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魔術学園の宵星館(へスペロス)  作者: ヤマネ狐


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Episode1~落ちこぼれ宣言~

 2027年、9月14日。

 

 〈学園(スクール)〉の空は澄み渡っていた。

 この頃の光はやわらかく、夏の名残を帯びた風が窓から校舎に滑り込んでいる。

 そんな穏やかな気配とは裏腹に、彼の足取りはわずかに硬かった。


 ——学園長室。


 そう刻まれた重厚な扉を前に、ルシウスは立ち止まった。

 ただの木製の建具ではない、幾重にも重ねられた魔術的加工が施されており、外部からの干渉を静かに拒絶するような、目に見えぬ圧を放っている。


 今一度、ルシウスは呼吸を整える。

 黒い髪がわずかに揺れ、その下の望月色の瞳はまっすぐ扉の奥を見据えていた。切れ長の目元は冷静さを装ってはいるものの、その奥に潜む緊張までは隠しきれていない。


 額には無骨なゴーグルが幅を利かせ、左右の耳にはいくつものリングが通されている。実用性に傾倒したそれらは、およそ装飾とは無縁の風貌をしていた。

 一方、首元に覗く白銀のペンダントは、雰囲気が一転して、目に見えて精巧な造りをしており、表面にはカルデンソフィアの家紋が彫られ、歴史や血統など深い意匠を感じさせる。


 軽いけれど重い小さな白銀を、まるで縋るように、右手に握り締める。

 やがて、鼓動が落ち着いていくのを感じ、ルシウスは目の前の扉をノックした。

 間を置かず、短く、明確な声が返ってくる。


「入りなさい」


 その一言に促され、ルシウスは学園長室へと足を踏み入れた。


「失礼します」


 室内には、ふたりの魔術師がいた。

 真っ先に視界へ飛び込んできたのは、荘厳な事務机に腰掛ける少女の方だった。

 学園長——ヴェルミラ・アッシュフィールド。

 喪服めいた黒衣を身に纏い、藤色の髪は肩口で揃えられ、開かれたアメジストの瞳はぱっちりとした瑞々しさを湛えている。


 そうした外見は、一見、彼女にただの可憐な少女のような、印象を与えるけれど——。

 実際のところ。その正体はというと、ゆうに百を超えた老婆であり、死霊魔術の権威として魔術界に名を馳せる、生粋の魔術師でもある。


 現役を退き、執務室に引きこもるようになった今でも、驚天動地のような彼女の伝説は聞くに事欠かない“本物”を目前に、たまらずルシウスは息を呑んだ。

 次の瞬間、先ほど扉の前でも聞いた、低く、腹の底に突き刺さるような声が響き渡る。


「ルシウス・カルデンソフィア・ステラフォル」


 学園長ではない。その隣に立つ男——ルーガン・ダルトンが、声の主。

 名声こそ彼女に劣るものの、得意の錬金術の腕は一級品で、その分野の知見は特に深い。

 名著とされる論文を数多く輩出し、現在も難解な研究を主導する傍ら、この学園の実務を担っている傑物である。

 整えられた衣服に、隙のない立ち姿。

 感情を削ぎ落とした眼差しが、ルシウスへ向けられる。


「君を呼び出した理由は、すでに通知していた通りだ」


 淡々とした口調。そこに一切の揺らぎもない。

 黒髪の少年は一歩進み、目線を男に固定した。


「……はい」


 そう短く答える。平気なようでいて、その声にはわずかな硬さが垣間見える。

 しばらく様子見をしていたルーガンだったが、やがて重たげに口を開いた。


「君の寮を変更する」


 一瞬、何を言われているのか、理解できなかった。


「転寮先は——宵星館(へスペロス)だ」


「——ッ!?」


 間髪入れず放たれた追い打ちの一撃に、ルシウスの頭は理解を通り越し、思考を停止した。

 思わず息を詰まらせてしまうほど、その名が持つ意味を、ルシウスは理解していた。

 たびたび、生徒たちの間で、その名は囁かれることがあった。


 通称——()()()()()()


