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1. 悪の華

王城。

仲間を二人追放し、少し広くなった部屋の中で英雄達は会話する。


「ほんとに良かったんでしょうか……。グレコさんだけでなくコルワさんまで……。」

「何も悪人に仕立て上げる必要はなかったと思うのだけど。大丈夫かしら。」


ライラとアイラが不安げに呟く。

二人が怯えるのも仕方ない。

だが自分達は勇者パーティなのだ。

強い意志を持ちながらランベリーは問いに答える。


「グレコを復讐に走らせるのが目的なんだ。あいつをこのままうちに置いておけば必ず民間人に危害を加える。だから俺達が敢えて標的になる。大丈夫皆のことは俺が守るさ。」


にっこりと笑いながら胸を張る。

俺は勇者なんだ、多くの人を守るために色々なものを犠牲にしなくてはならない。

そう言い聞かせるようにするランベリーの背中を、ベリオットが軽く叩く。


「あんまり気負いすぎるんじゃねぇぞ。変わっちまったとは言えグレコはお前さんの大事な幼馴染なんだ。辛いことは俺にも背負わせろ。まぁ……コルワがいなくなったのはちぃと残念だが。」

「あんたまだあの変人に惚れてたの?いくつ歳が離れてると思ってるのよこの好色爺。大体あの変人男じゃないの。」

「あんだけ美人なら性別なんて関係ねぇだろ。お前さんみたいな乳クセェ女とは違うのさコルワは!」

「はぁ!?あんた今なんて言った!?もう一回言ってみなさい、その禿頭を松明がわりに着火してやるわ!」


いつものごとベリオットとアイラが喧嘩を始める。

祖父と孫のような二人が喧嘩をし、それをライラが嗜めグレコが煽る。

その様を見ながらコルワと笑いあうのがこのパーティの日常だった。

グレコがあんなにも残虐になってしまったのはいつからだろうか。

ランベリーは追想に耽り、夜が更けていく。




奈落。

ここサイラス王国の地下に広がる巨大な街。

家族や仕事を無くした人間が文字通り堕ちてくる場所。

そこへと続く暗い道を二人は歩いていた。


「けど、どうやってゴロツキどもを抑えるんだい?そのお金でもばら撒く?」

「な訳ないだろ。こんな金お前にくれてやるよ。」

「ひょぉ〜気前いい〜!」


城を出るときにもらった金袋をコルワへ投げ渡す。

これから先の人生を十分に生き抜けるほどの金額だがここで隠居してやるほどグレコは穏便ではない。

例え勇者側に大した非がなくとも、自分の邪魔をしたやつは徹底的に復讐してやらねば。


「ランはノロマな奴だが後ろにいるのはサイラス王家だ。俺が大罪を犯して勇者一行から追放されたってホラ話はもう奈落にも広まってるはず。【掌握】は大して使えない。だからいっそ頭に会いにいく。」


