第十話 西部諸都市を巡って・2
クラージンに着いたのは午後4時を過ぎたころだった。既に日は大分傾いており、捜査をして帰りの馬車を捕まえるというのは非現実的だ。
「今日はここに泊まりかな」
「そうですね。どこに泊まりましょうか」
「そりゃ、ホテル・ユーストンだろ」
「……あの、捜査官。わざわざ犯行現場に泊まる意味があるのですか?」
「ある。フロントにチェックインついでに聞き込みできるのが大きい。あと犯行現場を三次元的に眺められるのもいい」
「……分かりました。捜査官に従います。でも、その前にクラージンの魔法警察に寄るのが先です」
「もちろん。で、そのクラージンの魔法警察は……街の西の端だな。馬車駅から一番遠いし、ここで馬車を都合してもらう?」
「その方が良さそうですね」
クラージンは東西に一本大通りが走っており、そこから南北にいくつもの街路が伸びている街だった。
かつての戦争の名残だろうか、防壁は王都に劣らず高い。建物は王都より低いものが多いためか、王都よりも物々しい雰囲気を感じる。
西側の防壁の向こうには山々が連なっているのが見える。あれが西部山岳地帯だろう、と仁は思った。キャロルの父親がその一帯を治めているのだとアリシアが言っていたのを思い出す。
「しかし、馬車駅が東端で魔法警察が西端なのか。なんでこんなに離れてるんだろう」
「そりゃあお客さん。ここの魔法警察は特に軍出身者が多いんでね。最前線の西側の軍施設の一部をそのまま魔法警察支部にしてるんでさあ」
「へえ。じゃあ馬車駅が東端なのは?」
「戦争時代の名残でさあね。戦争になったら一目散に東に逃げようってんで、偉い人やお金持ちが東端に集まって馬車駅もそっちに囲っちまったってわけでさ」
そう言われて、仁は馬車駅の近くに都市役所があったことを思い出した。また、窓から外を見ると、馬車駅から離れるにつれて民家の広さや大きさが小さくなっているようにも見える。
そうして窓の外の風景を眺めている内に、クラージンの西端、魔法警察クラージン支部へと到着した。
魔法警察クラージン支部は、石造りのがっしりとした建物で、窓が極端に小さかった。
「これ……砦?」
「そうでさあ。兵士の詰め所になってた所を改装したんですよ」
思わず呟いた仁に御者がそう答える。
アリシアもこの都市の魔法警察は初めて見たようで、二人ともきょろきょろと辺りを見回しながら馬車から降り、砦の中に入った。
しかし中は他の都市のの魔法警察と変わらない。二人が窓口で特別捜査局の証明カードを示すと、しばらくして丸々と太り、灰色の毛が大分薄くなった男が現れた。
体型は笑いを誘うが顔は厳つく、目つきも鋭い。仁は直感的に彼も軍出身者だと思った。
彼はきびきびとした口調で二人に話しかけてきた。
「どうも、特別捜査局のお二人ですね。シーダー卿からお話は伺っております。私はレグロ・マゼル、階級は警部です。こちらへはどのような用件で?」
「初めまして、特別捜査局の捜査官、ジン・オーツカと申します。こちらは補佐兼護衛のアリシア・コールです。今回こちらに伺ったのは、犯行現場の念写図を見せていただきたいと思ったからです。」
「捜査官の補佐をしておりますアリシア・コールです。よろしくお願いします」
二人の答えにマゼル警部は顎を軽く引いた。どうやら頷いたつもりらしい。
「承知しました。被害者の遺留品等も全てメルク支部に返してしまったので、こちらには発見直後の現場の念写図しかありませんが、それでよろしいですか?」
「はい。問題ありません」
「では、案内の者を来させますのでしばらくお待ちください」
そういうなり警部はどこかへ立ち去った。太ってるせいかちょこちょこと脚を細かく動かしているのが後ろから見ると可愛らしい。
もっとも警部の顔つきや目つきを見るとそんな印象は吹っ飛んでしまうのだが。
しばらくすると刑事と思われる男が二人を談話室のような所に案内した。ふかふかの椅子に座って待っていると、案内した男がお茶を持って来た。
「どうぞ。お口に合うか分かりませんが」
「いえ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。いただきます」
二人は口々にお礼を言い、お茶に口をつける。紅茶よりやや薄いが、後味がさっぱりしていた。
「メルクでもそうだったけど、最重要人物扱いだな。なんというか、居心地が……」
「現状捜査の邪魔にもなっていませんし、このままでいいかと。捜査官が慣れる方が早いと思います」
