暗闇 2
ゆっくりと剣を構えるオーランドにエレノアは必死に抵抗する。
「誰にも言わないし、私の占いなんて当たらないのよ!占いなんて誰も信じていないわ!」
「もうそんなことはどうでもいい。お前が死ねばもしかしたらすべてうまくいくかもしれないだろう」
「何をいっているのよ!支離滅裂じゃない!」
意味不明なオーランドの言動にエレノアはお尻で後ずさりをするが背後に積み上がっている荷物があり下がることが出来なくなった。
よく見れば、エレノアが居るのは大きな倉庫の一角のようだ。
叫んでも誰も来ないのは港の外れにあるからだろう。
絶望的な気分になっていると、オーランドは剣を振り下ろした。
「どうでもいい。お前が死ねばそれでいい!すぐに後を追うから」
「死んでもあんたと同じ場所に行くとは思えないわ!追われても困るわ」
振り下ろされる剣を見つめながらエレノアが叫ぶと、背後から一番会いたい人の声が聞こえた。
「エレノア!」
エレノアとオーランドの間に飛び降りたアドルフは振り下ろされた剣を弾いた。
「アドルフ!」
エレノアが叫ぶと、アドルフは一瞬振り返った。
エレノアの左頬が赤く腫れて切れた唇から血が流れているのを見てアドルフは眉を顰める。
「殴られたのか!」
怒りを込めてアドルフは叫ぶとオーランドに斬りかかった。
オーランドはアドルフの剣を受け止めるとそのまままた振り下ろす。
「剣の腕は俺の方が上だよなぁ。アドルフ。勝てると思うのか?」
アドルフが剣を構えるよりもオーランドの振り下ろした剣が早い。
ギィンという金属の音と共にアドルフが悲鳴を上げてエレノアの上に倒れ込んだ。
手足の自由が利かないエレノアの上に覆いかぶさってくるアドルフの重さを感じながらエレノアは悲鳴を上げる。
「アドルフ!大丈夫!?」
アドルフの斬られた肩から流れた血がエレノアの顔に滴り落ちる。
ポタポタとアドルフの暖かい血を感じてエレノアは悲鳴を上げた。
「ねぇ、アドルフ!生きている?」
「ウウッ」
低く呻き声を上げながらアドルフは立ち上がろうとするが、力が入らずにまたエレノアの上にまた倒れ込んだ。
(アドルフが斬られた!)
何とか助けたいと思うが、手足が自由にならずエレノアは必死にアドルフの名前を呼ぶ。
「アドルフ!しっかりして!」
「可哀想だが二人で仲良く死ねばいい」
アドルフの背中越しに、オーランドが剣を構えているのが見えエレノアは目を瞑った。
「そこまでだ!オーランド!」
間延びしたジェミーの声が聞こえ、バラバラ背後から現れた騎士がオーランドを囲んだ。
「オーランドがペラペラ話しているのを聞いていたよ。自白してくれてありがとう」
ジェミーはそういうと、背後に居た騎士に目配せをした。
オーランドは戦意を無くしたようにジェミーを虚ろな瞳で見つめて剣をゆっくりと降ろした。剣の先にはアドルフの血がついている。
騎士の一人が警戒をしながらオーランドの剣を奪い取った。
戦意を無くしたオーランドはうつろな目をエレノアに向けたままだ。
「全部、占いのせいだ」
ポツリと呟いたオーランドに、ジェミーは剣を構えながら睨みつける。
「お前のせいだよ。残念だよオーランドそんな奴だとは思わなかった。拘束しろ」
騎士はオーランドを背後から拘束をする。
オーランドは諦めたように抵抗をせずにされるがままだ。
「た、助かったの?」
オーランドが拘束されるのを見てエレノアは呆然と呟くと、ジェミーが頷いた。
「ギリギリね。間に合わないかと思ったけれど、いち早くアドルフが駆けつけたから助かったようだね」
ジェミーはそう言いながらエレノアの上に乗ったままのアドルフを持ち上げ地面に降ろし怪我の様子を見る。
エレノアの拘束を他の騎士が解いてくれ横たわったままのアドルフに駆け寄った。
「アドルフの怪我は?」
