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幸せな光景は森の罠

それから五日間スザク達はドラゴンのグリーの背中に乗って空を飛び、時折目に入った街で寝泊まりしたり、空を飛ぶモンスターを対処しながら確実に目的地へ近付いて行き、やがて木漏れ日が美しい森林を目にするのだった。


「ここがシンフォニーフォレスト?何だか思ってたよりも明るくて穏やかな雰囲気だね」


そもそも人が踏み入れないと言うことは手付かずの自然が鬱蒼と広がっていて、そのために中は余り日が差さず薄暗いジャングルになっている。


辿り着いた目的地であるシンフォニーフォレストも同じだろうと思っていたが、木漏れ日が当たって日当たりと見通しが良く、例えるなら樹木の成長を促すために木を間引きする間伐をしたかのようだった。


「ここがシンフォニーフォレストなんだよな。クリムゾングルと比べると何か雰囲気が違うけど」


ディアバトロスはクリムゾングルなどの密林に生息すると言う話を聞いていたために、スザクはシンフォニーフォレストも同じ雰囲気だろうと思っていたのに何処か様相が異なることに首を傾げていた。


「きっとここら辺も違法伐採されている最中なんだ。見てよ、この切り株の数。本来はここもシンフォニーフォレストの範囲内だったんだ」


「ここに木が生えていた証拠か。確かに手当たり次第に切り倒したらしいのう」


周囲には生えていた木を切り倒した証拠である切り株が点々と見受けられた。しかも数からしてかなりの規模と範囲の樹木を切ったらしく、今いる場所は森の入り口と言うよりも程なく入った中腹地点だった。


「酷い有様だね。こんなに森の悲鳴が聞こえてたら離れていても辛くなるはずだよ」


思っていたよりも木が切られている光景にルアーネはミスティーユの時より辛そうに頭を抱えていた。


「ここにニナちゃんがいるのかな」


「気を付けて、ここはボクらだけでなく誰も踏み込んだことがない未知の領域なんだ」


「ん?そんなのはクリムゾングルもそうだったろ」


要するに何があるか分からない危険な場所だと言うことなのだが、そんなのは今更だろとスザクは疑問に思うも今回は訳が違うとルアーネは首を横に振る。


「クリムゾングルでもどんな危険があるか分かってるから危険地帯に認定されたんだ。けど、シンフォニーフォレストは誰も足を踏み入れたことがないからこそ、どんな危険があるか()()()なんだ」


例えば『高所作業をする時にはどんな危険があるか』と言う内容で、『落下の危険性』を周知していれば命綱などを使うことで未然に防ぐことが出来るし、逆に何も知らなければ命綱を使わずに作業を行い最悪の結果を招くだろう。


このようにどのような危険が存在するか分かっている・分かってないかでダンジョンの危険度は変異する。マンゾアスやクリムゾングルも他の冒険者が命懸けで調査して、情報を持ち帰ったことである程度の危険性は分かっているのだが――


「未知数ってどう言うことなんだよ」


「シンフォニーフォレストを調査しようと冒険者が何人か派遣されたんだけど、今だに誰一人として帰って来てないそうなんだ」


シンフォニーフォレストに付いても危険性を調査しようと冒険者が出向いたのだが、結局その全員が情報どころか己の肉体すら持ち帰ることが出来なかった――つまり危険度は未知数と言うことなのだ。


「そんなの…コバルトラビリンスだって同じだったでしょ」


「そうだよな。未知の領域を開拓するからこそ冒険者…って、メイナスが言ってたな。それはつまりクリムゾングルやマンゾアスよりも…気持ち良いことがあるのか…♡」


「そんなあたしらが今更怖じ気付くかよ?」


並大抵の冒険者なら進むのを躊躇う所だがアメジスは意を決し、スザクは既に死ぬような思いを何度も絶頂と共に味わっているためメイナスの言葉を思い出しながら未知の快感を味わえるのかと(よだれ)を垂らし、レイラもそんなメンバー達と共に潜り抜けて来たために今更立ち止まる気はなかった。


