0.味方最大の脅威
「頼む、グレコ。このパーティから出ていってくれ。」
王城の片隅、彼らのためだけに用意された居室の中でグレコはそう語りかけられる。
丁重に頭を下げ、申し訳なさそうに懇願する。
みっともないとすら思える態度を取っている眼前の男は、かの高名な勇者様だ。
「なんで。俺、なんかしたかよ。」
「いや、お前はこれまで俺達と共に命を懸けて戦ってくれた。お前を含めてこのパーティの誰が欠けても魔王討伐はなし得なかった。本当にありがとう。」
グレコが所属しているこのパーティは魔王を討伐した。
彼に頭を下げている勇者ランベリーを筆頭に、六人のパーティメンバー達は長い間冒険を共にしてきた。
今身を置いているサイラス王国の手厚い支援を受け、次々と仲間も増やしてきた。
ついには魔王城へ到達し、悪しき魔王を滅びしたのである。
それだというのに、その一翼を担っていたグレコは今追放されそうになっている。
「お前の……能力が問題なんだ。お前の【掌握】のスキルはあまりにも強すぎる。まして魔王を討伐した勇者パーティの一員が持っているなんて。勇者ランベリー・レオナルとして、お前の友人として看過できない事態だ。」
「俺に操作されるのを恐れてるのか?俺がそんなことするやつじゃないってのはお前もわかってるだろ。」
【掌握】
ありとあらゆるものの情報を把握し、支配する。
そこが土地であれば、地を這っている蟻の数まで把握できるし、それが人間であれば毛穴の数までだ。
掌握した人間が自分より下等な人間であれば、その行動を思いのままに操作。
直接的な戦闘能力はなくとも、強力な力である。
「確かに少年時代はそうだったさ。だから俺はお前を旅の仲間として選んだ。けど今はどうだ?魔王の雑兵を操って他の魔王軍を襲わせたり、魔族の住処に忍び込んで隠し財産を強奪したり。そんな素行の男が名誉を手にしたらどうなるか、想像にかたくないだろ。」
「どれもお前らのためだろ?どうせ魔族は殲滅するんだ、俺達が手を汚す必要もないし、無駄な財産を持たせておいても後々脅威になるだけだ。俺はお前と出会ったあの日から、優しい少年のままだよ。」
「あくまで殲滅するのは俺達に危害を加える魔族だけだ!何度も話しているだろ!」
嘲笑うような表情を浮かべるグレコとは対照的に、ランベリーが激しく机を叩く。
グレコとランベリーは幼少期からの幼馴染だが、旅をしていく中で日に日に距離が離れていっている。
ランベリーが感じていた友への不信感が、今こうして現れたのだ。
「他の奴らはどう思ってんだよ。いくらランが勇者だからって俺達は一蓮托生の仲間達なんだろ?お前の一存でその一人を追放していいのか?」
「俺達もランベリーと同意見だ。お前さんは危険すぎる。」
グレコの質問に、一人の男が返答する。
戦士ベリオット・カイズナー。
壮健な肉体に綺麗な禿頭が印象的なこの男もグレコの仲間の一人である。
年長者が口を開いたことで、他の仲間達も次々と口を開いていった。
「正直言って……最近のグレコさんは少し怖いです。魔族を倒す度に目が暗くなっていって……。」
「ライラのいう通りよ。今のあんたをここにはおいておけない。勇者の仲間からすれば格上なんて王族ぐらいでしょ。せっかく守りぬいた市民を全部掌握されて操られたりしたらたまんないわ。」
占星術士ライラと魔導士アイラ。
サイラス王家の王女であり双子の姉妹でもある彼女達もランベリー側に同調する。
四対一、中々に不利な状況だ。
多数決の場合だともう負け確定だが、勇者パーティはそこまで不平等な集団ではない。
こうした重要な決断の時は常に少数意見にも配慮する。
グレコの処遇は残りの一人、巫女コルワに委ねられた。
「んー♪僕も賛成かな!グレコが危険人物なのは同意見だし。けど僕はグレコに着くよ。彼と一緒にこのパーティを抜けて一緒に旅をする。」
腰に手を当てて自慢げなポーズを取りつつ、コルワがそう話す。
気分屋の変人。
コルワが勇者パーティに加わったのはかなり最近の話だが、その印象はずっと変わらない。
突飛な発言にはランベリーも驚いたらしく、一瞬は面食らっていたが直ぐに落ち着きを取り戻して話し始めた。
「いいだろう。どうせ魔王を倒しているから、これから先俺達はその残党を倒す程度しか仕事がない。その仕事自体は一般の冒険者で十分だしな。自ら進んで出ていこうとするなら止めはしないさ。そういうわけでグレコ。満場一致、俺達のパーティからお前を追放させて貰う。」
