1.クレア・ヘインズ
以下、検索避けをしていた時の名残です。
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フッフッフ! 勇者よ、よくぞ辿り着いた。ひっそり更新したのに気づくとは、天晴れ!
いや、本当に気づいて下さりありがとうございます。短編を加筆修正し長編としました。暇つぶしにどうぞ。
「―――クレアッ!!」
叫ぶような声が耳に届いた瞬間、全身に痛みが走った。
霞みゆく意識の中、薄ら目を開ければ階段の上で手を伸ばした状態のままの親友の姿が見えた事に安堵する。そして遠くで自分の名前を呼ぶ声を訊きながら、私の意識は闇に呑まれていった……
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クレア・ヘインズ
それが私の今の名前だ。ヘインズ伯爵家の長女で王立学園に通う十六歳。
私の両親は典型的な貴族の夫婦で政略の為に愛のない結婚を強要された仮面夫婦だった。だった、というのは母親は私が十歳の年に亡くなったからだ。父は母の喪が明けると同時に後妻を連れて来たのだが、後妻と父親との関係が私の知る夫婦とは大きくかけ離れていて母の時とは全く違う夫婦の在り方に驚いたのを覚えている。そしてその後妻には娘がいて名をアビゲイルと言った。
父の娘と言うのは一目瞭然。私と一歳差という事から母が存命中に別の家庭を持っていたという事になる。父と同じミルクティー色の緩くウェーブした髪と大きなブルーの瞳の異母妹。これまで見た事がない優しい顔をした父と義母に愛されて育ってきたのがすぐに分かった。
アビゲイルに対して私の髪は燃えるような紅。母に似たその容姿を可愛いと思った事は無いが、醜い事もない。少し吊り上がった濃い紫の瞳は美人と言えるだろう。
黙っていれば優し気な父と勝ち気な母。二人の見た目が真逆である事からも解るように中身も真逆。お互い第一印象で苦手であると直感で感じ取ったのか、そこから距離が縮まる事はついぞなかった。政略結婚としてお互い割り切った関係を築く事を義務とし、お互い腹の底では何を考えていたのかは母が亡くなった今となっては知る事も出来ない。
生前、母は貴族同士の結婚に愛を求めるものではないと言っていた。母には想い人という存在はいなかったようだが社交は好きだったらしく、夜はよく屋敷をあけていた。
父もいない、母もいない広い屋敷で私は使用人達に世話をされ言葉数少ない幼少期を過ごした。別に不思議と寂しいとも思わないし、虚しいとも思わなかった。思ったところで両親の仲が深まる訳ではない。私という存在は父の伯爵家と母の伯爵家の繋がりを現した者というだけ。
愛など芽生えなかった男女の義務で成されたのが私、クレア・ヘインズだった。
だから私は父が後妻を迎えた事については何の感傷もなかった。真に愛した者と一緒になりたいと思う事は別に可笑しい事ではないのだから。なのに彼らはそうではなかったらしい。
後妻が伯爵夫人として振る舞い始めた際、私についていた侍女とメイド数人はアビゲイルに仕える事になった。侍女のサラは私の侍女を続けたいと言ってくれたけど即日解雇され紹介状も渡されなかったらしい。慌てて家令が裏でとりなしてくれたおかげで何とか路頭に迷わないで済んだらしいがこの事が切っ掛けで伯爵夫人に逆らう者はいなくなった。
執事や家令も私を守ろうとしてくれたがそれを固辞。彼らが解雇されたら伯爵家は立ち行かなくなるのだから。父は名ばかりの伯爵で実質領地を運営し、家を支えていたのは彼らを含む使用人達だった。その事に気づかず偉ぶる父を、贅を尽くそうとする継母を、湯水のように金があるのだと勘違いする妹も。
―――実に滑稽だ。
こんな泥船はさっさと降りるに越したことは無い。
アビゲイルは私にいじめられた、アクセサリーを盗まれたと父にでっち上げ叱責される私の姿を見て愉悦に浸るような性根の悪い女だ。このままではいずれ私は社交界から異母妹をいじめる意地悪な姉のポジションに納まるだろう。物語じゃないんだからそんな役、御免である。
なので私は仮病を使い領地に学園入学まで引き籠る事にした。仮病と言ってもわざと水を被って風邪をひくなんて生ぬるい事はしない。
母が存命だった頃から世話になってた主治医に頼み、一服盛って貰ったのだ。
強力なもので本当に命の危険もあるような代物だったから「本気で殺す気だった!?」と疑ったがどうにか持ちこたえ領地療養をもぎ取った。義母も異母妹も目障りな私がいなくなるのは嬉しかったのだろう。父の前では我儘な姉を心配する良い異母妹を演じ、私には底意地の悪い顔を見せる妹。父は領地での療養を何故か渋ったが結局は可愛い異母妹と義母に従い、私は領地に引き籠った後は学園入学まで放置されたのだった。
領地で伸び伸び過ごす事約三年。
私は十三の年に王立学園に入学し学生寮に入った。
入学準備の為に数日滞在することになったタウンハウスは三年前と雰囲気が随分変わったようだったが、ここに住む訳ではないのでどうでもいい。
