第六話 事件現場にて
事件現場であるホテル「星の泉」は巨大な噴水のある中央広場から見て西の大通りに面したホテルだった。
西大通りの南側に面している四階建ての建物。流石に北側の高級ホテルには一歩譲るが、それでも計24部屋を持つ、王都全体でも中々の規模のホテルである。
そんな説明を受けながら、簡単に昼食を取った後、仁はアリシアと共に事件現場となったホテルに到着した。
事件から数日たっているせいか、ホテルの周辺に警察や野次馬は見当たらなかった。
ホテルの入口のドアを開け、玄関ホールに出ると、小柄なベルボーイが駆け寄って来た。
「ようこそお越しくださいました、お客様。ご予約は午後3時からとなっていますので、それまではあちらで……」
「いえ、違うの。私たちは宿泊に来たんじゃないのよ」
そういうなりアリシアは懐から小さなカードを取り出した。
「ま、魔法警察の方ですか!」
アリシアの手には魔法警察とほぼ同じ刻印を施された名刺大のカードが握られていた。
これは午前中にシーダー卿の部下から届けられた「特別捜査局」の身分証明書だ。
といっても時間がなかったので魔法警察の身分証明書に少し手を加えただけの代物で、正式なものは後から作るとのことだ。
「少し違うけれど似たようなものよ。こちらの彼が特別捜査局の捜査官。私は彼の補佐を務めているわ」
「は、はあ……」
「それで、ちょっと現場を見たいんだが、現場まで案内してくれないかな?」
仁がベルボーイを覗きこむと、彼はフロントの方に駆けていき、何やらフロントの奥にいる老人と話し始めた。
しかし、それも少しの間で、すぐに彼は戻って来た。
「支配人から許可をいただきました。二時半まではお付き合いさせていただきますが、その後は通常業務があるので……」
「ああ、分かった。じゃあとりあえず、現場まで案内してもらおうか」
仁がそう言うと、ベルボーイは「はい」と頷いて、二人の先に立って歩き始めた。
二人を現場まで案内したベルボーイはチキと呼ばれている、と言った。
「僕、まだ入ったばっかりで、背もちっちゃいから……」
そういう彼は確かにベルボーイの制服に着られているような感じで、仕事にも慣れていないように見える。
「じゃあ事件の日なんかは大変だっただろう?」
仁がそう聞いてみると、チキは大きく頷いた。
「そりゃもう大忙しでした。7時なんていう夕食時の真っ最中に刑事さんがフロントに来て『人が燃えている!』って言いだしたもんだから、ロビーのお客様が大騒ぎしちゃって。その後も魔法警察の偉い人たちがたくさん来るし、僕たちは仕事と尋問を同時に受けるし。しかも忙しい時に限ってヴァリエルさんがいないし」
「ヴァリエルさんっていうのは?」
「僕と同じベルボーイですけど、もう何年も勤めてるベテランです。お客様の案内は勿論、馬車の手配や交通整理もできる優秀な人なんですけど……酒癖が悪くて」
「……それはつまり、酒場に行っちゃったと」
「多分そうです。一度お酒を飲むと二、三日は当たり前のように休んじゃうんです。今日も来てなくて」
「それでよくクビにならないね」
「本人も悪いことは分かってるらしくて、本当にたまにしかいなくならないんですよ。今回はそれがたまたまこんな事件に重なっちゃったんです」
そんなことを話しているうちに、事件現場の四階に着いた。
「ありがとう、ここでいいわ。あなたも仕事があるでしょう」
それまで黙っていたアリシアがそう言うとチキは「では失礼します」と一礼して小走りに立ち去っていった。。
彼女はしばらくそれを見送っていたが、振り返ると仁に責めるような目を向けた。
「捜査官、普通の人はベルボーイとあんなに気安く話したりしません。もう少し態度を改めるべきかと思います」
突然の叱責に仁は面食らったが、必死で反論した。
「いや、どこに事件の手掛かりが潜んでいるか分からないだろう? どういう形でも情報収集っていうのは大事なんだよ」
「それでも、情報が欲しいのなら正式に尋問の形式を踏まえて行なうべきです。今のような雑談では証拠にもなりませんし、記録を取れないので細かい部分で正確性を欠きます」