ランベリーがグレコの目をしっかりと見据え、話を結論づける。
もとより抗う気などそこまで無かったが、これ以上の話し合いは無駄だ。
グレコは側に置いていた鞄を手に取り、立ち上がる。
「いいさ、俺もガキじゃない。言われたら大人しく出ていってやる。ただお前ら後悔はするんじゃねぇぞ。」
「あぁ勿論忘れはしないさ。【掌握】の力を落とすためにお前達二人は悪事を犯して追放された事にさせて貰うが、代わりに金銭を用意しておく。城を出るときに貰っておいてくれ。」
「わーお!お金貰えるんだ、やったね!じゃあ皆様。ばいば〜い。」
「随分と大人しく追放されたねぇ。パーティメンバー全員操作して足掻くぐらいのことはするかと思ってたや。」
居室を後にし、長い城の廊下を歩きながらコルワがグレコに話しかける。
グレコの荷物は手持ちの鞄だけ、このままストレートに城を出て新生活を始めなくてはならない。
「少なくともランとサイラス姉妹は俺を恐れてたから操作できたかもしれないが、ベリオットのジジイとお前は全くと言っていいほど恐れてなかっただろ。あそこで暴れても無駄だ。」
「ふふ〜んまぁ僕は最強だからね♪」
相変わらずうざったい表情を浮かべながらコルワが廊下を踊りながら進む。
この馬鹿は置いておいても、ベリオットの目の前で他のメンバーを操って見せるのは愚策である。
ベリオットは元騎士だったこともあり、己が最強だと確信している。
それは例え比較対象が正真証明世界最強たる勇者であってもだ。
【掌握】がなければちょっと剣が使える一般人でしかないグレコなど、脅威ではあっても自分より格下だとは思っていないはずだ。
「それより、お前はいつまでついてくるんだよ。」
「え?言ったじゃないか君と旅をするんだって。これからよろしくね〜!」
不躾にグレコの背中を叩きながらコルワがクルクルと回転する。
何が楽しくて勇者パーティから追放された異端者についてきたがるのだ。
コルワの思考は全く意味がわからないが、ここで反論をしてやるほどグレコは熱い男ではない。
「こっちからも質問なんだけどさ。これからどうするの?」
「奈落へ行ってそこら辺のゴロツキ共を味方にする。【掌握】は自分の地位をあげないと意味がないからな。
権力と駒を手にした後は復讐だ。俺を追放しやがったあの馬鹿共を地獄の底に叩き込んでやる。いや、あの姉妹は娼館にでも叩き込んだほうが金になるかもしれないな。」
将来の展望を語るグレコ。
その邪悪な表情を見て、コルワも高らかに笑い始めた。
「あはは!やっぱ最高だねグレコは!さっきは『俺はそんなことするやつじゃない』とか言っておきながらやっぱり腹の中が真っ黒じゃないか!彼らの言うことは微塵も間違ってないし、謝罪もお金もしっかりくれるって言ってるのに!そこまでしなきゃいけないほどのことはされてないのに!ましてあの勇者は君の幼馴染じゃないか!あーおもしろっ!」
「理由なんて俺を無碍に扱ったってだけで十分だろ。幼馴染がなんだ、ガキの頃同じ村に住んでただけだろ。あいつが俺を最底辺に送るなら這い上がって引き摺り下ろしてやるよ。」
廊下をのたうち回りながらゲラ笑いするコルワに冷たく言葉を返す。
確かに世間的に見ればグレコの追放は極めて真っ当な話だ。
悪人として追放されるのは些か問題があるが、【掌握】の力とグレコの素行を考慮すれば当然。
慰謝料として金銭も貰えるらしいし、一般論で言えば大人しく金を受け取って隠居しておくのがベストだろう。
だがその一般に当てはまらないのがグレコという男だ。
「いやー君についてきて正解だったよ。君は妥協の二文字を知らないよね。ついでに人情と反省も。どこをどう見たって異常者だよ。」
「それについてこようとしてるお前も立派な異常者だろ。ついてくるのはいいが俺を仲間だと思うなよ。俺はお前を最大限利用する。」
グレコがそう言葉を返してもコルワの爆笑は収まらないようで、その細い体を壁にぶつけたりしながら大声を上げ続けている。
巫女という名の異常者を完全に無視してグレコが歩みを進めていると、ようやくコルワの興奮が収まったようで再び話し始めた。
「オーケーオーケー……。この巫女様が全身全霊を懸けてご奉仕させてもらうよ。」
「気持ち悪い言い方してんじゃねぇよ。お前女装してるだけの男だろ。いつまでもそのふざけた職務を名乗るな。」
「はっはっは!そう、そうだったね!」
こうしてグレコとコルワ、両名の理不尽な復讐劇が始まった。




