9.翻弄する変態
「おらおら走れお前らぁ!」
「アニキィ!もう限界です!」
「おでももう無理だぁ……。」
冒険者ギルドの裏、広い運動場を三馬鹿が駆けていく。
冒険者になるにあったってまず必要なのは筋肉。
ランベリーの指示の元で基礎体力作りにあたっていた。
「諦めないで走るんだ!冒険者はその程度じゃやっていけないぞ!」
五十人いるうちの新人冒険者中のたった三人を鍛えたところで意味はない、コルワも最初はそう思っていたがここまでスパルタ指導だとまた違うのかもしれない。
何もわからない一団の中に「勇者から直接指導を受けた」「クエスト中にへこたれない程度の能力を有している」という肩書きを持った三人組がいれば士気は大きく上がるはずだ。
魔物の知識や立ち回りは誰にだって教えられる、しかしその肩書きを与えられるのはランベリーだけである。
コルワが感心しながら三馬鹿を見ていると、ランベリーがこちらに寄ってきた。
「グレコが選んだだけあって、見た目以上に体幹や筋肉がしっかりしているな。スキルもあるんだろうし、十分冒険者としてやっていけると思うよ。やはりあいつは【掌握】を抜きにしても人を見る目がある。」
「ランちゃんもランちゃんでグレコのこと大好きだよねぇ。追放なんてしないで結婚でもすれば上手く管理下に置けたんじゃない?」
コルワの軽口に反応し、ランベリーの体が一瞬止まる。
まさか選択肢の一つにはあったのか?
若干の恐ろしさを感じていると、ランベリーが再び動き出し顔に笑みが戻る。
「ははは、あいつはその程度じゃ止まらないよ。だから俺はあいつを止めるんじゃなくあいつの気を引く作戦を取ったんだからな。それで?あいつは俺を殺すために何を企ててるんだ?奈落でよからぬことをしているのは察してるが。」
ランベリーがおもむろに本題に入る。
ここで全てを話し、グレコの策を完全に止められるのも望むところではない。
あくまでランベリーにはいい感じに邪魔に入って貰った上でくたばっていただかねば。
今のところ面白そうなのはグレコの死に様よりランベリーの死に様である。
上手い具合にラインを見極め、コルワは事の経緯を話しておく。
「なるほど……バルトラか。奈落で暗躍する組織として名前は知っているが詳しいことを調べておかなければ……。」
「そっそー。グレコは酒飲みジジイの部下として邁進してるよ〜♪ランちゃんも日向の勇者様やってないで奈落に降りてこなきゃ。あの悪党は止められないよ〜!」
「あぁ、俺としてもそのつもりだよ。ところで賭場の管理人が何で急に冒険者事業なんてやり始めたんだ?」
「それはもう点数稼ぎだよ!いち早くバルトラ全体を【掌握】して君らのパーティと全面戦争するつもりなのさ!最高にイカれてるよね!」
ある程度嘘も混ぜつつできる限り詳細に。
賭場の事やバルトラのことはどうせバレるから言っても問題はないが、現在進行形でベリオットを嵌めようとしていることは内緒だ。
ここで話してしまうと、目の前の三馬鹿に訓練を施してくれなくなるし、ベリオットを部屋に軟禁したりされかねない。
「それよりコルワ。今からでも俺達のところに帰ってこないか?一度はグレコについていくことを認めたが、やはり君のためにならない。グレコは周りの人間を地獄に引き摺り下ろす魔獣のような男になってしまっている。」
「んー嫌かな♪ベリオットのおじいちゃんをからかうのは楽しいけど、今更帰ってもアイラちゃんにぶん殴られそうだし。何よりグレコは僕に服をいっぱい買ってくれるしね!」
コルワはクルッと回りメイド服を見せびらかす。
この様子だとアイラは先日の一件をランベリーに話していなそうだ。
