8.傀儡と自由人
「殺す……殺す!!」
細い路地裏を少女が飛び跳ね回る。
体は血塗れ、純然たる殺意がこもった瞳。
自分がどうなろうがこちらを殺すという強い意志。
それらをひしひしと感じ、グレコは壁に手を触れる。
戦闘をする際は取り敢えず辺りの地形を【掌握】する、それがグレコのルーティンだ。
「周囲に人はいないのが幸か不幸か……。おい、起きろコルワ!」
「おー……いたた。全く人使いが荒いなぁ。」
辺りに人がいないということは、どんな戦い方をしても問題がないということ。
あの三馬鹿を置き去りにしてきて正解だった。
一度は死んだことになっているこの不気味な奴を働かせられる。
コルワを叩き起こし、戦力に加えることにした。
「生き返った……?くっまぁいい、何回でも殺す!」
「コルワ、身代わり!」
目の前で人が蘇生したというのに、直ぐに戦い始めるメンタル。
やはりこの少女には天性の戦闘スキルがある。
グレコは感心しながらコルワの体を掴み、己の前に引き摺り出す。
「ぶべっ!」
「【放出】……やっぱ強いなあのスキル。」
剣が届かない距離にいるというのに、コルワの頭が軽く吹き飛ぶ。
【放出】
周囲にある空気を凝縮して飛ばしているのだろう。
少女の高い身体能力と合わさればこれ以上ないほどに強力となるスキルだ。
次々と発射される空気弾を、コルワという名の肉壁でガードしつつグレコは距離を詰めていく。
「ぷはっ!ぐはっ!ちょっと!さっきから生きたり死んだり忙しいんだけど!」
「言っただろお前を最大限利用するって!大人しく死にまくっとけ!ていうかお前体でかいから盾にしにくいんだよもっと縮め!」
「スタイルがいいと言ってよ!横には太くないんだしいいでしょ!いったぁ!」
またコルワの頭が砕かれる。
普段こちらのことをひたすらからかってくるのだ、こういう時ぐらいは憂さ晴らしがてら利用させろ。
グレコはそう思いながら壁を登り、遂に弾幕の発射源、少女へ到達する。
「俺に勝てると思うなよ、クソガキ。」
獣のような動きで逃げ回る少女の肩を掴み、グレコはそのまま叩き落とす。
相手がいたいけな少女であろうと、己に牙を向く者には容赦しない。
「あの高さから落ちても傷一つ付かないとはな、耐久力も十分だ!」
「離せ…離せぇ……!」
高所から落下したというのにも関わらず、少女は無傷。
【掌握】で見た通りの戦闘能力である。
「ふぅ、やっと制圧した?全くこいつのせいで僕の可愛い可愛いお洋服が血塗れだよ。服は直らないんだからな!このっ!」
「気持ち悪いんだよこの不死身野郎!」
「いったっ!いや痛くないけど痛い!足噛まれたんだけど!グレコ!こいつ殺そう!今すぐ殺そう!」
掴みどころがなく常に遊び呆けているコルワが、珍しく短絡的な言葉を叫んでくる。
まぁ確かにこんな暴れん坊を放っておくのは危険であるが、グレコには【掌握】がある。
グレコに組み伏された時点でこちらを脅威として認識しているようだから、いつでも操ることはできるだろう。
少女の頭をしっかりと掴み、グレコは尋問する。
「おい、お前は何で俺達を襲った。」
「お前らがあたしの家族を奴隷にしたからだ!皆を解放しろ!」
「あの村人達はお前の家族じゃないだろ、嘘をつくな。」
「本当の親なんて知らない!育ててくれた人が家族だ!」
殺意を隠すこともなく、少女はこちらに牙を剥きながら質問に答える。
村人達が必死に隠そうとしていたことからしても、村ぐるみで育てられた孤児なのだろう。
「自分の苗字は知ってるか?」
「苗字?知らない!あたしはただのセドナだ!それ以外の何者でもない!」
セドナがグレコに唾を吐きかける。
想像通り、この少女はとんでもない掘り出し物だ。
