8.七日後
あっという間に七日後。
ぺテリウスに事前に連絡していた事もあり、サンドラとの面会は王宮の謁見の間で行われることになった。サンドラの実家であるブライアーズ公爵家で良かったが、国王を差し置いて公爵家の令嬢でしかないサンドラが〝災禍の魔女〟の筆頭である私と会うというのは対外的にも宜しくないという事で王宮で再会する事になった。王家側にはぺテリウスが十分言い聞かせたので私を利用するような事はしないと誓わせたらしい。別にどこでもいいが邪魔さえしなければ私だって何もしないさ。
王宮には何度か行った事があるので転移も簡単。一応正門から入るべきかと思いそこに向かって転移すればすでにぺテリウスを筆頭に出迎えの役人達が待っていた。そこには王太子とサンドラ、国王夫妻も待ち構えていた。皆が皆、緊張しているようだがそんなに固まるぐらいなら王宮でなくても良かったのでは?
「定刻通り。お待ちしておりました、オルタナ様」
「ああ」
「オルタナ様! お初にお目にかかります、私はっ」
「国王、オルタナ様の御前で勝手に口を開かぬよう申し上げた筈です」
「……っ失礼を」
ぺテリウスがこの場では一番落ち着いている所為か王族の挨拶などすっ飛ばして場所を移動するように促して来た。それに国王が抗議するようにぺテリウスを呼び止めるが、場所の提供をゴリ押ししてきたのは国王だ。こちらとしては王家の顔を立てるというのも仕方なくだというのに、国王として威厳を保ちたいのか、それとも国外に〝災禍の魔女〟を得たと印象付けたいのか……。
どちらもだとして、私がこの国の後ろ盾になる事は無い。ましてや政治利用するような輩に手を貸すなど冗談じゃない。そんな事するぐらいならいっそヴァン大陸の全土を焦土に変えてしまう方がいい。完全に私の領土として誰の立ち入りも禁止してしまえば平穏に暮らせるだろう。……それもいいな。
「オルタナ様。どうかお許し下さい」
「……ハァ。少し考えがよぎっただけだ。本当にしようとは思っていない」
「あと二・三、粗相を行えば実行するかと愚行致しました」
「惜しいな、あと一回だけだ。三度目はない」
「「「―――ッ!!」」」
そう言えば一気に青褪める衛兵達。国王夫妻も顔色をなくしてしまった。王太子は学園での私の行いを見ているだけあってこの場で私の不興を買うような真似はしない。学習しているようで結構、結構。
本日の目的であるサンドラはと言うと。
これまで友達として接してきたクレア・ヘインズが大魔女オルタナである事を知らされた時はとても信じられなかったらしい。王太子が自ら説明を行ったらしいが、ずっと自分を避けてきた王太子が人が変わったように自分の言葉で自分の本音を語る姿に、王太子自体が呪いに掛かっているんではと疑ったそうだ。(それって私が呪ったと思ったの?)