「そう…だったね。でも、気を付けて。何があるか本当に分からないから…」


杞憂(きゆう)だったかとルアーネは苦笑いを浮かべるものの未知の危険には気を付けろと釘は刺すのだった。


「じゃあ…行くよ!」


「よし!どんと来い!」


「どんなことがぁ…♡」


互いに頷き合い、メイナスに影響されたのか控え目な様子が目立つアメジスが先陣を切ってシンフォニーフォレストへと入り、レイラやスザク達もそれに続いて森の中へと入って行く。


「「「………え」」」


ところが森に入ってすぐにフッと風が吹き抜けると同時に、一同の目の前には思わず唖然となる光景が広がっていた。


「何か…綺麗だな」


先程までどんな苦痛と快感が待ち構えているのか楽しみで表情が緩みきっていたスザクですら鳩が豆鉄砲を食らった表情をしながら率直に感想を述べてしまう。


そこは森の外と比べれば中は木々が立ち並び鬱蒼としているかと思っていたが、宝石をばら撒いたようなキラキラとした水面が特徴的な湖畔を中心に色鮮やかな花が咲き誇る花畑が広がり、その上で愛らしい蝶や小動物が平和に過ごしていたのだ。


「どうなってるのこれ」


「分からない…確かにシンフォニーフォレストは森のはずなのに」


思っていた情報と大幅に異なることに情報提供者であるルアーネに訊ねるも、彼女も何がどう言うことなのか分からなかった。


「わぁ〜…蝶が飛んでくるよぉ〜…」


来訪者を迎えるかのように蝶がリュクウ達の近くを飛び回り鱗粉が雪のように降り注ぐ。


「何かフワフワするなぁ〜…」


これまでマンゾアスやクリムゾングルなど殺伐とした密林を転々と訪れていたが、目の前の美しい光景に蝶達の歓迎の舞いにスザクも苦痛を受けてないにも関わらず幸せそうな顔を浮かべていた。


「極楽じゃのう…」


「何だよここ、スゴく良い所じゃねぇか」


「幸せになっちゃう〜」


「…おかしいな、これはどう言うことなんだろう」


他の仲間達も次第に幸せな気分になっていき、その上で自分の記憶とは異なる光景にルアーネは頭を抱え続ける。


「見てよ、ルアーネちゃん。甘くて良い匂いがするよ〜…それに蝶が私達のことを呼んでるよ〜」 


「ミエナちゃん、待って」


例に漏れずミエナも目がトロンとしていたが、何処からか漂う甘い匂いと誘うような蝶の舞いにフラフラとそちらへ歩み出す。


「あたしもぉ〜…」


「待ってよぉ〜…スザクちゃん〜…」


「スザクちゃん!アメジスちゃんまで!」


ルアーネが戸惑う中で次々と仲間達は誘われるようにミエナとはバラバラの方向へと歩み出してしまう。


(やっぱりおかしい…賢者の書の情報とは異なるし、皆が一斉に骨抜きになってバラバラに動き出すのも何処か意図的だ)


何が起きているか分からなかったが、少なくとも仲間達が何者かの策略によって骨抜きにされ分散されそうになっていたことだけは理解出来た。


「ほわぁ〜…綺麗な湖でお魚さんがリュクウを呼んでる〜…」


「リュクウ、待って」


とにかく今すべきことは仲間達が幸せそうではあるが、もしもこれが敵の術中ならばバラバラにさせないようにすることだった。


「何でぇ〜…」


「君は…ボクが守るって言ったからね」


まずはまだ近くにいて湖に行こうとしているリュクウを引き止めたルアーネ。破る訳ではなかったがまさか出発前に交わした約束を本当に果たすことが起きようとは思いもよらなかった。


「うう〜…ああ〜…」


「混乱状態…やっぱり幻覚か何かを見せられているのか?」


リュクウの顔をよく見ると目のハイライトが消え失せていると同時に視線はルアーネではなく明後日を向いていた。しかもだらしなく(よだれ)を垂らして表情も何処か腑抜(ふぬ)けており、恐らく幸せな幻覚を見せられて混乱状態になっているのだと判断した。


