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魔法世界の名探偵  作者: 敷座武雄
第二章 空飛ぶ殺人者
33/85

第十一話 捜査線上の女

 二人は予定通りに午後6時過ぎに家に帰りついた。

 バディエラの馬車駅で魔法通信を入れていたのが良かったのだろう、家に着いた時には桜が満面の笑みと温かい料理と共に二人を待っていた。


「おかえりー、どうだった、二人きりの一泊二日の旅行は?」

「旅行じゃなくて捜査だからね! まあ、それなりに成果はあったよ。色々分かったこともある」

「……サクラさん、その、あまりからかわないでください」


 突っ込みで返す仁に対して、アリシアは昨夜のことを思い出して赤くなって俯く。

 これは何かあったな、と桜は思ったが口には出さず、二人を労うことにした。


「はいはい、分かってるわよ、お疲れ様。とにかく二人とも、手を洗ってうがいしてらっしゃい。ご飯できてるからね」


 夕食では捜査の具体的な話はなし、ということで、この二日で会った様々な人のことが話題に上った。


「リーツ警部っていうのが物凄い軍人風でさ。しかも俺を上官みたいに扱うもんだから大変だった」

「クラージンの魔法警察は砦そのものでびっくりしました。内装は普通でしたけど」

「はあ、二人とも楽しそうでいいなあ。あたしもどっか旅行したいよ」

「まあまあ、そのうち機会があるって」

「すみません、事件で忙しいとはいえ、家のことを任せっきりにしてしまって……」


 そんな話をしていると、突然魔法通信装置が鳴った。

 いつもの習慣でアリシアが受話器を取る。


「はい、特別捜査局です。あら、ティム?……ああ、カーターさん。ええ、先ほど帰ってきました。予定通り明日の午後、捜査会議を。そちらの方に進展は?……そうですか、こちらも分かったことがあります。ええ、情報交換、楽しみにしています」


 そう言ってアリシアは受話器を置いた。


「ティムが掛けてカーターさんと話した?」

「そうです。無事帰ってこれたか確認の通信でした。こっちから掛けるべきでしたね」

「そうだった。すっかり忘れてたよ……カーターさんの方も、進展あったみたいだね」

「ええ、詳しくは明日話すとのことでした。二日間聞き込みをした方も一緒に来られるそうです」

「了解」

「じゃあ私は……夕食の買い物でもしてこようかな。何食べたい?」


 桜の一言から明日の夕食についての雑談で盛り上がり、その日の夜は更けていった。



 次の日の午前、アリシアが魔法学校に報告に行っている間に、仁は自室で今回の捜査で得た成果を箇条書きにしてみた。

・クラージンは犯行現場ではない。おそらく真の犯行現場はメルク

・共犯者は午前中はマリソン・ソラナスのアリバイを作り、午後は犯行現場から死体をメルクからクラージンのホテルに運んだ

・死体は午前中から持っていた旅行鞄に詰めた。証拠品の一部、被害者の私物等はメルクに捨てたと思われる


 次に疑問点がないかを思い返し、書き加える。

・陶器の破片。おそらく証拠品だが、何の破片か?

・フード付きコートを捨てた理由は?


 特に後者は今の仮説で説明がつかない、と仁は思った。コートを脱いだところで刺されたように偽装するならコートを衣装掛けのハンガーにでも掛けておけばよかったはずだ。 

 犯人のミスか? それとも仮説におかしなところがあるのだろうか?

 そんなことをつらつらと考えていると、いつの間にか昼過ぎになっていた。

 桜の呼ぶ声に応え、仁は三人での昼食のために下に降りて行った。



 カーターが二人・・を伴って家に現れたのは、昼食後しばらく経ってからだった。


「……なんで二人がここにいるの?」

「普通警察での実践演習の一環だよ」

「魔法警察での実践演習の一環です」


 ジョンとキャロルの二人は揃ってそう言うと、お互いに顔を見合わせ「フン」と顔を背ける。

 どうやらまともに話せるのは一人しかいないようだ。


「カーターさん、どうしてこんなことに……?」

「ああ、どうやら三日前に僕らが調査している間に、魔法警察がこっちからも一人サポートを入れさせろ、って言い始めたらしい。普通警察の方も活動は二人一組だからもう一人入れるのはこっちだ、って主張して、泥沼になってたらしくて……」