「……分かった、これから尋問する時はそうする。それにしてもアリシアはまだ魔法学校の学生なのに、警察の捜査に随分詳しいな?」
「卒業後は魔法警察に就職することを志望しているので」
「へえ……」
そう言ったアリシアの横顔に、憧れや夢以上に深刻な「何か」がよぎったような気がしたが、仁は何も言えなかった。
二人の関係は捜査官と補佐。それ以上でもそれ以下でもなかったからだ。
ホテルの廊下は真っすぐで、左右にドアが並んでいる。ところどころに小さなテーブルがあり、その上に花瓶が飾ってあった。
事件現場の404号室はホテル入口から見て右側の部屋だった。部屋の前には魔法警察の刑事が二人、警戒に当たっている。
色黒の大柄な男と細面の蛇のような男が二人の前に立ちふさがった。
「おいガキども。ここは事件現場として魔法警察が保管中だ。中に入るんじゃない」
「すみませんが、私、こういうものでして」
仁は先ほどのアリシアを真似て特別捜査官のカードを見せた。
二人の反応はベルボーイとは正反対だった。
「おう、てめえが『タレント』もねえくせに警部に喧嘩売ったとかいう異世界のガキか」
「もう一人は魔法使いとはいえまだ学生だとか。シーダー卿も何を考えているのやら」
「そのシーダー卿から捜査に協力するようにって命令が下ってるはずなんですが」
仁がそう言うと、二人は渋々といった様子でドアの前から離れた。
「ほら、こいつが部屋の鍵だ。っつてもそっちの『タレント』なしじゃ開けられないがな」
ニヤニヤと笑いながら差し出された鍵を、アリシアはひったくる様に掴んだ。
「ご心配なく。そのために私がついているのですから」
そういって彼女はゆっくりと手の中の鍵に魔力を込める。
手の中の鍵が淡く光ったのを確認し、鍵穴に鍵を差し込んでロックを外す。
「さあ、行きましょう捜査官」
そう言ってアリシアはドアを開けた。仁も続いて部屋の中に入る。
「うわ……」
部屋の中を見るなり、仁は絶句した。アリシアも思わず両手で口を抑える。
部屋の中央には薄青の絨毯が敷いてあったが、その左手前部分が真黒に焼け焦げていた。
その隣には被害者の物と思われる旅行鞄が横倒しになって置いてある。
絨毯の焼けた跡の近くには先端に赤い球をはめ込んだ杖のようなものが転がっている。
二人はしばらく現場の様子に衝撃を受けたまま立ちすくんでいたが、先に立ち直った仁がある疑問を口にした。
「死体発見直後の現場の様子はどうだったんだろう。死体の様子とか、物が動いてないかとか、分からないかな?」
「調べてみます。ちょっと待ってください」
仁の言葉に我に返ったアリシアは、そう言うと部屋の外に出ていった。二言三言話し合う声が聞こえ、すぐにアリシアが戻って来た。
「どうぞ、こちらが魔法警察が到着直後に取った念写図だそうです」
「ありがとう」
写真そっくりのものにまったく別の名前が付いているのは少し慣れがいるな、と思いながら仁は現場の念写図を見た。
最初に目に入ったのは死体の様子だった。目の前の部屋のちょうど焼け焦げている辺りに真黒になった死体がうつ伏せに倒れている。
頭は窓の方に向いており、手足の様子はまるで窓の方へ這っていこうとしているように見える。
その他は念写図と目の前の様子に大きな差は見えない。旅行鞄が倒れているのもそのままだし、杖のようなものも動かされているようには見えない。
「それで扉には鍵が掛かっていたと……部屋の鍵はどこにあったの?」
「死体の右手に握られていたそうです」
「そう……」
なにやら呟きながら目の前の様子と念写図を見比べる仁を、アリシアはじっと見つめている。
しばらく部屋の様子を見比べていた仁は、何かに気づいたようにアリシアの方を見た。
「そう言えばさっき、色黒の大男が『タレント』なしじゃ部屋のドアを開けられないみたいなこと言ってたけど、あれどういう意味?」
「それはこの部屋の鍵自体が魔道具だからです」
「鍵が魔道具?」
首を傾げる仁に、彼女は手の中の鍵に魔力を込める。すると鍵が淡く輝き始めた。
