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6.マクシミリアン視点2


サンドラ、愛してる。


そうして死を覚悟した。


「……」

「……」

「……」

「……」


……え?


長くないか……?

死を覚悟したというのに一向にその時が来ない。不審に思い目を開けるとそこにいたのは―――。


「ぺテリウス教皇?」

「懐かしい気配に誘われてやって来たら……。ご帰還、お待ちしておりました。―――オルタナ様」

「―――ッ!!」


突如現れたぺテリウス教皇は何の躊躇いもなく魔女オルタナの前に跪いた。その流れるような動作に目を奪われたがこれはとんでもない事だ。

アンヴィル教の頂点に立つこの男の前では一国の国王と言えどもその下に位置する。このヴァン大陸の九割、世界を見ても全体の三割を占める教徒を抱える宗教界の頂点という人が今、魔女オルタナの前に跪いたのだ。


「待っていたとは……教皇! 一体どういうことだ!?」

「静かに!」

「!!?」


跪いた事に対しても驚いたが、更に驚いたのは教皇が口にした『待っていた』という言葉だ。


アンヴィル教は唯一絶対の神を祀る宗教だが〝災禍の魔女〟を『神を困らせる娘達』として厄介者扱いして来た。表立って〝災禍の魔女〟を批判する事は無いが好き勝手振る舞い、神が与えた土地を焼き尽くし神の愛する人間を無造作に死に至らしめる魔女達には苦々しい思いを抱えている事は謂わずともしれた事だ。


そんな教会のトップともあろう人がいくら〝災禍の魔女〟と呼ばれる大魔女オルタナであってもこうも簡単に跪くものなのか?


「オルタナ様の御前です。控えなさい、マクシミリアン殿下!!」

「!!」

「他の者も!! 何を突っ立ている、無礼であろう! 控えなさい!!」

「よい、ぺテリウス」

「!!?」


教皇のあまりの形相に体が震えた。立っている事が出来ていた者達は私を含めて慌てて膝をつき頭を下げようとしたその時ヘインズ嬢……大魔女オルタナが声を発した。


「今更頭を下げられたところでこの者達の未来はない。いくら取り繕うと、この者達には私が〝始まりの魔女〟とは信じられないだろう。クレア・ヘインズが偉ぶって尊大な物言いをしているとしか思っていない人間が、ここに何人いると思う。説明するより見せた方が早い」

「それでは王都の人間全てが死んでしまいます」

「それの何処が問題だ」

「「「―――ッ!!」」」

「お怒りはごもっとも。しかしながら、そうなればブライアーズ公爵令嬢のお心が壊れてしまいましょう」

「……」

「『哭声(こくせい)の魔女』様の二の舞になりかねません。どうかお考え直し下さい」


今、なんと……?

サンドラが『哭声の魔女』の二の舞に……?

それはサンドラが〝魔女〟となる可能性があったという事か? まさか、本当に!?


「……」

「オルタナ様」

「……ハァ。サンドラだけでなく、セレストも持ち出すか……」

「どうか、お願い申し上げます」

「チッ! わーかったよ。その代わり、このカス以下女の称号を今すぐここで剥奪しろ!」

「はい! 今すぐに!」


……信じられないが、今まで向けられていた殺気と魔力での威圧がすっかり消えてしまった。


「―――ッ!?」


緊張が解けて腰が抜けてしまった。情けないが尻餅をついてからどれだけ体が強張っていたのかを思い知らされた。そしてバクバクと心臓が鼓動し、嫌な汗が垂れ流れる。


「ケッ! なっさけねー」

「「「―――ッ」」」


心底馬鹿にしたように吐き捨てられた魔女オルタナの言葉に、私と同じく腰が抜けて動けない者達が赤面した。だけどその言葉に反論出来るはずがない。何故なら力が抜けて立ち上がれない者達の中の多くは失禁したり助かった事に安堵し声を上げて泣き出したりと、魔女オルタナが言う様に情けない様を晒している。


『情けない』を否定できるはずがなかった。

目の前にいるヘインズ嬢、大魔女オルタナは今はもうオレ達に興味がないのか窓の外を眺めている。


『それでは王都の人間全てが死んでしまいます』


教皇が発したその言葉。オルタナは本気だった。本気でこの学園にいる者達を、王都中の人間を殺そうとした。その事に対してオルタナは何が悪いのかわからないというように、何の躊躇いも見せなかった。


(~~~ッ! オレが! オレの言動が王都の人間全ての命を危険に晒してしまった!!)


