1-2 『騎士』
――まぁだ眠ってるなんて、おねぼぅさんねぇ……。
間延びした声。
僕は夢うつつにそれを聞いた。
でも……なんでかな。
まだ、このまどろみに身を任せて眠っていたい。
だからもう少しだけ、このまま眠らせてくれないかな……?
――もぅ、しょうがないわねぇ。
……。
…………。
「いだいいだいだいいだだああぁぁぁあっっ!?」
「起きたぁ? よい朝のおぉ目覚めねぇ」
「全然よくない! なんで傷口抉るのっ!? 意味わからないんだけどっ!?」
僕はオオカミに噛まれた肩をつかんでいた手をはたくと、目に涙をためながらその人物を見た。
暗赤色の髪をした女性だった。身長は僕よりも少し低く、幼い顔つきをしている。華奢な体つきをしていたが、腰には剣を提げ、白銀の鎧で身を包んでいることから、彼女が騎士だということが一目でわかった。
長い髪を揺らしながら、その女性は僕の顔を覗き込んできた。大人の女性、という感じがして、少し身体を強張らせた。顔近い……。
「うんうん。元気そぉうだね!」
「は、はぁ……痛っ……」
「まぁだ無理しちゃダメなんだぞぉ。あなたは怪我人なんだから、ゆっくりゆっくりなおぉさなきゃぁ」
え? じゃあ、僕はなんで起こされたの?
というか、この痛みは、あなたがしたことですよね!?
訝しげに女性を見ると、僕の考えていることを察したのか、んーっと口元に指をあてて何やら考え始めた。いや、今考えることなの? なにか考えがあって僕を起こしたんじゃないの!?
「んー……わぁたし、今公務からかぇってきたのぉ」
「は、はあ……」
何を言い始めたのか、全く分からない。予想できない。
この人のペースに巻き込まれたらダメな気がする。というか、すでに巻き込まれてるね!
女性は眠そうに瞼をこすると、僕の眠っていたベッドに倒れこんだ。
「ちょっ!? な、なに!?」
「だぁかぁらぁ……いま公務からかぇってきてぇ、疲れたぁの。だぁから、ねなぃと…………ぐぅ」
「寝るの早っ!? って、ここで!?」
僕は助けを求めるように、辺りを見回した。
しかし、すごく部屋が広いくせに散らかってるし、ベッドも一つしかない。
彼女は一人でここに住んでいるのだろう。
それなのに僕を助けてここに連れてきて……一つしかないベッドを使わせてくれたのか?
「……」
口調とか、話し方とかは気になったけど、悪い人ではなさそう。いや、むしろいい人だな。
僕は全身の痛みを我慢しながらベッドから起きた。痛い、でも、ちゃんと手当てしてあるから、少し我慢すれば動かせられる。
ベッドに上半身だけしか乗っていない彼女の身体を持ち上げると、ベッドにちゃんと寝かせた。鎧が重いけど、それがなければ身体は軽いほうだと思う。
鎧を着たまま眠るのはどうかと思ったけど、僕にはどうすることもできないから仕方なく毛布を掛けてあげた。一切起きる気配を見せないけど、それで騎士として勤まるのだろうか。眠っている間に襲われたらどうするつもりだろう。
気にはなったけど、僕は襲い掛かったりしない。オオカミにすら勝てなかった僕が、本物の騎士に勝てるわけがない。
たとえ眠っていたとしても、騎士はそれなりの力を持っているものだ。
そう言えば、こんな噂を聞いたことがある。
騎士はみんな夢遊病で、眠っていても戦えるらしい。
……なんて陳腐な集団だろう。
それでも、結局は眠っている間も安全ということなんだ。これ以上、彼女に近づくのはやめておこう。何が起きてもおかしくないからね。
僕は女性から目を放すと、部屋を見回した。泥棒が入ってきても、何か探して盗む気をなくすくらいに、部屋が散らかっていた。
むしろ片付けるかも。
何その泥棒、超几帳面!
あー、よく妹がこんな状態にしてたなぁ。それで、僕がよく片付けてたんだよな……。今となってはいい思い出だ。
僕は思い出してふっと笑うと、よしっと腕まくりした。
女性が起きたのは、窓の外が夕暮れに染まるころだった。ゆうに十二時間を越していた。
睡眠時間の長さに驚かされたが、鎧で眠っていたはずの彼女はすっかり調子を戻しているようだった。寝心地悪くなかったのかな?
