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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
エピローグ

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回帰

 まどろみの中、ぽたぽたと滴る水音が聞こえてナタリーはゆっくり目を開けた。

 額に冷たい布が乗せられている。


「ナタリー様!! 気がついたのですね!!」


 心配そうに顔を覗き込んできたのはゾーイだった。


「ああ、良かった。本当に良かった。あ、待っていてくださいね。セミル大神官を呼んできます」


 パタパタと足音が遠ざかっていく。

 ナタリーは漆喰が塗られた高い天井を虚ろに見つめた。

 ここは『儀式の間』ではない。

 ゆっくりと周囲に目をやると、とても広い空間に、沢山の無人のベッドが整列していた。

 神殿の病室だ。

 いつの間に、ここへ運ばれたのだろうと思った。

 やがて姿を見せたセミル大神官は、先ほどゾーイが座っていた木の椅子に腰を下ろした。

 ナタリーの額から布を取り、手のひらで体温を確かめる。


「まだ、熱がありますな」


 ナタリーは『儀式の間』でイザヤと最期に過ごした時間を思い出して、喉の奥が熱くなった。

 イザヤが話していた通り、ナタリーは自身が見たものや聞いたことしか知ることは出来ない。イザヤの処刑される姿を見たわけでは無い。

 しかし、溢れてくる涙は止まらなかった。


「外傷は見当たらないが、どこか……」


 外傷……?


 何を言ってるんだろうとナタリーは思ったが、余韻の涙はなかなか止まらず、さらに頭痛がした。


「どこか痛むのかね?」

「頭が……割れそうに痛いんです……」

「ああ、そうか。冷やそう。それがいい」


 セミル大神官は狼狽えている。

 ゾーイは「花瓶が当たったのですか!?」と問いつつ、セミル大神官から受け取った布を水に浸した。


 花瓶……?


 何かがおかしい。『儀式の間』で気を失った筈なのに。と過去を探ろうとすると、さらに頭痛がひどくなった。

 そして、気付いた。

 過去ではない。あれは未来だったのだ。

 現在(いま)は、ミアが花瓶を落とした後だ。

 花瓶が落ちる直前、誰かに呼ばれた気がして振り向くと、誰もいなかった。ただ、予言の神が視界の中で立っていただけだ。

 しかし、あの無(・)風(・)のような危険を察知するおかしな感覚があった。

 花瓶を避けて倒れた後、花瓶の割れてはじける音が盛大に脳内に響き渡り、そして気を失ったのだ。

 体を起こすと、セミル大神官が「起きあがっては辛いでしょう」と言った。


「大丈夫です。二人に話さなければならないことがあるので……」


 まだ、イザヤの唇の感触が手の甲に残っている。

 あれは、死を覚悟した最期の口づけだったのだろう。


「今、話さなければならないのか? 少し落ち着いてからの方がよいのでは……」

「いいえ……。突然のことで整理がつかなくて……忘れてしまわないうちに話さないと……」


 現在(いま)、イザヤは生きている。

 マルクス侍従も、ミアもまだ生きている。


「私……未来を見たわ……」

「ん?」


 セミル大神官とゾーイが目を見交わした。

 セミル大神官は、何を言いだしたんだ? と言いたげな顔で、ゾーイは分かりませんと答えるように頭を振った。


「ああ……。何を言いだしたんだって思うわよね……。私が頭を打っておかしくなったと思っているでしょう?」

「いやいや、そんなことは……」


 セミル大神官が狼狽えている。

 口では否定したが、言い当ててしまったのだろう。

 予見の能力を信じてもらうのは難しそうだと思った。


 確か、この次の言葉は……。


「「やはり落ち着いてから……」」


 セミル大神官と声が重なった。


「信じられないのは分かる……。けれど事実なの。大神官。花瓶を落としたのはミアですね?」

「え……? それは大神官が手を滑らせたのでは……」


 ゾーイが、信じがたい様子でセミル大神官を一瞥(いちべつ)した。

 やはり、予見したままの現実だった。

 未来を変えるには、必ずセミル大神官に能力(ちから)を認めてもらわねばならない。

 正しく思い出さそうとすると、頭痛がした。


「では、少し先の話を……。もうすぐイザヤが大金を手に入れます」


 そう言った時、ちょうど病室の前を通りかかった神官達の話し声が聞こえてきた。


「クロエ妃が追放されるという話は聞いたか?」

「ああ、先ほど兵士が見送っているのを見たよ。栄進したばかりだというのに横領だと」

「しかし、羨ましいのは後宮監督次官だな」

「何かあったのか?」

「クロエ妃の財産は没収されたが、その一部が報奨金として下賜されたらしい。一部とは言えど、我々には目にすることのない大金だ……」


 話し声が遠ざかっていくと、セミル大神官は「何と……」と呟いた。


「今の話が当たっただけでは、まだ確信を持てないと思いますので、もう一つ予言をします。それが当たったら、私を神殿の聖女にしていただけませんか?」

「聖女ですと? しかし、ナタリー様は皇太后陛下が後見している妃候補ですぞ。妃になり、皇子を産めば、皇后の座も夢ではないと言うのに……」

「そうですね……。けれど、私は妃になるのを辞退します」



――完――


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