「それで、お互い妥協案と魔法使い対策として実践演習中の魔法学校の学生を出したと」

「そう。二人はアリシアさんの同級生だし、君とも知り合いだから上手くやれるって立候補したらしい」

「やってることがそっくりですね」

「それ二人の前では禁句だからね」

「なにそれ面倒くさい」


 後ろであっけに取られていたアリシアはそこでようやく立ち直ったらしく、二人に話しかける。


「ええと、つまり、キャロルとジョンはカーターさんの補佐、とういことでいいの?」

「そうだよ」

「その通りです」


 またも重なる二人の答え。

 仁は色々諦めることにした。きっと人数が多い方がいい知恵も出るだろう。

 「船頭多くして船山に登る」という諺が頭をかすめたが無視することにした。



 第二回捜査会議の口火を切ったのはキャロルだった。


「それで、二人は西部諸都市を巡って来たんでしょう。まさか手ぶらで帰って来たわけじゃないわよね」

「おい、ジンさんに向かってその言い方はないだろ」

「あんたは関係ないでしょうが!」


 いきなり言い争いを始めた二人をなだめ、仁は午前中に作った箇条書きを見せながら、この二日間の捜査を簡単にまとめて話した。

 メルクで確認した証拠品と遺失物、見つけた陶器の破片のこと。クラージンで見せてもらった死体発見現場の念写図からの推理。

 そしておそらく共犯者が死体をメルクからクラージンまで運んだであろうこと。

 途中でアリシアが陶器の破片や現場の念写図を出すと、三人は興味深げに破片をいじり回したり、念写図を眺めたりしていた。


「とまあ、分からないこともあるけれど、今の時点での仮説はこんな感じだ」

「そちらはどうでしたか? マリソン・ソラナスの周囲に共犯者らしい人物は見つかりましたか?」


 アリシアがそう尋ねると、カーターは満面の笑みを浮かべて何かを取りだした。


「ああ。おそらく共犯者はこの女だ」


 そう言って見せたのは一人の女の念写図だった。

 確かに少し似ている、と仁は思った。長い金髪や瞳の青さはそっくりと言っていいかもしれない

 もっとも顔はマリソン・ソラナスに比べるとやや角ばってるし、目つきはややきつめで唇も薄い。鼻も彼女にくらべるとやや低い。

 ただ、これらの違いは帽子で隠したり化粧でごまかしたりしたのだろう。


「この女性は?」


 仁の質問に答えたのはカーターだった。


「名前はリリア・マルローズ。マリソン・ソラナスの魔法学校時代の同級生だ。メグ・バーリンに聞いてみた所すぐ分かった。二人は学生時代から仲が良く、例の襲撃事件の後も仲が途切れなかった数少ない友人の一人らしい」

「他に金髪碧眼の友人はいなかったんですか?」

「メグ・バーリンに当時の同級生の所在を聞いて、王都にいる何人かについて虱潰しに回って聞いてみた。だが、リリア・マルローズの名前は何回か出たが、他の名前は一切出なかった。これはその内の一人から卒業アルバムの写真を取らせてもらったんだ」

