花言葉は『最後の目撃者』
そして三日間、ミエナはニーナ達に飲まされた嘔吐剤と格闘した後にセインルーンへとスザク達と共に向かったのだが…。
「…ここがセインルーンなのか」
色々世間知らずなスザクでも目の前に広がる異様な光景は、本当に話に聞いたセインルーンなのかと訊ねてしまうほどだった。
「ううん、ここはその前に立ち寄った付近の村なんだけど…」
少なくともセインルーンではなかったが、それを差し引いても…いや、目の前の光景は余りにも異様だった。
「これは…カビと胞子?村全体を覆っているのか?」
辿り着いた村は不衛生でグロテスクなカビや怪しい胞子を放出し続ける毒々しいキノコなどに覆われてしまっていた。何もカビやキノコが発生するのは珍しいことではないが、だからと言って村全体を覆う光景はルアーネでも見たことないほどに異質であった。
「はう…何だかジメジメしてカビ臭いです。おまけに何だかザラザラするです」
空気自体もカビ特有の悪臭を含んでおり、肌に触れるだけでもキノコの胞子が含まれているせいか不快な感触も伝わってくる。
「リュクウは連れて来ないで正解だったな。来たらすぐに病気になっちまうぞ」
幾ら竜族の血を受け継ぐとは言え、まだリュクウは小さな子供で免疫もさほど強くないはずだ。こんな不衛生極まりない場所に連れてくるのはマスクを着けずに硫黄が充満する火山地帯を歩くぐらい危険だ。
「儂らも他人事ではないぞ。ここがセインルーンでないなら早く通り過ぎるぞ」
「拠点が欲しかったけど、しょうがないね。今日は途中で野営しよう」
無理せず村の宿屋で一息つこうと思っていたが、とても寝られるような有様ではなかった。寧ろ村全体の機能が失われているようにも思えた。
「ひゃっ!?何かが足を掴んだ!?」
突然足首を掴まれたことにアメジスは驚いて飛び上がる。足元にはカビに覆われてよく分からないが、何かが動いているようにも見えた。
「あ〜…?誰だあんた〜…」
「え…人がいた…?」
なんとそのカビの塊は男性の人間だったのだ。辺りがカビやキノコに覆われているために、人々はここから去ったものだと思っていたが第一村人がいたことに唖然となる。
「あんたここで何してんだ?こんなとこにいたら病気になるぞ」
「……」
「あ?どうした」
「……」
「おい、何だってんだよ。無視してんのか」
ステラは男性に質問するも彼は何も答えない。しかしよく見ると唇は動いているようにも見えたため、出来るだけ近付いて何を言っているか聞き取ってみる。
「……面倒くさい」
その言葉通り、男性は気怠そうに伸びをしてカビの地面を転がり突っ伏してしまう。
「面倒くさいって…ん、よくよく感知してみるとこいつだけじゃないな」
『熱感知』のスキルでステラはこの村にはまだ人間がそれなりにいることを察知した。その証拠に他の場所にも僅かに動くカビの塊が幾つかあった。
「ひにゃあ!?し…尻尾を掴まないでください…」
今度は尻尾を掴まれたニナが甲高い悲鳴を挙げる。彼女の足元には同じくカビに包まれた女性が寝そべっており、男性と同じく何かボソボソと呟いていた。
「そんなとこ…立ってるから…私のご飯…」
「ご飯って…もしかして、このキノコですか?」
よく見るとニナの足の側にはキノコが幾つか群生していた。しかも台詞からして食べるつもりのようだ。
「あむ…むぐ…何?食べたい?」
「いえ…結構です」
キノコは下手に食べると酷い目に遭うことが多いため、冒険者でなくとも不用意に触ることはしない。食べるなんてもってのほかだが、彼女は何の躊躇いもなく食べていた。
「何なんだこの村は?汚いのもだけど、幾ら何でも異様だぜ」
「どうりでここへ来る途中で道行く人達が怪訝な顔を浮かべてたはずだよ」
ここへは乗り合い馬車を使ったが、乗り合わせた人々から何処までいくのかと聞かれた際に目的地を言った途端に誰もが眉をひそめていた。その理由がこれだったことに俄然納得するのだった。
