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魔法世界の名探偵  作者: 敷座武雄
第三章 ファルギエール家の殺人
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第七話 魔法警察と特別捜査局

 西部山岳州の魔法警察本部は街の中にあるらしく、魔法警察の一団はすぐに屋敷の中に溢れ返ることになった。

 屋敷の住人と客人達は、現場を追い出された後、取りあえずといった感じで朝食を取り、その合間に一人ひとり二階の客室の一室に呼ばれて、魔法警察からの尋問を受けることになった。

 もっとも食堂にも魔法警察の刑事が見張りに立っていたせいで、仁達は朝食を味わう余裕もなかった。


「ジン、あんたの番よ」


 尋問を終え、心なしか憔悴気味のキャロルに声を掛けられ、仁は階段を上る。

 尋問に使われている部屋には魔法警察の刑事が二人立っていた。彼らに軽く礼をしてドアをノックする。


「入りなさい」


 その言葉に従って仁はドアを開ける。

 中には茶髪に茶色の瞳を持つ、牡牛のような男がいた。その他に刑事が二人。

 どこから持ち出したのか、椅子が複数置かれ、部屋の隅にあった机が中央に動かされている。


「そこに座りなさい。私はドナルド・ユルバン。この事件を担当する警部です。これから本事件に関する尋問を開始します。あなたのいかなる証言も証拠として取り上げられることに留意しなさい」

「分かりました」


 仁は素直に返事をして椅子に座る。


「まず、名前と所属を」

「名前はジン・オーツカ。所属は特別捜査局・局長兼捜査官です」


 その言葉に警部がピクリと眉を動かした。


「ほう、君があの特別捜査局の……一般人ながら次々と『黒薔薇騎士団』の犯罪を暴いているという話は聞いていますよ」

「それはどうも」

「しかし、今回の事件においてはあなたも容疑者です。今回の事件は昨晩から今日の未明の間に起きたものと推測されます。その間のあなたの行動をお聞きしたい」

「具体的にはどの時点からどの時点までの行動でしょう?」

「ほう……さすがに特別捜査局の捜査官ともなると話が早い。お聞きしたいのは、昨晩の夕食後の午後8時過ぎの被害者のツェーザル・ハーゲンドルフ氏が最後に複数の人間に目撃されてから、今朝8時過ぎの死体発見までの約12時間です」

「分かりました。午後8時過ぎ、私は補佐役のアリシアと共に居間に『食後の歓談』に向かいました。私達が最後だったと思います」

「居間にいた人を覚えていますか?」


 その言葉に少し仁は考え込んだ。


「……はい。最初からいたのはマシュー・ファルギエールさんとその婚約者のレジーヌ・ノエさん、被害者の息子のアーベル・ハーゲンドルフさん、ベラスコさんとセリナさんのバルデム兄妹、執事のニック・アークさん、それにジョン・デクスター、キャロル・ファルギエール、アリシア・コール、従姉の桜、そして私……全部で11人になります」

「途中で出入りした人はいますか?」

「ニック・アークさんとキャロルは果実酒のお代わりを作るために何度か出入りがありました。ただ、午後10時以降はお代わりもなく、部屋にとどまっていたように思います。あと、ヴァレール・ファルギエール氏が9時ごろ居間に来られ、入れ替わりにレジーヌ・ノエさんが30分ほど席を外しました」

「ヴァレール氏が遅れた理由とレジーヌ嬢が席を外した理由は分かりますか?」

「ヴァレール氏はその前にツェーザル・ハーゲンドルフ氏との面会があったようです。夕食の直後にそんな話を聞きました」

「『炎のナイフ』を持ってこいとツェーザル氏がヴァレール氏に言われていたというのは本当ですか」

「……確かにそんなことを言っていました。ツェーザル氏は書類を作るために書斎にいるから、マシューさんの新作魔道具の『炎のナイフ』を持ってきてほしいと言っていました」


 仁は言われて初めてそのことを思い出した。

 ということは、炎のナイフが凶器に選ばれた理由はそこにあるのだろうか?


(いや、今そのことを考えても仕方ない)


 仁は頭を振って目の前の男に注意を戻す。


「レジーヌ嬢が途中で席を外した理由は分かりますか?」

「……途中で私が過去に解決した事件の話をすることになりました。その時に彼女は『そういう話は苦手だ』と言って席を外しました。戻ってからも隅の方にいたと記憶しています」


 仁は苦い顔で答える。あの時のことはあまり思い出したくない。


「そうですか。……他に『食後の歓談』中に退出された方はいますか」

「10時すぎにアーベル・ハーゲンドルフさんとレジーヌ・ノエさんは部屋を出ていきました。あと10時から11時の間に、最初にマシューさん、次にベラスコさんがトイレに行くと行って出ましたが、すぐに戻ってきました」

「どれくらいの時間か分かりますか?」

「5分くらいでしょうか……10分はかかっていないと思います」

「……分かりました。他の人の話によると、その後あなたは11時過ぎまで話を続け、そのまま『食後の歓談』はお開きになったそうですが、その後あなたはどうされましたか?」

