19.奈落の化け物達
「おい、コルワ!さっさとここを出るぞ!」
ラストア達の元を離れ、グレコはコルワの元にやってきていた。
【掌握】を使えば居場所や状況など簡単に特定できる。
そう、この馬鹿が牢屋の中でくつろいでいることも。
「お、遅かったね〜グレコ!よし、じゃあ君達。僕の王子様が迎えにきてくれたから、そろそろお暇するよ。色々お世話ありがとね〜♪」
コルワが囚人達に手を振り、何くわぬ顔で牢から脱出する。
【掌握】を危険視されているグレコとは違い、コルワは雑居牢。
騎士団はコルワの性格を知らなかったのだろうが、こいつをそんなところにぶち込んでおくのは大失敗だ。
「他の囚人を懐柔して悠々自適……。こっちは飢えがやばかったってのに呑気なもんだな。」
「ふっふ〜ん♪美人はいつだって得をする世界だからね!悔しかったらグレコも可愛くなるといいよ!」
コルワが例のごとくクルクルと回転する。
いつもの派手な服とは違って今日は地味な囚人服だというのに、元気なものだ。
辟易とした気持ちのまま牢を後にし、廊下を走り始める。
「グレコは多分【掌握】で脱獄したんだろうけど、何でこんなに兵士がいないんだい?僕の牢にいた看守も慌ててどこか行ってしまったし。もしかして、全部倒しちゃった?」
「そんなことできるわけないだろ。覚えてるか?俺達の上司、ヴィト。あいつが単身突入してきたんだ。騎士団は奴の処理にかかりきり。このゴタゴタのうちに脱出するぞ。」
はっきりいって逃げるなら今しかない。
ヴィトがグレコ救出に向けて動いてくれたことで、逃げる口実ができた。
単身逃げても指名手配されて追いかけ回されるだけだが、奈落の支配者たるヴィトが出てくれば話は違う。
騎士団と話をつけてグレコを解放してくれるかもしれないし、例えそうでなくてもヴィトが守ってくれれば指名手配になっても何とかなる。
長らく放置されていたことで思考から除外されていたが、グレコは協力な後ろ盾を持っているのだった。
「ヴィト……。あぁ僕を殺したあのおじさん!あの人そんなに強いんだねぇ。」
「本当に強いかどうかは知らないが、あいつが相当な曲者なことはわかった。あの男は単なる悪党じゃない、化け狐にカテゴライズする方が適当だ。」
間違いない、ヴィトは相当に頭のキレるやつだ。
恐らくコルワの能力のことも、グレコが何を目的に『バルトラ』へ加入したのかも。
全てを見透かした上で動いているのだ。
たった数分のことだったが、そう確信できるほどの出来事だった。
「俺の部下、返して貰おうかぁ?」
事はしばらく前。
豪快な笑みを浮かべ、ラストア達と対峙するヴィト。
はっきりいってこの男が助けに来るとは思っていなかった。
グレコからするヴィトの印象は元からあまり良くない。
かつて魔物の処理を依頼した時もそうだが、金が稼げそうなところには飛びつき、自分以外の人間は全て駒か餌としか思っていない。
そういう男だからこそ、グレコが配下で暴れようと怒らないし、いつか『バルトラ』を乗っ取る際も御し易い。
そう思っていたのだが。
「これは面白いな。配下の男が捕まったからといって頭がわざわざ出てくるのか。」
「俺は人情深い男だぜ?末端だろうと不当逮捕されれば助けに来るさぁ。」
「はっ、相変わらずふざけたことを。ランベリー君、こいつは嘘だけで成り上がったような男だ。ここは私に任せたまえ。」
ラストアがランベリーを逃し、剣を握る。
どうやら戦闘が始まりそうな雰囲気だが、今迂闊に机の下から出ればまた話がややこしくなるだけだ。
ある程度二人の戦いが落ち着くまで、ここで息を潜めておこう。
グレコがそう判断して縮こまった瞬間、周囲の温度が一気に高くなるのを感じた。
「お前と殺り合うのも久々だなぁ!俺の【火炎】、味わって貰おうかぁ!」
「前は【冷却】だった気がするが、記憶でも失ったのか!」
ヴィトの大きな手から炎が放出され、室内のものを燃やしながらラストアへ向かっていく。
おかしい、グレコと初めて会った時は【怪力】だと言っていた。
言うだけなら嘘かもしれないが、あの巨大な斧はスキルでもなければ持ち上げることすらままならないはず。
(スキルの複数所持?それともとてつもなく応用の聞くスキル?どちらにしても……。)
グレコの頭の中がどんどんと混乱していく。
こんなことならヴィトのことも【掌握】で調べておくべきだった。
後悔を抱きつつ、グレコは必死で身を守る。
こんな派手な戦い方をされてしまっては脱獄する前に殺されかねない。
「何にせよ、お前が来たならば話は早い。答えろ、ベリオット・カイズナーをどこへやった。」
「さぁなぁ?俺は放任主義なんだ、部下のことを助けはするが部下の動きは把握しない。あいつは特に、放っておけば俺に利益を産んでくれるからなぁ。」
斬撃と業火が狭い部屋を破壊していく中で、ラストアは淡々と尋問を開始する。