「そこのお前達、何をしている」
この村の人々はどう言う訳か揃いも揃って気怠さの余り小さな囁き声か、途切れ途切れの会話しかしないが、聞こえてきた声はとてもハッキリとしていたために一同は振り返る。
「あなたは?」
「ワシはしがない庭師のハッケルだ。ここへは観光へ来たのか」
そこにはキャスケット帽とオーバーホールを身に着け、背中には剪定バサミやジョウロが入ったリュックを背負った気難しそうな老人が自らを庭師だと告げた。
「ボクらはセインルーンに行くためにここへ立ち寄っただけなんだけど…」
「…お前さんらはセインルーンに行きたいのか」
ただでさえ気難しそうな雰囲気なのに顔のシワが寄り深くなるハッケルを見て、何かマズいことを聞いたかとルアーネ達は顔を見合わせる。
「あそこは見せられるような庭じゃないのでな。悪いが引き取って貰おうか」
何が気に入らなかったのか追い返すような台詞を言い放つハッケルだが、ルアーネはとあることが気になっていた。
「見せられるような…と言うことはあなたはセインルーンのことを何か知っているんですか」
まるで起承転結を知っているかのような口振りと庭師と言う肩書きから、ハッケルがセインルーンでの何かしらの情報を持っているのではと食い下がる。
「知っていても教える訳にはいかん」
ヘイケガニの甲羅のような厳つい顔で尚も追い返そうとするハッケル。しかしその背後から箒のようなポニーテールを揺らしながら若い女性が現れた。
「ちょっと、じいちゃん〜。珍しいお客さん相手に何してるの」
「ペールか。お前こそここで何をしてるんだ」
「こんな所で誰かに怒ってたから、てっきりボケて独り言でも言い出したのかと思ったのよ」
「誰がボケるか」
現れた女性ペールは孫娘らしく、ハッケルは口では素っ気ないことを言っているが厳つい表情が多少柔らいでおり、会話の内容も頑固な祖父とそれを心配する孫娘のような間柄で何処か微笑ましかった。
「あの…」
「あ、ごめんね。ウチはペール……」
メイナスの呼び声でハッとなったペールは視線を彼に向けた瞬間に言葉が続かなくなる。
「……あの、お名前は」
「僕ですか?僕はメイナスですけど…」
と思ったらペールは名前を聞いてくるため、戸惑いながら答えるとメイナスは手を彼女にガッシリと握られた。
「メイナスさんですか!あの!良かったらウチと一緒にお茶でも…!?」
「え…え…!?」
目をキラキラさせて口説き文句を言い放つペールの勢いにメイナスは思わず後退りをする。
「お茶がダメならこれからウチが手入れした庭でも見ない?セインルーンは今は荒れてるけど、少しずつ昔の栄華をウチらが取り戻しつつあるからさ!」
「ペール!余所者においそれとワシらの仕事を明かすでない!」
耳寄りな情報をペールが羅列してくれたが、それ以上は許さないとハッケルが怒鳴りつける。
「じいちゃん!後継者がいないいないって嘆いてたじゃない!それにそんな態度から弟子が来ないんでしょ!」
「バカ者!ワシらのやっている仕事はとても偉大なことなのだぞ!そんな馬の骨どもに価値が分かってたまるか!」
何やら複雑な事情があるらしく、お互いに切実な内容を赤裸々にする形で言い争いを始める。
「どうするのじゃ。確かに部外者じゃが、これでは埒が明かんぞ」
「そのようだね。とにかく僕らの要件を伝えよう」
祖父と孫娘の口喧嘩と言うこともあって、完全に蚊帳の外になっていたメイナスは単刀直入に話を始める。最初は邪魔するなと言わんばかりに睨まれるも、毅然とした態度とセインルーンへと向かう理由を丁寧に話すと二人はそれを黙って聞いてくれた。
「新しい領主がセインルーンに?」
「…と、僕らはシスターから聞いただけだからね。実際はどうなのかを確認しに来たんだ」
メイナス達の事情を聞いたペールとハッケルは喧嘩を止めてお互いに困ったような顔を浮かべていた。
