22.幸せにね
「まぁ! とっても素敵なお庭!」
少女から大人の女性へ階段を上り益々美しくなっていた可愛い子は我が領域の自慢の庭に通すと声を上げた。薄っすら頬を紅く染めて見つめる姿からその言葉にウソがない事がわかる。
「疲れたろう。今、お茶を淹れるから少し待って」
「あ、気にしないで下さい。でも、こんなにも素敵なお庭で飲むお茶はきっと美味しいでしょうね」
フフッと笑う可愛い子はサンドラ。ブライアーズ公爵家のご令嬢で一週間後には予定通りエンブリオ王国王太子の妃として王族となる。式まで時間がない中、結婚前に改めて会いたいとぺテリウスの元部下経由で取次があり、二つ返事で了承したのだ。だがそれは二月も前の話。それが結婚式の一週間前になったのはサンドラの隣にいる男の所為だ。
「……始まりの魔女オルタナ様におかれましてはご壮健のようで何よりでございます。この度は妻のサンドラの我儘に付き合って下さいました事、恐れ多くも誠にありがとうございます」
「……かたっ苦しいなー。本性はただのサンドラ馬鹿なくせして何かっこつけてんだか。あとまだ結婚してないだろ」
「……っ!!」
耳まで真っ赤にしちゃって。かーわいー。
小声で『何で知ってる……。え? そんなにわかりやすかったのか?』とぶつぶつ言ってる。悪いけど丸わかりだったよ。
「最後に会ったのは一年半前だったね。私がいうのもなんだが、王都は落ち着いたのか」
「はい。教会の皆様も魔術師団も総出で対処にあたりましたので今はもうすっかり落ち着いています」
「今は私達の結婚祝福モードで沸き立っているくらいです」
一年半前。
私が三百年振りに復活し、公の場に現れたのち行われた王城での今後の進展についての話し合いで、サンドラと王太子は修復を選んだ。その際邪魔が入り私が苛立った事で王都の民に死者だ出てしまった。あとは私を格下と軽んじた魔術師団の一部には死の制裁を与えたっけ。あの時の魂は梱包して魔王の元に送ったらお礼状と共に『久しぶりの人間の魂、美味しかったです!』と感想を受け取ったのも懐かしい思い出だ。
「レビン……あの時亡くなった魔術師団長の子息であるレビン・ドレイパーは爵位を継承し魔法伯として魔術師団で働いております。……オルタナ様に鼻で嗤われるような魔術師にはならないと、昼夜魔法の勉強も訓練も仕事も欠かしておりません」
「へぇ。あの時でもなかなか見込みはあると思ってたけど、更に成長しようとしているのか。それはいい。向上心があるのは良い事だ」
「はい。……お父上を亡くされた事には思う所があるようですが、オルタナ様に対して恨みはないとのことです」
へぇ。恨んでもいいだろうに、案外堅実な奴だな。
「……騎士団長子息のトリスタン・デズモンドは見習い騎士として騎士団に入団しました。騎士団長の子息で伯爵家の嫡男という事もあって入団前までは手加減されていたようですが、今では平民階級出身の騎士見習いに混じって基礎から叩き込まれている最中です」
「あぁ、あの脳筋か」
「騎士団長になるのは当たり前だと今まで剣の訓練をサボった事も手を抜いたこともなかった奴ですが、オルタナ様の前に手も足も出なかった事が余程ショックだったのかしばらくは塞ぎ込んでおりました……」
あの脳筋でも落ち込む事もあるんだなぁ。まぁ気落ちしても三日もすりゃ復活したんじゃないの?
「一時は己の視野の狭さに騎士団長どころか騎士になる事も諦めると言い出したくらい、落ち込みまして」
「え?」
「そうですね。……三か月程は自室から出ず誰にも会わずで引きこもってしまって……」
「ありゃー」
メンタルよっわ!!
そんなんじゃあのまま騎士になっても大した武功も立てられなかったんじゃない?