自分の行いが原因だといえ、本当の気持ちを伝えても『呪い』でそうなったと思われて全く伝わらない事に落ち込んだ王太子。それでも時間は止まってくれない。あの日既にブライアーズ公爵は国王に婚約の辞退を申し出ていた事で既に婚約解消の準備に入っていた。書類を用意し後はサインするだけ、というところで私の復活の知らせが入った。
私がサンドラの婚約を解消させ、ブライアーズ公爵家の後ろ盾になるという報せを訊いた国王と公爵は揃って顔を青くし、しばらく言葉が出なかったそうだ。クレア・ヘインズは何度か公爵家を訪ねていた事や娘の友達という事で公爵も覚えていたらしいが、まさかクレアが〝災禍の魔女〟の筆頭、大魔女オルタナであるとは全く思わなかったようで、ブツブツと「まさか、まさかそんな、まさか」とまさかばかり呟いていたそうだ。
国王は『伝承で言えば王家の所縁ある魔女が何故ブライアーズ公爵家の庇護に!?』と、事情説明兼釘差し要員として登城した教皇ぺテリウスに喰って掛かったが『オルタナ様のなさることに文句があると?』
そう告げると国王は何も言えなくなったそうだ。流石に弁えているようだがそれもどこまで解っているのやら。
ブライアーズ公爵の方には私自ら親書を送りサンドラの婚約について言及しておいた。
『現在の婚約者、マクシミリアン王太子に婚約者としての資格なしと判断した。王太子と婚約解消になりサンドラに瑕疵がつくような事が発生した場合、こちらで相応しい婚約者を用意する事は可能である。用意した者達が気にいらず、今後結婚を考えない場合はサンドラの生存中に限り〝始まりの魔女オルタナ〟の名に於いてブライアーズ公爵家を庇護する』
その親書を読んだ後、公爵は卒倒し寝込んだそうだ。ぺテリウスからは怒られた。解せん。
婚約の解消をしても公爵家側には大したダメージがないが王家はそうもいかない。最悪、魔女を敵に回した王家として世界から嫌厭されるだろう。だれも魔女を敵に回したくないのだから当然だ。そうなれば外交にも影響を与え、国民の生活にも影響が来る。すぐに衰退する事は無いだろうが下手な政策を取れば暴動に発展し王家そのものの存在も危ぶまれる。
現在の国王イーモンは賢王とは言えないが暗愚ともいえない。平凡と言えば平凡であるが、聖女ミリアの出現からは暴走状態であった。自分の代で聖女が生まれた事で聖女の血を取り込もうと画策したのだが、側妃として迎えるのは外聞が悪い。そもそも聖女の取り込みがあからさまな過ぎる。なので王太子であるマクシミリアンの婚約者にしようと考えた国王は、聖女が学園に編入した際に婚約解消を公爵家側に告げていたそうだ。その事を知ったマクシミリアンは婚約解消はしないと訴えたが国王は突っぱねた。
その頃には聖女ミリアの性格が別人レベルに変わっていた事もあり、婚約については慎重になるべきという声も多数あがっていた事、公爵家側も反発していた事、そして王太子の度重なる訴えに根負けした国王は聖女との婚約は学園卒業まで見送り、学園での生活態度に問題ありと判断された場合は婚約の話そのものをなかった事にすると約束させた。
一言で言えば有頂天になっていた国王。平凡な王である事を自覚していたが彼も男。歴史あるエンブリオ王国の中で自分等名が残っても歴史書には特に何も残らない。何かを残したいという欲求が、聖女の出現によって爆発してしまったのだ。
そしてとばっちりを受ける王太子とサンドラ。王太子はまぁ仕方ないとはいえ、サンドラを巻き込む事を考慮しなかったのかよ。阿呆なら阿呆なりに大人しくしておけば良かったというのに。
そんなこんなで通されたのは謁見の間。普段は国王が座る場所に躊躇いなく私が座ると国王や王妃、兵や文官達は驚いた顔をした。ぺテリウスはそれが当然とういう顔をしているが他の者達からは何という無礼な! って感じだろう。だけど私が下座というのはあり得ない。この国の王はそこのイーモンだろうが支配者はこの私。〝始まりの魔女オルタナ〟だ。
「さて。調子はどうだい? サンドラ」
「……偉大なる〝始まりの魔女オルタナ〟様にご挨拶申し上げます。私はブライアーズ公爵家……」
