第二十一話 晩餐会での出会い
キャサリン・アレクサンドリアの救出から約1ヶ月後、アレクサンドリア城でささやかな晩餐会が行われること、仁とアリシアが王国の主だった貴族と共に招待されていることが、シーダー卿から二人知らされた。
仁は行くことを渋ったが、シーダー卿からの強い後押しとアリシアと桜の引っ張りに負け、再び王城に登城することになった。
久しぶりの王城だったが、最初に登城した時と同じように徹底的な身体検査が行なわれた。
細剣も再び魔法検知器で調べられ、魔法が掛かっていないことを確認した上で仁に返された。
検査が終わって王城に入ると、警備監督のスコット・ドレイクがいた。
彼は仁たちを見ると笑みを浮かべて声をかけた。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。そちらのご婦人は?」
ドレイクの言葉に仁は苦笑して応じる。
「今日はあまり元気ではないですね、早く帰りたいです……お久しぶりです。こちらは従姉の桜です」
「サクラ・オーツカです。従弟がお世話になったようで、お礼申し上げます」
桜が頭を下げたのを見て、ドレイクは慌てた素振りを見せる。
「お礼を申し上げるのはこちらです。彼の働きでキャサリン殿下が無事に救出されたのですから」
そう言われて顔をあげた桜だが、いまいち納得しきれない様子で従弟を見つめていた。
「どうも信じがたいのですけれど……この子が小説のような名探偵になるというのが」
「この子って言うな」
従姉弟のやり取りにドレイクは思わず噴き出した。
「『闇を晴らす者』も従姉の前では形無しということですか」
「その呼び方も止めてほしいですね……」
「捜査官、サクラお姉さん。そろそろ行きましょう」
アリシアにそう言われ、仁は軽く礼をして会場に向かった。
「わ、凄い!」
この日のためにと薄い桃色のドレスで着飾った桜が歓声を上げる。
部屋の中央には巨大なシャンデリアが釣り下がっており、壁際にはいくつもの魔法灯が光を放って会場を明るく照らしている。
いくつものテーブルが並び、彩りも鮮やかに様々な料理が並んでいる。
バーカウンターも複数置かれ、魔導具と思われるボックスから、アルコールやジュースを取り出して参加者に渡していた。
シーダー卿は「ささやかな」と表現したが、服装や振る舞いなどを見ても数十人の貴族がいるように思われた。
早くも窮屈に感じた一張羅を崩しながら、仁がぼやく。
「人多いんだけど、これのどこがささやかなの」
誰に言うでもなくこぼした愚痴だったが、意外な所から答えが返ってきた。
「殿下のご無事を祝う会なのよ。王国の大貴族は集まっているわ。新年祝いみたいに国中の貴族が集まるわけじゃないし、ダンスがないだけマシだと思いなさい」
仁が振り向くと、鮮やかな朱色のドレスに身を包んだキャロルの姿があった。
「お前も来てたのか」
「ええ、お父様とお兄様と一緒にね」
キャロルが言う通り、彼女のそばにはヴァレールとマシューもいた。
「久しぶりだね。今回も素晴らしい活躍だったと聞いているよ」
ヴァレールの賛辞に、仁は居心地悪そうに身じろぎした。
「事件の事は他の貴族にも知られているんですか?」
「もちろんだとも。君が事件を解決したことも、表向きには発表されてないが、大体の貴族は知っていることだ」
ヴァレールの答えに仁はがっくりとうなだれた。
「面倒事が増えなけりゃいいけど……直接の依頼がたくさん来るとか、絶対嫌だよ」
「そうですね。以前にクレアの依頼を受けましたけど、これからは、ああいう依頼はシーダー卿に相談した方がいいかもしれません」
アリシアの提案に仁は頷いたが、ふとキャロルがそっぽを向いているのに気づいた。
「何やってるのキャロル?」
「いえ、何でもないわ。ええ、何でもないから」
そう言い張る彼女は明らかに挙動不審だったが、会場の空気と周りの様子に疲れていた仁には追及するだけの気力がなかった。
その隣では、マシューが桜に話しかけていた。
「お久しぶりです、サクラさん。ドレス、とても似合っていますよ」
