5.マクシミリアン視点
『レアードのように全て焼き尽くしてやる!!』
〝始まりの魔女〟オルタナが歴史に登場し名を刻んだ『鮮血の安息日事件』。その事件によってレアード王家の国王、王太子、第二王子の三名が死亡。そしてその事件のきっかけとなった〝聖女〟も殺害された。
そしてその事件から半年後。レアード王国を取り囲む三国が統治者を失ったレアードを保護する名目で乗り込んできた。だが実際は〝魔女〟となったオルタナを手に入れようとした浅はかな考えによる侵略であった。『保護してやるから我が国に仕えろ』そう言われて黙っているオルタナではない。あまりに無礼な物言いと態度に激怒。一晩でレアードを含める四か国を焦土へと変えてしまった。その規模はヴァン大陸の五分の二以上となり、生きる者全ての命がたったの一晩にて刈り取られてしまったのだ。
その燃え盛る大地はオルタナの怒りそのものであったという記録がとある国の書物に次のような言葉が残っている。
『燃える大地と空に照らされる赤く燃えるような月が、幻想的で言葉に出来ぬほど美しかった』
この日を後の世で『紅蓮の月夜事件』と呼ばれる事になる。
そして各国は魔女オルタナを『決して怒らせてはいけない存在』と認め、彼女の機嫌を損なわせないようどこの国にも所属せず、どこの国であっても縛られず、どこの法も適用されない超法規的措置を取らざるを得なくなった。
オルタナの前ではどこの国の王であろうとも頭を下げなければならない。言うなればこの世界の頂点となった瞬間である。
決して逆らってはいけない存在となったオルタナの、信じられないほど凶悪な事件がレアード王国を焼き滅ぼす事になった『紅蓮の月夜事件』だ。
そしてこの事件でレアード王国での唯一の生き残りが現在のエンブリオ王国王家のルーツ。レアード王国最後の王の甥がエンブリオ王家の祖となった王の祖父だ。つまりエンブリオはレアードの血族が興した新たな国という事になる。
そんな王家にオルタナの功績や引き起こした事件の記録が残っていない筈がない。王家に生まれた者は必ず物心つく前からオルタナに逆らってはいけない事を刷り込まれてきた。その刷り込みは最後にこう続く。
『この地はオルタナ様の掌の上。王族と言えど決して逆らってはいけません。いつでも、オルタナ様は我々を見ていらっしゃいます。その事を、常々お忘れなきよう』
*****
王太子マクシミリアンも例外ではなくその言葉は乳母によって寝る前に必ず聞かされた物語。幼い頃は悪さをしたら『オルタナ様がやって来るよ』とよく言われたが、それは王家にのみ伝えられた事ではなく民間伝承として多くの国民が知っている事だ。
だがいつの頃からかそんなのはまやかしだ、ただの伝承、子供を脅かす材料となっているだけだと気づき、それ以降は〝魔女オルタナ〟については魔法の授業で名が出るくらいで現在の王国ではただの有名な御伽噺の登場人物となり果ててしまった。
今、目の前で怒りをそのままに睨みつけてくる一人の少女。
彼女は側近候補として幼い頃からの付き合いのあるジェラルド・ウィルモットの婚約者であり、私の婚約者サンドラ・ブライアーズ公爵令嬢の親友であるクレア・ヘインズ伯爵令嬢だ。いつもサンドラの傍に控える彼女の印象は、失礼ながらジェラルドの婚約者という事くらいしか印象はない。
侍女のようにサンドラに仕える彼女と直接言葉を交したことがなく、サンドラに付けている影からの報告でその名を聞くくらいでしかなかった。ジェラルドは彼女を紹介する気がないのか、学園に入学してからも紹介は無かった。故に顔もあまり覚えていない。遠目から見た印象では真っ赤な髪を一纏めにした彼女はまだ年若いというのに年齢以上に見えた。ジェラルドには悪いが、あまり冴えない彼女が婚約者と言うのは気の毒に思えた。彼女はジェラルドに付きまとったり距離を縮めようとする事もせず、学園では同じクラスのサンドラの傍に控え、休みの日は自宅には戻らず寮で一日を過ごしている。必要以上に交流を持とうとしない彼女の事を変わり者と評価する者もいれば、ジェラルドとの婚約者という事で「身の程知らず」と呼ばれ妬まれる事も多い。
客観的に見ても美形なジェラルドの婚約者となってしまったヘインズ嬢を「地味」だの「雑草」だのと言った嫌味を言われる事は想像に容易い。落ち着いた印象と言えばそうだが、ハッキリ言えば地味だというのは周知の事実であった。
そのあまり印象の無いクレア・ヘインズ伯爵令嬢が睨み付けてくる。
あんなに地味だと思っていた彼女だが、今は見る影もない。常に一つに纏めてあった髪は下ろされ緩くウェーブした赤髪が魔力に乗って揺れている。そして印象がガラリと変わったのは眼だ。サンドラといる時は何故かそれほど気にならなかったが、彼女の眼光は鋭い。濃い紫色の瞳は神秘的で吸い込まれそうだ。
地味だと思っていた彼女はどこにもいない。途轍もない美人であった事に気づいたが今はそれどころではない。
そんな彼女の睨みだけで十分身が固くなるが、それだけでなく今まで感じた事のないような膨大な魔力と殺気を向けられ、体が震えて止まらない……!