「ん~……ふぅ。よくねぇた!」
「それはよかったですね」
そう言うと、女性はうんっと元気よく頷いた。なんだか、子どもみたいだなぁ。
女性は視線を部屋に移すと、おおっと感激したような声をあげて目をキラキラ輝かせた。
僕は彼女が眠っている間に、あの泥棒すら寄り付かない部屋を片付けておいた。妹の部屋を片付けていたおかげかな。こういうのには慣れている自分がいて、少しびっくりした。
女性はおもむろに立ち上がると、壁と一体になった本棚に近寄って、
「これ、探してた本だ!」
「え……そこですか」
てっきり部屋がきれいになったことにびっくりしているのかと思ってたけど、え? 探してた本が見つかったからなの……。
まあ、いいんだけど……少し寂しい。
女性はその本以外にも探していたものがあったらしく、自分の部屋だというのに初めて引っ越してきた部屋のようなワクワクした表情を浮かべて、部屋を物色していた。あれ? ここ本当にあなたの家? 不法侵入とかそういうわけじゃないよね!
とはいえ、ここがどこなのかは僕には分からない。窓の外を見ると、かなり高いマンションの一室のようで、街を見渡すことができた。
僕はオオカミに襲われて、彼女に救われてここに連れてこられたわけなのだけれども、じゃあこの街は何という街なんだろうか。
きれいな街だった。それを一望できるマンションに住んでいる彼女って……こんなちゃらんぽらん……いや、子どもみたいな性格をしている割にはお金を持っているんだろう。だからといって、なにかしようとは思っていないけど。
騎士ってお金あるんだなぁ。まあ、要人警護とかしていればそれだけ報酬もあるか。まして全員が夢遊病だとそれなりに騎士の数も少なくなるし。
騎士が一か所で眠っているところを想像してみると、なんだか怖気がした。夜中にみんなが起き上がる光景って……ゾンビですか、あなたたち。
僕は思考を振り払うように首を振ると、女性に近づいた。部屋を物色していた彼女は、僕の存在にその時気づいたかのように僕の方へ振り返って微笑んだ。
「ありがとぅねぇ。これ、ぜぇんぶあなたが片付けてくぅれたのぉ?」
「は、はい。そうですけど……」
気づいてくれた! うれしい!
なんて子どもみたいなことは思っていないけど、感謝されるのは気持ちいいな。
妹なんかいくら片づけてもすぐ散らかすし、全然感謝してくれなかった。
まあ、僕は彼女の好感度さえ上げられれば良かったからね。
「うぅん。やぁっぱり片付いていると、部屋があかるぅくなるねぇ」
女性はそう言って、両腕を上げて背筋を伸ばした。じゃあ普段から片付けていればいいのに。でも、それができない人だから散らかるんだろうなぁ。
僕は女性に促されて、ダイニングにあったテーブルに座らされた。お茶を淹れてきた彼女は、僕と自分の前にそれを置くと、一口飲んだ。その仕草が気品にあふれていて、とてもだらしない人だとは思えなかった。
音もなくコップを机に置くと、女性は背筋を伸ばした。僕も思わず背筋が伸びる。
「改めましてぇってことになぁるのかなぁ? わぁたしはパズリィ←エーレン。この街で騎士やぁってるからねぇ」
「僕はタグ←アルヴァイス。いろいろと事情があって旅をしています」
僕はできるだけ丁寧に答えた。少し、思ったことがあったからだ。
パズリィさんはうんと一つ頷くと、「タグ……タグ……」と僕の名前を反芻した。やがて「よし、おぼぉえたよ!」と立ち上がりながら言うと、拳を小さく握った。なに? この人、頭も弱いの?
パズリィさんは静かに椅子に座ると、お茶を一口飲んでから僕の方を見た。微笑んでいるようだったが、少し責めているような瞳だった。
「――で、タグはあんなところになんでいたのかなぁ? あぁそこは、オオカミがいるかぁら、立ち入り禁止なんだぞぉ」




