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魔法世界の名探偵  作者: 敷座武雄
閑話二 ハーネス家の不思議な出来事
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解決編

 アリシアの言った通り、ハーネス家は屋敷の大きさは周りの貴族よりやや小さいくらいだが、周囲に生い茂る木々が非常に印象的な二階建ての屋敷だった。

 呼び鈴を鳴らして出てきた使用人に紹介状を渡すと、彼はすぐに家の中へと案内してくれた。


「もう来られたんですか! あの、父様はまだ仕事から帰っていないのですが……」

「だから急いで来たんです。あなたのお父さんにはあの後すぐに会いましたよ」


 そう言って仁はルーファス・ハーネスとの会話の概要をクレアに話した。

 彼女はその内容に驚きを隠そうともせずに仁に言った。


「信じられません……父様はあまり話さない方ですが、それでもとても優しい人です。母様も父様のそんな所に惹かれたと言っていました。初対面のジンさんを固有魔法で脅すなんて……」

「そう言われるとますますあなたのお父さんが疑わしく思えますね」

「そんな……」


 絶句するクレアをよそに仁は要望を伝えた。


「できればどこかに隠れられるといいのですが、どうでしょう?」

「……使用人の棟に空き室が一つあります。そこに三人で入ってください。夕食もそちらに届けさせます」

「ありがとうございます。それでは夜になったらそちらの部屋に伺いますので、窓の鍵を開けておいてもらえますか」

「は、はい……そうですね、父様が部屋に入ってからでないと、こちらに来れませんからですね」

「そうです。あと、今の内に部屋を見ておきたいのですが」

「分かりました。こちらです」


 クレアに案内された部屋は淡い緑を基調としていて、壁には草木をモチーフにしたと思われる模様があった。

 部屋の右奥には書き物等をするための机が、その左隣には本棚がある。

 そして部屋の中央にある大きなフランス窓|(こちらではヴェスティアン窓と呼ぶらしい。ヴェスティアン帝国発祥だからだそうだ)を挟んで反対側の奥に天蓋付きのベッドがあった。

