第十七話 エピローグ
「なるほどねー。仁ちゃんが急におかしくなったと思ったら、まさか事件にそんな裏があったとはね」
事件が終わり、仁たち五人は桜の待つ家へと向かった。
既に夕食の時間となっていたため、カーターは家へ魔法通信を掛け、仁の家で夕食を食べることをキャサリンに伝えていた。
夕食を食べながら、桜は仁の事件の説明やアリシアの補足、そしてカーターによる取調室の雰囲気の説明や、ジョンとキャロルの口げんかなどを聞いていたが、最後にそう言って事件を締めくくった。
「まあ、今回は犯人に完全に騙されかけた。アリシアの言葉がなかったら、最後まで騙されたままだったかもしれない」
「あの、取調室でもそう言われていましたが……私の言葉の何が、捜査官に真相を気付かせたんでしょう?」
仁の言葉にアリシアが首を傾げてそう尋ねる。サラリと柔らかな金髪が揺れ、その様子に仁はドキリとする。
この間のクラージンの夜から、彼女の行動に心が乱されることが増えた気がする。
それをごまかすように咳払いをして、仁は話し始めた。
「ほら、三日前に一度事件が解決したと思って皆で話していたことがあっただろ。あの時アリシアが言ったじゃないか。わざわざ王都で午前中のアリバイ工作をした意味がない。そこでの不自然な点が俺の疑惑のきっかけになったって」
「……確かに、そんなことを言った記憶があります。でもキャロルに考え過ぎだと言われて、そうなんだろうと思っていました」
「ああ、確かにそんな会話があった気がするわ。でも、それに何の意味があるの?」
キャロルの問いに、仁は全員を見回して答える。
「アリシアの言う通りだったんだ。死体を運搬し、ブランキーニ刑事になりすましてクラージンに行ったということは、犯行時刻をもっと後に偽装したということだ。午前中のアリバイなんか必要ない。なぜ別人とばれる危険を冒してあんな入れ替わりをする必要があったのか」
そこで仁は言葉を切った。全員が仁を見つめる。
「アリシアはこう言ったよね。不自然な点があったから俺がアリバイトリックに気づいたって。それが答えだったんだ。わざと不自然な点を作り、入れ替わりを気付かせることで、リリア・マルローズは自分の存在をアピールした」
「え? なんでそんなことする必要があったの?」
「お前さっきのジンさんの話聞いてなかったのか? つまり彼女は『一般人の共犯者』として逮捕されることで『黒薔薇騎士団』として追及されることを避けようとしたんだよ」
「その通り。見破らせるためのアリバイトリック、というものに気づいた瞬間、リリア・マルローズが『共犯者』ではなく『マリソン・ソラナスを逮捕させようとしている女』に見えたんだ。じゃあなぜ彼女を逮捕させようとしたのか? 答えは一つしか浮かばなかった。リリア・マルローズこそが犯人で、彼女が全ての罪をマリソン・ソラナスに被せようとしている、という答えだ」
「しかし、この事件の計画の全てがマリソン・ソラナスを『黒薔薇騎士団』の一員に見せかけるものだ、っていうのにはびっくりしたよ。単純に証拠品を押しつけるだけじゃなくて、こんなことまでやるなんて、理解できないな」
カーターの感嘆とも呆れともつかない言葉に、仁はこう答えた。
「それはマリソン・ソラナスに疑われないようにするためだったのだと思います。もし態度を急変させた場合、彼女がリリア・マルローズを不審に思って逆に告発するかもしれない。だから表面上は彼女に協力しながら、彼女を追い詰めていったんです。まあ、それに気付いたのもアリシアの一言あってですけどね」
「そんな、私は別に、疑問に思ったことを言っただけで……それだって捜査官の『犯人になりきれ』という言葉に従っただけですし」
