テスト前最後の登校
「夏希、私達にはもう時間が残されていないと思わないかね?」
金曜の朝、琴音は机に突っ伏しながら私に話しかけている。
「まあ、テストは来週だからね」
力尽きている琴音を相手にしながら教科書を捲る。用事がある日以外は、琴音と勉強を続けていた。脇阪くんから貰ったプリントも使って、ある程度の理解を深める事が出来ただろう。
「そう!学校で勉強出来るのは最終日!誰かに頼る事が出来るのは今日までって事ですよ!」
項垂れていたと思ったら、急に体を起こして私の事を見てくる。なんとなく言いたいことは分かるけど⋯⋯
「琴音が言いたいのはつまり、脇阪くんに頼ろうって事だよね?」
「ええー?私は一言も脇阪くんを頼るなんて言ってないよー?」
いや、殆ど言ってるようなものでしょ。呆れからか溜め息が出る。
「そういうの良いから。私言ったよね?あんまり迷惑かけちゃ駄目だって」
「あんまり、でしょ?最終日くらい脇阪くんに手伝ってもらおうよー」
⋯⋯まぁ確かに、私と琴音の自習だけじゃ、不安が残るのも確かだし、どの辺りを集中的に勉強すれば良いかくらいは聞いても良い気もする。
「ご飯食べたいし」
⋯⋯なんかその理由が半分以上占めてる気がするんだけど。
「なんだ?何か俺が手伝うことがあるのか?」
聞き慣れた声が聞こえ、後ろを振り返ると、脇阪くんが自分の席に座る所だった。どうやら琴音の話が少し聞こえていたらしい。
「あ、おはようワッキー!ご飯食べさせて!」
「琴音?」
視線で釘を刺す。何をしに家庭科室に行くつもりなのかな?
「あとついでに勉強教えて!」
ついでじゃなくて、ちゃんと教わりに行ってほしいんだけど?
「ワッキー言うな。なんだ、また来るのか?」
そう言いながら、脇阪くんは何故か私の方を見る。
「⋯⋯琴音が、行きたいって言ってるよ」
行きたいと言ってるのは琴音だ。私は別にどっちだっていい。別に琴音だけ行ったって良いだろう。
「前田さんは来ないのか?」
そう思っているのに、どうしてそんな事を聞いてくるんだろう。
「私は、別にどっちでも⋯⋯」
「どっちでもか。森下は放って置くとしても、テストについてはそこまで心配してないんだけどな」
「おいこら私の事も心配しろや」
確かにいつもよりは真面目に勉強をした。琴音はどうか分からないけど、赤点は間違いなく回避出来るだろう。
「夏希も私の事スルーしてない?気の所為だよね?」
「それよりも、ちゃんとした飯食ってるのか心配なんだよ」
心配、か。気にかけてくれている事は素直に嬉しい。でも、一人じゃまともに食事も摂れないと思われている事は少し癪だ。
「食べてるよ」
「先に言っとくけど、カップ麺はちゃんとした食事とは言わないからな」
⋯⋯私の今週の食事はまともな食事と言わないらしい。そんな事言ったらカップ麺メーカーに失礼じゃないかな?
「⋯⋯ちゃんと完全メシって書いてあったよ?」
「本当にカップ麺なのかよ⋯⋯」
どうやら当てずっぽうだったようだけど、自分の生活環境が見透かされてるのは少し恥ずかしい。
「で、どうする?前田さんが良かったら夕飯も作るけど」
その申し出は凄くありがたいし、嬉しい。
「⋯⋯行けたら行く」
だけど、また部活が始まったらその時には脇阪くんのお世話になるんだ。せめてテスト期間の間だけでも、彼のお世話になるのは避けたい。
「それ来ないやつだろ。随分機嫌悪いんだな」
機嫌は悪くない。依存しすぎるのも良くないって思ってるだけだ。
「え?夏希機嫌悪いの?」
「悪くないよ」
「いや、悪いだろ。無理すんなよ」
「無理もしてないよ、脇阪くんは琴音に勉強教えてあげてよ」
⋯⋯随分投げやりな言い方になってしまった。これ以上話すとまた変な雰囲気になってしまいそうだ。
「⋯⋯数学の教科書忘れたみたい。隣のクラスの子に貸して貰ってくるね」
そう言って一旦席を立つ。廊下に出ると、灰色の雲が空を覆っていた。
(なんで、あんな言い方になっちゃったんだろう)
最近は脇阪くんと話すと、何とも上手くいかないというか、噛み合わない感じだ。自分では分からないだけで、本当に機嫌悪いのかもしれない。
考えたって答えは出ない。彼に依存したくないという気持ちは勿論ある。
(迷惑はかけたくないけど、行こうかな)
でもそれ以上に、彼とまた疎遠になってしまう事が、話せなくなってしまう事は避けたかった。
⋯⋯それに、琴音と脇阪くんを二人だけにさせる事に少し抵抗がある。
(でも、二人だけだったらどんな話するんだろう)
別に、気にする内容じゃないはずなのに、二人の関係が妙に気になる。
その理由を、私自身まだ言葉にする事は出来なかった。