父には王立学園で寮生活をすると申告した際にとても驚いた顔をされたが、母の遺産から学費は賄うしタウンハウスには帰らないので家族の邪魔をしないというと今度は青褪めてしまった。恐らく面子を心配しての事だろうけどそんなモノ私の知った事ではない。
そんなこんなで学生生活を送り友達も出来た。まさに順風満帆。だけどそれも長くは続かなかった。
婚約の申し込みが来たのだ。
実家から連絡があって戻ると婚約の申し込みがあり、次の休みに顔合わせを行う事になったと聞かされた。億劫な気持ちを抑える事なく溜息をつく。父からは必ずその日は戻るようにと言い聞かせられ、その日は寮に戻った。休み明けの週は憂鬱過ぎて身が入らず親友から心配されてしまったのは失敗した。
そして当日。
顔合わせの後異母妹が婚約者に一目惚れをしたので婚約者を取り換えろと訴えたが父はそれを拒否。これまで願って手に入らなかったものなどないだろう妹はショックで泣いて大変だった。使用人達が。
婚約者殿の名前はジェラルド・ウィルモット侯爵令息。一学年上の宰相の息子だ。そして彼は美形ではあるが冷徹な人間で他者を寄せ付けないオーラを発している。同じ年の王太子殿下と魔術師団長の息子と騎士団長の息子と共に学園で不動の人気を誇っていた。
その冷徹男が何故私を婚約者に選んだのか謎だ。
二人にされ会話をしようと試みたが続かない。彼は黙ってお茶を飲んでいるか頷くか「ああ」「そうだな」くらいの返事だけ。元から口数が多い方でない私だからいいが、これでは女性にモテないぞ☆などと考えていたら時間になり解散。父は勝手に承諾の返事をしていたので「うわぁ……、ないわ」と思わず呟いてしまった。表情も露骨だったと思う。
でも返事してしまったのなら仕方ない。私は寮に帰っていつもと同じ日常に戻った。
え? 家に戻る? なんで? ある訳ないでしょ。あんなところ元から雨風凌げるいい寝床くらいの思い入れしかないのに。父親には止められたけど知らん知らん。
会話も続かないのに婚約は継続され、二週に一度は伯爵家に行って婚約者殿との親交を図る為の交流会が設定された。会話なくただ庭を見てお茶を飲むだけ。そこに妹が乱入して私が退席する。婚約者は異母妹と何か話をしているようだが私は実を言うと名を呼ぶ事も出来ていない。向こうからも呼ばれていない。
異母妹は婚約者殿の名前を呼び、腕を絡ませ甘えていた。時折勝ち誇った顔で見てくるがスルーするに限る。
それにしても、なるほど。ああいう仕草は男性の本能をくすぐるのか。勉強になったが実践するにはハードルが高い。多分一生使う事は無いな。
私はというとぼんやり空を見上げ「お空きれい」と二人の事はそもそも視界に入れていなかった。異母妹は諦めずに婚約者の交代を迫るので辟易していた。いっそ既成事実でも作ってしまえ。
そう思って礼儀に反しているが父には内密に侯爵家に婚約者交代願いを訴える手紙を送ったが返答はなかった。手紙を送った翌日、婚約者殿が私のクラスまでやって来てクラスの女子から黄色い声が上がり、私はその歓声から逃げるように図書室に向かったのは言うまでもない。
その後も婚約者同士の交流会→妹乱入→退席を繰り返し学年も上がり今は四年生。
婚約者殿は今年卒業で私も来年に卒業を迎える。このまま卒業したら結婚になるのだろうか。伯爵家にとって私は長女だが家を継がせたいのは異母妹の方だろう。現に侯爵家嫡男である婚約者殿との婚約は今も継続されている。後継ぎ同士の婚約は無い訳ではないがあまり一般的ではない。因みに異母妹は王立学園には通わず貴族女性が通う女学校に通っている。婚約者殿との結婚を望んでいるようだが父は婚約者の変更はしないとハッキリ断ったらしい。その事に対して何故か私を親の仇のように睨みつけてくる。解せぬ。
こちらとしては婚約してからの三年の間にこれと言って進展はないのだから解消したいと思っている。名前呼びすら許されていないというのにこのまま結婚しても明るい未来などあるはずないんだよなぁ……。
そんな将来の漠然とした不安を抱えている頃に現れたのだ。
〝癒しの聖女〟と呼ばれる存在が。
彼女は平民の孤児だったらしく孤児院で過ごしていたのだがある日友達が瀕死の怪我を負ってしまい、友達を助けたいという強い想いが聖女の力を覚醒させたのだという。
百年に一度現れるかどうかと言われる〝癒しの聖女〟の保護は国を挙げての一大事。孤児院で暮らしていた彼女は王家から教育者を招かれ、聖女に相応しい教育を施された。そして彼女の望みもあり治療院での奉仕活動も積極的に行っていたのだ。
まさに〝聖女〟の行い。しかもその奉仕活動と言うのは力に目覚める前から行っていたというのだから頭が上がらない。良く出来た娘さんである。
そんな彼女は公の場に出ても恥ずかしくない程度に教育された後、ここ王立学園に編入という形で入学してきた。教育された孤児で平民であっても身分に囚われず傷や病を癒す〝聖女〟様……の筈だったのだが。
「あぁ~~~!! マクシミリアンだぁ♡ お会いできてミリア嬉しい♡」
キッッッモッッッ!!