「ありがとうございます。マシューさんにそう言っていただけると、お世辞でも嬉しいです」
「お世辞ではありませんよ」
二人はテーブルに乗せられた料理を手にしながら、親密な様子で話をしている。
仁がそれを興味深そうに彼らを眺めていると、不意に彼の袖が引っ張られた。
アリシアが少し顔を赤らめている。
「捜査官。あの、私のドレスは似合っているでしょうか?」
彼女は若草色のシンプルなドレスを着ていた。
背は高くないが、アリシアのプロポーションは非常に良い。
シンプルなドレスはその緑の瞳や流れるような金髪と相まって、彼女の美しさを際立たせていた。
「……うん、似合ってると思うよ」
しばし見惚れた後に慌ててそう言うと、彼女ははにかむように微笑んだ。
その反応にアリシアと同じように顔を赤くしていた仁だったが、不意にキャロルから声をかけられた。
「ところであなた達、礼儀作法については大丈夫なの?」
唐突に声をかけられ、仁は若干不機嫌になって応える。
「右手を胸に当てて片膝ついて礼だろ。さすがに覚えたよ」
「陛下から褒賞をいただいた時に、ちゃんと口上を述べられるかってことよ。たぶん今日、この場で二人への表彰が行なわれると思うわ」
その指摘に、仁は「へー」と興味なさげに応え、アリシアは一瞬で真っ青になった。
二人の様子にキャロルはため息を吐く。
「いいわ、簡単に教えてあげる。料理を食べながらでいいから聞きなさい。まず陛下があなた達の名前を呼ぶと、侍従が『以上二名、前へ』って言うはずよ。そうしたら……」
料理もそこそこに、二人はキャロルから今後の表彰式に向けたレクチャーを受けることになった。
キャロルからのレクチャーも終わり、二人が料理を堪能し始めてからしばらく経ったところで、会場の隅にいた楽団が厳かな曲を奏で始めた。
「王国国歌です」
アリシアが仁にそう囁くと同時に奥の扉が開き、魔法灯が一際明るく灯った。
現れたのは国王ライオネル・アレクサンドリア、王妃クリスティーネ、王太子ローレンス、そして第一王女のキャサリンだった。
救出した夜は憔悴しきっていたこともあって弱々しい少女という印象だったが、こうして公の場で見ると、やはりあどけなさの中にも気品が感じられた。
四人が一段高い席についたところで音楽が終わり、玉座に座ったライオネルが声を張り上げた。
「諸侯、本日は急な呼びかけにも関わらず、キャサリンの快気祝いに集まってくれたこと、感謝する」
「そんなに急でもないような……」
「貴族は準備に色々と時間がかかるのよ」
仁のぼやきにキャロルが突っ込む。一方でアリシアは初めて王城に来た時のように緊張で固まっていた。
「此度はキャサリンが『黒薔薇騎士団』に誘拐され、我が側近に『黒薔薇』の手の者がいたという重大な事件であった。本来は諸侯に知らせるべきではあったが、やむを得ず内密に事を運んだ点は理解してもらいたい」
貴族たちのざわめきが収まるのを待って、ライオネルは再度声を張り上げた。
「今日は、此度の事件でキャサリンを救出し『黒薔薇騎士団』を捕え、キャサリンを救いだした者を皆へと紹介したい。特別捜査局捜査官ジン・オーツカ、そして補佐官アリシア・コール」
「ジン・オーツカ、アリシア・コール。以上二名、前へ!」
侍従の声と共に、二人は国王の前に進み出る。そして右手を胸に当てて片膝をついた。
彼は二人の様子に小さく頷いた。
「そなたらの事件解決およびキャサリン救出において大いに貢献してくれた。その功績に報い、そなたらを名誉爵に任ずる」
国王の言葉に、場がどよめいた。仁の後ろでは、アリシアがぴくりと肩を震わせる。
そんなに大層なものなのだろうか、と仁は内心で首を傾げる。とりあえずキャロルから教わった通りに返答した。
『ありがたき幸せにございます』
そう答えると、ライオネルは「うむ」と頷き、持っていた杖を仁の頭の上に掲げ、なにやら宣言をした。続いてアリシアにも同じことをする。
儀式のようなものだろうか、と仁が考えていると、宣言が終わったライオネルが杖を元に戻した。
「褒賞については他の者が伝える。今後とも我が国のために働いてくれることを期待する」