「あんな所に領主どころか、そもそも人がいるかどうか」
「やっぱりもう人がいないんですか」
これまでの話からセインルーンのある程度のあらましは聞いていたが、既に人っ子一人いない有様らしく空振りに終わりそうな雰囲気だった。
「ユウキュウ…本当にフォーチュロットカードの占い、当たるのかよ」
「当たるも八卦外れるも八卦と言うじゃろ」
占いでは願いが叶うと言っていたがとてもそうには見えないためにステラが問い詰めるもユウキュウは開き直る。
「八卦って何だよ」
「スザクちゃん、今は気にするとこが違うよ」
「そうだね。それよりもこの村の光景は一体…」
難しい言葉の意味よりも難解なのが、この村の異様な光景だった。機能を失った廃村のように見えて、そこには一応人が住まっていると言う矛盾した状態が共存している有様は何があったかの一言しか浮かばない。
「お前さん達は信じるか?ここは昔、多くの技術者や勤勉な働き者がたくさんいた活気ある場所だったことに」
「……何だって?」
言葉の枕通り、ハッケルの言っていることがとても信じられずにレイラは一同を代表するように思わず聞き返してしまう。
▷▷▷
「さあ、飲んで。こんなのしかないけど」
「ありがとうございます」
取り敢えずカビと胞子が立ち込める場所では立ち話もなんなので、ハッケルとペールに連れられて彼らの住居である離れの家屋へと案内されてお茶を提供される。
「メイナスさんも飲んで飲んで!ウチと一緒にさぁ!」
「あはは…どうも…」
特に逆ナンしていたメイナスには手厚くもてなすと同時に華奢ながらもバランスの取れたスタイルを当てつけてくるペール。
「…話を戻すぞ。ワシは元々あの村の住人じゃったんじゃ」
ハッケルは孫娘が見知らぬ男にデレデレしているのが気に食わず、メイナスから引き離すと同時に本題に入る。
「あそこに住んでたのか?ってことは何があったか知ってるのか」
「まあ、半世紀も前の話じゃがな。そこでもワシは庭師をしていた。あの頃は良かったのう」
スザクの興味を引いた質問に気を良くしたのか、ハッケルは当時の記憶を懐かしむように語り始める。
「当時の村は農業を中心としながらも冒険者もそれなりにはいて、あの頃は皆とても自分達の仕事に誇りを持って賑わっていたさ」
文明や生活水準はさほど高くはなかったが晴れた日は老若男女問わず汗水を垂らしながら仕事し、時には皆で集まって食事や祭事をしたりなど、それなりに幸せな一時を過ごしていた。
「ところがある時、遠く離れている国にいるはずの魔神獣の力がここにまで及んだのだ」
一時と言うだけあってその幸せは長続きしなかった。ある日突如として魔神獣の力によって全てが狂い出したのだ。
「魔神獣って、アラクネシメスみたいなのですか」
「そうだね。でも今回はアラクネシメスの仕業とは思えないね」
以前戦ったアラクネシメスもトードナを若い女性の姿へと変えたりと常識を覆すような絶大な力ならばあり得なくもないが、今回の村のことは時系列も含めて関係がないだろう。
「魔神獣の力を受けた人々は皆あんな風に尻子玉を抜かれたように無気力になってしまったんだ」
当時ハッケルは庭師として遠くへ出向いていたが、戻って来てみると村人の過半数が今のようになってしまっていたのだ。
「当初は何が起きたか分からず、それまで勤勉だった者や無事だった者達はまるで流行り病のように無気力が伝播していったんだ」
最初は単に仕事のし過ぎで仕事が嫌になったのかと思われたが、日が進むに連れて村人達は次々と無気力が伝染していき、やがて村一番の堅物と言われる勤勉者すら同じ末路を辿った。
「そんなの割と自然じゃないか?誰かが怠けてたら、羨ましくなって仕事をする気なんて失くなるだろ」
「それならまだ良いさ、問題は無気力になるのは仕事だけではない。家事や遊び、更には生活に必要なこと…飯を食うことや子作り、更には立って歩くことですら無気力になったのだぞ。こんなの余りにも異常だ」