「こらそこ、食事中にイチャつかない。そういうのは後でやる」
桜の指摘に二人は真っ赤になって反論する。
「イチャついてねーから! なんでそうからかうかな!」
「サクラさん! 変なこと言わないでください!」
二人の反論に、食堂に笑い声が弾けた。
その日の夜、仁の部屋にノックの音が響いた。
「仁ちゃん、ちょっといいかな?」
桜の声に仁は「いいよ」と返事をする。
彼女は入って来て、仁のベッドの上に座った。仁はまだ机に向かっている。今回の事件についての報告書をシーダー卿に提出するためだ。
しばらく桜はその様子を黙って見つめていた。時計の音と仁のペンの音だけが部屋に響き渡る。
やがて我慢できなくなったのか、仁は手を止めてぐるりと桜の方を向いた。
「あのさ、何の用で来たわけ?」
「いやあ、仁ちゃんはいつアリシアちゃんに告白するのかなあ、と聞きに来ただけなんだけど」
突然のとんでもない言葉に仁は思わずむせた。
「な、何言ってんのいきなり! アリシアは俺の補佐兼護衛で、別に友人でもないんだからね。勘違いしないでよ」
「いいじゃない、オフィスラブでも」
「何がオフィスラブだよ! 姉さん、酔っぱらってるの!?」
仁が突っ込むと、桜はなぜか胡乱な目付きで仁を見つめた。
「あのさあ、仁ちゃん、自分で気づいてないの? アリシアちゃんを見つめる仁ちゃんの目、どう見ても恋に溺れてる男の目だよ」
「な……なに言ってんのさ、姉さん。そんな、俺が、アリシアに……?」
「……確かに仁ちゃんのお父さんとお母さんが事故で亡くなった後、仁ちゃんはずっと大変だったよ。それに、その内に本の世界に没頭するようになったから、恋愛なんて全然経験ないのも分かる。でもさ、さすがに自分の恋愛感情にも気付かないってのは鈍感にもほどがあるんじゃない?」
「……そんなに、なんというか、あの……アリシアを見る目だけ特別だったりする?」
「するね。アリシアちゃんの一挙手一投足を見つめながら、時々顔を真っ赤にしてるあたり、完全に惚れてるよ。むしろ他の皆がなんで気付かないんだろう、って思うくらい」
「それは姉さんが俺のことを誰よりも良く知っていて、誰よりも良く見ているからだろ」
「その桜お姉さんが断言してるんだよ。仁ちゃんはアリシアちゃんに恋してるってね」
そうなんだろうか、と仁は考える。
確かに彼女は真面目ないい娘だと思う。少しずれているところがある気もするが、それも個性だろう。
顔だって悪くない、というかかなりの美少女だ。輝くような金髪と強い意志を感じさせる緑の瞳はとても魅力的で、最近は髪の毛がサラサラと揺れたり、あの目で真っすぐに見つめられるだけでドキリとすることがある。
クラージンでのあの夜、頬を上気させて瞳を輝かせるアリシアはとても魅力的で、思わず抱きしめそうになってしまった。
顔を真っ赤にさせたと言えば、お風呂を覗いてしまった時もそうだった。普段ローブを着ていて良く分からなかったが、彼女の胸が身長の割に意外と大きいことを初めて知ったのはあの時で……
「へえ、仁ちゃんはアリシアちゃんのお風呂を覗くのが趣味なのかあ。いかんなあ、これはお姉さんの再教育が必要だなあ」
「うえっ! な、なんで知って……!」
「途中から口に出てたし」
「うそっ! いや、あの、お風呂を覗いちゃったのは本当にただの事故だからね!」
「ふーん……まあいいや、そんなにあの子のことを気にしてるのに、恋してるとは思わないわけだ」
その言葉に仁は考え込む。確かに彼女は自分にとって特別な存在になりつつある。でもそれは、恋愛感情なのだろうか?