「……ついこの間まで小市民だったのになあ、ギャップに中々ついていけないよ」
そんな話をしていると、マゼル警部が一枚の念写図を持って現れた。
「どうぞ、こちらが事件発見直後の念写図です。ちなみに発見したのは魔法を使えないホテルのボーイです。彼の身辺調査もしましたが、関与の可能性はほぼゼロでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」
仁はそう言って現場の念写図を覗き込む。アリシアが顔を寄せたのを感じ、自然と顔が赤くなった。仁は頭を振り、現場の念写図に集中する。
思ったより狭い部屋だ、というのが第一印象だった。密室殺人の現場となったホテル「星の泉」に比べるとクローゼットの代わりに衣装掛けの棒とハンガーが壁に取り付けられているくらいの違いだが、水場を小さくしてベッドを詰め込んでいるためか、「星の泉」の部屋よりは狭い。
その狭い部屋に被害者は身体を投げ出し、大きく開いた旅行鞄に身体を向けて倒れている。背中にはナイフが刺さっており、鞄の中から何かを取り出そうとしたところを刺されたようにも見える。
鞄の中には紙のような物と赤黒い球などがあった。これらはメルクの魔法警察で見た物と同じであると思われた。
「ナイフで背中を刺されておりますが、出血はほとんどありませんでした。これは犯人がナイフを刺しっぱなしにしていてそれが栓になっていたことや、服が出血を吸収したことが理由だと考えています」
「なるほど。それで部屋にほとんど血の跡が見られないのですね」
「そうです。こちらの鞄についてはメルク支部の方に送ったのですが、内容はこちらでも控えています。ご覧になりますか?」
「いえ、メルクの魔法警察で既に確認しました」
「そうですか」
仁とマゼル警部の会話が途切れ、しばらく沈黙が続く。やがてアリシアが呟いた。
「状況としては二人きりになっていて旅行鞄を開けた所を後ろから刺されたように見えますね」
「刺された後、必死で旅行鞄を開けたのかもしれないよ。……いや、それは意味がない行動だな。アリシアの方が正解に近い。もしくはそう見えるように偽装したとか」
「偽装?」
「刺した後死体の位置をずらして、そういう状況だったように見せかけるってこと……そうする意味はまだよく分からないけど」
そこで仁はマゼル警部に話しかけた。
「マゼル警部は現場のホテルの聞き込み等もしたと思いますが、何か不審な点はありましたか?」
「一点不審な点が。エリゴ・ブランキーニ刑事はこのホテルにチェックインする時、フード付きの茶色いコートを着て、そのうえサングラスをかけていたそうです。ところがサングラスは見つかったのですが、フード付きコートの方が現場からなくなっていまして」
「フード付きコート、というとどれくらいの大きさのものですか?」
「下は太股くらいまで覆っていて、フードは前髪を完全に隠せるくらいだったそうです」
「……それでブランキーニ刑事だと断定できるのですか?」
「例の証拠品入りの鞄を持っていたのが確認されています。ホテル・ユーストンにはベルボーイがいないので、自分で台車を使って荷物を運んでいたのをフロント係の人間が見ています。それに現場の鞄の中にあった証拠品はブランキーニ刑事の持ち出したものと確認されていますので」
「それでブランキーニ刑事だと断定した……鞄と証拠品……ナイフ?……」
仁は何やらぶつぶつと呟きながら念写図を見つめていたが、不意に顔を上げた。
「この念写図ですが、複製していただくことはできますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ただし、扱いには充分にご注意を」
「もちろんです」
マゼル警部は念写図のコピーのため部屋を出た。
それを待ち構えていたかのように、アリシアが仁に尋ねる。
「捜査官、何か手掛かりを見つけたのですか?」
「……いや、思いついたことはあるけれど、分からないことが多すぎる。今話すようなことじゃない」
「私は捜査官の補佐です。補佐として捜査官の考えを知りたいと思っているんです。……ダメですか?」
「……分かった。今夜部屋で話す」
「約束ですよ」
そこへマゼル警部が念写図のコピーを持って現れた。
二人は礼を言って受け取り、魔法警察を出てホテル・ユーストンに向かった。
ホテル・ユーストンは街の西側のあまり治安の良くない場所にあった。
ホテルの裏手の窓からはホームレスが見える。お金に余裕があれば泊まりたくない場所である。