まぁ昔から愛している男が自分を全力で殺そうとしている、なんて事実は人に話すどころか受けいれることすらしたくないのだろう。
「まぁ本人がそういうのならば強く勧めたりはしないが、一つ言っておくぞ。グレコと同じように民の一人をその手で傷つけてみろ、俺は絶対に君を許さない。例えお前が死ななくても、何度だってぶち殺してやる。」
優しい笑みを浮かべていたランベリーの顔がどんどん変化していく。
鬼にような形相でこちらに殺意を向けるランベリー。
コルワは、興奮して仕方がなかった。
「はっはっはっ!大丈夫、僕を信じなよ!よーし、三兄弟!帰るぞー!」
これ以上ここにいたら自分は必ず余計なことを言う。
己の体にほとばしる高ぶりを察知し、コルワは三馬鹿を呼び寄せる。
どうせもう夕暮れだ、ランベリーとの楽しいお喋りはまた後日に取っておこう。
「あ、そうだ。奈落の様子を見にくるならうちで賭け事の一つでもやっていってよ!場所はここだからさ♪くれぐれもベリオットのおじいちゃんにバレないようにねー!」
ランベリーの懐に賭場の案内状を入れその場を後にする。
この紙もグレコが賭場の改革の一環として作った物だが、こんなに早く役に立つ日が来ようとは。
コルワは上機嫌のまま地上を後にする。
「天才美少女コルワ、ただいま帰りましたー!」
「黙れ変態女装男コルワ。いつまで冒険者ギルドに行ってるんだお前は。」
二人は自宅に戻り数時間ぶりに顔を合わせる。
バルトラで家を用意してくれたのはいいが、コルワと同居というのが気に食わない。
最初ヴィトに会わせた巫女のコルワは死んだことになり、現在はコルネイアとかいう名の愛人の扱いであるため、要らぬ気遣いをしてくれたのだろう。
この家はコルワに明け渡し、自分は賭場に住んだ方がいいかもしれない。
グレコはそう思いつつ、コーヒーをすする。
「これでも色々と働いてきたんだよ〜?ランベリーに賭場の案内状を渡してきたりね。」
「あいつに会ったのか。」
「話すまではしてないけどね。三馬鹿に指示して案内状を自然に渡してきてもらっただけ。姿すら見られてないと思うよ。」
コルワがつらつらと話し、椅子に座る。
城下町にコルワを向かわせた時点で、勇者パーティの誰かと遭遇することは覚悟していたが何とも運の悪い話だ。
顔をしかめながらグレコはカップを置く。
「まぁ最悪バレてもいいが、今バレると手間がかかるだけだからな。俺らがあいつらの財布にダメージを与えようとしてることに感づかれると、サイラス王家から支援を受けたりされかねない。」
「まぁほっといても賭場が盛り上がればおじいちゃんはやってくるだろうけど、ドブにハマって借金背負うところまで行って貰わなきゃだからね。僕が機転の聞く子でよかったね♪」
明らかに褒めてもらいたそうなコルワを無視し、グレコがゆっくりと立ち上がる。
この変態は基本的に相手にしないのが得策。
コルワは昔から他人の感情を揺さぶることに興奮する性癖だ。
こちらがコルワを褒めても貶しても、こいつの下半身は猛り立つ。
数年の付き合いで蓄積された知識である。
「明日からは冒険者事業も本格化させる。一ヶ月もすればあいつらの貯金も尽きてきてじじいもイラついて来るだろ。」
「うげー、じゃあその間ずっと働かされるのかぁ。めんどくさいなぁ。」
「復讐っていうのは時間をかければかけるほど美味しくなるんだ。我慢しろ。」
「はぁ、じゃあまた代わりに服を買わせてもらうよ!今度はバニースーツでも買おうかな♪」
そんな服着たらお前の下半身にあるものがはみ出るんじゃないのか。
そう言ってやりたくなるのを堪え、グレコはコップを片付ける。
復讐に時間制限はない。
遅効性の毒薬のようにゆっくりと、勇者パーティを蝕み滅ぼしていこうじゃないか。




