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10.ぺテリウスは犬属性


「ではこいつらの魂を魔王に届けよう」


強いて言うなら魔王との関係性は上司と部下、魔王と補佐官だろう。人間界に戻ると言っても引き留められる事三百年。思いのほか長く留守にしていたのは魔王の所為と言っても過言ではない。


「……魔王とはそれは……。いえ、オルタナ様であるならそれも当然。さすがオルタナ様です!」


なんかキラキラしい眼差しで見つめてくるぺテリウスだが支配なんかせんぞ。面倒くさい。一筋縄ではいかない魔族の相手なんてやってられるか。


「ま、後の事は知らん。国が滅びようと存続しようと私に関係ない、残された者達がどうにかすべき事だ」


魔女の機嫌で国が滅びるなど天災と思うしかないのだ。この世の何にも縛られない自由奔放な魔女の機嫌を損ねた。滅びる理由はそれで十分。恨むなら今回はあのバカ娘を恨め。


意識が朦朧とする中ヘタレはサンドラを庇うようにしてこちらの様子を伺っている。その目に悪意はないが私が行った事に対しての畏怖の念を抱いているようだ。サンドラは腕の中で苦しそうな顔を浮かべている。魔素濃度が一時的に爆上がりした訳だ。体調を崩すどころか意識を失う、発狂する、廃人となる、死亡するなど影響は様々。生きて苦しそうではあるが、逆を言えばそれだけで済んだのだからサンドラも十分魔力が高いという事だ。


他の人間がどうなろうとどうでもいいがサンドラがこれ以上苦しい思いをするのは嫌だ。不本意ではあるがヘタレに何かあってもサンドラが悲しむだろう。不本意だが。


「ではな。これに懲りたら私を取り込もうなど馬鹿な真似はせぬように。その時はこの比ではないという事、忘れるなよ」

「「「……っ!!」」」


息を呑む国王、騎士団長、ブライアーズ公爵と他の面々。ありありと恐怖が刻まれたその顔を見れば、もう歯向かうような真似はしないだろう。上がってしまった魔素濃度も私がいなくなれば次第に下がっていくし、それに伴って意識を失った者達も目覚め始める。発狂した人間は教会やギルド所属の治療師が時間をかけて戻すしかない。死んだ人間に関しては……お気の毒様としか言えないな。


「クレ、ア……!」


絞り出す声が耳に届いた。しかしそれに私が振り返る事は無い。


「クレア……! 待って、行かないで……、私も一緒にっ!」

「ではな。サンドラ、幸せになれ。ヘタレは死に物狂いでサンドラを幸せにしろ」

「クレア……!」

「、魔女様」


振り返ることなく領地に飛ぶ。


私は〝オルタナ〟


かつては存在しなかった魔法を確立させ、万人ではないが素質があれば誰でも使用出来るように世界に定着させた革命児。この世界で初めての魔女であり〝始まりの魔女〟と呼ばれる存在。そして怒りに任せてヴァン大陸の五分の二以上を焦土と変えた〝災禍の魔女〟であり魔法の深淵に辿り着いた魔女。


それが〝深淵の魔女オルタナ〟だ。私が魔女であるという以外の肩書など必要ない。


なのに領地に戻り少し過去に想いを馳せる。もうとっくの昔の話だというのに未だに引きずるなど我ながら未練がましい。人に厳しいというのに自分はこんなに甘いと知られたら、私が葬った何万もの人間はどう思うだろう。


しばらく目を瞑り気持ちを落ち着けると回収した十八の魂を特殊な箱にしまう。この箱に入れている限り勝手に天に帰る事は出来ない。ざまぁみろ。


仕舞ったあとはポイと投げ放置。やる事はたくさんあるのにやる気が出ない。何もしなくても別に咎められる事は無いが何かしないとどうにもならない事を延々と考える事になりそうだった。


『ディアナ、すまない。人材紹介の件だが流れた』

『オルタナ様。それは良いのじゃがせめて見合い相手と言ってはくれませぬか。仕事の紹介ではないのだからのう?』

『そうだね、相手に悪かった。ディアナにもだが詫びの品を届けよう』

『お気になさるようなことではありませぬが。ですが、お気持ちはいただきましょうぞ』

『ありがとう』


こうなる事がわかっていたのかディアナは然程残念に思っていないようだ。私には解らないサンドラの女心がディアナには筒抜けだったという事か?