肩から胸のあたりまで袈裟懸けに斬られたのだ、かなりの大怪我をしているだろう。
顔に付いた血を拭い、顔色の悪いアドルフの顔を覗き込む。
青い顔をしたアドルフは目を瞑ったまま小さな声で呻いていた。
「肩の傷が酷いな。エレノアちゃん押さえていて」
ジェミーは怪我の状況を確かめようとアドルフの隊服のボタンを外した。
アドルフの左肩から流れ出た血が床に血だまりを作る。
ジェミーに指示されたようにエレノアは肩から流れる血を押さえるように渡された布で力いっぱい抑えた。
「アドルフ、死なないで。まだ結婚もしてないし、アドルフに好きって言っていないもの」
アドルフが死んでしまうかもしれないとエレノアは泣きながら必死に流れてくる血を押さえる。
うめき声を上げながらアドルフが目を開く。
「エレノア、今、なんていった?」
痛みに顔をしかめながら小さく言うアドルフにエレノアはもう一度言う。
「だから、アドルフに好きだって言っていないの!だから死なないで!」
大きな声で泣き出したエレノアにアドルフはゆっくりと起き上がって抱きしめた。
「うれしいよ。エレノア」
「でもアドルフ死んじゃうじゃない!」
アドルフに抱きしめられながらエレノアは涙を流す。
「死なないよ」
意外としっかとした声にエレノアは恐る恐る顔を上げると嬉しそうなアドルフの笑顔。
「怪我は?大丈夫なの?胸を切られて……」
アドルフの斬られた場所を確認しようと胸を見るが血が出ているのは肩だけで、エレノアはペタペタとアドルフの体を触った。
「怪我は?」
袈裟懸けに斬られたのを見たエレノアが不思議そうにしているのを見て横からジェミーが口元に手を当てて笑いを耐えながら割り込んでくる。
「怪我は肩だけのようだ。エレノアちゃんがプレゼントした怪しいペンダントがオーランドの剣を防いだみたいだね」
アドルフの首からぶら下がっているペンダントを見ると、三角形の大きなプレートの真ん中に大きな傷がついていた。
「嘘でしょ、本当にアドルフの命を守るなんて。やっぱりこれは魔力があったのね」
感動しているエレノアにアドルフは首を振った。
「そんなわけないだろう。物理的にこの三角のプレートが剣より強かったんだ」
「剣に勝つプレートとかすごいよね。俺も買おうかな」
ジェミーが笑いながら言うのをアドルフは睨みつけた。
「というか、どうしてプレゼントしたこととか知っているんですか」
「全部見ていたからだよ。それより、肩の傷が深いから早く医者に見せよう。立てるか?」
ジェミーに手を貸してもらいながらアドルフは立ち上がる。
怪我は肩以外無いようでエレノアはホッとして息を吐いた。
「アドルフが元気で良かった」
「元気ではない。エレノアも医師に診てもらおう。顔、腫れているよ」
心配そうにアドルフに見られてエレノアは殴られたことを思い出して頬が急に痛み出した。
そっと触ってみると痛みのせいか倍以上に腫れている感覚がする。
「とても痛い。凄く腫れてる?顔の形変わっている?」
痛みと安堵から解放されたせいか、エレノアはポロポロと涙を流しながら誰ともなしに聞いた。
「腫れているけれど、骨は折れてなさそうだからすぐに良くなるよ」
アドルフを担ぎながらジェミーが言うと顔色の悪いアドルフも頷いてくれる。
「後で、隊長をぶん殴ってやるよ」
アドルフが言うと、ジェミーは呆れている。
「無理だよ。もう二度と会わないだろうし、普通に勝負して勝てるわけないよ。アドルフはオーランドよりもかなり弱いだろ」
押し黙ってしまったアドルフにエレノアは白い目を向ける。
「カッコいいことしようとして、情けないわね。私、顔が痛い……」
痛みを訴えるエレノアに近くに居た騎士が濡れたハンカチを差し出してくれたので受け取って頬に当てる。
「話は怪我を診てもらってからだな」
アドルフはジェミーに担がれながら頷いた。