第14話 朝が来るのが、死ぬほど怖い
「……、もう、光が見えないんです。朝が来るのが、死ぬほど怖い」
ホワイト・サーペントの事務所。かつては冷徹な暗殺者だったザックが、ガタガタと震えながら椅子にうずくまっていた。身体に傷はない。だが、その瞳からは生気が失われ、焦点はどこにも合っていない。
「ザックさん。……まずはその剣を置きなさい。今のあなたに必要なのは、研ぎ澄まされた刃ではなく、『完全な遮断』です」
和雄は静かに、事務所の窓のカーテンを引いた。
最近、王都では奇妙な病が流行っていた。外傷はないのに、突然糸が切れたように動けなくなる者、あるいは理由もなく涙が止まらなくなる者。人々はそれを「魔力枯渇症」と呼び、忌み嫌っていた。
「いいえ、リナさん。これは魔力の問題ではありません。『心の磨耗』……私の世界では『うつ病』や『適応障害』と呼ばれるものです」
和雄は、ザックの労働記録を遡った。公爵邸の差し押さえ以降、ホワイト・サーペントへの依頼は激増していた。責任感の強いザックは、部下を守るために休みを返上し、深夜まで複雑な書類仕事と警備の指揮を並行していた。
「ザックさん、あなたは『優秀なリーダー』であろうとしすぎた。……そして、それを支える『メンタルヘルス・ケア』の体制が、私の設計から漏れていた。……これは、私のミスです」
和雄は、ザックの前に一通の『傷病手当金支給申請書』と、魔法で複写した『診断書』を置いた。
「いいですか。今この瞬間から、あなたは『就労不能』です。これは命令です。三ヶ月、一切の公務を禁じます。給与の三分の二は、ギルドの積立金から保障します」
「……休むなんて、そんな……。俺がいなきゃ、現場が……」
「ザックさん。あなたが倒れたら、代わりはいません。でも、仕事の代わりはいくらでもいる。……リナさん、彼を『沈黙の聖域』へ。そこでは魔法の通信も、仕事の話も一切禁止です」
和雄は立ち上がり、王都の空を見上げた。
目に見える搾取は、法律で裁ける。だが、「責任感」や「使命感」という名の鎖で自分を縛り付ける病は、さらに根が深い。
「……王都の皆さん。戦いや効率の前に、まず『弱る権利』を認めましょう。……さあ、リナさん。次は王立病院の魔導師たちと、『メンタルチェックの義務化』について交渉です」
和雄の眼鏡が、少しだけ曇った。
それは、かつて日本で救えなかった多くの「戦士たち」を思い出した、社労士としての悔恨の証だったのかもしれない。