『オルタナ様が気に入った方でありますから。きっと、とても芯の強い優しい娘なのでしょう』

『確かにサンドラは芯の強い優しい娘だが。……私はディアナの強さも気に入っているよ』

『まぁ!それは嬉しいのぅ!』


クスクス笑うディアナはとても楽しそうだ。今はセレストの元にいる聖女を次は自分が遊ぶ番だというのも機嫌がいい理由の一つだろう。手を抜かず、されどしっかり甚振る事を宣言したセレストだ。死なぬ程度に弱らせボロボロになっていたとしても、ディアナが遊ぶには十分楽しめるよう采配している筈。それもディアナはわかっているから楽しみなのだ。


『あぁっ! 妾も早く遊びたいのじゃ!』


うっとりした声色からしてとても楽しみにしているのは本当のようだ。領域に閉じこもり長い時を過ごしていると娯楽が恋しくなるのは当然。要するに魔女の多くは暇である。


『お茶会を三日後に。都合は良いかな?』


久方ぶりのお茶会の招待客は四人。したためた招待状を心を込めて彼女達の領域に向かって飛ばす。魔法で作りだした虹色の鷲は各領域に向かって高速で飛び去っていった。


『まっ! 嬉しい事だらけじゃ! オルタナ様の領域にお邪魔させていただくのは、あの時以来よ!』

『ディアナもそうだが他の子達にとっても私の領域は嫌ではない?……嫌な事を思い出すだろう』


〝災禍の魔女〟五人全員が訳アリだ。生まれも国も生きた時代すら違う五人の女性に共通するのは聖女によって人生が狂わされたという事。そんなオルタナ以外の魔女四人はそれぞれの事情によって断罪された後、自ら魔女となる事を望み〝災禍の魔女〟として長い時を生きる事を決めた。


ただその中でもセレストは少し違っている。彼女の場合は私が勝手に引き込んだという方が正しいだろう。


それから少し雑談を交えた後念話を終えた。そしてそのタイミングを見計らったかのようにぺテリウスからの連絡が入った。


「〝クレア・ヘインズの戸籍・貴族籍の抹消を確認。伯爵家には誓約魔法を施し今後二度とクレア・ヘインズ、そして魔女オルタナの名を口に出すことも騙る事も禁止。謁見の間でのアビゲイル・ヘインズの処分として伯爵家からの除籍処分。母親諸共戒律の厳しい修道院への収容。伯爵家は取り潰しとした〟か……」


苛立ちを感じ王都の人間を無慈悲に死なす事になった原因である私が言うのもなんだが取り潰しにせずとも良かったのではと思ってしまう。私が今後王国に関係を持つことはないのだ。妹では爵位を継ぐ事は出来ないので私が名ばかりの婚約を結んだ際に婿入りしてくれる貴族令息を探していたはずだ。まぁアビゲイルは拒んでいたようだけど。


「〝元婚約者が会いたいと訴えている〟ねぇ」


ジェラルド・ウィルモット。


学園では冷徹の王太子補佐などと呼ばれていた侯爵家の跡取り息子で一応の婚約者だった男。婚約期間中に言葉を交した回数など両の手で治まる程度でお互い無関心だったはずだ。


なのに今更会いたいって……


「あ~……。そのまま放置でもいい……ん? 〝ブライアーズ公爵令嬢を盾に王太子を脅す。連絡を取る手段がないため公爵令嬢もほとほと困っている〟!? はぁ!? 何サンドラを困らせてんの!? ヘタレ、何とかしろや!!」


あんの役立たずヘタレ!! 部下の手綱くらいしっかり握っておけや!