ホテルのフロントにブランキーニ刑事について確認を取ったが、フードとサングラスで顔はよく見えなかった、名前はエリゴ・ブランキーニだと言っていた、荷物は自分で運んだ、自分は部屋の鍵を渡しただけ、といった具合だった。
二人は続きのシングルルームを二つ取ったが、仁が部屋に入って息をつく間もなく、部屋のドアがノックされた。
「アリシアです。捜査についてお話を伺いたいのですが」
早いなおい、と思いながら仁はドアを開ける。そこには怒ったような、拗ねたような顔をしたアリシアが立っていた。
「さあ捜査官、現場検証をしましょう。現場はもう片付けられたそうですが、間取りは同じなのでできることはあります」
「お、おう」
「あと、何を考えているのかも話してもらいますからね」
あ、それで怒ってたのか、と思っていると、止める間もなくアリシアはずんずんと部屋に入ってきた。
男の一人部屋に簡単に入ってくるあたり、この少女は生真面目だが少々ずれている所があると仁は思う。
まあ仮に襲われても魔法で簡単に返り討ちにするのだろうが。
「それは現場検証をしながら説明するよ。ええっと……どうするかな」
しばらく考えた仁は床にごろりと横になった。ちょうど死体が発見されたような状態である。
掃除が行き届いてないのか床が汚い。
「な、何をしてるんですか、捜査官……」
「死体の真似。これから犯行を再現するから、アリシアは犯人役をお願い。俺は被害者役をする」
「は、はあ……」
戸惑っているアリシアをよそに仁は立ち上がる。机とバスルームへの扉の間、向いている方向はバスルームの扉だ。
「さて、こういう格好で倒れていたということは、普通に考えれば被害者はこういう風に立っていた所を後ろから刺されたことになる。さてアリシア、君が犯人だったとして、背中にナイフを刺すにはどうする?」
「それはもちろん、後ろに回って刺します」
「一つはそうだね。もう一つは前から抱きしめるように相手を拘束して背中に刺す、というのがある」
「だ、抱きしめる!? ま、まさか私にそれをやらせるつもりじゃ……」
「ただし今回は被害者の立ち位置の前、この辺りに開いた旅行鞄があるから抱きしめ説は却下する」
「そ、そうですか……そうですね、そうでした」
明らかにホッとした様子のアリシアに仁は指示を飛ばす。
「さて、そんなわけだからアリシアは後ろに回って。ナイフの代わりになるような物、持ってる?」
「は、はい。ペンがあります」
「じゃあそれを構えて、犯人になったつもりで。目の前にいるのは俺じゃなくてブランキーニ刑事だと思うんだ」
「分かりました」
そう言ってアリシアは仁の後、机がある辺りに回る。
後ろにアリシアの気配を感じながら、振り向かずに仁は続ける。
「こういう体勢からブランキーニ刑事はナイフで刺された。さあ、何か不自然な点は?」
「不自然な点? 強いて言えば、マリソン・ソラナスは雷撃という攻撃的な固有魔法を持っているのにナイフに頼った点でしょうか。しかしそれもナイフに雷を纏わせたのかもしれませんし、あまりおかしな点は……」
「ダメだアリシア。まだ犯人と被害者になりきれてない」
「え? はあ……」
「被害者はエリゴ・ブランキーニ。刑事で、今一緒にいるマリソン・ソラナスを『黒薔薇騎士団』の一員として疑っている。犯人はマリソン・ソラナス。恋人だと思っていた男が突然刑事だと名乗り、自分を『黒薔薇騎士団』の一員だと告発している。これはそういう状況だ。さあ、犯人になりきって、俺をブランキーニ刑事だと思って。何か不自然な点はない?」
仁はアリシアに問いかける。
もちろんただ自分の感じた不自然な点を伝えるだけでも良かった。しかしアリシアは「補佐として捜査官の考えを知りたい」と言った。ならば、アリシア自身にも自分が何をおかしいと思い、そこからどう考えたのかを感じて、考えてほしかった。
仁はそんなことを思いながらじっと待つ。
しばらく沈黙が続く。背中にアリシアの強い視線を感じる。
ふっとその視線が緩んだと感じた瞬間、アリシアから待っていた言葉が零れ落ちた。
「おかしい、ですね……」
「うん、おかしい。何がおかしい?」
仁はアリシアが自分と同じ考え方をしていることを確信して問い返した。彼女が自分と同じように感じ、考えてくれたことに、今までにない嬉しさを感じる。
アリシアもその促しに、堰を切ったように話し始める。
「この状況はおかしいです。被害者は相手を『黒薔薇騎士団』であると疑い、証拠品まで用意して相手を告発するために会ったはずです。つまり相手を敵と考えていた。なのにこんな、魔法は勿論、武器での一撃すら防げないような状況に身を置いているのは不自然です」