信じられないがこれは間違いなく事実だ。オルタナにとってオレ達なんて地面を這うゴミ虫に過ぎない。いくら踏みつけようと罪悪感もなく踏み潰す。それが大魔女オルタナ。


「聖女ミリア。お前の〝癒しの聖女〟の称号を今この場で剥奪する。これからはただのミリアとして生きるがいい」


己の仕出かしに震えていた所、教皇の声が響いた。そちらに目そ向ければ嫌悪の表情を隠すこともしない教皇の姿とミリアの絶句した顔があった。教皇はミリアの称号〝癒しの聖女〟を剥奪。そして教皇のみに使用が許されている伝達魔法で金の鳩を生み出した。一斉に飛び出し空を掛ける金の鳩はアンヴィル教の教会がある土地に向かっている。ヴァン大陸全土、海を越えて世界各国の教会に〝聖女の称号剥奪〟が伝えられ始めた。一時間もすれば世界中に知られるだろう。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!? 称号の剥奪ってどういう事!?」


ここに来て未だに理解しないミリア。我に返って抗議し始めたが、よくこの状況でそんなことが出来るものだ。周囲を見渡せばそう思ったのはオレだけではなかったようで皆が皆信じられない、という顔をしている。


「アンタ教皇でしょ!? いいの!? こんな事して!!」

「〝こんな事〟とは? 具体的に言ってみなさい」

「なっ!? だ、だから、私から〝聖女〟の称号を奪った事よ! 私の力がなかったら、ア、アンタの地位だって下がるのよ!? わかってんの!?」


ヒステリックに叫ぶミリアは教皇に対して何を言っているんだ。


聖女の称号が剥奪されたのも、大魔女オルタナによって力の消失を証明されたばかりだというのに。しかも衆目の上でだ。言い訳もできない、実験体になったオレが言うんだ間違いない。


ミリアの癒しの力は弱々しく、血が抜けて体が冷たくなっていくのを実感した。トリスタンも無残に両足を切り落とされ死を覚悟したはずだ。手を翳し祈る素振りをしたミリアから光が放たれる事は無く、全く反応しない事に焦りと死への恐怖が襲った。もうサンドラと生きる事は出来ないのか、そう考えた時に温かい光に包まれた。それはミリアの弱々しいものとは格が違うもの。全身を温かい湯に浸っているような感覚が心地よく、気づいた時には完全に癒えた後だった。


「ぺテリウス」

「はっ!」


底冷えするような冷たい声が教皇を呼んだ。穏やかとは言い難いが幾分か落ち着いたというのにこれでは逆戻りだ! どうしてここまで愚かな真似が出来る!? 


「コイツの処分はこちらで行う。〝災禍の魔女〟が責任を持って処分する故、お前達は手を出すな」

「御意。仰せの通りに」

「なっ!? 何言ってんのよ! バグのくせに!」


この女は馬鹿なのか……! 今さっきまで命の危機があったというのに何を考えている!!

折角教皇がとりなしてくれたというのにこれでは……!


「安心しろ王太子。サンドラの為だ、王都を焦土に変える事はしない」

「! ハッ、有難き幸せ」

「ちょっと、マックス!? なんでこんな奴に頭を下げてるのよ!?」


そんな事当たり前だ! 王都の人間全てを何の躊躇いもなく殺戮しようとした魔女だぞ!? 頭一つ下げて助かるなら安いものだ。何故それがわからない!?


「ハッ! しゃべれば人を不快にさせる天才のようだな」


ゆらぁり、と動き始めた魔女オルタナは真っ直ぐミリアに向かって歩き出す。にやぁっと深く妖艶な笑みを浮かべる姿にゾクッと背筋が震えた。……恐ろしい、笑っているのにまるで死神のように見える。


「不快な言葉しか紡げぬようなこの舌は……ひっこ抜いてしまおうかぁ!」

「ひぃぃぃっ!?」

「訊きたいことがあったがそんなモノ、お前の口が無くても問題ないしなぁ? 頭が残れば記憶を抜き取れる。これ以上不快な言葉を訊く必要はない、よなぁ!!」

「あ゛ああぁぁぁぁぁっ!!?」

「「「きゃああああぁぁぁぁっ!!!??」」」


ビチャッビチャボトボトボトッ


あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!?