「まったく、時間の無駄もいいところだったわ」

「お前、学生のくせに普通警察の捜査にケチつけるのかよ」

「まあまあ。ただ、それだけ調べて彼女一人、ということはこの女が共犯者である可能性は高いですね」

「一つ質問していいですか、捜査官」


 そう言って手を上げたのはアリシアだった。

 仁が無言で促すと、アリシアは前々から疑問に思っていた点を仁に尋ねる。


「あの、マリソン・ソラナスの友人ではなく、『黒薔薇騎士団』の他の誰かが身代わりをやったという風には考えられないんですか」

「ゲーリング警部から何も報告がないのもあるけれど、『黒薔薇騎士団』の他の誰か、という選択肢は消去していいと思う。なぜか分かる?」

「え? っと……待ってください。少し考える時間を……」

「……っ、さっさと理由言いなさいよ、ジン。もったいつけてるんじゃ……な、なによ」


 しびれを切らして騒ぎ始めた挙句、自分のことを呼び捨てにし始めたキャロルを睨みつけ、仁は待った。

 彼女は俯いて考え込んだままだ。

 一昨日のように、彼女は犯人になりきれるだろうか。その理由を推理できるだろうか。

 やがて彼女はゆっくり顔を上げた。一昨日のようにその顔が輝き、ドキリとするほど魅力的になる。


「分かりました、捜査官。そうだとしたら、こんな危ない計画にはならないはずだからです」

「その通り」

「例えば私なら、マリソン・ソラナスを一日中王都で遊ばせ、犯行現場にはよく似た別人を行かせます。そしてブランキーニ刑事を罠にかけて複数人で殺し、そのまま死体を放置します」

「正解だ。『黒薔薇騎士団』で良く似た人間が前々から都合できるなら、わざわざマリソン・ソラナスを現場に行かせる必要はないし、犯行に参加させる必要はもっとない。一日王都にいさせれば水も漏らさぬ完璧なアリバイが作れたはずだ。入れ替わり計画を実行したせいで、俺達の捜査であちこちに不自然な点が露見してしまっているわけだからね」

「た、確かに……っていうかアリシア、あんたよく気づいたわね……」

「犯人になりきる、犯人と被害者になりきって、おかしな点がないか考える、という捜査官から教わったことを実行しただけよ」


 キャロルの珍しいくらいの素直な賛辞に、アリシアは仁の教えのおかげだと胸を張る。仁は少しこそばゆい気分を味わうことになった。


「はあ、すごいな、ジン君の補佐役っていうのは、そういうのも教えてもらえるのか」

「いや、教えてるつもりはないんですが。一昨日似たようなことをやってアリシアができたので、今回もできるかな、と思って尋ねてみただけなんです」

「いや、立派に教えてるでしょう。はあ、すごいなあ」


 しきりと感心するカーターに仁は首を傾げる。「犯人の立場に立つ」というのは捜査の基本だと思うのだが、そこまで珍しいのだろうか。

 そう聞いてみると、カーターは首を振って答えた。


「もちろん単純な事件なら僕らも『犯人はこうしたんだろう』くらいは考えるさ。でもこんな複雑な事件でそれをやるなんて機会はめったにないし、できないのが普通だよ」

「そうなんですか……」


 カーターの言葉にそう答えながら、仁はなんとなく納得していた。

 この世界には推理小説がない・・・・・・・。当然密室も、アリバイ崩しもないわけで、複雑な事件で犯人の行動を推測し、考えるというのはあまり慣れていないのだろう、と仁は思った。

 仁は気を取り直して三人に聞き直す。


「ところで、このリリア・マルローズにはもう会ったんですか?」

「いや、まだだ」


 今度はジョンが答えた。


「自分たちだけで会おうってこのお嬢様は騒いだんだけどな、最終的にはジンさんを待った方がいいって兄貴が言って、こいつも納得した」

「ちなみに彼女は王都在住?」

「違うわ、王都の南西にあるシェーリーンっていう小さな街に住んでいる。ここから高速馬車で一時間ってところね」


 ジョンとキャロルの言葉に仁の頭は急速に回転し始める。

 アリシアと二人だけで会うか? いや、カーターもいた方がいいか。念写機も欲しい、今の彼女の容姿を念写しておきたい。その上で王都でアリバイを再調査する必要がある。

 それからメルクに向かわないといけない。本当の犯行現場を捜さなければならないからだ。これは人海戦術を取らないと厳しいが、逆に自分たちはいなくてもいい。ただ、犯行現場はこの目で確認しておきたい。

 ふと顔を上げるとジョンとキャロルと目があった。この二人は使えるか?