「……良く分からないよ。小説なんかだと、寝ても覚めても相手のことが気になるなんて良く言うけどさ。大体、さっきも言ったけど俺とアリシアは捜査官と補佐兼護衛で、それ以上の関係じゃない」
「……ふむ。仁ちゃんの主張は良く分かった。まずそこからどうにかしなければならないわね」
「姉さん、良からぬことを企んでるんじゃないだろうね?」
「何を言うのよ。私が仁ちゃんのためにならなかったことをしたことがあった?」
「最終的には、という但し書きを付ければなかったんじゃないかな」
「……まあいいわ、私に任せなさい。私が二人の仲を取り持ってあげるから」
そう言って桜は仁の部屋を出て行った。
仁はそれを、何とも言えない微妙な表情で見送った。
桜が次に訪れたのはアリシアの部屋だった。
「アリシアちゃん、ちょっといい?」
「え? サクラさん? はい、構いませんが……」
彼女が鍵を開ける音がして、続いてドアが開き、彼女が現れた。
どうやら風呂上がりだったらしく、ほのかに顔を上気させ、輝くような金髪は乾かした後のようだが、少し水気を含んでいる。
同性ながら思わず見とれてしまう可憐さだ。
これは仁ちゃんが惚れるのも分かるね、と桜は一人納得する。
「あの、どのような用件でしょうか。その、捜査官に対して至らないことがあれば、すぐに直しますので……」
「上司である捜査官の保護者」という意識が働いているのだろうか、随分としおらしい。
いつもはそうでもないんだけどな、と桜は考え、そうか、いつもと違って突然部屋に来たりしたからだ、と納得した。
しかしこれはチャンスである、と桜は内心で拳を握る。
「そうね。仁ちゃんに関することではあるわ。ちょっと部屋にお邪魔していい?」
「は、はい。どうぞ」
そういえばアリシアちゃんの部屋に入るの初めてだな、と思いながら桜は部屋を見渡す。
思った以上に殺風景だ。机とベッド以外には魔法に関する本や勉強に関する本などが本棚に並んでいるくらいだ。
女の子っぽい小物とかぬいぐるみとかに興味ないのかなあ、と考えながら、先ほどと同様に桜はベッドに座った。
アリシアは椅子に座り、まるで叱られるのを待つ小学生のように身を縮めている。
そのままアリシアを見ていると、不意に彼女が顔を上げ、緊張した面持ちで話し始めた。
「あ、あの、捜査官に関してということですが、私に特にお話があるということは、何か私に問題があったということでしょうか?」
「うん、その『捜査官』っていう呼び方が問題だね」
ちょうどいい機会だ。仁ちゃんも言っていた彼女の真面目さを利用しよう、と桜は考え、そう言った。
「……その、捜査官のことが問題とは、どういうことでしょう?」
「何日か一緒に生活してたけどさ、アリシアちゃん、仕事の関係ない私生活でも仁ちゃんのこと『捜査官』って呼んでるでしょ。あれなんで?」
「それは、私たちは行動を共にすることが多いからです。誤って仕事中に名前で呼んでは、周りの信頼を損ねます。信頼を勝ち得たと言っても、特別捜査局は二人しかいない零細組織ですから、極力そういう問題のある行動は避けなければならないと思っています」
なんという真面目さ、と桜は呆れを通り越して感心してしまった。
確かに仁ちゃんの言う通りの真面目さを持っている。だが今回はそこを突き崩さなければならない。
桜はこの生真面目な娘をどうやって説得しようかと考える。
「あのさ、アリシアちゃん。人間の集中力ってどれくらい保つかって知ってる?」
「え? あの、何の話でしょう?」
「まあまあ、黙って聞いて。研究によると人間の集中力ってね、一時間も続かないらしいわ。せいぜい45分程度ってのが一般の人の集中力の限界らしいわね」
「……あの、それと、捜査官の呼び方に何の関係が?」