「その通り! そこから導かれる結論は?」
「この状況は作られたものです! 捜査官が以前教えてくださった『アリバイの作り方』で言えば、犯行現場を誤認させるためのものです!」
「つまり犯行現場はここではない。と言って隣の部屋とかでもない。アリバイを作るために犯行現場を誤認させるなら、もっと距離を稼がなきゃだめだ」
「ということは……犯行現場はこの都市ではない! 誰かが死体をここまで運んで来たんです!」
「その通り! ではこのホテルに現れたのは誰だ?」
「それは犯人……違う、共犯者! マリソン・ソラナスに午前中のアリバイを与えた共犯者です! フード付きコートを着て、こんなチェックの杜撰なホテルに来た理由もそれで説明がつきます!」
「そうだ! 彼女は午前中はマリソン・ソラナスのためにアリバイを作り、午後は本当の犯行現場に向かい、この旅行鞄に死体を詰めてここまで運んだんだ。さあ、そうだとすると何が邪魔になる?」
「邪魔になる物?……分かった! ブランキーニ刑事が持って来た証拠品、そして彼の私物や鞄……盾と剣も入っていたかもしれない!」
「そう! それで証拠品等がなくなっていたことに説明がつく。おそらく全部捨てたら逆に怪しまれると思ったんだろう、だから死体を詰めるのに邪魔にならない大きさの物は残しておいた」
「……だとすると真の犯行現場はどこでしょう? この都市ではないことは分かりましたが……」
「さあ、それはこれからの問題だ。と言っても目星は着いている。被害者がメルクに住んでいて犯人がバディエラに住んでいるなら、真の犯行現場はどちらかの都市の可能性が高い。それで、昼ごろに王都を出て、しかも途中に犯行現場で降りて死体を詰める作業をして、さらにそれをここまで運べる都市、となるとメルクの可能性が高い」
「そうすると、おそらく実際の犯行時刻ももっと前だったんですね。そうか、その後メルク発の高速馬車に乗ってマリソン・ソラナスは王都に向かった……!」
「犯行時刻はおそらく午前中、それも朝早くだ。マリソン・ソラナスが王都に午後から現れるにはメルク発10時の高速馬車に乗る必要がある。ならば犯行はそれ以前のはずだ」
そこで仁は振り向いた。そこにはキラキラと瞳を輝かせ、頬を上気させるアリシアがいた。
その様子に仁の心臓がドキッと高鳴る。
アリシアはそんな仁の様子にも気づかず、仁の手を両手で握りしめた。
「できました捜査官! 私にも、私にも捜査官と同じように感じて、考えて、そして捜査官と同じ結論にたどり着くことができました!」
「あ、ああ、うん、良かったよ……」
輝くような金髪を揺らし、緑の瞳がすぐ近くから真っすぐに仁を見つめてくる。彼女の両手は興奮のためかほのかに暖かく、その体温にドキドキする。
と、次の瞬間彼女はばっと音を立てて離れた。勢いのあまり机にぶつかりそうになったが体勢を立て直し、真っ赤な顔で頭を下げた。
「す、すみません! その、興奮してしまって、あの、その……」
「あ、ああ、いいよ、うん、気にしてない……」
むしろ嬉しかった。あのままもっと……と考えている自分に仁はドキッとした。
何考えてるんだ自分、確かに目の前の少女はとびきり可愛いし、真面目でいい子だし、自分を慕ってくれてるし、それに結構胸大きいし……
いや違う、胸は関係ないだろう。おいどうした自分、と仁は頭を振る。
今の彼女の様子が頭から離れずに、仁はもやもやとした気持ちを抱えていた。
すると、アリシアが突然甲高い声を上げた。
「あ、あの、捜査官。それで、明日は、どうしましょうか!?」
見てみると彼女の顔も真っ赤だ。
その様子を見て少し仁は落ち着きを取り戻した。
「あ、ああ、そうだね。ええと……明日はバディエラに回ってから王都に戻ろう。マリソン・ソラナスが午後6時にバディエラに着いたなら、誰かが目撃しているかもしれない。一応簡単にでも調べる価値はあると思う」
「わ、分かりました! それでは明日も早いので、失礼します!」
そう言うなり、彼女は突風のように部屋を飛び出していった。
一人残された仁はしばらくガリガリと頭をかきむしった後、頭を冷やすためにシャワールームに飛び込んだ。
一方のアリシアは、自分の部屋に入った途端、ベッドにダイブして枕に顔を埋めた。
頭の中では先ほどの行為が再生され、そのたびに頭をブンブンと振り回す。
(わ、私、なんてことを……!)