「同室のジョン・デクスターと共に12時過ぎまで雑談していましたが、その後は朝まで眠っていました」

「ふむ……」


 そこでユルバン警部はトントンとペンの尻で手元の紙を叩いた。

 やがて思い出したように尋問を再開する。


「今朝は何時ごろに起きましたか?」

「6時過ぎでした。同室のジョンはまだ眠っていました」

「そしてジョン・デクスターさんと食堂に下りて行ったのが7時50分頃。間違いないですか?」

「間違いありません」


 そこでユルバン警部は大きく息を吸った。いよいよ死体発見前後の尋問に入るからだろう、気合を入れ直しているようだ。


「その後のことは覚えていますか?」

「すぐ後にバルデム兄妹が食堂に来ました。それからすぐに8時になって、ツェーザルさんだけ来ていないということで、メイドのコレットさんが彼の部屋に行きましたが、部屋にいなかったため、そのまま戻ってきました。それで、書斎で一夜を明かしたのではないかという話が出て、書斎の鍵を持っているアークさんが書斎に彼の様子を見に行きました」

「その後、アークさんが悲鳴を上げた後に真っ先に走り出したのはあなただったそうですね」

「はい。アリシアを連れて三階に上がりました。アークさんが部屋から身体を半分出していて、そこへ駆け寄ると、ツェーザルさんが死んでいるというようなことを言われたので、それを確かめるために部屋の中に入りました」


 そこでユルバン警部は少し咎めるようにこちらを見た。


「ソファが倒れていたのはあなたのしたことですか?」

「いえ。アークさんが死体発見時に驚いて倒してしまったと言っていました」

「そうですか。つまり彼が最初に死体を発見した時は、ソファは倒れておらず、格闘の跡もなかったと」

「そうだと思います」

「死んでいたのを確認したということですが、具体的にはどのように?」

「呼吸がないことと心臓が動いていないことを確認しました」


 死後硬直を調べたことは省略した。言って理解してもらえるか分からなかったからだ。

 ユルバン警部はしばらく仁を見つめていたが、やがてふっと息をつくとこう言った。


「これにて尋問を終わります。お帰りください」


 その瞬間、仁は逆に質問に転じた。


「ところで現場にマシューさんが最近作られたという魔道具『炎のナイフ』がありましたが、やはりそれが凶器なのですか?」

「それには答えられませんね」


 しかし、返ってきたのは思いもよらぬ硬い拒絶の言葉だった。


「この事件においてあなたは容疑者の一人です。それに、我々はこの事件はすぐに解決できると考えています。あなた方『特別捜査局』に捜査に参加していただく必要はありません」

「しかし……」

「この事件の捜査責任者は私です。その私が、あなたに捜査に参加してもらう必要はないと言っているのです。分かりますね?」

「……分かりました」


 取りつく島もないな、と仁は諦めた。

 元々「特別捜査局」はシーダー卿直属の組織だ。

 最近は王都の魔法警察や普通警察と良好な関係を築いているし、前の「アリバイ崩し」では西部諸都市の魔法警察に捜査に協力してもらった。

 しかし、それはあくまでシーダー卿の指示あってのものだし、魔法警察や普通警察の善意あってのものなのだ。

 それだって、一部の人間からは嫉妬や反発があることを仁は感じていた。

 そして、目の前にいるこの警部も「特別捜査局」を信用していないことは明らかだ。

 このままでは捜査に参加することは愚か、何の情報に触れることもできないまま事件が自分の目の前を通り過ぎていくことになる。


(参ったな……)