魔術師団長の息子であるレビンなんかは魔力感知能力が高いため最早呼吸さえもままならないほどの恐怖に支配されている。命の危険を感じるヘインズ嬢の抑制しない本来の魔力は濃密で耐性のない者や魔力の低い者は次々と倒れていく。魔力酔いの症状だ。
魔力が高い私ですら彼女の魔力に中てられ、激しい船酔い状態となり嘔吐感に襲われるのだから私よりも魔力の低い人間が倒れるのは無理もない。
「三百年と言う月日は、どうやら貴様ら愚か者共の記憶の中から消え去るには十分な時間だったようだなぁ……!」
「ッ!」
ビシビシと空気が触れ、肌に突き刺さるかのような殺気。そして地の底から吐き出されたかのような憎しみの篭った声は、その場の人間全てを恐怖のドン底に落とすには十分だった。
「定期的に力を示す必要があるようだ……。まずはこの国の未来を担う、貴様達若造共を見せしめに血祭りにあげてやろう……!」
「「「ヒィッ!?」」」
生徒も教師も騎士も全てが恐怖した。
目の前にいるのは絶対的強者で私達を喰らおうとする捕食者だ。例え王国中の騎士と魔術師を総動員させても、この強者には勝てる事は無いだろう。かすり傷一つでも負わせることが出来たら奇跡だ。
「喜べ! 貴様らの命でこれから先の命が救われる! 貴様らゴミ虫の命でこの先の未来が救われるのだ、光栄に思うがいい!!」
そうして両手を広げ演説するかのような姿のヘインズ嬢。その言葉が本気であるという事は窓から差し込む魔法陣の光によって証明されてしまった。
(―――ッ本気で……! 本気でこの学園事吹き飛ばすつもりなのか!?)
何の躊躇いも見せずに発動させようとしているのは恐らく禁術指定されている爆撃魔法……! 魔術に関してはレビンには劣るがそれでも知識はある方だ。このレベルの魔法に対抗するのはいくら魔術師団長と言えど不可能。濃密に圧縮された魔力が上空から光の雨となって落ちてくるのだ。
防御は不可能! 絶体絶命だ……!
(クソッ! サンドラの事を出されて頭に血が上った……! オレのせいで、この学園にいる人間全てが殺される!)
成す術なく殺されるだけなのか。まさかヘインズ嬢が魔女オルタナであったなど誰が想像できたというのだ……! いや、それよりも伝承を御伽噺と断じた事が間違いだった。
エンブリオ王家は今は無きレアード王家の血筋。まだ幼かった始祖の祖父がレアード王家の唯一の生き残りで魔女オルタナが養育したと記録されている。言ってしまえば魔女オルタナが養育せず放置していたのなら今の王国も王家も存在しなかった。
物語通り、この国は魔女オルタナの手中にあるのだ。一度怒りを買えばレアードやその周辺国と同様に焦土と化すのだと、その恐怖を知っている人間が後世の人間に伝える為に寝物語として引き継がれてきたのだ。
(それを今気づいてどうする!? 怒りを買った後じゃないか!!)
私の言動、聖女の真偽を探る為に敢えて近づいた事は良いが、それに時間を取られ過ぎた事、そしてサンドラを想っての行動だったが逆に彼女を傷つけてしまっていた。その事に気づかず聖女に恋する王太子を演じ、聖女が墓穴を掘るのを待っていたなんて、なんて馬鹿なんだ。
それに今回の階段転落事件。
影からの報告はまだ聞いていない時にヘインズ嬢が現れた事で真実を知ったのは今しがた。彼女から知らされたのはヘインズ嬢が階段から落ちたのではなく、ぶつかって来た聖女によって突き落とされたサンドラを庇い、ヘインズ嬢が転落したという事。
私の対応が悪かった所為で、サンドラが標的となってしまった。
その事に衝撃を受けて頭が真っ白になったが、その後すぐに聖女への怒りに変わった。今も恐怖で震えている聖女、ミリアを殺してやりたい衝動に駆られてしまった。
常に冷静に、大局を見極め行動しなければならないというのにオレはサンドラに関わる事には冷静ではいられない。聖女を騙していたのも元は父である国王から聖女への婚約者変更を示唆されたからだ。
これに反発し学園卒業まで時間をどうにか貰い、ミリアの振る舞いが王家に相応しくないと印象付ける為側近候補達をも巻き込んで一芝居打つことになった。それが出来たのも編入してきたミリアが人が変わったようだったから、もしかしたらこれまでの聖女の姿は全て芝居なのではないかと推察し、一芝居打った。
これが的中。ミリアは高位貴族に片っ端から声を掛け誘い始めた。遠回しに断って来た令息には聖女の力を使用しない事を匂わせる事で手懐けて行った。まるで悪女の様な姿に聖女の面影など一切ない。着々とミリアの行いに対する証拠を集め、如何に王家に迎えるにはリスクが伴うかをあの父に分からせる為に敢えてミリアを調子づかせた。
それが悪かった。
考えるまでもなく私も側近候補達も婚約者がいる身。私は自分とサンドラの未来を夢見て現実を見てこなかった。その結果がコレだ。
「安心しろ。サンドラだけは助けてやる。その後の生活も私が責任持って見てやるから、王太子」
「……っ」
「用済みだ」
「―――サンドラッ……!」
突きつけられる現実。オレはここで死ぬ。永遠にサンドラとさよならだ。守りたかったのに、傷つけるだけ傷つけ何もしてあげられなかった……!
「ではな。恨むなら王太子と自分自身を責めるんだな。私を甘く見てそこの聖女もどきを祀り上げたお前達自身をな!!」
さようなら、サンドラ。
信じて貰えないかもしれないが
愛してる