「あー、いい。いい。不興を買うなと言い含められているのかは知らないが、私と君との仲だ。そんな他人行儀な物言いはやめてくれ」
「……ですが」
「私がいいと言っている。それではダメか? なぁ、公爵」
娘に甘い公爵だが基本的に貴族令嬢と言うのは父親のいう事が絶対。そしてこんな場であれば猶の事だ。サンドラ個人だけであればクレアと同じように接してくれたかもしれない。だけどここは国王もいる場だ。それに国王に対して私は口を開く事を許していない。そこに公爵家とは言え令嬢の身であるサンドラが国王を差し置いて私と言葉を交すなど個人で判断するには荷が重いだろう。
「……恐れながら〝始まりの魔女〟様が許可されるというのなら……私共に拒否など出来ようもございません」
「だそうだ。サンドラ、普段通りでかまわんよ。……なんなら私も、以前の様な口調に戻した方がよろしいでしょうか」
「! い、いいえ!! その、……ええ。わかりました」
「ありがとう」
公爵が「言う通りにしろ!!」って顔をしているのを確認してサンドラが折れた。
「さて、ヘタレとは会話をしたかい?」
「ヘタ……?」
「そこの王太子の事。ヘタレだろ。君の前ではいつもの冷静な王太子でいられなくなるから避けてたんだ。……ニヤけた顔を見られる訳にはいかないものなぁ?」
「……ッ」
サッと頬が赤く染まったヘタレを見れば図星であった事が見て取れる。隣に座るサンドラから少しでも見られないようにそっぽを向くが耳の赤さまでは隠しきれていないぞ。そしてそんなヘタレの様子を見て赤くなるサンドラ。……青春ですなぁ。
「あの、婚約の事なんだけど……」
「うん」
「私……、これまでずっと殿下に嫌われていると思っていたの。きっと政略だから仕方なく婚約したんだって。だから私、いつでも婚約解消してもいいようにって言い聞かせていたの……」
そう語りだしたサンドラは時折言葉に詰まりながらもこれまでヘタレとの婚約を政略でヘタレは仕方なくサンドラに付き合っていただけだと、そう思っていた。そこは七日前に聞いていた事だったので省略。結局のところどうなのかと言うと。
「お互いに言葉が足りなかったのよ。そしてお互い、政略だと思い込んでいたから……」
そう気恥ずかしく話すサンドラの隣にはぴたりと寄り添うヘタレ王太子。以前の様な無表情ではなく表情からも態度からもサンドラを愛していると発している。……いや、お前変わり過ぎだろ!
「心配してくれてありがとう。だけど……マクシミリアン様の婚約者でいたい。この方の妻となって隣に立ちたい。支えたいの。……それが私の気持ちなのよ」
「そ。いいんじゃない?」
「「「え?」」」
「は?」
なんだよその目は! 私を何だと思ってんだ!
「サンドラがそれでいいと決めたのなら何も言わないさ。貴族として、公爵家に生まれた娘としてでなくただのサンドラとしての決断だろう。それなら私がいう事は何も無いよ」
「あ、ありがとう。クレ、……オルタナ様」
「君ならクレアでも構わないよ。呼びやす方で呼べばいい」
「……では。クレア、ありがとう」
七日前の疲れた顔とは打って変わって明るい顔になったサンドラ。それの要因がヘタレとの対話と和解というのは何故かモヤモヤするがこの表情をさせる事が出来るのはヘタレ王太子だけなんだろうな。
どういった会話をしたのかは知らないが今後この二人に壁が立ち塞がっても大丈夫。そんな風に思える程に二人の雰囲気が変わった。お互いがお互いを想い合っているのが一目瞭然。見つめ合う二人はこちらそっちのけで自分達の世界に入り込んでしまっているではないか。
けしからん。もっとやれ!
「さ、ではもう後は若い二人で過ごすといい。今後の君達に苦難が立ちはだかったとしても、きっと乗り越えられるだろう」
見ていて微笑ましい。そして―――羨ましいな、少しだけ。
さぁ! もうここには用はない。帰ったらディアナに断りの連絡を入れて、お茶会の準備でしょー、招待状も書いてー、庭の手入れもしたいしー、魔道具の研究もしたいなー! わぁー! チョー多忙じゃん! さっさと帰ろう!
「じゃあな。結婚式には出席はしないけど祝福させてもらうよ。達者でな」
「あ……クレア!」
「ん?」
「クレアは……クレアはもう、いないの?」




