Minority Town(2)
僕は手探りで枕元を探す。けれど、いつまでたっても目覚まし時計は見つからず、僕はやれやれと重たい頭のまま布団から起き上がる。
僕はその音の音源を探そうと首を左右に回して、ようやくそこが自分の家ではないことに気がついた。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……。
そしてどうやら、その電子音は自分の手首から発せられているみたいだった。
手首にはめられたセレクトベル、そこにあったイエスのボタンを押してみると、とりあえずその耳障りな音は止まった。
すぐに液晶画面に流れ始める文字、僕はまだ眠たい目をこすりながら横に流れながら表示されるカタカナの文字を見つめた。
『マタヨソモノガ ヤッテキタ
カンゲイスベキトオモウモノハ YES
カンゲイスベキジャナイトオモウモノハ NOノボタンヲ』
またよそ者がやって来た。歓迎すべきと思う者はYES。歓迎すべきじゃないと思う者はNOのボタンを――。
その質問に対して僕が考えを巡らせる前に、セレクトベルのYESとNOのボタンが淡く光を放ち始めた。無駄にお金がかかってるな、とりあえず僕が考えたのはそんなどうでもいいことだった。
いやいや今はそんなことを考えている場合じゃない。
だってここは少数決の街なんだ。もし僕らを歓迎するべきだと思う人数より、歓迎するべきじゃないと思う人数が少ない場合、それはつまり僕らは歓迎されない、ということことになる。
この街の住人たちに歓迎されない……、そのことを想像すると僕は不吉な想像にたどり着かずにはいられなかった。
ややこしいけど、僕はこの街の住人が僕らを歓迎しないこと(NOのボタンを押す人数が多いこと)を願わなければないけないんだ。
自然と、僕の汗ばんだ指はセレクトベルのNOのボタンに伸び、ためらいながらもそのボタンを押した。
その後、液晶画面に現れたのはこんな文字だった。
『ウソハ 2カイでバツヲウケマス
ゲンザイ 1カイ』
嘘発見器内臓かよ!? まさかのハイテク機能搭載に驚くけど、とにかく僕の回答はどこかに送られたらしく液晶はもうどんな文字も表示しなくなってしまった。
自分の回答が正しかったのか、この街の住人はどんな回答を返したのか等を気にしながら、部屋の中を歩き回ったり本を開いたりと落ち着きなく過ごしていると、再び例の電子音が控えめに部屋に響いた。
急いでYESのボタンを押してセレクトベルの音を止めると、液晶に表示されたのはこんな文字だった。
『カイトウケッカ……
ヨソモノヲ カンゲイスル』
回答結果……よそ者を歓迎する――。
それだけだった。ほっと息をつく僕は、すぐにその事実に思い当たった。この街の住人は、実際のところ僕らを歓迎していない。
少数決の街では、少数の意見が全体の意見となる。この結果は街の住人が僕らのことを歓迎していないことを現すものなんだ。
その事実は僕を少なからず不安にさせたけど、いろいろと考えすぎて疲れた僕は、気分転換に一度部屋を出てみることにした。なんだか部屋にい続けるとひどく息が詰まりそうな感じがしたんだ。
お世辞にも広々とした空間とはいえないロビーにいたのはおじいさんと、少女を連れた母親だけ。僕はその中間にあったイスに座って夕方までの数時間を潰すことにした。
犯罪被害者の街のこともある、この街の情報を少しでも多く僕は知っていたかった。
ぼんやりと外の風景を眺める間、少女が母親に何度か「どうしてこの街の人たちは普通の人と違っているの?」と質問していた。母親はただ、困ったような笑みを浮かべるばかりだった。
それから二時間のうちに僕はさらにセレクトベルに配信された四つの質問に正直に答え(内容は明日行われるという歓迎会のメニュー等、他愛のないものばかりだ)、特に何の収穫もないまま誰もいなくなったロビーのイスから立ち上がった。
夕食は1階のロビーの奥の部屋でとることができるようで、人の流れについて歩くとそこにはバイキング形式の食事が用意されていた。
足を引きずって歩く若い従業員らしき女性ががせわしなく空いた皿を運んでいったり料理の載った皿を持ってきたりしている前を、僕は唐揚げやサラダを皿に盛りながら歩いた。
席は半分近くが埋まっていて、僕が空いた席に腰かけると偶然にもその隣のテーブル席に座っていたのはイケダ兄弟だった。
しまったと思ったけど、もう遅かった。
イケダはすぐに僕に気がつき、少し迷う素振りを見せてからトレイを持って僕の目の前の席に移動してきた。すぐに一緒に食事をしていた弟のタカフミも、手招きして僕のテーブルに呼びよせる。
イケダのこういう無神経なところが、前から嫌だったんだ。僕は今、イケダとなんて話したくなんかないのに。一人でじっくりと考えるべきことがたくさんあるのに。
「あのさぁ――」
料理に集中する僕の気も知らずに唐突に話し始めるイケダ。僕はサラダを口に運びながら、とにかくその言葉を聞くことにする。
「ここって変な街だよな。手首に変な機械付けられて、少数決なんて効率の悪い決め方をしてさ。でもね、ここだったらタカフミがいじめられることもないと思うんだ。変わった人も多いけど、人をいじめたり、見下したりする人は絶対にいないともうんだ。ここだったらタカフミがいじめられることも……」
タカフミじゃなくて、自分がじゃないのかよ? 僕はそんなイヤな感じのことを思ったけど当然口にしない。ダメだダメだ、なんだかひねくれた考え方ばかりしてしまう。
僕は口の中で小さくなったサラダを飲み込んでから言う。それは僕の正直な感想だ。
「確かに、ここに人をいじめたりする人はいないかもな。それぞれがそれぞれに傷ついてこの街に来たんだと思うし」
「モリカワ君もそう思うかい!?」
「うん、まぁ、一応、僕もそう思うよ」
イケダはこの街の在り方に共感して、興奮しているんだ。僕にはそれがすぐに分かった。少数決の街、少数派の街……。
「それで、ひとつ聞きたいんだけど、タカフミもそう思っているのかい?」
僕の問いかけに、タカフミは分かるか分からないかくらいに小さく首をかたむけた。その左目は、前見たときと変わらずに左斜め下の空間を見据えていた。
「今はそう感じなくても、明日ゆっくり街を見て回ればひょっとすると気に入るかもしれない。なぁ、タカフミ。明日街をぐるっと見て回ろうよ。ここにはいろんな人がいるし、中にはお前と同じ斜視の人もいるかもしれない。お前より辛い想いをしてきた人だってたくさんいるはずだよ」
残念ながら、イケダのそんな望みは叶わなかった。
もちろん僕らはそんなことを知るはずもなく、お腹いっぱいになるまでサラダや唐揚げや炒飯や杏仁豆腐をむしゃむしゃと食べ続けた。
いざ話し始めると、やはり同級生ということもあり、お互いに寂しさを感じていたこともあってか意外と二人の会話は盛り上がった。
でも僕の鋭い勘は、そのとき確かにこの街に漂う不穏な空気のようなものを感じはじめていたんだ。




