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2.目覚めたクレア



「―――クレアッ! 目が覚めたのね!」


目を開けると知らない天井が飛び込んできた。そして()()()()の泣き顔。頭を強く打ったのか酷く傷むが起き上がれないほどではない。上体を起こそうとするとサンドラと白衣を着た医師に止められた。どうやらここは保健室らしい。意識を失った私はサンドラ付きの護衛に担がれここまで運ばれてきたのだという。


医師から問診と触診をされた後、全身打撲の上に頭には大きなたんこぶが出来ているのでしばらく安静にするようにと告げられた。お礼を言うと医師は気を利かせて退室していった。


「ごめんなさいクレア。私の所為で……」

「貴女の所為ではない。責任があるとすればぶつかって来たあのピンク頭だよ」

「ぴ、ピンク……。えと、ミリア様、の事よね?」

「ええ、ピンクです。頭の中もあのようにピンクなのでしょう。阿呆な女」


フッと心底馬鹿にした表情をして見せた私にサンドラは驚いている。目をぱちくりさせる姿は大変に愛らしい。どこぞの人工物とは訳が違うな、など考えていたらその愛らしい表情が曇っていく。


「それでも……私の責任だわ。咄嗟の事とは言え、魔術の訓練も体術も習ってきたのに……。何も出来なかったもの」


そればかりは仕方ない。訓練として習っても実戦は初めてだったんだから。むしろそんな状況にある方こそ問題だ。


「私ね……婚約者を辞退するの。お父様もお母様も……賛成してくれたわ」

「……」

「元から政略ですもの。聖女様が現れたと知った時、いつかはこうなるのではないかと思っていたのよ」


そう寂しげに笑うサンドラは仕方ないと諦め、思い出を胸にこれからの人生を生きようというのは透けて見えた。

いくら聖女が相手であっても婚約解消となれば瑕疵となる。しかも学園では聖女をいじめる悪女とまで噂されているのだ。


彼女と同じクラスの私を含む級友達は彼女がそんな事はしないとわかっているし、噂している人間がいればその都度否定している。それでも噂が途絶えないのは王太子の婚約者というやっかみとブライアーズ公爵家を陥れたい家の連中が噂を途切れさせないのだ。それに加えて王太子の言動。


「殿下も彼女に想いを寄せているの。きっと……喜んでくれるはずよ」

「……」


聞けば元は王家からの願いで結ばれた婚約。ブライアーズ公爵家は当初拒否したがサンドラは王太子と結婚したいと願ったからこそ結ばれた。王太子自身は誰でも良かったのかもしれない、偶々自分が結婚したいと願ったから結ばされた婚約だったのかもしれない。そんな想いが燻り、でも本人に聞く事も出来なかったそうだ。


好きだったから。初恋だったから、諦めたくなかった。でもそれが王太子殿下の重荷になっていたのではないか。


「私、こんなのでは王太子妃や王妃なんてなれない! 殿下とあの人が仲良くしている姿を見ていると、どうしようもなく心をかき乱されるの……! 割って入って『私の婚約者を取らないで!!』と何度叫びたかったか……!」

「……」

「でも、その度あなたが丁度連れ出してくれたの。だからあんなに醜い私を殿下の前に晒さなくて済んだ。貴女のおかげなの。なのに……」


彼女の想いを爆発さぬよう、適度に発散させた。憎い想いを表に出さないようにするのはとても苦労し疲労する。小さなことでもイライラし、周囲にあたってしまうようになる。そして自己嫌悪に陥るのだ。使用人達は顔色を窺われるようになり、それがまた自分を追い詰める。逃げ場がない状況というのは人の心を容赦なく蝕み、精神をすり減らしていくのだ。


