見たか、見てないか
二日の休日を過ごした後の月曜日。普段よりもかなり早めに学校に着く。特に意味はない。先に登校しておけば、脇阪くんとの接触を事前に予測出来るから、などという考えはないのだ。
教室の扉の前で、一度だけ深呼吸をする。
(……落ち着け、私)
色々とやらかしたのは事実。でも、まだ何も確定したわけじゃない。もしかしたら、天井しか映ってなかったかもしれないし、何も見ずに脇阪くんが切ってくれていた可能性だってある。
(うん、大丈夫。普通にすればいいだけ)
そう自分に言い聞かせて、扉を開けた。
(⋯⋯よし、誰もいない)
教室を見渡し、私が一番乗りであることに安堵する。テスト期間で朝練も休みなのだから、誰もいないのは当然だろう。後は、脇阪くんが来た時にどんな風に立ち回るかを想定しておけば問題ない。
(どうしようか、さりげなく聞いておくべき?それとも、深堀りしないほうがいいのかな)
本当に対処しなければいけない事は、目前に迫っているテストだというのに、私は何を馬鹿な事を考えているんだろうか。
そんな事を考えていたら、教室の扉が開く。
「えぇ⋯⋯なんでもういるんだよ」
「⋯⋯おはよう、早いね脇阪くん」
⋯⋯神様なんてあまり信じてないんだけど、こういう時は、何か自分が悪い事をしたんじゃないかと思う。
「あー⋯⋯、家にいるのが落ち着かなくてな、早めに出たんだよ」
「そ、そうなんだ。私も同じような理由だよ」
何とか会話をしながら、一旦鞄を自分の席に置いて、そのまま椅子に座る。机の上を整えるふりをして、必死に平静を装う。
(意識しない、あくまでもいつも通りに⋯⋯)
そう思っているのに、どうしても意識は彼の方に向かってしまう。というか今教室に二人きりだ⋯⋯余計な事は考えるな!
(……普通に、普通にだ)
脇阪くんも私と同じように椅子に座る。私の席の斜め後ろの席なので、距離も結構近い。
(⋯⋯無理でしょこれ!!)
口には出さないが、心の中では既に絶叫していた。頭の中では先日のビデオ通話の事がぐるぐると回っている。
(⋯⋯よし、もう聞こう)
この異様な緊張も、先日の件の答えを聞けば解決するに違いないから。
「⋯⋯ねぇ、脇阪くん」
「うん?なんだよ?」
後ろを振り向くと、脇阪くんは教科書を開いて自習していた。
「金曜日の事なんだけど⋯⋯」
私の言葉を聞いて、脇阪くんが少し硬直する。
「⋯⋯見た?」
「⋯⋯⋯⋯何を?」
(あ、見られてるなこれ)
いつもなら早い返事が、異常に長い事が、私の失態を彼が見ていた事の証明になった気がした。この世の終わりだ。
「何でもない⋯⋯ごめん、変なもの見せて」
「⋯⋯はぁ」
諦めたかのように脇阪くんは溜め息をつく。私が聞かなければ黙っているつもりだったんだろうか?
「⋯⋯一応、聞いとくけど、あれ、わざとじゃないよな?」
「わ、わざとじゃないよ!?」
わざとだったら、私は痴女か何かじゃないか!
「なら良い。あれは事故だ。俺は絶対に悪くないし、前田さんも悪くない。それで良いだろ」
「うん⋯⋯分かった」
それだけ話して、何事も無かったかのように勉強に戻る彼を見て⋯⋯
(⋯⋯脇阪くんからしたら、大した事じゃないのかな)
なんて考えが、少しだけ心に残る。私はこの二日間ずっと思い悩んでいたのに、数分で解決された事が少し不満だ。
「今度から気をつけろよ。あんなん見せられたら誰でも勘違いするぞ」
そう考えていた所に、不意打ちを受ける。
あんな失態をこれから先しないようにという、忠告は分かる。だけどそれよりも――
(⋯⋯誰でもって)
彼のその言葉が、妙に気になった。
「脇阪くんも、するの⋯⋯?」
「⋯⋯⋯それは」
聞いた瞬間の彼の表情を見て、聞いてはいけない事を聞いてしまった事に気づく。
「⋯⋯俺は」
でも、気になってしまったから。彼の続く言葉に、耳が離せなくなる。
「おっはよーございまーす!」
そのタイミングで廊下から、聞き慣れた明るい声がして、机に突っ伏したくなる衝動をなんとか堪える。
(琴音、タイミングが⋯⋯)
――いや、でも助かったのかもしれない。
「おっはよー夏希」
「うん、おはよう」
あのまま話していたら、きっと彼との関係は、今とは変わってしまっていたたろうから。
「脇阪くんも早いねぇ。二人で逢引ですかぁ?」
「⋯⋯お前はいつも通りで安心するよ」
脇阪くんもさっきまでの変な雰囲気はなくなり、いつもの調子に戻っている。
「お前は?何?夏希とはなんかあったの?」
でも、緊張が解けたせいからか、いつもならしないような失言を脇阪くんがしてしまう。
「⋯⋯⋯別に」「な、なんにもないから!」
⋯⋯慌てて否定したタイミングが、脇阪くんの返答と被ってしまった。⋯⋯気まずい。
「え、何この空気感。休みの二日間で何があったんてす!?まさか二人でデートとか!?」
⋯⋯それは実は先週してました。顔が熱い。
「昨日と一昨日は俺は一歩も家から出てない」
「じゃあなんで二人ともそんな変な感じになってんの?」
「⋯⋯何も変わらないって!」
「えー?本当の本当に?」
ぐいぐい来る琴音に、言葉が詰まる。
「⋯⋯もう!本当に何もないから!」
言えるわけがない。“寝落ち通話して、ビデオ通話で寝顔見られました”なんて。
「おう、おはようワッキー。⋯⋯あれ?それ、今回のテスト範囲じゃなくね?」
「⋯⋯⋯気にするな、ただ本開いてるだけだから」