 この学園の問題児ばかりをかき集めた——言わば、欠陥だらけの魔術師たちの吹き溜まり。

 ようやく、思考が時間に追いついた時。

 反射的に、不満を凝縮した疑問が、ルシウスの口をついて出た。


「……なぜ」


 喉に詰まっていたものが、堰を切ったように溢れ出す。


「なぜそのような決定になるんです!? あまりに突飛すぎます! 理由を! 理由をお聞かせいただきたい!!」


 わずかに上擦った声。紛糾せずにはいられない。

 寮母の通知に、そのような旨は一切記されていなかった。ただ——事情聴取をするとだけ。

 だが、ルーガンは一切動じない。


「心当たりがないと?」

「当然です!」

「……そうか」


 そう言うと、ルーガンは懐から数枚の紙を取り出した。

 場所や日時、被害の詳細など。

 びっしりと文字に羅列で埋め尽くされた紙を横目に、男はゆっくりと口を開く。


「これまでの君の行動遍歴、その()()()がここに記録されている。一年間で四十回以上の問題行動。授業の無断欠席、教師および生徒への暴行・暴行未遂。そして、昨日の一件——校舎に対する損壊事案」


 言葉が重ねられるごとに、事実だけが、静かに積み上げられていく。


「君はこの全てにおいて黙秘を貫き、我々の調査を拒み続けてきた。〈学園〉が、君たち生徒に一定の裁量権を与えているのは事実……。確かに、自由はある。だが、()()()()()()()。規律を乱し、風紀を汚す者には、相応の処罰が必要だと私は考える」


 一拍置いて、錬金術師の男は、動揺に揺らぐ少年の瞳をじっと見据えた。


「よって——君の宵星館への転寮が、決定された」


 そうして、結論が示される。

 ゆらり。陽炎のように、黒髪が横に靡いた。


「……確かに、自分の行動が目に余ることは認めましょう」


 言って、ルシウスは歯を食いしばる。


「ですが! 全部が全部、俺の仕業であるわけじゃない!!」


 絞り出すように、叫んだ。偽りなんて一欠片もない、心の底からの叫びだった。

 しかし、


「だが、その時現場にいたのは、()だ」


 即座に言い返され、言葉に詰まる。冷たく金属質な声が、鼓膜を静かに震わせた。


「理由があるのなら、説明しなさい」


 説明の二文字を耳にして、ルシウスの全身は一瞬にして氷漬けになった

 上から押さえ込んでいた、記憶の扉がわずかに開く。

 言えない。言えるはずが、ない。

 言えば、すべてが崩れる。あの時と同じように、あらゆる輪郭が摩耗していく。

 確実な未来が見えるのだと、告げてどうする? 破滅の因子を含むそれが視えたからといって、回避できたわけではない。

 下手に干渉した末の結果と伝えて、何になる?


 ——お前が原因だ。

 扉の隙間から声がする。そうだ。理解されるはずがない。


 ——なぜ災いを呼び寄せる?