 仁はそちらの方に歩み寄っていく。


「天蓋付きベッドとか初めて見たよ……っと、これが例の紐か」


 引っ張ってみるとチリンチリン、と澄んだ音が鳴る。


「なんかあんまり緊急用って感じの音じゃないね」


 桜がそう言うが仁には答えようがない。まさかサイレンみたいな音を出す大きな鐘を取り付けるわけにもいかないだろうとは思う。

 しかし、隣の部屋で緊急用の鈴が必要というのも意味が良く分からない。

 簡単に言えば、この鈴の存在自体が怪しいのだ。

 ベッドの方は一応動かせるようにはなっているようだが、天蓋付きベッドともなると、動かすにも一苦労だろう。

 なんだかますます「まだらの紐」に似てきたな、と考えていた仁は、クレアの声に思考を断ち切られる。


「あ、あの、父様が帰ってくる時間が近いです。そろそろ使用人棟に移動していただいた方が……」

「え、もうそんな時間? 分かった、じゃあ行こうか」


 クレアを先頭に四人はそのまま使用人棟に向かった。



 使用人棟では夕食の扱いについて少し揉めたが、結局他の使用人から少しずつ夕食を分けてもらうことで解決した。

 そして時刻は午後10時を過ぎ、そろそろ夜中に入ろうかという頃である。


「じゃあそろそろ行動を始めるよ。二人とも、準備はいい?」


 仁の問いかけに二人はしっかりと頷いた。

 使用人棟の裏口から出た三人は、そのまま屋敷の裏手の森に隠れながらクレアとルーファスの部屋を伺う。

 ルーファスの部屋の明かりがついていたり、クレアが眠ってしまっていたりしたらこの作戦は上手くいかない。

 三人が親子の部屋の正面まで来たとき、クレアの部屋の魔法灯は消えていたが、ルーファスの部屋は魔法灯が付いていた。

 フランス窓に表れたクレアにバツ印を送り、右側の部屋を指差す。

 クレアも理解したようで、頷いて机から椅子を引っ張り出してそこに座った。


 それから30分、まだルーファスの部屋のフランス窓からは明かりが漏れていた。


「ねえ仁ちゃん。これ、待ってても埒が明かないよ?」


 桜の言葉に仁は考え込む。見つかる危険を冒してクレアの部屋に侵入するか、それとももうしばらく待つか。

 迷っている仁に提案をしたのはアリシアだった。


「捜査官。一度少し戻って、壁伝いにクレアの部屋まで行きましょう。そうすれば見つかりにくいはずです」

「ルーファスが突然外に出てきたらどうする?」

「その時は私が捜査官を護ります」

「いや、そうじゃなくて……まあいいや、他にいい案もないし、それでいこう」


 アリシアのどこかズレた返答に脱力しながらも、仁は侵入を決行することにした。

 少し森を戻った後、大回りで屋敷の角に取り付き、一度壁面を伺って、ルーファスが出てこないのを確認する。

 仁は後ろの二人に合図を送り、暗闇の中を一気に駆け抜けてクレアの部屋の前まで来た。

 クレアがびっくりした顔をしていたが、幸い声は上げず、そっとフランス窓を開ける。

 三人は素早くクレアの部屋の中に滑り込んだ。


「びっくりしました。突然横から現れるんですもの」

「お父さんの部屋の明かりが消えなくてね。しょうがないから極力見つからないようにって、壁際を走って来たんです」


 クレアの小声に仁も小声で答える。


「お父さんは毎日、これくらいの時間まで起きているの?」

「そうですね。母様が療養中なこともあってお仕事が忙しいようです」


 アリシアの質問にクレアはそう答えた。

 とすると、明かりが消えるのを待った方が良かったか、と仁が思った瞬間だった。


 どこからともなく、かすかに口笛の音が聞こえた。それと共に唸り声のようなものも聞こえる。

 クレアは「ひっ」と小さく叫んでアリシアに抱きついた。


「じ、仁ちゃん……」

「しっ」


 怯える桜を制し、仁は口笛と唸り声がどこから聞こえるかを探る。

 口笛も唸り声もどうやら例の穴から聞こえてくるようだった。穴からは変わらずに明かりが漏れていて、もしその穴から何か・・が出てくるのであればすぐに分かる。


「アリシア、魔法準備。あの穴から何かが出てきたら容赦なく撃っていい」


 仁はアリシアにそう指示を出し、じっとその穴を見つめた。

 アリシアも「氷弾」を起動させながら、緊張した面持ちで穴を見つめる。

 そこから自分の想像もつかない恐ろしいものが出てくるのではないか、そんな恐怖が四人を支配した瞬間だった。

 すさまじい絶叫が屋敷中に響き渡り、そして再び静寂が屋敷を支配する。

 思わず桜が呟いた。


「……何、今の?」

「父様の声です! 何か、父様に大変なことがあったのかも……!」


 パニックになりかけるクレアを宥め、仁は三人に言う。


「とにかくルーファスさんの部屋に行こう。彼がどうなったのか確認しないと」

「そ、そうですね」


 アリシアが答え、他の二人も頷く。

 四人はそのまま廊下に出てルーファスの部屋の前まで来たが、ドアには鍵がかかっていた。


「クレア、この部屋の合鍵は?」

「母様の部屋にあります。取ってきます!」


 クレアが合鍵を取ってくるのはおそらく一分もかからなかっただろうが、仁達にはそれが一時間にも思えた。

 ドアの向こうでは呻き声のようなものが微かに聞こえる。ルーファスの身に何があったのか分からないが少なくともまだ息はある。

 しかし、それは「今はまだ」ということでしかない。急がなければ手遅れになるかもしれない。

 そんな風に仁が焦れていると、ようやくクレアが合鍵を持って来た。


「これです! 今開けます!」


 そう言ってクレアはドアに飛び付き、自ら鍵を回してドアを開ける。


「クレア、危ない……!」


 仁がそう声をかける間もなく、彼女は部屋に飛び込み……そのまま固まってしまった。


「父様、大丈夫……です、か?」


 なぜか歯切れ悪くルーファスの様子を尋ねるクレア。

 彼女のおかしさな様子に疑問を感じた仁達は、クレアの肩越しに部屋の中を覗き込む。


「……は?」

「……ええと、これは?」

「どういうこと?」


 三人は部屋の光景に思わず間の抜けた声を上げた。

 部屋の中央にはルーファスが頭をこちらに向け、仰向けの状態で気絶している。

 そして……


「わあ、かわいい!」


 体長20センチくらいの茶色の可愛らしい子犬が、彼の胸の上で尻尾を振っていた。



「すみません、お恥ずかしい所を見せまして……」


 仁達によって息を吹き返したルーファスは、落ち着くと真っ先にそう謝った。

 クレアの言っていた通り、こちらが彼の素顔なのであろう。


「いえ、こちらこそ他人の家に勝手にお邪魔してしまいまして、申し訳ありません」


 一方の仁も平謝りである。

 重大事件かと思ってクレアに頼んで忍び込んだはいいが、真相はなんてことはないものだった。


「クレアさんが仰ってた口笛というのは、あの子犬をしつけるためのものだったんですね」

「そうです。と言っても日中は私も仕事がありますし、クレアには秘密にしておきたかった。使用人に良く言い含めて逃げたりバレたりしないようにしたのです」

「お嬢さんを驚かせようと思ってたんですね。部屋の改装も犬小屋のためだったと」

「ええ。本格的なものを作ろうと思って、今の彼女の部屋で犬小屋を作れるようなスペースを見つけ、そこに小屋を作り、窓から直接外に出れるようにと、工夫を凝らす予定でした」

