進む。隊の先頭は皇子とリコリス。そのすぐ後ろにミナミと、あの皇子を崇拝する神官だった。
「へぇ。王都の神殿から来たんだ」
「そうです。地方の小神殿勤めが義務付けられていますから」
ミナミと神官はのんびりと話している。皇子は警戒をしながら、何とはなしに二人の会話を聞いていた。
「タキア領都の神殿のおじーちゃん知ってる?大神官様とか呼ばれてた」
「もちろん存じ上げております。北部管轄区の大神官様でしょう。偉大な光魔法の使い手です」
基本的に光魔法が使える平民は神殿に入る。そこで徹底的に治癒や浄化魔法の修行をし、地方の神殿を経て各領都の神殿に配属される。その頂点は5人の大神官だ。神殿は大神官たちの合議制で動いている。
「平民って魔力検査しないじゃん。どうやって才能ある子を発掘すんの?」
ミナミが尤もな事を訊いた。
「検査はしませんが、洗礼は受けます。その時に魔力の有無と光魔法に関する適正を調べられます」
「じゃあ、あなたも?」
「はい。物心ついた時には神殿で修行しておりました」
皇子は自らの生い立ちを思い出していた。幼いころに寺に入れられたが、僧の修行はほとんどしなかった。座主という最高位に就いても同じだった。この青年のように心から神仏に仕えるの人生を送っていたら、臣下や妻たちを死に追いやる運命は変わっていたのかもしれない。
「教官殿」
物思いを断ち切るように、斥候からの報告が入る。
「この先1キロの地点に瘴気溜まりを発見。3頭のグリフォンが確認できました」
調査隊に緊張が走る。
「10人で1頭を囲め。残りは俺が浄化する間の護衛だ」
「はっ!!」
素早く10人の小隊に分かれ、慎重に進んでいくと、やがて黒い草地に出た。“瘴気溜まり”だ。
周りの木々も黒く変色してる。瘴気を吸わないようにと神官が注意した。用意した布で鼻と口を覆うと、すぐさま上空を旋回していたグリフォンたちが舞い降りてきた。
「かかれ!」
主将騎士の号令で戦闘が始まる。魔獣は風魔法を繰り出して切り裂きに来るが、選抜魔法騎士たちの、前衛と後衛の見事な連携に押されついに地に落とされる。死に物狂いで抵抗するが、魔獣たちの命は刻一刻と削り取られていった。
その間、皇子は慎重に瘴気溜まりに近づいた。どんよりと地面近くに漂う瘴気が魔獣を生み出すらしい。
「浄化」
光魔法で瘴気を払う。ついでに枯れた草木も“再生”しておいた。
「御使い様。グリフォンの様子が…」
神官が皇子の注意を周囲に戻す。2頭は既に倒されている。残り1頭の手負いのグリフォンが、馬に体当たりすると囲みを突破した。そのまま皇子めがけて殺到する。護衛たちが防壁で止めようとするが、あまりの勢いに跳ね飛ばされてしまった。
「宮様!」
リコリスの悲鳴が聞こえる。だが皇子は落ち着いて剣を抜くと、馬から飛び降りざま、魔獣の嘴を剣で受け止めた。防壁と光魔法、身体強化でグリフォンを弾き、間合いを取る。
その時、大きく開けた魔獣の嘴から黒い魔力が噴き出した。
(闇魔法!)
何本もの黒い蛇のような魔力が、防壁をすり抜けて伸びてくる。皇子は咄嗟に手を伸ばしてそれを掴んだ。
闇魔法が腕を腐食し始める。激痛に襲われるが、“再生”し続けて崩壊を防いだ。自身に“再生”をかけたのは初めてだ。他者にかけるより効果が薄い気がする。
「光魔法持ちは前へ!宮様に浄化をかけ続けて!」
リコリスが騎士たちに指示を出す。ミナミはグリフォンを土球に閉じ込めた。だが皇子に絡みついた闇魔法は残った。
「待てリコリス。これに浄化は効かん」
「で…では、どうしたら?!」
膝を付き、顔まで腐食に侵食された主に、半泣きの女騎士は叫んだ。
(さてどうしたものか。一旦飲まれて、中から吸収してみるか?)
痛みに耐えながら腐食を消す方法をあれこれ試すが、どれも違う。闇魔法の研究が遅れていることが悔やまれた。
顔まで闇に沈み何も見えなくなった皇子は、リコリスの絶叫に意識を引き戻された。
「宮様を離せええええ!!」
「リコ!止めて!」
何か不味い事が起こっている。急いで外に出なければ。そう思った瞬間、彼の身体を包んでいた闇が消えた。
「!?」
体中の腐食が消えている。痛みも何もかもが無くなった。顔を上げると、青ざめた顔のミナミと騎士たちが見える。リコリスが見当たらず、周囲に視線を巡らせた。
皇子の足元に、真っ黒な闇魔法に蝕まれた彼自身が倒れていた。