あんな近くに寄って、身体をくっつけんばかりの距離で、彼の手を握りしめて。
彼の顔があんなに近くて、彼の手が暖かくて、彼もうろたえていて顔が真っ赤で、その様子が6歳も年上とは思えないほど可愛くて。
(か、可愛い!? 捜査官が可愛い!? いやいや、違う! アリシア・コール! 何考えてるのよ!)
ガバッと枕から顔を上げた彼女は、シャワーを浴びることにした。とにかく頭を冷やして早く寝ようと思った。
次の日の朝は二人ともぎこちなく挨拶を交わし、ホテルを出て近くのレストランで軽く朝食を食べた後、メルク行き9時発の高速馬車に乗った。
車中ではほとんど会話はなかった。お互い夕べのことを反芻しては頭の中で悶えていたためだ。
メルクに着いたころには二人も落ち着きを取り戻し、普通に会話ができるようになっていた。
「捜査官、ここで本当の犯行現場を捜してみるというのはどうでしょうか?」
「うーん……やめておこう。現状何の手がかりもないし、これからバディエラで捜査するとどんなに上手くいっても王都まで5時間くらいはかかる。ここで早めの昼を食べてバディエラに向かおう」
「分かりました」
そんな会話を交わした二人は、昼食を前日と同じレストランで取り、そのままバディエラに向かった。
バディエラに着いたのは4時前だった。
アリシアが事前に話していた通り、あまり大きな都市ではない。王都やメルクとの往復が多いためか、馬車駅は南端に設置され、すぐ近くに役所や警察などがある。そこから北に一本道が伸び、途中で東西大通りと交わっているようだが、南側にいくつかの商店や銀行がある以外は、取り立てて重要な施設はない。
「あれ、えーと……特別捜査局、だっけ? 二人ともどうしたの、こんなところで?」
突然声を掛けられて振り向くと、そこにいたのは数週間前の密室殺人事件で知り合った魔法使い、シーラ・スレイトだった。
「シーラさん! なんでここに……って、そうだ、バディエラ在住だったんですよね」
「そう。この街の文化館に勤めてるの。美術品の保全や、この街の近くの遺跡で見つかる物品の発掘の手伝いがあたしの仕事」
「復元」という珍しい魔法を持つ彼女ならではの仕事だ、と仁は密かに感心していると、彼女は突然、目を細めて仁を睨みつけた。
「君、もしかしてマリソンが逮捕された事件に関わってるんじゃないでしょうね?」
仁はびっくりした。彼女の勘の鋭さもさることながら、彼女の口からマリソン・ソラナスの名前が出てきたことが驚きだった。
「マリソン・ソラナスを知ってるんですか?」
アリシアが思わず尋ねてしまう。それを見たシーラが、不機嫌そうな表情を浮かべた。
「やっぱり、君たちもマリソンが『黒薔薇騎士団』だと思ってるの? マリソンはちゃんとあの日の夜、バディエラにいたのに」
「いた、ってことは見かけたんですか?」
思わず仁は食いついた。実際の犯行時刻とかをわざわざ部外者に教える必要はない。ここでマリソン・ソラナスの正確な行動が分かるならこれほど手っ取り早いことはない。
果たして、シーラは胸を張って答えた。
「見かけた、どころか話もしたよ。王都から帰って来た所だって言ってた。午後6時過ぎだったね。その妙な帽子も王都で買ったのって聞いたらそれは違うって言ってたけど。王都には友達に会いに行ったって言ってたよ」
「そうですか。ちなみにマリソンさんは買い物はされてましたか? 証言では買い物をしたと言っているんですが」
「ああ、うん、なんかこれくらいの袋を提げてたね。テーブルクロスとマグカップが入ってるって言ってた」
そう言ってシーラ・スレイトが示した袋の大きさは、王都の馬車駅で彼女が目撃された時に持っていた大型の旅行鞄よりも遥かに小さかった。
「分かりました。ありがとうございました」
「うん。あの子、結構頑張ってるからさ、早く釈放してほしいな、よろしくね」
最後にそう頼んで、シーラ・スレイトは立ち去って行った。
「思わぬ所であっさりとマリソン・ソラナスの行動が分かりましたね」
「あと、あの旅行鞄を持っていたのが別人だったってこともだ」
「……あっ、そうか。そのためのあの質問だったんですね」
「そういうこと。じゃあ、王都に帰ろうか」
二人は王都行きの最終高速馬車に乗り、王都までの一時間は事件と関係のない、この二日間の旅の話をし続けた。
ワトスン役が名探偵の思考をトレースする、という趣向をやってみたらなぜか二人がイチャイチャしやがりました。