「そこへ婚約者のエレミー様が何度も訪ねられ、引っ張り出してくださいましたの」
「エレミー嬢がね。あははっ! 素を出したんだ?」
「えぇ。ふふっ、その場にいなかった事が悔やまれますわ」
「それは私も見たかったなぁ」
あははっと笑い合う私とサンドラ。だけど王太子だけは気まずそうに黙っている。その様子からするに、その場に居合わせたんだろうな。
エレミー嬢は脳筋……トリスタン・デズモンドの婚約者だ。サンドラとの繋がりで良く一緒に過ごしたので彼女の為人はある程度分かっている。
初めて会った者の彼女の評価は小柄で可愛らしく、騎士の家に嫁ぐにしては少し気弱な感じ。という印象を抱くだろう。実際腕も腰も細く、いっそ病弱なのではないかと疑ってしまう『深窓の令嬢』という言葉がよく似合う女性だ。彼女自身、争いごとを好まない心優しい人であるからそれが内面から溢れていた。
だから彼女の素を知ると驚いたし面白かった。
「まさか入室の許可なしに部屋に押し入ったかと思えばベッドで丸まるトリスタン様を蹴り飛ばし、庭まで引きずり出したかと思えば」
「……訓練用の模造刀を持ってトリスタンを叩きのめすとは、な……」
何処か遠い目をする王太子はその時の光景を思い浮かべているようで「見かけによらない。見た目で判断ダメ、絶対……」と呟いている。よく呟く奴だな。
「エレミー嬢ならするだろう。むしろ三か月もよく黙っていたと称賛する」
「まぁ! そうですわね」
「……はは」
見た目は華奢。生粋のお嬢様でナイフとフォークより重い物など持った事はございません、という外見をしておきながら彼女はそんな華奢な令嬢からは想像も出来ないほどパワフルだ。
実家が辺境近くの伯爵家という事もあり、小さな頃は領地で野山を駆けまわり、隣領の辺境伯の兵士の訓練に参加するような子だ。見た目は天使だけど身体能力はそこら辺の嗜み程度にしか剣を握ってこなかった男貴族よりも高く、才に溢れていた。
見た目からあまり筋力もなさそうに見えるが実のところめちゃくちゃ力強い令嬢なのだ。だからと言って脳筋のように頭まで筋肉という訳もなく、立ち振る舞いやマナーは淑女としてまったく恥ずかしくないレベルで会得している。
そんな彼女の婚約者があの脳筋。見た目で判断した脳筋は彼女をことさら大切に壊れないように丁寧に扱ってくれたらしい。だけどそれがエレミー嬢にとっては不満だった。
『まるで壊れ物を扱うようなのです! とても大事にされているという事かもしれませんが、何でもかんでも自分でやってしまって私には何一つさせようとしないんですのよ!? わたくし、そんなにやわではありませんのに!!』
なんならあの中で一番の武闘派だったなぁ……。
不満があるにしても伯爵令嬢がストレス解消に王都周りを全力疾走するのはどうなんだ? 一応変装してたけどさぁ。
「叩きのめされたトリスタンに『大魔女オルタナ様に敵わないどころかわたくしにすら一太刀も浴びせる事の出来ない人間がっ! 〝殿下をお守りする事が出来なかった〟ですって!? あなたは王国最強の騎士にでもなった気ですか! その場にいたのが騎士団長なら兎も角、その子息に過ぎないあなたに一体何が出来たと!? 命を取られなかっただけ有難いと思いなさい!! そしていつまで蹲っているつもりなの!? 折角ご温情で生き延びたというのに、なんてザマですか! そんな事では一生オルタナ様に笑われてしまいますわよ!! それでもいいのっ!!?』……と、それはそれはすごい剣幕だった……」
更に遠い目をする王太子は何だか見ないうちに少し老けたようだ。……不憫だからお茶菓子を多めに分けてあげよう。