 知っている。ルシウスは知っている。


 ——お前のせいで。

 その先に待ち侘びる結末を……破滅の味を。


 拒絶。断罪。孤独。喪失。絶望。失墜。


 締め上げられる苦痛、窒息感。あの視線。あの声。


 あの言葉——失敗作。

 崩壊の奏が、脳裏でリフレインする。


 胸の奥が締め付けられ、呼吸は浅く、言葉は出せない。

 それを見て、ルーガンは淡々と告げた。


「説明はないものと判断する」


 隔絶的な断定。

 決着はついた……かに、思われた——ワンテンポ遅れ、ルシウスは身を乗り出す。


「だからって。どうして自分があのような掃き溜めに!」


 喰らいつけた理由は、小さな希望であった。

 たとえ、誰にも理解されずとも。父親に拒絶され恨まれようとも。ルシウスには全幅の信頼がおける、血を分けた兄がいる。

 細く貧弱な幼い頃の自分の手を引き、地獄の中から掬い上げてくれた、尊い存在。

 失い尽くしたルシウスに、兄は澱みない瞳を向け、言ってくれた。

 期待している、と。

 折れない理由は、それだけで十分だった。その誇りを汚さぬために。

 最後の悪あがきだった。全身の気力を掻き集め、吼えるように声を上げた。


「俺はッ——!!」

 その瞬間、


「“Mr.レグルス”から、許可は得ている」


 間髪入れず差し込まれたルーガンの一言に、今度こそ跡形もなく、少年の反骨心は打ち砕かれた。


 レグルス。

 レグルス・カルデンソフィア・アストランティア。


 彼こそが、ルシウスの原動力。

 それが今——失われた。


「それと、言葉を慎みなさい。Mr.ルシウス。君も今日からその一員となるのだ。それが君に対する我々の最終的な評価であると、胸に刻みなさい」


 ピシャリと、ルーガンから諫言が飛ぶ。

 もはや、反論の余地などない。錆ついた機械人形のようなぎこちなさで、少年は頭を下げた。


「……わかり、しました」


 吐き出す声に色はなく、紡がれた言葉さえもあやふやだった。

 あの人が認めた決定。それを拒絶することはできない。拒絶など、許されない。


「その決定。受け入れます」


 しっかりとルーガンは頷く。

 俯いたまま、握りしめていた拳がだらりと垂れ下がる。

 その表情は、暗い絶望の色に閉ざされていた。

 その時——


「語れぬ事情があるのだろうよ」


 ずっと様子を見守っていたヴェルミラが、ここにきて初めて口を開いた。

 その声は、すべてを見透かすような深い響きを湛えていた。

 心臓を鷲掴みにされた心地に陥る。

 ハッとして顔を上げたルシウスに、幼女の皮を被った魔女は禍々しい微笑みを浮かべた。


「案ずるな。わしはそれを咎めぬ」


 見た目とは裏腹の古風な言い回し。

 救いにも似たその言葉は、やがて静かに忠告の色へと塗り変わる。


「それでもなお、沈黙を選ぶのであれば……」


 続く言葉が、静かに落ちる。


「お主はこれからも、何も成せぬままだ」


 石を湖面に投じるように、それは凪いだ胸の内に波紋を立てた。

 逃げ場のない沈黙が、ルシウスの胸を締め付ける。


「故にこその宵星館」


 そんな彼の様子を一瞥し、ヴェルミラは薄く口角を上げる。


「そこでの出会いは、ゆくゆく、お主の運命を左右するだろう」


 幽玄なる声は、なおも続く。


「進むも退くも、お主次第……。ルシウスよ」


 名前を呼ばれ、茫然とした面差しが持ち上がる。


「今後の君の活躍を大いに期待している。せいぜいわしを退屈させてくれるなよ?」


 最後——ヴェルミラはわずかに微笑んだ。

 それだけで、彼の背筋を凍えさせるには十分だった。


「わしからは以上だ。退室してもらって結構」


 終わりが告げられる。


「……失礼します」


 それだけ残して、ルシウスは小さく踵を返した。

 逃げるように、部屋の出口へ向かって歩く。


「待て」


 扉に手かけたとき、背後から呼び止められた。


「忘れ物だ」


 振り返ると、ルーガンがすぐそこまで歩み寄っていた。

 差し伸べられた手の中には、一冊の冊子が握られている。


「これは……?」

「転寮の手引きだ」


 言われ、表紙に目が止まる。一言一句、同じタイトルが刻まれていた。


「宵星館の住所、規則や設備といった必要な情報がまとめられている。この後すぐにでも、目を通しておきなさい」


 望月色の瞳をしばたたかせながら、少年は無言でそれを手に取った。

 見た目以上に分厚く、やけにヘビーだった。


「あぁ、最後に」


 用は済んだとばかりに徐にルーガンが部屋へ引き返す中、入れ替わり立ち替わり、ヴェルミラから声が上がった。


「最近、ミュンヘンの街中では空き巣が横行しているらしい」


 何気ない雑談。


「十分に気をつけて、学園生活に励みたまえ」


 意図を探ろうとして、しばらくアメジストの瞳を見つめ返していたが……、程なくして無意味と悟り、たちまち視線を切り上げ、ルシウスは身を翻した。


「……失礼致します」


 そう小さく返すと、今度こそ扉を開け放った。

 足を引き摺るように少年は廊下へ出る。

 扉の下を潜った途端、先ほどまでの重苦しい空気が嘘のように消えていた。


 だが胸の内に居座るものは、むしろ重くなっている。

 ギィ、と耳障りな音を立てて、背後の扉が閉まった。

 その響きは、一つの区切りのように、視界の隅で鳴り続けた。


———『続』———

 

 初めまして、ヤマネ狐です。プロローグが明け、第一話も終わり、いよいよ次回から本格的にルシウスの物語が始まります。 

 何よりも、家の誇りを重んじるルシウスが、果たして、魔術師見習いの学園で手のつけられない問題児と呼ばれる宵星館の生徒たちと、どのようなわちゃわちゃを展開してくれるのか、ぜひお楽しみにください。


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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