労働だけでなく趣味や遊びなどの道楽、更には食事や性欲など本能的に訴えることですら無気力になり、やがて人々は動くことすら面倒くさがったことで人口減少を引き起こし、今のような廃村を作り出したのだ。
「ワシは恐ろしくなった。だから生まれた村を捨てて今に至るのだ」
「じいちゃん…」
働き者からすれば仲間の勤勉者達に無気力が病気のように伝染して怠け者になっていく光景はよほど恐ろしく見えたことだろう。当時のことを思い出して震えるハッケルの背中をペールは擦って宥めていた。
「なるほどね…恐らくそれは『怠惰』を司る魔神獣だろうね。村の人達の有様は労働意欲だけでなく、本能的な部分ですら無気力になっていたから間違いないだろうね」
「怠け癖が出るはずじゃな。まあ、勤勉な分だけ相手が悪かったと言うことじゃな」
事情を全て聞いたルアーネはどんな魔神獣が原因か突き止めたが、ユウキュウは相手が色々と悪過ぎたと割り切っていた。
「何とか元に戻せないかな」
「…それは無理だろうね。今回の場合は精神面の問題で、僕らが出来るのはせいぜい肉体的な問題を解決するぐらいだね」
恐らくスザクは自身のフェニックスの力やメイナスの医療技術などで村人を元の勤勉者に戻せないかと訊ねるが、今回ばかりは幾ら何でも不可能だとメイナスは首を横に振る。
「そっちの事情は分かったよ。じゃあセインルーンはどうなんだ?何か妙な花が咲いているとかって」
自分達でもどうしようもないと判断したレイラは本題としてセインルーンのことを質問した。
「そのことか。それは見て貰った方が良かろう」
ちょうどお茶も飲み終えたところだし、何があったかは実際に見て貰おうとハッケルは立ち上がり、レイラ達もそれに続くのだった。
▷▷▷
ハッケルとペールの自宅は最初に訪れた村とセインルーンの中間地点にあり、案内される間は不思議なことにモンスターに襲われなかったのだが…。
「これが…妙な花?」
「確かにこれは…妙だね」
その原因は目的地のセインルーンに辿り着くなり、嫌でも目に付くように花が狂い咲いているのだが、まるで生きているリアルな描写の肖像画のように異様な雰囲気を放っていたからだ。
「お主ら見たところは庭師のようじゃが…手入れをしておるのか?」
「いや、多分これは誰だって手を付けられないよ…」
異様な雰囲気もだが、恐らく元はギリシャ神殿のような大理石による石造りの建築物が建てられていたのだろう。しかし今や花とは別に行く手を阻み、近付く者を寄せ付けない有刺鉄線のような茨が周囲を取り囲むように群生していたのも原因だった。
「この花、まるであたしらを監視しているみたいだな」
「綺麗ですけど、何だかジロジロ見られてるみたいで落ち着かないですね」
花は牡丹のような大きく広がった花びらと、彼岸花のような糸状の花びらの二種類が生えていた。雄しべは白く、雌しべは黒く全体的に染まっていて何処となく人間の瞳のようにも見えた。
しかも花びらは血のような鮮やかな赤い色に染まっており、瞳のような見た目と相まって背筋が凍るような何かを目で訴えているようにも見えた。
「何だろうなぁ…」
「スザクちゃん?」
本来ならば花は心が安らぐ象徴でもあるが、異様な雰囲気を放つ瞳のような花を前に入り口で尻込みする一同を尻目に、スザクは一歩前に出て花に取り囲まれるように立つ。
「何確かに何か視線を感じる…はあっ…あたしの身体を舐め回すような……はあっ…はあっ…」
「…スザクちゃん?」
スザクも何か視線を感じているのだが、そこには何か別の感情が見え隠れしているのか息が荒々しくなっていく。
「ジロジロ見られると…何だか身体の奥から熱くなってきて…ゾクゾクしちゃうかもぉ…♡」
「ブレないなお前は!?」
こんなにも殺伐としているのに対し、スザクはいつも通り被虐の性癖を全開にして身体をモジモジさせる有様に思わず肩を落としてしまう。