グレコはにやにやしながら少女の頭を握る力を強くし、【掌握】を発動させる。
「本人の口からこれだけ情報が引き出せればもういい。お前は今日から俺の操り人形だ。」
「はい……ご主人様……。」
「げ、操作するのその子。別にいいけど飼い主の手を噛まないように教育しておいてよ!」
メラメラと闘志を燃やしていた赤い瞳は虚になり、少女の全身から力が抜ける。
【掌握】の真骨頂、格下の相手の完全支配が成功した証拠だ。
先程とは打って変わって従順になったセドナを胸に寄せ、グレコは不満げなコルワに話しかける。
「俺は今からこいつをしっかり教育する。お前は一度冒険者ギルドに行ってこい。明日からはうちの冒険者事業も本格開始だ。あの三馬鹿含め教育は任せたぞ。」
「げっ僕がやるのその作業……。分かった、ちゃんと仕事はしてあげるから今度服いっぱい買ってね!約束だよ!」
「俺はあいつらに復讐したいだけだ、賭場の支配人としての報酬はお前にくれてやるよ。」
「やっほーい♪じゃ、いってきま〜す!」
本当に気分屋な奴である。
金の匂いがするところに着いていって、自分の欲望を満たす。
グレコについてきた理由にしても「面白そうだから」と言っていたが、単に魔王を討伐して勇者パーティが稼げる集団ではなくなったから逃げてきただけではないのか。
そんな疑念を抱きながらも、グレコは去っていくコルワを見送る。
「ふんふ〜ん♪冒険者ギルドはどこだったかな〜っと♪」
コルワは指示に従い、奈落を出て城下町にある冒険者ギルドを目指していた。
「姐さん!どうやらあっちみたいですよ!人がいっぱいいやがります!」
「お?でかしたアンバ!本当頼りになるやつだねぇ!」
大袈裟に指を差し、アンバの方向へ歩き出す。
コルワも元勇者パーティとは言え、基本的に面倒事はランベリー他に丸投げしていたから冒険者ギルドの位置など知りもしない。
三馬鹿を連れてきて正解だった。
そう思いつつコルワは賑やかな大通りを進んでいく。
「いやー急に冒険者になれって言われて困りましたけど姐さんが色々教えてくれるなら大歓迎っすよ!」
「なんてったってあの小悪党グレコが追放されたのを可哀想に思いついてきた聖母様だもんなぁ!」
「全くそんなに褒めないでおくれよ!それよりどう?この服!汚れたから着替えたんだけどいいでしょ〜♪」
「最高ですだぁ!」
三馬鹿を侍らせ、コルワは見に纏ったメイド服を披露する。
コルワに与えられた仕事は明日から冒険者として活動する奴隷や労働者の戦闘教育。
戦った経験もろくに持っていない五十名で、冒険者ギルドに舞い込んでくる仕事を独占しようというのだ。
効率的な戦闘方法や魔物の特性を教えこまなければならないため本来ならばグレコがやるべきところだが、現時点ではコルワの方が彼らから信頼されている。
コルワに教育は任せ、後からグレコがその信頼を掻っ攫い良いように利用する。
グレコの魂胆は見え見えだ。
しかし他人の掌の上で踊ってやるのもたまには悪くない。
そう思いつつ、コルワは扉を開く。
「頼もー!天下のコルワちゃんが冒険者ギルドに舞い降りてあげたよ!」
「おらおらこっち見てんじゃねぇよ!」
冒険者ギルドに入った瞬間、四人に警戒の視線が向けられる。
三馬鹿はコルワの巧みな嘘を信じ切っているが、世間では「勇者パーティを追放された大悪党」という悪評がコルワにかけられている。
その大悪党が見るからにガラの悪そうな男達を連れてきたとなれば、警戒されて当然。
四人はたちまち冒険者に囲まれ、剣を突きつけられる。
「あれれ〜おかしいな。グレコから聞いてない?グレコの弟子が冒険者になるからその手続きに来たんだけど。」