「アリシアちゃんは今仁ちゃんと一緒に住んでいるわけじゃない。それで、仕事以外の時も仁ちゃんのことを『捜査官』って呼び続けるってことは、言ってみれば寝てる時以外はずっと仕事の緊張感をもっているわけだよ」
「は、はい……」
「今は大丈夫かもしれないけれど、そのままだときっと疲れちゃうよ。ちゃんと仕事と私生活は分けないと。それに、私生活でちゃんと力を抜くことで、仕事に集中して力を入れることができるようになるわ」
「な、なるほど……分かりました。それで、具体的にはどうすればいいんでしょうか?」
よし、食いついた。と桜は内心でガッツポーズをとる。
「取りあえず仕事が関係ない時は仁ちゃんのこと、名前で呼ぶようにしなさい」
「……ええっと、ジンさん、と呼べばいいのでしょうか?」
「そうそう」
「変に思われないでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。なんなら私が事情を説明してあげるから」
「わ、分かりました。でも……」
「でも? 何か嫌なことでもある?」
「いえ、その……なんか、改めて名前で呼ぶのは恥ずかしいなと思って」
「慣れよ慣れ。その内普通に呼べるようになるって」
桜は気楽に笑いながらアリシアにそう言った。
そして翌朝。
この日も朝食の準備のためにアリシアと桜が先に起き、遅くまで報告書を書いていた仁は後から起き出してきた。
台所にいる二人に仁はいつものように声をかける。
「おはよう、アリシア、姉さん」
「おはよう、仁ちゃん」
「おはようございます……ジンさん」
その瞬間、まるで電気を流されたようにビクッと仁が震え、アリシアの方を向いた。
「あ、アリシア!? 今、なんて……?」
「お、おはようございます、ジンさん、と」
再び名前で呼ばれ、それだけで心臓が大きく跳ねる。
そんな彼をニヤニヤしながら見ていた桜が口を挟んだ。
「夕べアリシアちゃんに言ってあげたの。私生活でも『捜査官』なんて呼んでたら、そのうち疲れちゃうよって。だから公私の区別をしっかりとつける意味でも、私生活では名前で呼ぶことにしようってアドバイスをしてあげたの」
「あ、あの、もし嫌でしたら、今まで通りに『捜査官』と呼びますが……」
「い、いや、嫌じゃない! これからも私生活ではジンって呼んでくれないか」
「……はい! 分かりました、ジンさん!」
満面の笑みと共に名前を呼ばれ、仁は初めて自分の気持ちを自覚した。
そして隣で得意げな笑みを浮かべる桜を見て、思わずため息をつく。
本当にこの従姉は、自分以上に自分のことを良く分かっているのかもしれない、と仁は思った。
彼女に名前を呼ばれることが、これほどの衝撃だとは思わなかった。
彼女に「捜査官」ではなく、一人の「大塚仁」として見てもらえることが、これほど嬉しいことだとは思わなかった。
アリシアに名前で呼ばれた瞬間、仁は自分がアリシアに恋をしていることを初めて自覚したのだった。
三人でその日の朝食を食べ、アリシアが魔法学校に報告に向かってからしばらくして、魔法通信装置が鳴った。
おそらく事件についてだろうと思い、仁が受話器を取る。
「はい、こちら特別捜査局です」
「ウイリアム・シーダーだ。ジン君でいいかね」
「はい」
「まずは今回も難事件の解決に尽力してくれてありがとう。お礼を言わせてくれ」
「いえ、今回は自分も一度は騙されかけました。真相に気づくことができたのはアリシアのおかげです」
「そうか……ゲーリング警部から報告は上がっているが、君からも報告書を頼むよ」
「はい。近いうちに郵便で送り届けます」
仁のその答えに、シーダー卿はしばらく沈黙を挟み、やがてゆっくりと言った。
「ところで君は、マリソン・ソラナスがどうなるか聞いているかね?」
「いえ、何も。殺人未遂で逮捕されたのではないのですか?」