「まぁ、おかげでトリスタン様も目が覚めたようで。その日から外に出て改めて騎士を目指して現在に至りますの。無断で学園を休んでいた事も含めて謝罪行脚を始めて騎士団にも改めてこれまで騎士になったような顔をしていて我が物顔で訓練に参加していた事を謝罪されたとか」
「ほぉ。って、許可とってなかったってこと?」
「ええ。代々騎士団長を輩出してきた家系ですから自分もそうなるものだと、慢心していたようです」
「それは……阿呆だな」
「えぇ、まぁその、ねぇ?」
「……擁護できんな」
救いなのは訓練を怠らず真面目に取り組んでいた事か。
「……まぁ、それで一皮剥けたというなら良かったんじゃない?」
「えぇ、そうですわね……」
「……はい」
その後の脳筋はエレミー嬢と共に訓練に明け暮れているらしく、騎士団長ご夫妻からは感謝され一日でも早く結婚して嫁いできてくれる日を待ち望んでいるという。既に夫婦間の上下関係が明らかだ。
何とも言えない空気を払拭するかの如く、サンドラが結婚式が楽しみだけど緊張するとか来賓が多くて対応出来るか心配だという話題に移行させた。
王太子の結婚式ともなれば多くの国が来賓として迎えられる。各国の代表が一堂に会する事になるので警備の方も万全にしなければ国際問題に発展しかねないので結婚式は楽しみだが緊張感も同じくらいあって辛い、とサンドラが弱々しくなっている。王太子が慰め「一緒に頑張ろう。頼ってくれ」と労わる王太子。こっちも随分変わったようだな。
お互い見つめ合ってとっても幸せそう。
(……良かった、幸せになれたんだね)
心配していた事が一つ解決した。最初はこの婚約ぶっ壊してやろうかと思っていたけど、今の王太子なら任せられる。
「王太子」
「! はい」
「……サンドラを、よろしく頼むよ」
「っ! はいっ! この命に変えましても、必ず幸せにします!」
「いや、そこは共に生きろよ。未亡人にする気か?」
「しません!!」
初めっから素直になっとけばよかったのに。バーカ。
でも、まぁ。サンドラも幸せそうだし。ま、いっか。
「〝魔女オルタナからサンドラ・ブライアーズ及びマクシミリアン・ジーン・エンブリオに祝福を。これからの未来に、幸多かれ〟」
「「!!?」」
二人が巡り合い、出会い、そして結ばれたのが偶然なのか必然なのか。私には解らない。私が夢見た事を知らず知らずのうちに引き寄せていたのかもしれないし、違うかもしれない。
だけど今、二人が笑い合い、手を取り合っている。未来を共に歩める事に幸せを感じている。
「……よかった」
誰にも聞こえないようにこそっと呟いた。
二人は私が与えた祝福に驚き、呟きなど聞こえていなかったようだ。
それでいい。
君達は君達の人生を歩むといい。
かつて得られなかった未来が千年の時を経て実現した。決して結び付けようとした訳ではない。お互い同じ時代に男と女として誕生したのはきっと意味があっての事。聖女達がこぞっていう遊戯の世界だとしても、目の前の二人こそが運命の相手同士なのだと信じたい。
〝おめでとう。アシュリー、アイザック〟
心の中でかつての二人に祝福を贈る。
どうか幸せになって。私が奪ってしまった未来だけど、今世では幸せになって。
お別れの挨拶をして転移陣に入っていく二人を見送る。辛い時、悲しい時、これからはマクシミリアンが君の隣にいるんだからサンドラなら大丈夫。
「顔、見せなくて良かったの?」
陣が発動し帰って行った後、柱の後ろに隠れていたヨアキムに声を掛ける。ばつが悪そうな顔をしながら現れたヨアキムは唇を尽きだして不貞腐れている。
「……いい。アシュリーは覚えてい無し、その方が良い」
「……くすっ そうだね」
「でも、泣かせたら許さない」
「それは私も同じ気持ちだね」
ふふっ
お互い顔を合わせて笑い合う。
『幸せになってね、アシュリー。私達の可愛い妹』