グレコはそう話し、薄汚い奈落へと入っていく。

スキル。

世界人口の三割程度が生まれた時から保有している能力。

その中でも特に優秀なスキルを保持しているものは、冒険者となって魔族と鎬を削る。

勇者の仲間ともなればそのスキルも非常に強力であり、グレコもその例に漏れていなかった。


【掌握】


超高性能なレーダーであり情報収集能力であるそれは、こと戦闘においては相手との関係性が強く影響する。

身体情報を知るぐらいなら誰が相手でもできるが、体を操るならば格下の相手でなければならない。

身分、戦闘能力、人間性、知性。

要素は様々だが、相手がグレコのことを格上だと認識した瞬間、体の自由は奪われる。

悪評をばら撒かれている以上、殆どの人間はグレコのことを無職の悪人としか思っていないだろう。

万人から侮辱されている状況では【掌握】も形無しだ。


「らっしゃいらっしゃい!目ん玉も安くなってるよ!錬金術にどうだい!?」

「おっとそこの別嬪さん!魔族の腕、取れたて新鮮だよ!」


無計画に並べられたボロ家と露店。

その上に干された汚い洗濯物と、店頭に並ぶ魑魅魍魎の商品。

普通に生活していれば絶対に入ることのないこの街には、常に澱んだ空気が流れている。


「別嬪さんだってよグレコ!いいなぁー、人の目ん玉なんて売ってるんだねぇ。」

「ここは奈落の中でも比較的賑やかな場所だからな。露天も多くて今みたいな夜中は闇市として盛り上がってる。目的地はもっと先だ。ついてこないなら置いていくぞ。」


立ち並ぶ露天達に目も暮れず、グレコはどんどんと細道へと入っていく。

人通りが減っていく代わりにどんどんと数を増やしていく蜘蛛の巣。

ここからが本当の奈落である。


「今から会うのはこの奈落を作った正真正銘の悪党だ。俺はそいつの傘下につく。その後組織ごと掻っ攫ってやる算段だ。」

「奈落を作ったって……。そんな大物にサクッと出会えるものなの?コネクションなんか持ってないでしょ。」

「話によれば会いに行けば誰でも話してくれるらしい。そこから仲間になれるか墓場に入るかはそいつ次第だけどな。場所なら、これでわかる。」


グレコは地面に片手を付き、スキルを発動させる。

家の中で眠るハゲ親父の寝顔から、便所を駆け回る鼠の一匹まで。

全てを見透かす【掌握】は奈落を丸裸にしていく。


「いたぞ、ここから数分歩いたところにある料亭の中だ。さっさと行くぞ。」

「相変わらず便利なスキルだねぇ。けど料亭かぁ、僕お腹減っちゃったし上手く気に入られたら美味しいご飯にありつけるかも。じゅるる。」


緊張感なくよだれを垂らすコルワを無視してグレコは路地を進む。

先ほどの闇市と、今いる貧相な住宅街。

その二つを抜けた先にあるのが奈落で成り上がったものの居場所、繁華街である。

ギラついた照明で照らされ悪趣味な置物が飾られたその店が、今回の目的地であった。


「おい、ヴィトとかいう名前の男がここにいるだろ。俺は勇者の仲間のグレコだ。ヴィトに会わせてくれ。」

「そんな方はいらっしゃいません。お客さまでないのでしたらお帰りください。」


やはり簡単に通してはくれないか。

いくら来るもの拒まずのスタンスであろうとそれはヴィト本人の心情だ。

奈落のボスともなればしっかりと周りに守られている。

ここで料亭の店員と問答をするより、無理矢理中に入った方が早いか。

この女は乱暴な侵入者であるこちらを恐れている。

これならば【掌握】も効くはずだ。

グレコがそう思考して従業員に触れようとした瞬間、二階から大柄の男が降りてきた。


「なんだぁ?人が気持ちよく酔ってる時に騒がしいぞお前らぁ。ヴィト・バルトラとは俺様のことだ。話があるなら聞いてやるぜぇ。」

「直接会うのは初めてだなヴィト。グレコだ、この顔見ればわかるだろ。」

「はっはー!ならず者かと思ったら大事な取引様じゃねぇか。上へ上がんなぁ。」


ヴィトに誘われグレコ達は階段を登っていく。

料亭などと銘打っているがこの店は悪党が悪巧みをするしょうもない居酒屋だ。

階段の軋みが程度の低さを物語っている。

二階へ着こうかという時、コルワがグレコに小さく語りかけてきた。


「やけに奈落に詳しいと思ったらこのジジイと知り合いなの?どういう繋がりなのさ一体。」

「ベイオットのじじいが倒した魔物の死体を密売してたんだ。魔物の死体は錬金術や漢方の材料になるからな。ランはご丁寧に死体を供養しやがるがあのじじいはそんなことしない。ちょっとした小遣い稼ぎだよ。」

