パトリシア姫とタロットカード 4
待合室で馬車の準備ができるのを待っているエレノアの元にアドルフがやって来た。
「どうだった?変なことは言わなかっただろうな」
エレノアの顔を見るとすぐに言ってくるアドルフを睨みつける。
「言ってないわよ。完璧な対応だったと思うわ。気を使って疲れたのだから労わってくれてもいいじゃない」
「エレノアも気を使うことができるんだな」
「失礼ね」
エレノアは言いつつも疲労感を感じて椅子の背もたれに体重を預けて上を向いた。
「で、どうだった?」
「何とか乗り切ったと思うけれど、パトリシア姫は恋の相談をしたかったみたい」
「恋の相談……。オーランド隊長と結婚が決まっているのに?」
不思議そうなアドルフにエレノアは頷いた。
「うーん。姫様はオーランド様の事は好きで何の問題もなさそうだけれど不安なのよ」
エレノアは周りに誰も居ないことを確認して、アドルフを手招きする。
小さい声でタロットの結果を伝えた。
「それにね、姫様には言えなかったけれどタロットの結果があまり良く無いの。オーランド様ってお金に困っていたり執着があったりする?」
アドルフは囁くように言うエレノアを胡散臭そうに見つめた。
「隊長がお金に困っている?そんなわけないだろう。家だってしっかりしているし、姫様と結婚が決まるということはいろいろ調べ上げているだろう?」
アドルフも声をひそめて言うがエレノアは首を傾げた。
「そうよね。やっぱりタロットは当たっていないのかな。購入したばかりだからまだ私に馴染んでないのかしら」
「馴染むというか、お前にその力が無いってことだろうな」
胡散臭い目で見られてエレノアは頷きそうになったがゆっくりと首を振った。
「私に力はないかもしれないけれど、タロットは嘘つかないわ!だって、姫様を占った後にオーランド隊長がやってきたの。占いの結果を気にしているようだったわよ」
興奮をして声が大きくなるエレノアの口をアドルフは慌てて塞ぐ。
「バカ大きな声を出すなよ。隊長が占いなんてものを信じるはずがないだろう」
「港で私たちに会ったことも気にしているようだったわ。きっとあの時、浮気をしていたのよ。浮気相手にお金がかかっているのね。だからペンタクルの4が出るのよ」
アドルフの手をどけてエレノアは声をひそめて言った。
「お前がコソコソ何かやっていたら誰だって気になるよ」
「絶対、浮気しているわ」
エレノアは小さな声で断言して言うとアドルフは呆れて額に手を当てた。
「しているわけないだろう。誰かに聞かれていたらどうするんだよ」
「解っているわよ。だから小声で話しているじゃない」
「いくら小声でも城って言う場所では誰が聞いているか分からないだろうが」
注意をされて慌てて周囲を見たが誰もおらずに一安心してエレノアは頷いた。
するとちょうど馬車の準備ができたということで、エレノアは立ち上がった。
「アドルフはまだお仕事?」
「夜勤だよ」
「いつも夜勤な気がするわね。大変ねぇ。お仕事頑張ってね」
用意された馬車に乗り込んで手を振ると、アドルフは疲れたように頷いた。
「ありがとう。エレノアの話を聞いていたら疲れたよ」
馬車に座っているエレノアにアドルフは手招きをする。
何か話があるのかとエレノアが身を乗り出すとアドルフはギュッと抱きしめてきた。
「ちょっ、なに?」
慌てて逃れようともがくが、びくともせずにアドルフは力強く抱きしめてくる。
「疲れたから。こうしていると癒される気がする」
アドルフの体温を感じて恥ずかしくなり暴れるがアドルフは気にした様子もなくエレノアを抱きしめながら首元に顔を埋めてきた。
「エレノアの匂いも癒される」
呟くように言われてエレノアはアドルフの胸を力いっぱい押して何とか離れた。
「ちょっと!何をするのよ」
顔を真っ赤にしているエレノアが文句を言うが、あまりに可愛くてアドルフは笑いを堪えている。
「私は怒っているのよ」
手を腰に当てて言うが恥ずかしさでエレノアは顔が赤いままだ。
「悪かったよ」
ちっとも悪いと思っていないアドルフに舌を出してエレノアは自ら馬車のドアを閉めた。
「もう、信じられない!アドルフのバカ!」
窓越しに大きな声で言うとアドルフは肩をすくめている。
「気を付けて帰れよ」
動き出した馬車からアドルフが手を振るのが見えたがエレノアはそっぽを向いて無視をした。
(もう、アドルフってば急に抱きしめてくるなんて信じられない!)
エレノアは恥ずかしくて馬車の中でジタバタする。
「アドルフに抱きしめられて嫌ではなかったけれど、は、恥ずかしいじゃない!」
両手に手を当ててジタバタしてフト窓の外を見る。
城を出ていつの間にか町を走っていた。
「えっ?何で町に?」
エレノアの家と城の道は町を通らないで行き来できる。
実際、城に来る時も町を通らずに来たので道を間違えたのかとエレノアは立ち上がって御者に声をかけた。
「すいません。道を間違えていませんか?」
「あれ?町で買い物をするから、町で降ろしてほしいという事ではありませんでしたか?」
「えっ?」
驚いていると馬車が停まった。
窓から見ると、占いグッツの店の前だ。
「占いの道具を見たいから店の前で降ろしてあげてほしいって。すぐにアドルフ様が迎えに来るって言っていましたよ」
御者が馬車のドアを開けながら言うが、エレノアは初めて聞くことだらけで混乱してしまう。
アドルフはこれから夜勤と言っていなかったかと思ったが、馬車が停まってしまったので仕方なくエレノアは立ち上がった。
「アドルフが迎えに来るのですか?聞いていませんが」
馬車を降りながら言うと、御者も首を傾けた。
「そのように言われております。アドルフ様の上司からの命令だとか……。お嬢様に占いグッツをプレゼントしたいと言っているからと。あとで迎えに来られるようですよ」
どうも納得できないが、プレゼントしてくれるのならありがたい。
「たまには二人でデートもいいのではとかおっしゃっていましたよ」
(ジェミー様が気を効かせてくれたとか?)
結婚してみればというジェミーの余計なお世話なのかとエレノアは思って仕方なく頷く。
「アドルフが迎えに来てくれる予定なら占いの店で待ってみますね。最悪、家まで歩いて帰れますし」
不安そうにしていた御者はエレノアの言葉を聞いて安心したように頭を下げる。
「そうですか。では私はこれで帰りますので。お気を付けて」
彼も上に命令されたのだろう。ホッとしたように帰って行くのを見てエレノアはため息をついた。
「疲れているのに、早く家に帰りたかったわ」
仕方なく占いグッツの店に入ろうと通りを歩く。
太陽は傾き、赤い夕陽が空を照らしている。
夕方だからか人通りも疎らだ。
もう少しで占いの店に付くと言うときに、建物の間にエレノアは引きずり込まれた。
一瞬の出来事に悲鳴すら上げられない。
あっという間に口を塞がれる。
「ぬぅぅぅ~」
布を口に当てられて必死に振りほどこうとするが男の力は強くピクリともしない。
暴れながら目も塞がれる。
視界を奪われたが、数人の人の気配に抵抗をしても無駄かもしれないと思ったがこのままだと殺されてしまうかもしれないと身抵抗をするも全く歯が立たない。
二人に担がれ運ばれている感覚に、エレノアは必死で暴れた。
(どうして誰も気づいてくれないの!)
建物の間に引きずり込まれたエレノアに気づいた人は居ないようだ。
静かに音もなくエレノアは建物の間を担がれながら移動させられた。