ライオネルの言葉が終わると、もう一人、小柄な少女が前に進み出る。第一王女のキャサリンだった。
「此度の事、深く感謝します。そなたらがいなければ、今わたしはこの場にはいなかったでしょう」
彼女の言葉にどう答えればよいのか分からず、仁とアリシアは無言で頷いた。
「ジン、アリシア。今後も頼りにしております。よろしくおねがいしますね」
キャサリンはそう言うと、輝くような笑顔を見せた。
『はい』
二人は短く応えて、再び頭を下げた。
叙爵が終わり国王が席に戻るったところで、二人は桜の元に戻ろうとしたが、その途中で何人もの貴族に囲まれることになった。
「私、マクレーン伯爵家のグリッド・マクレーンですが、キャサリン殿下について是非とも……」
「私はユークス・ベロン男爵と申します。……」
「フィリップ・ドル。階級は子爵でございます。此度の事件での二人の活躍を……」
「皆様方、二人に話したいことがあるのは分かります。しかし二人ともこのような場は慣れていません。少し二人を休ませていただきたい」
あまりの急展開に狼狽する二人に助け舟を出してくれたのはシーダー卿だった。
彼についていった二人は、ようやく貴族たちの囲みを脱出することができた。
貴族たちを振り切って桜たちの元に戻ると、彼女はまだマシューと話し込んでいた。キャロルは不機嫌そうに二人を睨んでいたが、仁とアリシアが帰ってくると労わるような表情になった。
「お疲れ様。一気に人気者になったわね」
キャロルの茶化すような言い方に、仁はじろりと彼女を睨む。
「お前、絶対面白がってるだろ」
仁の隣では、アリシアが疲れ切った表情で口を開く。
「なんで名誉爵でこんなに囲まれることになったのかしら」
「そういえば、名誉爵って何? 貴族になったの?」
仁の質問にアリシアは首を横に振った。
「形式の上では貴族になりますが、特に大きな権限があるわけではありません。魔法使いでない一般人への簡単な命令をする権利があるくらいでしょうか。爵位も一代限りのものです」
アリシアの説明にため息を吐いたのはキャロルだった。
「アリシア、あなたの認識が甘いのよ。今の王国は安定期に入ってるわ。言い換えれば、よほど大きな功績でもない限りは叙爵や爵位の向上はないの。しかも今回は主だった貴族のいる前で、キャサリン殿下が直々にお礼を述べるほどよ。陛下の覚えめでたいあなた方が注目の的になっても不思議じゃないわ」
キャロルの説明に、仁は思わず「うへえ」と情けない声を上げた。隣ではアリシアも眉を顰めている。
「本当に直接依頼が来るようになるかもしれません。どうしましょう?」
「それについては私がなんとかしよう。君達に直接依頼が来た時は、私に連絡をしてほしい」
シーダー卿の言葉に、仁とアリシアは『分かりました』と応えた。
ひと段落したところで、仁は事件のその後について尋ねてみることにした。
「ところで、共犯者は誰だったんですか?」
仁とアリシアは、ジョセフ・クライブの逮捕と共に王城を立ち去っていたため、その後の捜査については断片的な情報しか得られなかった。
シーダー卿から一度「共犯者を逮捕した」という連絡はあったものの、詳しい話は聞けずじまいだった。
シーダー卿は周りに仁達しかいないことを確認してから、少し声を落として話し始める。
「共犯者はデキン男爵。王都に自宅を持つ男だ。クライブが尋問で吐いた。デキン男爵の自宅で『黒薔薇騎士団』の便せんや印が見つかったし、間違いないだろう」
「本人は認めているんですか?」
「うむ。それに関しては問題ないのだが……」
そこでシーダー卿は困惑した表情を浮かべた。仁が無言で先を促すと、彼は話を再開した。
「キャサリン殿下の声を聞かせるために蓄音機を使ったという君の推理は正しかった。だが、蓄音機の受け渡しは直接行なわれていたわけではないようなのだ」
「はい?」
仁は素っ頓狂な声を上げた。
魔道具に固有魔法をかければ壊れてしまう。だから、蓄音機だけは直接手渡ししなければならないはずだ。
シーダー卿は真面目な表情を崩さずに続ける。