あの距離でヴィトの火炎を防ぐなど、肌が何枚焼けても足りなそうだが、そうなっていないところを見るにラストアも相当な実力者なのだろう。
裏の支配者と、表の管理者。
どちらも将来潰す予定だったが、これは中々骨が折れそうだ。
グレコは頭を抱えながら、部屋の出口を目指す。
様子を見ておくつもりだったが、こんなところで傍観していれば本当に死にかねない。
どうせ炎で色々と見にくくなっているはずだ、この隙に無理矢理にでも脱出しなければ。
そう思った矢先、グレコの目の前に浅黒い顔が現れた。
「お、やっぱりいるじゃねぇか。さっさとこっから逃げろ。俺が出てきたからには万事解決だぁ!任せとけ。」
「ヴィ、ヴィト!? お前、今そこで戦ってるはずじゃ!」
短い髪と無精髭。
間違いなく今話しかけてきているのはヴィトだ。
だがしかし、部屋の奥でラストアと戦っているのもまたヴィトである。
同時に存在する二人の男。
ただでさえ頭が混乱しているというのに、この男はどれだけ情報量を増やしてくるのだ。
ショート寸前の頭をヴィトがガサツに撫で回し、グレコの思考は少しだけ冷静さを取り戻した。
「まぁまぁ細かいことは後にしようじゃねぇかぁ。お前には色々と話したいこともあるからなぁ。ほれ、でてったでてった!」
頭に乗っていた手はそのままグレコの背中を叩き、体は廊下へと押し出されていった。
「と、まぁこれがことの顛末だ。ヴィトは只者じゃない。」
「なっるほどね〜♪そういうことなら確かに今逃げるしかなさそう。ん、そろそろ砦から出られるよ!」
コルワがそう言って進行方向を指さす。
奈落とは大違いの明るさ。
記憶が正しければサイラス騎士団本拠地は城下町の外れにあったはずだ。
王城から遠いため外に出さえすれば追手もこないだろう。
太陽が照りつける大通りにさっさと出てしまおうじゃないか。
しかし、そんな考えを打ち砕くかのようにグレコ達の前に一つの影が落ちた。
「騎士団に矛先を向けないために監禁という手段を取っていたが……。こうなれば仕方がないな。」
「ランベリー……やっぱり出てきやがったか!」
行手を塞ぐ勇者。
監禁中に拷問をすれば騎士団もろとも報復されかねない、しかし今出てくる分には自分以外犠牲にならない。
この男はそう考えたのだろう、相変わらず自己犠牲の塊のような人間である。
「ベリオットをどこへやった!答えろグレコ!」
「さぁなぁ!お前がくたばってる間にのたれ死んだんじゃないか?あいつは頭が悪いからなぁ!」
【無視】による距離を無視した広範囲攻撃。
人智を超えた無茶苦茶な攻撃を何とか回避しつつ、グレコは嘲笑う。
ベリオット失踪の犯人がグレコだということは検討がついているはず。
だが確証を持てないから本気で報復に出れないだけ。
ランベリーのそういう人道的なところは、グレコも理解している。
「こそこそと周りを崩さず俺を狙ってこい!俺は何度でも相手になってやるぞ!」
「前にも言っただろ?お前をシンプルに殺しても楽しくないんだよ。それに、あのジジイもバカ姉妹も、俺を侮ったことに変わりない。お前は大人しく死に時を待っておけばいいんだ!」
口ではそう言い放っているが、グレコは内心混迷していた。
このままランベリーの攻撃を回避し続けていくにも限度がある。
ランベリーは一度ダメージを与えさえすれば人並みに怪我をするが、その一撃を与えるのがとてつもなく困難な相手だ。
コルワは最初の斬撃で無惨にくたばっているし、ヴィトもすぐに助けに来たりはしないだろう。
前回のように策を弄そうにもランベリーが建物ごと破壊していくから使えるものもない。
どうにかしてこの地上最強の男を凌がねば。
取り敢えずの策としてコルワの遺体を掴んだところで、グレコの体が担ぎ上げられる。
「ご主人、無事か。あたしが助けに来たぞ。」
「セドナ!?それは有難いがお前が来たところでランベリーはどうにも……。」
「私もおりますぞ。グレコ様。」
セドナの肩から下を見ると、そこでは一人の老人がランベリーの前に立ちはだかっていた。
「まさか相手が勇者様とは思いませんでしたが、このダード誰が相手だろうと戦う用意は出来ております。ご覚悟を。」
ダードがランベリーに向かって突撃していき、その瞬間ランベリーの体が地面に転がる。
ポサッっという軽い音が聞こえると同時に、コルワの残骸が人の形を取り戻し感嘆の声をあげた。
「わぉ!?ランちゃんが一発で!?凄い凄い!おじいちゃん何者!?」
「勇者様がどれほどお強いのか存じ上げませんが、要は何よりも早く攻撃すれば良いのです。さっ、行きましょうお二人共。」
距離無視もダメージ無視も衝撃無視も、ランベリーが【無視】で抵抗することができない速度。
そんな超速での攻撃をこの老人が出来るというのか。
グレコの頬から血の気が引いていく。
「どうやら俺は……色々と見誤ってたらしいな……。」
これまでグレコの視界にあったのはランベリー達勇者パーティだけ。
だが警戒するべき存在は、もっと大勢いたようだ。