「あー、心地よいものよな。不快な言葉より断末魔の方が実にいい声よ。ふふっ他の魔女達にも同じようにいい声で鳴くと良い。きっと喜ぶ。無能が唯一出来る芸事だ、手を抜くなよ」

「あ゛あ゛っ!?」


ビチャッ

おえええぇぇぇ

うげぇぇぇ

ひぃぃっ! た、助けてっ!


そこら中から嘔吐する音や逃げ出そうとする者の藻掻く音や泣き叫ぶ者の声が響く。吐瀉物の臭いや失禁での汚物臭、そして噎せ返るような血の臭い。


「うっ、ぐえぇぇ」


ビチャビチャッ

胃の内容物が吐き出され生理的な涙が零れる。何度も嘔吐き胃の中身が空っぽになり胃酸だけになっても吐き続けた。


「フンッ! 王都全域を焼野原にされるよりよっぽどマシだろう。人一人、舌だけで済んだんだ。有難く思え」


そう言って無造作に放り投げたのは抜いたばかりのミリアの舌。

オルタナは本当にやった。

ミリアの口に指を差し込んだと思ったら躊躇いもなく力任せに引き抜いた……!


魔法で動けなくしたミリアを心底見下した目で見下ろした後、残忍な笑みを浮かべ舌を掴んだ。体が動かないミリアはうーっうーっと唸るだけで成す術がない。ミリアの赤い舌を弄ぶように何度か軽く引っ張った後にやぁっと口角を上げたかと思うと……後はもう血みどろのミリアが口を押えてのたうち回ってた。


もうオルタナを睨むなんて余裕はない。口から流れ出る血が止まらず抑えている手の指の隙間から垂れ流れる。口からの出血で本当に舌が抜かれた事が知れた。


ゾクッ


何処かでそんな残虐な事はしないと思っていた。脅す為にやっているだけだと……。だけどその認識は間違っていた。


(本物だ……! 本物の〝災禍の魔女〟!! 甘く見ていた、彼女はもう『ヘインズ嬢』ではない!!)


地味に過ごしていた側近候補の婚約者。ただそれだけの認識しかなかった彼女が大魔女オルタナで、人を殺す事など何とも思っていない、本物の……!


「うぅっ、バ、バケモノ……!」

「! 無礼者!!」

「「「ヒッ!?」」」


誰かの『バケモノ』発言に反応したのは教皇。その異常なまでな怒りはオルタナには及ばぬものの十分恐怖を感じるものだった。


何度も死の恐怖に晒され精神はもうボロボロ。生き残る事が出来てもこの日の恐怖を忘れる事は絶対にないだろう。恐ろしくて恐ろしくてもう二度とこれまでと同じ日常が送れるとは思えない。心の弱い者はもうこの場で壊れているかもしれないし、壊れずともきっと一生引きずる事になる。


「ぺテリウス、そう怒る事もあるまい。そこの者が言う様に……」

「「「……」」」

「私はもう……とっくの昔にバケモノさ」

「……オルタナ様」


そう無表情でいう魔女オルタナはどこか寂しそうに見えた。


魔女オルタナ。


建国よりも前〝始まりの魔女〟と呼ばれる魔法を確立した革命児。千年を生きる魔女と言う存在で人間という殻を破った存在だ。人間を止めた事で人間の心を失った、力と引き換えに心が死んだ哀れな女。彼女の事で知られているのは王国の祖の祖父を養育し死ぬ間際に彼女が滅ぼした国々の元国土の大半を譲られたという事。その後の事は学園卒業後に予定されている教育で知らされる事になっている。


だがそれでは遅かった。


(知らねばならない。この国の王となる者として。養育された者の子孫として。……生かされた理由を知りたい)


『『哭声の魔女』様の二の舞になりかねません』


サンドラが歩む事になっていたかもしれない魔女の道。

共に生きたいと思ったサンドラを魔女にしたくない。隣に立っていて欲しいのはサンドラだけなんだ。


彼女を魔女にさせない。


その為には何故〝魔女〟が生まれたのかを知る必要がある。


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