「いや、彼女は釈放されることになるようだ」
「釈放!? どうしてですか?」
「今回の事件で彼女を『黒薔薇騎士団』の一員と疑ってしまったことは魔法警察にとって失態だったからね。なにせ本物の『黒薔薇騎士団』に騙されて、罠にかかった女性を疑ってしまったわけだから。そもそもの非がこちらにあることも考慮して、彼女を釈放することになりそうだ」
「そうですか……彼女はこの後、どうするんでしょう」
「おそらくバディエラに戻るのではないかな。その後どうするかは……我々の関知することではないだろう」
「……そうですよね」
友人に裏切られ、最後に冷たい言葉を投げかけられた彼女がこの後どうなるのか。「雷撃」という自分の魔法を一生忌避し続け、社会から孤立していくのではないか。
仁にはそれが気になったが、シーダー卿の言う通り、彼には何もすることはできなかった。
ところが、それからしばらくして、彼は意外な場所でマリソン・ソラナスと再会することになる。
仁とアリシアがマリソン・ソラナスと再会したのは、事件の終わりから一ヶ月後、秋も大分深まって来た頃だった。
その日彼らは「そろそろ冬物の服が必要ね! さあ仁ちゃん、買い物に行くわよ!」という桜の号令の元、三人で貴族街近くの服飾店にいた。
二人が仁を引きずりながら、ああでもないこうでもないと冬物の服を選んでいると、突然後ろから声を掛けられた。
「あれ、マリソンを釈放してくれた何とか局の人じゃない! 奇遇ね!」
びっくりして振り返ると、そこには茶髪を長く伸ばしたメグ・バーリンと対照的に金髪をさっぱりと切ったマリソン・ソラナス、それに茶髪の背の高い男性がいた。
マリソン・ソラナスは薄手の皮の手袋のような物をしている。
「あ、どうも、ジン・オーツカです……ええと、メグ・バーリンさん、でしたっけ?」
「おお、良く覚えてたわね。一度会っただけなのに」
「いや、そっちだって一度しか会ってないでしょう」
「マリソンから救世主のことは何度も話に聞いてるからね、それこそ、この兄貴が妬くくらいには」
「兄貴……妬く……?」
良く分からない単語がポンポンと出てきて仁は混乱する。
そもそも彼女はバディエラに住んでたはずだ。それに人付き合いもほとんどしていなかったという。それがなぜ王都で友人ともう一人の男性と買い物をしているのだろう。
安易に聞いていいことかどうか仁が迷っていると、アリシアが空気を読まず、単刀直入にマリソン・ソラナスに尋ねた。
「お久しぶりです、アリシア・コールです。あの、マリソンさんはバディエラに住んでいたと思うのですが、なぜ王都に? それと、そちらの男性を紹介していただけませんか?」
仁は慌てた。地雷だったらどうするんだとアリシアを睨むが、彼女はなぜ睨まれたか分からないようで首を傾げている。
しかし、幸いにして問題のない質問だったらしい。マリソン・ソラナスは微笑みを浮かべて答えてくれた。
「私、今は王都に住んでいるんです。ところで、そちらの女性は?」
「あ、私、サクラ・オーツカです。ジンの従姉です」
「どうも、マリソン・ソラナスです。ジンさんにはお世話になりました。それから、こちらは……」
そこで彼女を遮るように、茶髪の男が一歩前に出た。
「初めまして。メグの兄のレスター・バーリンです。王都の魔法研究所に勤めています。あなたがたのことは彼女から何度も聞きましたよ」
「そ、それはどうも……」
レスターの差し出した手を取った仁だが、妙に強い力で握りしめられて顔をしかめた。どうやら妬いている、というのは事実らしい。
「ん? 妬いている、ってことは……今お二人は付き合っていらっしゃる?」
「ええ、そうです。時期を見て結婚しようと考えています」
「そうですか。……良かった、本当に」
本当に良かった、心から仁はそう思った。