「そんなことしてたの!やっぱ最低最悪だねグレコって!最高!」


前を行くヴィトに聞かれないようにしながらグレコは自分の悪行を詳らかに語る。

ランベリーはグレコを大罪人として追放したがあれはあながち間違いではない。

勇者の仲間として活動しながら、魔物の死体の密売から魔物の私財強盗までグレコは色々と悪事に手を染めている。

にしても俺が最低最悪ならそんな奴に着いてきてるお前は何なんだよ。

グレコがそう言おうとしたところで二階に到着。

二人は数十人の男達がひしめく宴会場へと案内された。


「で、勇者様のお仲間ともあろう人が俺に何の用だい。いや、やらかして追放されたんだったか。」

「あぁその通り今や立派な無職だ。だから俺をお前の所で雇ってくれ。雑用でも何でもしてやるぞ。」


グレコが放った提案に部屋の空気が揺れる。

ざわざわとした室内は、ヴィトが言葉を発した瞬間に静まり返った。


「お前は奈落ができた経緯を知っててそれを言ってるんだよなぁ?お前ら勇者が仕留め損なった魔物達に家族を襲われ、孤独になった奴らが集まって形成されたのがここだ。お前がここに来てること自体、許されねぇことなんだよ。」

「そんなことは知ってるさ。けどお前も言ってただろ俺は追放されたんだよ。今やただの無職、奈落を仕切ってるお前らより下等な存在だぜ?」


ヴィトは明らかに納得していない。

このまま行けば間違いなく攻撃される。

グレコはそう判断して壁に手を当て、周囲の人影を【掌握】する。


(見えてる中で武器を持ってるのが十五人。押し入れの中にも数人隠してやがるな……。)


【掌握】は敵を操る力ばかり恐れられるが、本来はただの索敵スキルだ。

ヴィトの部下の数は多い。

いくら【掌握】があるとはいえ、ほとんどが操れるほどにこちらを恐れていない。

剣術の心得は多少あるが、この数相手だと腕の一つや二つは吹き飛んでしまいそうだ。

グレコは力による屈服を選択肢から外し、大胆な策に打って出る。


「ようは俺が俺も大事なもんを失ってやればいいんだろ?いいぜ、こいつを殺せよ。この女は俺と同じく勇者の仲間、巫女のコルワだ。俺にとっては大事な仲間を失うことになるし、お前らが抱えてる鬱憤も晴らせる。いくらでも殺していいぞ。」

「はっはー!俺らと取引してる頃からまともなやつじゃないと思ってたが、想像以上にイカれてやがる。いいぜ、俺もこいつの顔には見覚えがあるしな。おい!俺の武器もってこい!」


こちらの提案をヴィトが承諾し、彼の部下が巨大な斧を持ってくる。

奈落のボスともなれば戦闘力も冒険者上位クラスだ。


「俺の【怪力】の餌食になってくれや。お嬢ちゃぁん!」

「え、こんな簡単に殺されるの僕!?」


コルワが命乞いも断末魔もあげる暇もなく、彼女ないし彼の綺麗な頭が地面に転げ落ちる。

ヴィトがその生死を確認するように転がった頭を蹴り、コルワの顔面はボールのように壁に飛んでいった。

血の染まる室内を眺めつつ、ヴィトが満足そうに口を開く。


「ここまでして貰ったらお前を認めざるをえねぇなぁ。だがまだお前が俺達の役に立つことを証明できてねぇ。西の街道で魔物の残党が暴れててうちの商隊が足止めされているらしい。お前はそれを助けにいってこい。無事解決させられたら、お前は晴れて勇者の仲間から大悪党の仲間に転職完了だ。」

「了解だ。まぁもう既にクビになってるから転職じゃなくて再就職だけどな。あとこれはちゃんと持ち帰らせて貰うぞ。」


グレコは地面に転がったコルワの頭と胴体を掴み、部屋を後にする。

復讐への第一歩は完了。

次の段階へ進んでいこう。

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