老女の死
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初夏、おばあさんの具合はますます悪くなった。ミナミの作る流動食もどきを少し摂るだけで、どんどん痩せていく。村に医者はいないから病名は分からないが、もう起き上がることもできなくなっていた。
少し調子が良いある日、皇子がおばあさんの孫に知らせるべきか訊いた。
「孫には言わなくていい。どうせ来ないよ」
おばあさんは目を閉じたまま言った。
「あたしが死んだら、この家はお前たちにやるよ。孫は欲しがらないだろ」
「…」
「爺さんの遺産が都に幾らかある。それを孫に遺すから、手続きを頼むよ…」
「分かった」
皇子は頷いた。おばあさんはそのまま眠ってしまった。
「ヨッシー。ちょっと来て」
ミナミは彼を裏庭へ誘う。怒りのオーラが彼女を取り巻いている。
「何でそんな事聞くのよ。縁起でもない。まるで…」
「婆どのは長くない。お前にも分かっているはずだ」
ぶっきら棒な物言いが、今日は無情に聞こえる。ミナミにだって分かっている。だが認めたくないのだ。
「おばーちゃんは元気になる!絶対!」
「気持ちは分かるが、人はいずれ死ぬ運命だ。抗えぬ」
(嫌だ、嫌だ、嫌だ…おばーちゃんがいなくなったら、あたし一人になっちゃう…)
みるみる視界が滲む。この男はいずれ村を去るだろう。この遅れた世界でも男なら一人で生きていける。ましてや彼は強く美しい。きっと冒険の旅にでも出て、愛と栄光を手に入れるだろう。
そう思うと、悔しさと羨望と悲しみとがぐちゃぐちゃに混ざった、黒い感情が沸き上がってきて止まらない。
「分かってたまるかー!!!」
思わず拳で皇子に殴りかかってしまう。だが女のグーパンなぞ掠りもしない。皇子は冷静に避けると、ミナミの拳を手の平で受け止めた。
「落ち着け、ミナミ。俺たちには何もできんのだ」
「…黙れクソチートイケメン…あほ皇子…冷血漢…」
涙を見られたくなくて、ミナミは下を向いたまま皇子を罵倒し続けた。
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長雨が始まった頃、おばあさんは臨終を迎えた。知らせを受けた村人が続々と訪れ、最後の言葉をかける。医者代わりの村長は、もう意識は戻らないだろうと言った。ミナミは三日間、一睡もせずにベッドの側に控えていた。
真夜中にふとおばあさんの声が聞こえた。
「ミナミ…」
「おばーちゃん!?ヨッシー!おばーちゃん、起きた!」
慌てて寝台に駆け寄る。おばあさんは薄っすらと目を開けて、こちらを見ていた。
「お…おばーちゃん…死んじゃ嫌だぁ…」
「もう逝くよ。あまり泣くんじゃないよ…」
ミナミはその手を握り、泣いて懇願するが、微笑んで窘められた。
「モーリー」
おばあさんは皇子を呼んだ。
「ミナミを頼むよ。身寄りの無い娘だ。嫁に行けるかどうか…」
「分かった。俺が嫁に行くまで面倒をみる」
皇子は二つ返事で承諾した。
「花見…楽しかったねえ…」
それが、おばあさんが今際の際に遺した言葉だった。
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「ミーナ。少しは休まんとぉ。葬式終わるまで持たんよ?」
手伝いに来てくれた師匠が声をかけてくれるが、ミナミは呆けたように座ったままだ。既におばあさんの遺体は棺に納められ、明日、荼毘に付される。なのに、まるで現実感が無くて動けない。
こちらの葬儀はシンプルだ。故人にお別れをした後は火葬場まで棺を運び、焼くだけだ。儀式らしいものは無い。ミナミの記憶にある祖父の葬式はもっと重厚だった。こちらは喪服も着ないし、僧侶の読経も祭壇も花も無い。
(なんか軽くてやだ)
そう思ったら、居てもたってもいられなくなった。彼女は背負い籠と鎌をつかむと、家を飛び出した。
「ミナミ!どこへ行く!」
途中で皇子が何か言ったような気がしたが、無視する。小雨の中、どんどん走って森の花畑に着いた。もう桜もどきの花の時期は終わっている。今咲いているのはアジサイみたいな青系統の小さな花が集まったやつだ。
鎌で花の茎を切る。他にもユリっぽい花や野バラっぽい花も採って籠に入れていく。
「ミナミ!」
追いかけてきた皇子が鎌を持つ手を押さえた。気が触れたとか思っているんだろう。
「あんな地味なお葬式、絶対いや。普通、お花をたくさん飾って、御線香をあげて、お坊さんにお経を読んでもらうんだよ。そうでなくちゃ、おばーちゃんは極楽に行けない」
虚を衝かれたように彼は手を離した。本当はミナミが嫌なのだ。あんな地味葬は。
「お坊さんは呼べないから、せめてお花は用意するの」
「…」
ミナミは花を刈り続け、やがて籠がいっぱいになった。背負おうとすると皇子が持ってくれた。
「俺も手伝うから、一緒に婆どのを送ろう」
「ありがとう…」
雨に濡れた二人は無言で家に戻った。
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翌日、弔問にやってきた村人は葬儀の様子に驚いていた。おばあさんの棺の周りが、色取り取りの花で埋め尽くされていたからだ。おばあさんの顔にはミナミが死に化粧を施した。線香の代わりにロウソクを立てる。
「御棺に花を入れるのもええね。きれいやわ」
女衆にはおおむね好評だった。異世界風の葬儀だと言っておく。
参列者が一人ずつ花を棺桶に入れてお別れをした。最後に周りに飾っていた花も入るだけ入れる。そして棺の蓋を閉め、若い男衆が担いで火葬場に向かった。
喪主扱いのミナミと皇子はその列の先頭を歩く。村はずれの火葬場には、すでに準備が整っていた。井桁に組んだ丸太の上に棺桶を下す。火葬の薪を周囲と上に置く。
「火ぃ付けるよ」
男衆の一人が松明の火を薪に近づけた。徐々に火が燃え広がっていく。ミナミは手を合わせた。横で皇子も手を合わせている。
(もっと孝行したかったよ。楽器も習いたかったよ)
涙がこらえきれない。両手で顔を覆い、しゃがみこんでしまう。すると、祖父の葬式の時に聞いた、僧侶が唱えるような読経が聞こえてきた。
「ヨッシー?」
見上げると、皇子が澄んだ美声でお経を唱えている。それは独特の節回しで、まるで歌っているようだった。
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~比叡山延暦寺・三千院~
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