「事件の間、二人が何度も直接会っていたら不審に思われる。だから、クライブは貴族街の街角に蓄音機を置いていたのだ。問題はそこからで、デキンは蓄音機を自宅のポストで手に入れたと言っているのだ。彼はクライブがの自宅のポストに入れたと思っていたそうだ」
「つまり、三人目の、蓄音機を運んだ共犯者がいたわけですね」
アリシアの確認をシーダー卿は無言で肯定する。
「そのもう一人は、分かっているんですか?」
仁の疑問に、シーダー卿は首を横に振った。
「いや、二人とも他に共犯者がいたことすら知らなかった」
「……変な話ですね」
仁の呟きに、アリシアとシーダー卿は怪訝そうな顔をした。
「ジョセフ・クライブとデキン男爵は、犯行の上では直接の繋がりはまったくなかった。なら、彼らに共犯者が誰かを教える必要はない。そうすれば一人が捕まっても他の共犯者は逃げられるはずです」
その言葉にアリシアが納得の表情を浮かべる。
「……確かにおかしいですね。実際に三人目の共犯者は捕まっていないわけですし」
「もちろん、事情を知らない誰かを使い走りにした可能性もあるけどね」
「そんなことがありえるんでしょうか? 蓄音機の内容を聞かれてしまえば事件の真相があっという間に分かってしまいます」
「魔法使いでない一般人を運び屋にするとか、やりようはある。もちろん、アリシアの言うとおり危険な方法だ」
シーダー卿は二人のやりとりを黙って聞いていたが、そこで口を開いた。
「不明な点はあるが、事件はほとんど解決したと言っていい。ただ、その部分だけは今後追及していくことになるね」
「分かりました。事件については、今のところはそれだけですか?」
「ああ、これで全部だよ」
「そうですか。ありがとうございます」
仁はそう言うと軽く頭を下げた。隣でアリシアも無言で頭を下げる。
その時、二人を呼ぶ声がした。
「仁ちゃーん! アリシアちゃーん! 何二人でこそこそしてるのー?」
仁とアリシアが振り向くと、顔を赤くした桜が手を振っている。
二人は顔を見合わせて苦笑し、もう一度シーダー卿に礼をして桜の元へ向かった。
桜やキャロルたちと歓談し、話しかける貴族をシーダー卿の助けを借りながらも捌ききった二人は、テラスで休んでいた。
「キャロルの言ったとおりでしたね。あんなことになるとは思いませんでした」
しばらく無言の時が流れてから、アリシアがゆっくりと口を開いた。
「まったくだ。これから先が思いやられるよ。あー、面倒だ」
グラス片手に手すりに肘を突き、仁は深々とため息を吐く。
そんな彼を見て、アリシアは優しい笑顔を浮かべた。
「お疲れ様でした、ジンさん」
仁もアリシアを見て微笑んだ。
「ありがとう。アリシアも、お疲れさま」
グラスが触れ、澄んだ音が鳴った。
二人の間に、しばらくの間ゆっくりとした沈黙が流れた。
二人の時間を破ったのは、一人の男だった。
「失礼します。少し、よいでしょうか?」
そう言ってテラスに現れたのは背の高い黒髪黒目の男だった。
薄い唇と切れ長の目が強い印象を与える。黒髪は丁寧になでつけられており、仁とは対照的にスーツを一部の隙もなく見事に着こなしていた。
仁は怪訝な顔をした。この男は貴族ではないようだが、従者にも見えない。そんな人間がなぜ、自分にわざわざ話しかけに来たのかが分からなかった。
隣ではアリシアも不審そうな表情を見せている。
「いったい、何の用です?」
「もちろん、事件解決のお祝いを申し上げに来たのです。キャサリン殿下の誘拐事件の解決、お見事でした。城外に連れ出したように見せるトリックの解明も、犯人の特定も。流石は特別捜査局の捜査官です」
彼の言葉に二人は警戒レベルを一気に引き上げた。
王女誘拐事件の詳細は、ごく一部にしか知られていないはずだった。少なくとも貴族の従者が知っているようなことではない。
仁は何かの予感を抱きつつ、男に尋ねた。
「あんた、いったい何者だ?」
その問いに、男は心底楽しそうに笑いながら答えた。
「この世界では、ジェームズ・モリアーティと名乗っています」
参考文献
コナン・ドイル「最後の事件」[1893]