「より正確に言えば、この鍵とドアの錠が組になって一つの魔道具となっているのです。魔法鍵と魔法錠と呼ばれています。魔法錠に鍵を掛ける時にこのように魔力を込めれば、魔力の込められた鍵以外では開けられません。また、内側からロックする時も、魔力を込めながら鍵を掛ければ、解錠には魔力をこめた魔法鍵が必要です」
「魔法が使えない場合はどうなる? 使えないのか?」
「いえ、その場合はただの鍵と錠として使うことができます。先ほどあの男が言っていたのは、魔力を込めて鍵を掛けているから捜査官には開けられない、ということです」
「ふーん……で、なんでそんな面倒な鍵があるわけ?」
「一番の理由は防犯目的ですね。魔道具で鍵を掛ければ、『念動』の固有魔法を持つ泥棒などを排除することができますから」
「ちょっと待った。色々聞きたいことがあるぞ。まず固有魔法って何だ? それからなんで、魔道具で固有魔法が防げるって理屈が成り立つんだ?」
仁の質問にアリシアは少し黙り込んだが、やがてゆっくりと話し始めた。
「そうですね。結局昨日は、捜査官に魔法についての基礎的な知識をお教えする機会がありませんでした。では、固有魔法と魔道具について簡単に説明します」
そう言ってアリシアは小さく咳払いをして、心なしか胸を張った。小さな子が先生ぶってるみたいだ、と教えてもらう立場の仁は彼女を見下ろしながら失礼極まりない感想を持つ。
「まず、私たち魔法使いは皆『タレント』を持っていますが、それは植物の種のようなもので、個人によって異なるものです。ですから、魔法学校で『タレント』の開花・発展を行なっても、その結果どのような魔法が使えるようになるかは、生徒一人一人の素質と環境によって大きく変わります」
「ん? すると魔法使いってのはいくつも魔法を使えるわけじゃないのか?」
「いくつも、どころか基本的には一種類の魔法しか使うことができません。これを『固有魔法』と呼びます。ちなみに私の固有魔法は『氷弾』と名付けられています」
そういうなり彼女の全身が淡く光り、次の瞬間、彼女を取り巻くようにたくさんの氷の塊が浮遊していた。
氷の塊にいくつもの彼女の像が映り、きらきらと輝いている。
「今の私は最大8つの氷の塊を作り出せます。これを高速で撃ち出し、敵を攻撃したり、敵の攻撃を撃ち落としたりというのが私の固有魔法です」
彼女の言葉と同時に氷の塊は音もなく消え去った。
一方の仁は言葉もなく、口をあんぐりと開けたままだった。
目の前で見せられた彼女の固有魔法「氷弾」はそれだけの衝撃があった。
「捜査官? 大丈夫ですか? ここまで、理解できましたか?」
「あ、ああごめん、続けて」
「では。この固有魔法の中に『念動』と呼ばれるものがあります。それなりに使い手の多い固有魔法で、読んで字のごとく魔力を持って物を動かすことができるのですが……」
「ああ、もう分かった。つまりそれで鍵を開けて侵入しようという不届きや輩が出てきたわけだ」
「その通りです。それで、それに対抗するために作られたのがこの『魔法鍵と魔法錠』です」
「うん? なんで魔道具の鍵と錠が『念動』の対策になるんだ?」
「それを説明するには魔道具の基本的な性質を知っていただかないといけません」
ここで彼女はもう一度咳払いをした。
「先ほど説明した通り、魔法使いは固有魔法以外の魔法は使えません。しかしそれでは何かと不便です。そこで作りだされたのが、魔力を込めれば誰でも同じ効果を発揮させられる魔道具です」
「それは昨日、『虹の扉』を紹介してもらった時に聞いたな」
「ええ。しかし魔道具には欠点があります。それは固有魔法を受けるとその機能が壊れてしまうということです」
「は? 壊れる?」
「正確には魔法を構築する回路に異常を来たすのだそうです。魔道具はデリケートな道具なので、固有魔法が形成する『場』を通るだけでも魔道具の魔法回路が異常を来たして壊れてしまいます。魔法回路の詳しい理論は私の専門外ですが……とにかく固有魔法の影響を受けると魔道具は壊れてしまう、という性質を持ちます」