元々、昔の事件をきっかけに人付き合いを避けていた所に今回の事件のダメージがあったのだ。釈放されたとはいえ、何もかも投げ出したくなってもおかしくなかったはずだ。
しかし目の前の彼女は幸せそうにしている。どうやら現在の恋人と上手くやっていけているらしい。
「身内の贔屓を差し引いても兄貴は中々の技術者よ。マリソンの『雷撃』ロックの手袋だって兄貴が作ったんだもの」
「『雷撃』ロック?」
「ええ、彼女と話をする中で、我を忘れて『雷撃』を放ってしまうのが怖いということを言っていたのでね。そこで彼女のために、手袋の表面に雷の魔力を一部だけ留め、せいぜい叩いても気絶するくらいの威力に抑えるような魔道具を作ったんです」
その言葉に仁はなるほどと納得した。
かつての事件や、今回の事件でブランキーニ刑事を殺しかけたこと、そして何よりリリア・マルローズから最後の言葉が、彼女を呪いのように蝕んでいるのではないかと仁は心配していた。
しかし、このレスターという男は彼女の固有魔法「雷撃」自体の威力を制限してしまうことで、彼女を呪いから解き放ったのだ。
「それはすごいですね。技術的なことは詳しく分かりませんが、それがマリソンさんにとって凄く大きな意味を持つことは分かります」
「そうそう。これでマリソンも自分の魔法に怯えることもなくなったからね」
「しかし、まだまだ改善の余地はあります。マリソンの『雷撃』をロックするだけでなく、自分の意志でロックを解放できるような機構を組み込めないかと考えているんです。ただ制限するだけでは『逃げ』ですからね。彼女が本当に使いたいと思った時には『雷撃』を全力で使えるようにすることが、彼女のためになると思っています」
胸を張ってそう言う彼は、心から彼女のことを想っているのだろう。マリソンも幸せそうに彼の傍に寄り添っている。
「っと、買い物の邪魔しちゃったわね。私たちも買い物をしに来たんだけど」
「いえ、いい話を聞かせてもらえてよかったです。そういえば、マリソンさんは今何をされているんですか?」
仁はなんとなく気になって彼女の近況を尋ねてみたが、その答えに度肝を抜かれた。
「私ですか? 今は王都の魔法警察に勤めています」
「ええっ! 王都の魔法警察って、マリソンさんを何度も尋問した人達のいる所でしょう! よくそんな所に勤める気になったわね?」
大声を上げたのは桜だったが、仁も全く同感だった。一度は追い詰めた自分が言うのもなんだが、彼女を尋問した魔法警察になぜ勤めようとしたのだろう。
しかし、桜の言葉にマリソンは首を横に振った。
「だからこそ、です。私のように罠にかけられて追い詰められるような人を出さないために、そしてリリアのような人間を許さないために、私は魔法警察に入ることにしたんです」
「そうですか……」
マリソン・ソラナスの強い意志が込められた言葉に、仁は思わず目を見張った。
今ここにいるのは、あの時のマリソン・ソラナスとはまるで別人だ。
彼女は事件を乗り越え、レスターと出会い、あの時にはなかった強さと自信を手に入れたのだ。
「……本当に、今日会えて、お話を聞けて良かったです」
「いえ、私こそ。あの時は色々ありすぎて、結局お礼も言えずじまいでしたから。本当にありがとうございました」
仁とマリソンはそう言ってお互いに手を握り合った。
「さあ、マリソン! そろそろ買い物に行くよ! その手袋に合うような冬物の上着、買い直さないと!」
「こっちもそうよ、ほら仁ちゃん、どれがいいかさっさと選びなさい!」
メグ・バーリンと桜が二人を急かし、服飾店の店員が慌ただしく動き始めた。
そして桜に引きずられながら、仁はマリソン・ソラナスが幸せを手に入れたことを知り、ようやく今回の事件が全て解決したことを感じたのだった。
これにて第二章終了。詳細は活動報告で。