「なるほど……ちなみに、なぜ秘密にしてまで自分で訓練を? 彼女にそのままプレゼントすればいいと思うんですが」





 仁がそう質問すると、ルーファスはより一層気まずそうな顔になり、しばらく悩んでいたが、やがて絞り出すように答えた。


「……犬が、苦手なのです」

「はあ?」


 あまりに意外な告白に、仁も他の三人の女性陣も素っ頓狂な声を上げて固まってしまった。


「子供の頃、大型犬に襲われたことがありまして……そのときはまだ『タレント』に目覚めてもいないただの子供でした。ただ逃げ回ることしかできず、それがトラウマになってしまって。しかし、クレアに犬をプレゼントするこの機会に、なんとか克服できないかと考えまして……」

「そ、そうだったんですか……」 


 予想外の真相に、仁はなんといっていいか分からず、ただ相槌を打つことしかできない。

 「まだらの紐」によく似た状況に何か事件が起きるのではと心配していたが、出てきたのは子犬一匹。

 あんまりにあんまりな真相に、その場を気まずい沈黙が支配する。

 それを破ったのは、クレアの一言だった。


「父様……ありがとうございます!」


 いつの間にかクレアは子犬を抱きしめていた。子犬のほうも出会ったばかりにもかかわらず彼女を気に入ったらしく、舌を出して彼女の頬を舐めている。


「ク、クレア……すまん、お前を驚かせようと思って心配させた挙句、自分の犬嫌いも克服できない情けない父親で……」

「そんなことありません。特別捜査局の方に頼んだのだって結局私が父様を信じられなかったのが悪いんです。それに、こんな素敵なプレゼントをくれたんだもの! 父様、大好き!」

「クレア!」


 彼女の言葉に感極まったように、ルーファスは娘を抱きしめる。

 三人はそれを、何も言えずにただ見つめていた。



「なんていうか……大山鳴動して鼠ならぬ子犬一匹、って感じだったわね」


 翌日、朝食の後、挨拶もそこそこに三人はハーネス家を辞した。

 その馬車の中での桜の第一声がこれである。


「言わないでくれ姉さん……マジで疲れが倍増するから」


 仁がげんなりした顔で言うと、突然桜がニヤリと笑った。


「それにしても……仁ちゃんのあの時の顔、面白かったなあ。ものすごい切羽詰まった感じでさ」


 そういうなり桜はケラケラと仁の隣で笑い始めた。

 仁はその様子に思わずムッとして言い返す。


「桜姉さんだって、あの口笛と子犬の唸り声に随分怯えてたじゃないか。他人のこと言えた義理?」

「う、うるさい! 私は『特別捜査局』の一員じゃないから! ただの一般人だからしょうがないの!」

「なんだよそれ! そんな言い訳ありかよ!」


 従姉弟ふたりがぎゃあぎゃあと言い合っていると、反対側からもクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 仁がそれに気づき、ぶすっとした顔で反対側を向く


「なんだよアリシアまで。あーもういいですよ、どうせ俺は今回見事なまでに推理を外して格好悪いところを見せただけでしたよ」


 完全にふて腐れた仁の言葉に、アリシアは慌てて言う。


「ち、違いますジンさん、そういう意味で笑ったわけでは……」

「じゃあ、どういう意味なのさ?」


 不機嫌さを全開にした仁の問いに、アリシアは考えをまとめながら、ゆっくりと答える。


「その……少し、安心したんです」

「安心?」


 首を捻る仁に頷いて、アリシアは言葉を続ける。


「そうです。今まで、『捜査官』としてのジンさんは完璧で、まるで神のように何もかもを見通して事件を解決していました」

「いや、そりゃ言い過ぎだって……」

「ジンさんにとってはそうでないかもしれませんけれど、私にはそう見えたんです。一般人のはずのジンさんが、たまに……人間じゃないように思えてしまうことがあって。だから今回の事件で安心したんです。ジンさんもやっぱり間違えることもある、普通の人なんだって分かったので」


 その言葉に仁はびっくりした。

 そんな風に見られているなどと思っていなかったし、そんな素振りだって見せたことはなかったからだ。

 しかし、推理小説の存在しないこの世界で、論理によって魔法使いの犯罪を暴いていく仁を誰よりも近くで見てきたのがアリシアだった。

 ならば、彼女がそういう思いに囚われたことがあっても不思議ではないのかもしれない。


 自分は推理小説マニアなただの一般人だ、と仁は今でも思っている。

 そしてこれからも、アリシアやシーダー卿など、色々な人の助けを借りていかなければ、「特別捜査局捜査官」などやっていけないと思っている。

 だから、仁はアリシアに自分の思いを伝えた。


「……そんなの当り前じゃないか。俺は普通の人だっていつも言ってるだろ。だからこれからも、俺の補佐役、よろしく頼むよ」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします、ジンさん!」


 満面の笑みでそう答えてくれたアリシアに、仁も思わず笑顔を浮かべた。

 桜は、そんな二人を微笑ましく眺めていた。


(事件の解決には失敗したけど、二人にとってはよかったかもしれない)


 そんなことを思いながら、桜は昼食を何にしようかと考えるのだった。


これにて閑話二終了。詳細は活動報告で。


参考文献

アーサー・コナン・ドイル「まだらの紐」[1892]

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