「すると、それを逆手にとったのがこの魔法鍵と魔法錠なわけか」
「そうです。魔法が掛かった魔法錠は錠が動かないようにという魔力が働いています。それを『念動』で動かそうと魔力を掛ければ動かす前に錠が壊れて動かなくなってしまうわけです」
「ちなみに、魔法を掛けないで鍵を掛けた場合は?」
「その場合は普通に開きます。が、魔道具ですから魔法錠は壊れます。壊れ損ですね。ただ、魔法を使ってまで鍵を開けようという輩は一般家庭への侵入などしません。大抵が大金持ちか国家の中枢機関を狙うようなスパイや『黒薔薇騎士団』のような者です」
「だから魔法鍵と魔法錠が威力を発揮するわけか。そしてこの部屋には魔法で鍵がかかっていた」
「そうです。だからこの事件によって、『未知の魔法によって魔法錠が破られた』という噂が駆け巡っていると聞いています」
その言葉に「あれ?」と仁は首を傾げた。疑問をそのまま口にする。
「え? なんで未知の魔法って決めつけるの? 他の方法とか検討しないの?」
「他の方法というのは?」
そう言われて仁はこの世界には密室殺人という概念がないことを思い出した。
どう説明しようか、考えあぐねた仁は結局、
「いや……なんでもない」
そう言ってごまかした。
そんな彼をアリシアは不思議そうに見ていたが、突然何かに気づいたかのようにはっとすると、仁を急かすようなことを言いだした。
「すみません。この後に容疑者への尋問があるので、あまり時間がありません。どうしても知りたいこと、見たい所があれば、言っていただけますか?」
その言葉に仁は焦った。もっとじっくりこの部屋の調査をして、密室を破る手掛かりがないかを捜すつもりだったからだ。
しかし容疑者の尋問があると急かされてはそうも言ってられない。
「そうだな、知りたいことは……ええっと、あの杖は何? あと、その鞄の中身って分かってる?」
「あの杖は魔道具です。形状からするとおそらく火炎放射の魔道具だと思われます。あれを使って犯行が行なわれたようです」
「ふむ。じゃあその鞄の中身は?」
「あの鞄はロックの機構に被害者の固有魔法『固定化』の魔法が掛かっているので開きません」
「え? 被害者は死んでるのに固有魔法の効果って残るの?」
「魔法によりますが、七日から十日程度は持続すると見られています。開けるのはその後になるかと」
仁は思わず頭を抱えた。なんとも面倒くさい魔法だ。
「他には? 見たい物はありますか?」
「そうだな、じゃあ窓の鍵と、あとシャワー室をちょっと見てみたい」
秘密の通路なんて反則技がなければ、密室からの脱出経路としてはドアか、窓か、あるいは浴室の換気口と踏んでの発言だったが、それが分からないアリシアは首を傾げた。
「はあ、分かりました……」
彼女の言葉に頷くと、仁は絨毯の焦げ目や鞄、魔道具を慎重に避けながら窓に寄った。
「窓は普通のクレセント錠だな。これだと念動で開けられちゃうんじゃない?」
「そうですが、夜は普通鎧戸を閉めますから、魔法錠を付ける所はほとんどありません」
「でも念写図を見る限り、この窓は事件直後も鎧戸が閉まってないみたいだな」
「そうは言ってもここは四階ですよ」
「まあそうなんだけどね……」
何やら考え込みながら、仁はシャワールームに向かう。
シャワールームは部屋の右手のドアから入れるようになっている。ドアに鍵はない。
こちらの世界でも見かけるようなシャワー室とトイレがセットになった部屋を見回すと、予想通りにシャワールームの上には換気口が開いていた。
だが小さい。仁の頭くらいの大きさしかない。その上、枠には鉄格子がはめ込まれ、その大きさはせいぜい拳が通せる程度だった。
「アリシア。この換気口の先がどうなってるのかって分かる?」
「さあ……? なぜそんなことを?」
「ん、ちょっと気になってね」
これも後で調べないといけないかな、と仁は考えた。
頭の中に疑問や未調査の事柄をたくさん詰め込んだまま、仁はアリシアに連れられて現場を後にした。