 「それでは失礼します」と言って部屋を後にしながら、仁はなんとかして捜査に参加できないかと考え始めた。



 しかし、仁が「特別捜査局」として捜査に参加するためにはシーダー卿からの指示を仰がなくてはならない。

 仁はアリシアに頼んでシーダー卿に魔法通信装置で連絡を取ってもらおうとしたが、魔法警察の刑事が全ての魔法通信装置を抑えてしまっていた。

 刑事の言い分は「容疑者に外部との連絡をさせるわけにはいかない」ということで、仁達は屋敷内に軟禁状態の上、外部との連絡も取れない状態が続いた。

 そんな中、一人、また一人と尋問は続き、ついに屋敷にいる全員の尋問が終わったようだった。

 そしてユルバン警部が食堂に現れた。

 彼は鋭い目つきで食堂を見渡すと、ゆっくりとヴァレールの所に歩いて行った。


「ヴァレールさん、申し訳ありませんが、もう一度尋問をさせていただけますかな」

「……理由を教えていただけますかな?」


 それにユルバン警部は大きく息を吸うと、食堂中に響く声で言った。


「あなたが犯人であると、我々が考えているからです」


 その言葉に食堂中がざわめいた。


「お父様が犯人だなんて、言いがかりよ! 何を理由にそんなこと!」


 ユルバン警部の言葉にキャロルが椅子から跳ね上がり、そう叫んで彼に詰め寄る。

 しかし、魔法警察の刑事二人がキャロルを抑え込む。


「なんで! なんでよ!」


 それでも必死に警部に食らいつくキャロルに、ユルバン警部は一つ咳払いをすると話し始めた。


「我々がヴァレール氏を犯人だと考えた理由は二つあります。一つ目はこの『炎のナイフ』です」


 そう言って警部が取り出したのは、現場に落ちていたマシューの新作魔道具「炎のナイフ」だった。


「我々の尋問によれば、被害者のツェーザル氏はこの『炎のナイフ』をあなたのお父さんに持ってくるように頼んだそうですね。そして『炎のナイフ』を持ってきたあなたのお父さんは、ある物を見て、衝動的に彼を殺してしまった」

「あるもの? あるものって何よ? お父様がそんなことするわけないじゃない!」


 なおも抵抗するキャロルに、ユルバン警部は一枚の書類を突きつけた。

 書類には細かい文字がびっしりと書きつけられている。


「……何よ、それ? 『マシュー・ファルギエールとの魔道具取引に関する草案』?」


 キャロルは一番上の文字が大きな部分だけ読み取って首を傾げる。


「そう、この『草案』において、ツェーザル氏はマシュー氏の魔道具を格安で卸してもらうこと、そしてそれを大量生産して利益の大部分をハーゲンドルフ商会に入れることをマシュー氏に提案しようとしているのです。この契約はハーゲンドルフ商会にかなり有利な上、マシュー氏の方から契約を打ち切ることはできない、としています」

「なっ! あの男、そんな契約をお兄様に押し付けるつもりだったの!?」

「おそらく社長秘書のレジーヌ・ノエ嬢と婚約した今がチャンスだと考えたのでしょう。しかしいくら世話になった相手とはいえ、息子はなんの関係もない。その息子にこのような不利な契約を結ばせようとしたツェーザル氏に、ヴァレール氏は瞬間的に殺意を抱いたのです。ちょうど今のあなたのようにね」

「うっ……」


 思わぬ指摘に、キャロルは声に詰まる。


「これが我々の考える事件の全貌です。ヴァレールさん、あなたの尋問を続けさせていただきます」

「しかし、私はそんな契約書など見ていない!」

「それはこれからの尋問で主張なさってください。さあ、連れていけ」


 ユルバン警部がそう言うと、魔法警察の刑事が二人、ヴァレールの両脇を掴み、引きずるように食堂から連れ出して行く。


「待って! お父様! 待ってよ!」


 キャロルの叫びも虚しく、ヴァレールは再び食堂の外へと連れ出された。

 マシューは呆然と成り行きを見守っているだけだった。自分の父親が殺人犯と言われたことを、いまだ飲み込めていないようだった。



 しばらくして、彼らは食堂から解放された。

 もっとも屋敷の敷地から外には出れないし、魔法通信装置も刑事が抑えていて、外部との連絡もできない状態が続いている。


「ジン! アリシア! あなた達でお父様の無実を証明して! お願い!」


 キャロルはいつもの様子からは想像がつかない、今にも泣きそうな顔で仁にそう迫った。

 現在、仁、アリシア、桜、ジョン、キャロルの五人は遊戯室にいる。

 この事態に遊戯に興じる人間もいないだろうと考えたキャロルが、皆をこの部屋に引っ張り込んだのである。

 そしてキャロルは仁に、この事件における父親の無実を証明してほしいと頼み込んできたのだった。

 しかし仁は首を横に振った。アリシアも沈痛な表情を浮かべて無言を貫いている。

 キャロルは仁の服を掴み、ガクガクと彼を揺すりながら憤る。


「なんでよ! あんたのあの事件解決の力があれば、お父様の無実くらい簡単に……」

「で、できないんだ。シーダー卿との連絡が取れない限り」

「……シーダー卿? なんでシーダー卿が出てくるのよ?」

「『特別捜査局』は警察省大臣であるシーダー卿直下の組織よ。それは魔法警察もそうなのだけど……とにかく、シーダー卿からの指示がないと、私たちは正式に活動することができないの」


 アリシアの説明に、キャロルは再び爆発した。


「そんなの! 魔法警察に頼み込めばいいじゃない! 捜査の協力をしたいって!」

「それは尋問の時に言った。だけどユルバン警部は『特別捜査局』を信用していないらしい。俺達を捜査に関わらせる気も、俺達に情報を漏らす気も全くなかった」

「そんな……じゃあ、どうすればいいのよ」

「シーダー卿と連絡を取ろうとしているけど、魔法通信装置は魔法警察の刑事が抑えてるし、屋敷の敷地の外にも出られない。なんとかこの状態が解かれるのを待つしかない」

「待ってる間にお父様が魔法警察に連行されて、そのまま逮捕されたらどうするのよ!」

「……すまない。俺達にはどうしようもないんだ」

「……そんな」


 その場に座り込んでしまったキャロルに、四人は何の言葉もかけることができなかった。


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