第13話 人生で初めての『有給休暇』と『決算賞与』
「……所長、本当にこれをやるんですか? 相手は王都でも指折りの権力者、カスティル公爵ですよ」
リナが震える手で、重厚な鉄格子の門を見上げた。そこは、かつて『黒い蛇』を裏で操り、甘い汁を吸い尽くした公爵の別邸だ。門の前には、新調した紺色の制服に身を包んだ「ホワイト・サーペント」の面々が、整然と、しかし殺気立った表情で並んでいる。
「いいですか、皆さん。今日は『襲撃』ではありません。『強制執行』です」
和雄は、公爵家の執事が現れると、懐から金色の封蝋がなされた一通の書類を突きつけた。
「王立臨時労働基準監督署、署長代理の本橋です。カスティル公爵に対し、元従業員への『未払い賃金』、および不当労働行為による『慰謝料』、総額金貨三万枚の支払いを命ずる確定判決が出ました。……本日、その全額を『現物』で差し押さえに参りました」
「な、何を馬鹿な! 貴族の館に土足で上がるなど……!」
執事が叫ぶが、和雄は冷徹に時計を見た。
「執行開始まで、あと十秒。……ホワイト・サーペント、一班、二班。配置に」
「合点だ、ボス!」
かつての暗殺者、ザックが不敵な笑みを浮かべる。彼らはもはや闇に潜む犯罪者ではない。国家公認の「執行補助員」だ。
「……五、四、三、二、一。執行!」
和雄の合図と共に、男たちが一斉に動き出した。彼らは公爵邸の秘密の地下室、偽装された壁、床下の金庫の場所を「元身内」として熟知している。
「おい、そこは隠し通路だ! 」「ここの暖炉の裏に、裏帳簿があるぞ!」
迷いのない動きで、次々と金銀財宝、そして公爵がひた隠しにしてきた脱税の証拠書類が運び出されていく。
「おのれ……! 下賤な労働者どもが、私の資産に触れるな!」
奥から現れたカスティル公爵が、魔導杖を振りかざした。だが、その前に和雄が立ち塞がった。
「公爵閣下。その資産は、あなたが彼らの命を削って不当に溜め込んだ『負債』に過ぎません。……リナさん、『支払督促の結界』を」
リナが詠唱すると、運び出された金貨の一枚一枚に、労働者たちの「無念の念」が刻まれた契約魔法が宿り、公爵の魔力を霧散させた。
「……これは、彼らが流した汗と涙の精算です。一分一秒の残業代まで、きっちり利息をつけて回収させていただきます」
夕暮れ時。公爵邸の前に積み上げられた財宝の山を前に、和雄は「ホワイト・サーペント」の男たちに告げた。
「諸君、これが諸君の正当な権利だ。……今夜は、人生で初めての『有給休暇』と『決算賞与』を出す。……ただし、明日の朝九時には、遅刻せず出社するように」
「うおおおおおっ!」
かつての悪党たちの咆哮が、王都の空に響き渡る。
和雄の胸ポケットの万年筆は、今日もまた一つ、この世界の歪みを正した証として、静かに輝いていた。