「あいつは一体何なんだ」
「すみません…いつものことで…」
その性癖を見慣れないハッケルとペールからすれば、花以上にスザクが不気味に見えたことにメイナスは申し訳なさそうにしていた。
「でもスザクちゃんがあんなにも興奮するってことは、この花は一体…」
しかしながら自身の性癖に素直なスザクが視線に興奮しているのなら、自分達が先程から感じている視線は気の所為ではないことが立証されたことになる。
「この花は確か…『ソウルブルーム』と言う花だったはず」
「ほう、若いのによく知っているな。これはソウルブルームと言うのだぞ」
この謎の花は『ソウルブルーム』と呼ばれており、ハッケルは若いながらも博識であるルアーネに感心を持っていた。
「でも確かソウルブルームは人間の生き血を吸った植物から開花するとされているんだ」
「生き血…ですか!?」
「そうさ。開花する前は基本的に普通の草花と変わらないけど、人間の生命力に溢れた生き血を受けるとソウルブルームの染色体が活性化して咲き誇るんだ」
咲き方はかなり特殊でキメラと同じように遺伝子単位で他の草花に潜伏し、条件が揃えば咲き誇ると言う特殊な生態を持っていた。
「生き血の多くは負傷した場合に流れることが多いよね?生命に関わる負傷であればあるほど生存本能がより活性化し、その血を吸うことでより綺麗で鮮やかな花になるんだ。今のセインルーンのようにね」
だが、ソウルブルームは血を受ければ咲くと言う訳ではない。相手が自ら血を流した場合は花が咲くことはなく、他者の手によって血を流された場合は今のように咲き誇ると聞いて一同は怪訝な顔を浮かべた。
「ソウルブルームは通常の花と違って水や日光を必要としない。それなのに綺麗に咲いていたかと思えば別の生命が奪われた途端に枯れ果てるんだ」
「それは何でなんだよ」
「その別の生命と言うのが、花を咲く切っ掛けとなった生き血を流させた人間…つまり命を奪って血を流させた人間が死ぬことで枯れるんだ」
普通の草花とは思えない生態を持っていたとは思っていたが、枯れる時でもより特殊な条件が必要なことに聞いていた一同は顔を見合わせる。
「まるで血を流した人の無念を映し、殺した相手を呪い続けるような一生を送ることから別名『仇花』と呼ばれてるんだ」
「おい、待てよ。それじゃあつまり何か?その花がこんなに咲いてるってことは…セインルーンにいた奴らは…」
生態を聞いていたステラはある事に気が付いて、ルアーネの説明を遮るように確信に迫った質問をする。
「……何者かに殺害された可能性がある。ハッケルさんはそう言いたいんですよね」
血が流されることによって咲く花。それがセインルーンを取り囲むように咲き誇ることを考えれば、ここで何があったか推測は簡単だった。そしてその答えにハッケルを目を閉じて静かに頷き、何があったか話そうと口を開く。
「ワシは元々若い頃、このセインルーンの庭師をしておった。若いがゆえに様々な苦労を重ねた末にホーリーセイバーズの方々とも仲良くなったのだ」
ハッケルの家系は代々庭師で、その中でもセインルーンの庭園を造園することは一番の誇りとされており、失敗や苦労を重ねたお陰で自分の仕事に心の底から誇りを持てるようになり家業を引き継いだのだった。
「しかしそれから十年後に例の無気力病…ワシはそう呼んでいるのだが、それを何とか出来ないかとホーリーセイバーズの方々に相談しようとセインルーンへと来てみたら…ご覧の有様だ」
しかし庭師として立派にやっていたハッケルに転機…例の運命の日が訪れた。彼は無気力が伝染するのを防ぐために、ホーリーセイバーズに助言を求めようとしたがセインルーンは既にソウルブルームによって呑み込まれてしまっていた。
「ソウルブルームのことは知っていた。だからすぐに理解したのだ。ホーリーセイバーズが何者かに殺害されてしまったことを…」
「それってソウルブルームの特殊な生態から殺人者を特定する花言葉から?」