サンドラにはそんなことになる前に発散させていた。発散になっているのか心配していたけど、効果があったみたいで良かった。


「ごめんなさい。私の身代わりになって……本当にっ」

「こういう時は〝ごめんなさい〟ではない。身を挺して君を庇ったんだ。だけど……お礼なら受けとるよ。謝罪は結構だ」

「!……そう、そうね」


ハッとした顔をしてすぐに頷き改まって向き合った。


「助けてくれた事、礼を言います。ありがとう、クレア」

「勿体ない事、人生の誉れにございます」


そうやって向き合ったあと、どちらともなく噴き出した。


「「アハハッ」」


サンドラのここしばらく見れていなかった本当の笑顔。花が綻ぶようなその美しくも愛らしい笑顔がとても愛おしい。


一頻り笑った後、私はベッドから出る。


「待って! 私の侍女を呼ぶわ、無理しちゃだめよ」

「サンドラ。これから私はあのピンクのところに行くよ。そこには王太子もいるだろう」

「……えぇ、そうね」


暗い表情のサンドラには悪いけど、私はさっきまでの私とは違うんだ。


「これから私は不敬を通り越す行いをする。その対象は王太子。ついでにあのピンクも含まれる。君には悪いが王太子が傷つく様を見せる事になる」

「それは……」

「だから、君はここで眠っておいで。目覚めた頃には何もかもハッキリしているよ。……君の憂いの原因も、晴れている事だろう。だから……」

「ク、レア……?」


おやすみ、サンドラ。


きっと何もかも終わっているよ。その時には王太子と本音で語り合うといい。






******






「おい、そこの馬鹿ピンク」


下町のガラの悪い男みたいな口調だがこいつ相手に取り繕うつもりも今後気遣うつもりもない。邪魔な生徒達を押し退け生徒会室に押し入ると王太子達は随分驚いた顔をした。


されど私の目的の相手はこいつらではない。取り囲まれわざとらしい涙を見せているそこの女に用がある。


当の本人はまさか自分を「馬鹿ピンク」呼ばわりされると思っていなかったのか大きく目を開けて驚き、そしてその大きな目を潤ませた。


「酷い……! そんな言い方するなんてっ!」

「黙れ。お前に殺されかけたんだ、文句など言える立場だと思うなよ、残りカス女」

「なっ!?」


学園に通う間、随分チヤホヤされてこんな言葉を投げかけられたこともなかったんだろう。周りにいる生徒達はほぼ貴族でこんな汚い言葉遣いには無縁のはず。おかげで変に注目を集めてしまった。


「お前、自分が聖女だと()()()()()()()()()()()()()。さっさとその地位を返上しろ、役立たず」

「何ですって!? どうしてそんな事、アンタに言われなくちゃいけないのよ!?」

「言葉遣いが乱れていますよ? 聖・女・サ・マ?」


わざと煽るような言い方をしたが、聖女は簡単に乗って来た。単純すぎて笑いも出ねぇわ。


「私は〝癒しの聖女〟よ! いいの!? そんな口の利き方して、アンタの事なんて簡単に……!」

「ミリア、よさないか! ヘインズ嬢も、この件については私の方からも謝罪する。どうかここは私の顔に免じて許してはくれないか」


王太子自らが謝罪する事などめったにない。あってはならない。たかが伯爵家の人間、それも実家からはいない者として扱われているクレア()に対してなど、本来なら気にも留めないだろうに。


だがこいつわかっていないのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「マックス!? どうして貴方が謝るの! 謝罪すべきはこの女の方じゃない!!」

「謝罪を拒否をする。お前が頭を下げたところで私に何の得がある」

「「「なっ!?」」」


私の発言に驚き固まる周囲。だがそんなものは知らん。


「お前の不手際のせいでサンドラが悲しんだ。間違うなよ、王太子。お前が真に大切にしなければならないのはどこのどいつだ?」

「!! それは……」

「不敬だ!! 控えろヘインズ嬢!」


騎士団長の息子、名は確かトリスタン・デズモンドだったか。伯爵家出身で騎士を目指す熱血漢。またの名を脳筋単純男。そう呼んでるのは私だけだがな。


「そちらこそ控えろ。護衛ぶっているのか何か知らんが今のお前はただの学生の身。正式に騎士になった訳でもなければ護衛として雇われている訳でもないお前如きが……私に指図をするな」

「貴様っ!!」

「図星だからと言って熱くなるなよ。護衛騎士ごっこは十分楽しんだだろう。……ごっこ遊びは終わりだ、脳筋はすっこんでろ」

「は? なっ!? ジェラルド、貴様っ!」


言い返そうとしてきたようだが婚約者殿が止めに入った。もっと早くしてくれよな。


「王太子。お前は聖女の真偽を探ろうとしていたな? それについては結構だが時間をかけ過ぎだ」

「! 何を言っている」

「そうよ!! 私は本物の聖女よ! 疑ってるなんてサイテー!!」

「そうだね、その通りだ。でもそれなら何故、私を助けてくれなかった?」


保健室で目覚めた時、体が癒されていた感覚はなかった。今もそうだが体中痛いしたんこぶが出来た頭は特に痛む。入れ替わったとはいえ、ぶつかって来ておいて謝罪もなく更には唯一の特技である癒しの力も使わない聖女。そんなふざけた女が〝癒しの聖女〟? 笑わせてくれる。


「私の力は希少なのよ? そんな力をアンタみたいな女に使う訳ないわ。この力に相応しい人間にこそ、使われるべき崇高な力なのよ。身の程を弁えなさい」


フンッと腕を組み偉そうに胸を反らせるカス女。入学してきた当初の言葉は忘れ去られているようだ。記憶力も乏しいとは……なんて残念な人間なんだろう。


「フフフッ。そう、わかった。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()、力を惜しまないということね」

「そうよ! この私に相応しい……っ!?」

「……え?」

「「「キャアアアアア!!?」」」

「あ゛ぁーーー、五月蝿い」


崇高な力を行使するのに相応しい人間。丁度ここにいるではないか。


「痛みは緩和させているが気休め程度だ。気をしっかり持ってくれよ、()()()()()

「うっ……ぐぅっ!」

「殿下っ!!」

「オイ聖女サマ。お前の力に相応しいお方が死にかけてるぞ。さっさと治して差し上げろ」

「ひぃっ!? あ、アンタ! 頭おかしいんじゃないの!?」


王太子の腹部は私が刺した細剣によって貫かれている。魔法で作り出した私の手に良く馴染む愛剣は私の望んだ場所に刺さってくれた。


グイッと勢いよく引き抜いたら激しく出血して更にその時の痛みで王太子は倒れ込んでしまった。周囲は慌てふためき女子生徒からは「きゃああああっ」という大絶叫。あーーー、五月蝿い。


これはただの下準備だというのに何を慌てているんだか。まぁこれで準備としては十分だろう。


さぁ? 出番ですよ〝聖女〟サマ。


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