「あのさ、二人は念写機って魔道具、使えるか?」

「当たり前じゃない、バカにしないでよ!」

「バカにしてるじゃねーだろ、ジンさんが知らないだけだって。ジンさん、念写機って物凄く基本的な魔道具なんだ。大抵の魔法使いなら使える」

「そうか、じゃあ……俺とアリシアとカーターさんが彼女と会ってる間に、遠距離から彼女の念写図を取るってことはできるか?」

「それは……できなくはないけど、望遠用レンズ? だかなんだかが必要なはずよ。あと角度によっては難しいって聞いたことがあるわ」

「じゃあ念写機とその望遠用レンズを二人分用意してくれ、今日中に。金がないならこっちから出す。後からシーダー卿に捜査費用として請求するから気にしなくていい」

「今日中!? わ、分かったけど随分急ね。急ぐ必要があるの?」

「あるといえばある。共犯者を取り逃がしたくない。明日シェーリーンに行ってこのリリア・マルローズに会う。それから俺とアリシアはメルクに回って犯行現場を見つける。カーターさん達は王都に戻ってリリア・マルローズの念写図を見せて回ってアリバイの再確認をしてくれ。念写図を前回と同じ目撃者に見せて回って、彼女かもしれないか、彼女ではありえないか、それを聞いてほしい」


 その言葉に思わずアリシアが声を上げる。


「犯行現場を見つける、って……手掛かりもなしにどうやって?」

「メルクはブランキーニ刑事の庭だ。彼が会合場所をセットした可能性が高い。特に偽名を使う理由もないから、本名で予約を取っているだろう。個室で会合場所になりそうなホテル、喫茶店なんかを片っ端からリストアップしていって、虱潰しに探し出す」

「虱潰しって……それを二人で?」

「いや、これは今日にでもシーダー卿に話をして、魔法警察と普通警察の合同で人海戦術で事に当たってもらう。おそらくホテルなら犯行の前日から翌々日まで、喫茶店か何かの個室なら当日の朝早くから夜まで予約を入れていたか、あるいは延長をしたはずだ。犯行直後から死体を運び出す犯行当日の昼すぎまでに誰かに死体を見られたら計画が破綻する」

「なるほど、分かりました……他にやることは?」

「シェーリーンの魔法警察に連絡して、リリア・マルローズの動きを見張ってもらう。万が一逃げようとしたら即拘束してもらう必要がある」

「これもシーダー卿に話を通せばよいでしょうか」

「そうだね。それでとりあえずやれることは全部だ」


 そこで仁は全員の顔を見渡した。すると唖然とした顔をした三人がそこにいた。


「どうした?」

「……いや、なんか怒涛の指示の出しっぷりだったから驚いちゃってさ」

「うんうん、なんか『本物』って感じだったぜ」

「なに訳わかんないこと言ってんのよ……確かに凄いと思ったのは確かだけどね」


 三人からそれぞれに感心されて仁は焦った。他人と没交渉だった期間が長かったせいか、こうして素直に称賛されるとむずがゆくなるのである。


「いや、考えてることをそのまま口に出してるだけだから、あんまり褒めるようなことじゃ……」

「そんなことないよ。的確な判断だと思う。つまり、明日は五人でシェーリーンに向かって、その後僕ら三人は王都でアリバイの再調査、君たち二人はメルクで本当の犯行現場を見に行く、ってことでいいかな?」

「はい、その通りです」

「で、その前にあたし達は望遠用レンズ付きの念写機を買う必要があるわけね」

「そう。ちなみに値段はどれくらいだ?」

「そうね、望遠用レンズ付きだと値が張るけど、それでも大金貨3枚あればそれなりのものは買えるわ」

「えーっと、じゃあ後で大金貨5枚ずつ二人に渡しておく。それで性能のいいやつ買ってくれ」

「分かったわ」

「了解」


 素直に応えるキャロルとジョンに頷きを返してから、仁はさらに話を続ける。


「あと、これはアリシアに時々やってもらってるんだが、明日は朝早くから動きたいから三人には魔法学校への報告は省いてもらいたい。これは俺からシーダー卿に話をしておく。いつものことだし、大丈夫だろう」

「本当? あれ面倒なだけだったから嬉しいわ。……というかアリシアはそんなことしょっちゅうやってたのね、道理で学校で見かけないことが多いと思った」

「いや、面倒とか言うなよ、これだから貴族のお嬢様は……。じゃあジンさん、明日はシェーリーン行き始発の午前8時前に王都の馬車駅に集合ってことでいいのか?」

「ああ、それでいい。時間に余裕はないから遅れたら置いていく」

「大丈夫よ、仮にも私が遅刻なんてするもんですか」

「分かった。ちゃんと8時前には馬車駅にいるよ」


 キャロルとジョンのその言葉と共に、第二回捜査会議が終了した。


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