「そんなことありえねぇだろ。何をしでかしたのかしらねぇがあのランベリーが追放した相手だ。相当な大悪党だろうによくこんな所へ姿を見せられたな。」
「ランちゃん信じすぎじゃない?彼もそこまで善人じゃないよ?」
横で震えている三馬鹿と違い、コルワは剣を向けられた程度でビビる人間ではない。
なるほどグレコはこうなることを予見して僕を派遣したのか。
【不死】がある僕なら袋叩きにされても問題がない。
コルワがそんなことを考えているうちに周りを取り囲んでいた男達は徐々に距離を詰め、それぞれの武器を振りかざしてくる。
「待つんだ皆!一旦落ち着いてくれ!」
「そうですよ皆さん!コルワさんが仰っていることは本当です。冒険者ギルドはグレコさんの申請を了承しています!」
諍いを止めようと二人の人物が間に入る。
勇者ランベリーと受付嬢エレナ。
この冒険者ギルドにおいて彼らに逆らうものなどいない。
荒ぶっていた冒険者達も剣を納め、エレナの元に集まっていく。
「本当かよエレナちゃん!それにランベリーも!こいつは大悪党じゃないのか!?」
「それはそうだが……この人達が冒険者になるのは別の話だろ。」
「そうですよ!そんなこと言うなら皆さんがもっと働いてください!平和になったからって最低限の仕事しかしないんですから!」
プリプリとエレナが怒ったことで、冒険者達が元の場所へ戻っていく。
その様をコルワが静かに見守っていると、ランベリー達が振り返って話しかけてきた。
「すいません、コルワさん。冒険者の皆さんは血の気が多くて。」
「俺からも謝るよ。悪かったなコルワ。本当ならグレコだけ悪評を広めればよかったかもしれないが、【掌握】の力を落とすには念入りにしておきたかったんだ。」
「いいよいいよランちゃん。私が尊敬されたままだとグレコがいい感じに利用しそうだもんね。着いて行ったのは僕だし別に困ってないから♪」
ランベリーが躊躇なく追放の裏事情を話した辺り、エレナもコルワ達が大悪党などではないことは知っているのだろう。
グレコの部下を冒険者にするなどという話を受け入れたぐらいだから、冒険者ギルド側に誰かしら事情通がいることは予想していた。
最もグレコは実際悪いことをやりまくっていたし、コルワも潔白とは言えないのだが。
まぁあくまでも大事なのは事実より風評だ。
「それより、彼らが冒険者になるのか?見たところあまり強くはなさそうだが……。」
「なんだと勇者このやろう!俺達三兄弟を舐めんなよ!」
冒険者に囲まれた時から一歩後ろに下がって怯えていたアンバ達が声を上げる。
ランベリーにじろじろと品定めされた上侮られたのが癪だっただろう、虚勢を張りつつランベリーに詰め寄っていく。
「はははっ。悪かったよ、そうだじゃあ俺が稽古をつけるよ。今日はもうクエストも受けてないし、時間があるんだ。」
「本当に!?ぜひぜひ頼むよランちゃん!グレコに教育係を押し付けられて面倒だったんだよね!」
願ってもない提案にコルワは飛び跳ねる。
新人冒険者の教育係などめんどくさいことこの上なかったが、勇者が直々教えてくれるというのならば大歓迎だ。
「その代わり、俺にグレコのことを教えてくれよ。一緒に活動してるといっても、コルワは甲斐甲斐しく尽くすタイプじゃないだろう?」
やはりこの男の目的はそれか。
グレコもランベリー達にどう復讐するかしか考えていないが、ランベリーもランベリーでグレコのことしか考えていない。
そんなことはコルワも百も承知である。
「もちろん、いいとも!仲良くしようよランちゃん!」
コルワの行動理念はただ一つ。
「面白いことがしたい。」
グレコ側でもランベリー側でも、場を掻き乱すのが本分だ。