『ぺテリウス!! 何これ!? そんでヘタレは何やってる!!』

『落ち着いてください、オルタナ様』

『お前は何をのほほんと……!あ゛あ゛ーーー!!もう!会って何をするつもりだ、今更!何も言わずに黙って茶など飲む気はないぞ』


婚約して数年。交流会でお互いの仲を深める為に何度も交流会が行われたが結局何も語る事は無かった。相槌は返ってくる時もあればただ黙ってお茶を飲むだけの日も少なくなかったのだ。そしてアビゲイルがやって来てスタコラ退散。何も知らない人間が見ればアビゲイルが婚約者だと思うだろう距離感を、元婚約者殿は許していたというのに。


なのに今更。


『とても取り乱しておりますので今すぐにという訳にはいきません。ですが何かとてつもなく必死でして……』

『……何。どうしたの』

『……いえ。お気になさらず。それよりどうなさいますか。ブライアーズ公爵令嬢はあまりの豹変ぶりに絶句しておりますし王太子(ヘタレ)の方は公爵令嬢と結ばれた事に負い目を感じているようであまりきつく言えないようなんです』


教皇からもヘタレ認定されたのか、王太子(ヘタレ)よ……。

負い目があるのか何か知らんが側近候補ならしっかり手綱を握っておけというのだ。そんなんだからヘタレなんだよ!


『実質的な被害がヘタレだけなんだな?』

『まぁ……。国王の方にも詰め寄っていますが、さすがにそれは父親と騎士団長から咎められています。国王の方もウィルモット侯爵令息を処罰するつもりはないようなので実質的に被害を被っているのは王太子だけでございます』

『なら放置で。その内諦めるだろ』

『……そう上手くいくとは思えませんが、ねぇ』


そうポツリと漏らすぺテリウスだがだからと言って何も話す事は無いんだ。今はもう伯爵令嬢でもなんでもないのだから仲を深める必要も、貴族の体面を保つ必要もない。むしろ私が魔女オルタナであった事を気の毒に思われ同情を引くだろう。元から顔はいいんだから婚約解消された今、あの男に縁談が殺到するのも時間の問題だ。嫡男という事もあり結婚はもはや義務。さっさと所帯を持って家に縛られたら落ち着くだろう。


……そう思っていた時期もありました。


「クレア!話をしたい、君と話しをしたかったんだ!」

「ぺ~テ~リ~ウ~ス~!何故この男を連れて来た!?」

「申し訳ございません。どうしてもと聞かなくて……面倒になりました」

「面倒!? 面倒だと!? 正直に言い過ぎだぞ!!」

「素直なものでして。テヘッ☆」

「可愛くない!!」

「クレア!私を見て……!私と言葉を交して! 私を無視しないで……!」


いや、無視をしてたのはお前の方だろ! 何必死になってんだ。何で泣きそうな顔をしている、お茶会当日に急に来られて泣きたいのはこっちだわ!


「こんにちはーーー!! オルタナ様ーーー!! ルシール来ましたよーーー!!」


元気な声でやって来たのはルシール。ちゃんと領域手前まで転移して来てそこから歩いてやって来てくれたようだ。よし、ルシールに押し付けよう。


「いらっしゃいルシール。いきなりだけどそこの男を付けるね。給仕させるなり愛を与えるなり好きにしていい」

「クレアッ!?」

「えぇ? まっ!いい男~♡ よろしいの? オルタナ様!」

「ああ。かまわない」


青褪め絶望したかのような元婚約者の腕に絡みつくルシール。嫌がり引きはがそうとするがルシールもそう簡単に離れない。


「よろしいので?」

「かまわん。第一、勝手に連れてきたのはお前だろう。今日は給仕してもらうからな」

「はい!勿論そのつもりで参りました。存分にお使いください」


コイツが犬なら今頃尻尾をブンブン振っているに違いない。ナイスミドルな犬属性なんてどこに需要が……


「え、きゃあっ! そっちの子も可愛い!! オルタナ様、私この子がいいわ!」


あったわ、ここに。


「今日の給仕係だ、侍らすならそっちの男にしておくれ」

「この子も可愛いけどぉ~、ぜぇ~んぜん靡かないんだもの。私の魅了が効かないなんて、この子よっぽどオルタナ様の事が好きなのね♡」

「やめて」


今更だ。そんなの。


止めて。そんな目で見ないでよ。




……ジェリー



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