猫撫で声で十六にもなって自分の事を「ミリア」なんて呼ぶ痛いこの女が〝聖女〟?
「ないわ~~~…」
即行で関わらないでおこうと決めた私は悪くない。
しかし親友はそうもいかなかった。
「ミリアさん、婚約者がいる者にそうして馴れ馴れしくするものではありません。ましてやマクシミリアン様は王太子。いくら聖女と言えど、分別をつけてくださいと言ったはずです」
親友は王太子殿下の婚約者、サンドラ・ブライアーズ。ブライアーズ公爵家の長女だ。彼女の立場でなら聖女のこの馴れ馴れしい不埒な振る舞いに異議を唱えても問題はない。
しかし当の聖女は
「酷い……! わたしはただ、マクシミリアンに会えたのが嬉しかっただけなのに!! 私が平民の孤児だからって、酷いです……!」
「いえ、貴女の行いが悪いと言っているだけで平民だからと差別している訳ではありません」
「そうやって上から目線で私を馬鹿にしているんでしょう!? 私は平民に生まれた事に、なんの後ろめたさも感じていません!! 貴女のように身分で人を判断するなんて事、絶対にしないんだからっ!!」
そういって泣きながら駆け出していく聖女。残されたのは唖然としたサンドラ様と何とも言えない空気感。
王太子はその間何の発言もしていない。もっと言えば王太子についている我が婚約者殿も、魔術師団長や騎士団長の息子や聖女様のお目付け係として編入してきた司教の息子ですらも空気のように息を殺している。
……役立たず共が。
サンドラ様を促し教室に向かう。朝のやり取りを見ていた人は多く、サンドラ様を避けるような空気が出来上がっていた。婚約者として当然かつ真っ当な言葉であったが聖女の影響力は計り知れない。家からも不興を買うなと強く言われているんだろう。申し訳なさそうにするクラスメイト達の前でサンドラ様は王太子の婚約者として決して俯かない。堂々とした振る舞いにクラスメイト達も安堵し普段通りに授業を受けた。
どう言えばわかってくれるのか、以前はあんな事なかったのに、と真剣に悩むサンドラ様は真面目だ。流石は十年も王太子の婚約者をしているだけある。
聖女の振る舞いに対して苦言を呈せば身分を持ち出し差別だ、意地悪だ、ただの友達なんだから普通の事、学園では身分は関係ない、など斜め上の返答が返ってくる。その度身分の話ではない、分別をつけてくださいと言っているの、はぐらかさないでと、根気強く聖女を諭す。聞き耳持たない聖女は決まって泣き出し王太子殿下やその取り巻き達の元に駆け出しサンドラ様にいじめられたと訴えるまでが日常となっていた。
しかし王太子の婚約者としての教育を受けながら聖女の振る舞いの改善を試みるサンドラ様の負担は計り知れない。真面目であるがストレスを発散出来ないのは彼女の悪い癖でもある。どうやら時たま街に下りて巷で人気のお菓子や小物を買いに行く事がサンドラ様の癒しになっているらしいので時機を見て誘い街に繰り出す。公爵家の護衛と王家からも護衛をつけられているので万が一の事は心配していない。気を張りつめたままより偶に抜いてやらないと、どんなに強くても弾けるのは一瞬。
……そうなってしまえばどうやっても二度と元には戻らないのだ。
聖女の振る舞いを咎めるサンドラ様、泣いて助けを求める聖女、聞こえによっては聖女を気遣えという王太子。それを窘めない婚約者殿を含む側近達。そして婚約者の交代を諦めない妹。
そんな生活が続き、王太子達の卒業まであと三か月という時期に事件が起こった。
いつものように他愛無い会話を楽しみながら歩いていた私とサンドラ様が丁度階段を降りようと一歩足を踏み出した時だ。
ドンッ!
鈍い音がしたと思ったらサンドラ様の背に体当たりするピンク頭が見えた。
ピンク頭。それは聖女ミリアの髪の色。
サンドラ様が階段から落ちていくのがスローモーションに見える。
サンドラ様!!
私は思わず場所を入れ替えた。
私の立っていた場所にサンドラ様。サンドラ様の場所に私。どうしてそんな事をしたのか、わからない。けれどしなければならないとそう思ったから、した。
バタンッ!!
キャアアアアアァァァ!!
クレア!!
私の名前を叫ぶ声がした。階段上のサンドラ様は無事。ついでに聖女は何で、どうしてと困惑しているがこっちはどうでもいい。
一拍置いて激痛が襲う。あまりの痛さに私の意識は遠のき、闇に包まれていったのだった……
『大魔女オルタナ、復活する』を改めて長編にしました。検索避けをしたので気づく方は少ないでしょうが、気づいた方はよろしくお願いします。