花には生態や特徴から様々な意味を成す花言葉が存在する。例えばユリの花はポトリと茎から落ちやすいため『首を切られる』と連想されるなめ縁起が悪いとされたり、バラの花は深紅のイメージ通り『情熱の愛』として愛する人に贈られたりする。
特殊過ぎる生態を持つとは言え、花には変わらないソウルブルームにも花言葉が存在していた。
「ソウルブルームの花言葉は…『最後の目撃者』。素人からすれば不気味な花に代わりはないが、セインルーンで何かトンデモないことが起き、そしてその無念は今だに晴らされていないのだろう」
生き血を流した人間の無念を反映するように咲くためにソウルブルームはまるで当時の事件の目撃者も同然であり、そしてその事件は終わっていないと訴えているようにセインルーンで咲き狂い続けているのだ。
「だからこんなに異様な気配がするのか。どうりで人が寄り付かないはずだぜ」
謂わば今のセインルーンは殺された上に供養もされなかった報われない魂が立ち込めている墓場のような状態なのだ。近付くだけで霊魂の恨み節が聞こえてきて居心地が悪くなるのも当然だろう。
「でも誰かが殺されたのが確かなら、何で調査とかが進んでないんだ?」
一度は納得するも、それならそれで周囲の国々が何かしらの調査をしていないのかとステラは再度質問を投げ掛ける。
「まるで誰かを拒むようにソウルブルームが咲き誇っているのはもちろんなのだが、中に入ろうとするといつの間にか国の外に出てしまうと言う不可思議な現象が起こるのだ」
「中に入ろうとして外に出る…どう言うことだ?」
言っている意味が理解出来ないスザクのためにハッケルは小石を拾ってソウルブルームの茨の先へと投げる。すると誰かが投げ返したように中からその小石が飛んできたのだ。
「この石みたいに茨を飛び越えて中に入っても…何故か中に入れずに、気が付くと外に出てしまうのだそうだ」
先程の小石のように他国の人間も調査に乗り出したが、何故か中に入れずに門前払いされたと言うのだ。
「しかもそれだけではない。見ろ」
「…!新しいソウルブルームが…咲いた…!?」
ハッケルが指差した先で、有刺鉄線のような茨から新しいソウルブルームが咲いたのだ。
「あれ…この花は確か生き血がないと咲かないんじゃ…」
「それが問題なんだ。既にソウルブルームが狂い咲いて、もはや誰もセインルーンに入ることが出来ないはずなのに、何故か不定期で新しいソウルブルームが咲いていくんだ。そのため調査をしても仕方ないとされてしまったのだ」
ハッケルも他国の調査員も何年かに一度、ソウルブルームが咲くのを観測していた。セインルーンの中を調べようにも入れないが、ソウルブルームと当時の人口から既に全滅したと暫定されていた。
それでありながらソウルブルームが咲いているのは、セインルーン以外の場所で殺された人間の生き血を受けて咲いているのではと結論づけられ、最終的には迷宮入りとして調査が断念されてしまったのだ。
「なるほど、調査をしなかったのではなく出来なかったんだね。そして便宜上では解決したことになるし、異様な雰囲気も相まってここには人が寄り付かなくなったんだね」
現状は悪く言えば保留になるが、それにはそれなりの理由があったことにメイナスも納得するのだった。
「なあ、ここには新しい領主を探しに来たのに、これじゃあ思い切り空振りじゃないか」
「ううむ…儂が言うのもなんじゃが、占いを宛にしたのはマズかったかのう」
淀みのないレイラの指摘にユウキュウは腕を組んで渋い顔を浮かべる。
「ミエナはどう思う……ミエナ?」
ユウキュウはミエナにも同意を求めるが、彼女は一輪のソウルブルームに手を伸ばしていた。
「……っ!あうあっ!?」
「ミエナ!どうしたんだい!?」
「あ…頭が…痛い…!?」
触れた瞬間にミエナは再び頭が割れるような痛みに襲われ、その場で蹲ってしまう。