「けど、どうやって幻覚を見せてるんだ…何かしらの干渉を受けたはずなんだけど」


幻覚を見せるには様々な手段がある。マナミナを行使しサイマジックとして視覚的に見せたり、或いは音や匂いを利用したりなど多くは感覚に訴えて幻覚に陥らせることがある。


だからこそ幻覚を見ているのなら何かそれらしいコンタクトがあったはずなのだが、身に覚えがないためルアーネはもう一度何があったか考えてみる。


「怪しいのは森に入る前。そう言えば風が吹いていたな」


整理すると幻覚を見ているのは間違いなくシンフォニーフォレストに入ってからで、その直後に花畑の見える湖の幻覚を見ていた。これだけだと本当に幻覚に惑わされているかどうか分からなかったが、ルアーネは入る直前に風が吹いていたことを思い出した。


「そう言えばシンフォニーフォレストの木々は確か…」


風が吹いたことでルアーネはシンフォニーフォレストに付いてとあることを思い出す。


「つまり幻覚は…リュクウ、耳を塞がせて貰うよ」


「はわっ!?あ…あれ…?」


ドングリのような実を作り出したルアーネはそれをリュクウの耳に詰めて耳栓をする。その直後にリュクウの瞳にハイライトが戻り、何が起きたか分からないと言った様子でキョロキョロしていた。


「やっぱり…レイラ!ユウキュウ!」


「うおっ!?あれ…あたし今まで湖の側で昼寝してたんじゃ…」


(わし)は一体今まで何をしてたんじゃ。美味そうな飯を食っておったはずじゃが」


同じようにレイラとユウキュウの耳にも耳栓をすると二人もリュクウと同じような反応をして辺りをキョロキョロと見回していた。


「湖は何処だ?」


「花畑もないぞ…ついでに稲荷(いなり)もないのう」


周りには雑木林が広がっているだけで美しい湖や花畑、ついでにレイラ達が聞いたことがない名前の料理も何処にもなかった。


「思い出したんだ。シンフォニーフォレストには音の鳴る樹木がたくさん生っているんだ」


シンフォニーフォレストには風が吹いたり空気の流れによって木の葉や枝が揺れると楽器のように音が鳴ると言う不思議な生態があり、そよ風ならば安らかな音を奏でて嵐ならば荒々しい音になったり、空気の良し悪しによって音の具合も変わるのだ。


そのため音を奏でる樹木が生育するこの樹海は『シンフォニーフォレスト』と呼ばれるようになり、樹木は良質な楽器の原材料になることで有名なのだ。


「中には楽器型の魔法道具が作られるぐらいなんだ」


「ほほう、興味深いのう。しかしそれが幻覚とどう関係するのじゃ」


クリムゾングルと同じくシンフォニーフォレストにも所以(ゆえん)があることは分かったが、何故幻覚を見ていたのかは分からなかった。


「シンフォニーフォレストに入る直前に風が吹いていたんだ。きっとあの時にボクらには聞こえない音が発せられていて、その時に音伝いに幻覚を見せられていたんだ」


音を奏でる樹木が辺りに生育しているからこそ、そよ風が吹いたことで音にならない音である『超音波』が発せられて一同は音による幻覚を見せられていたのだ。


「開幕早々からあたしらは罠に嵌ったってのか…情けねぇ」


「確かにルアーネの言う通りになったのう。儂ら説得力皆無じゃのう」


シンフォニーフォレストに入る前にルアーネから釘を差すように警告されていたのに、あっさりと幻覚の罠に嵌って迷惑を掛けたことにレイラは頭を抱えており、ユウキュウは袖で口元を隠して悔しさを(にじ)ませていた。


「いや、違和感から幻覚を見せられているってボクが早く気付けばこんなことにはならなかったんだ。そのお陰でスザクちゃん達は…」


結局目を覚ますことが出来たのはリュクウとレイラとユウキュウだけで、スザク達も目を覚まさせようとしたが既に惑わされて何処かへ行ってしまい手遅れだった。早く見抜いていれば結果は違ったとルアーネも悔しそうに呟く。


「しかし幻覚はその気が無ければ発動せん術じゃ。音が鳴る植物とは言え、人間に幻覚を見せることが出来るのじゃろうか」


催眠術だって術を使い暗示を掛ける人間がいなければ成立しない。ましてや意識がない植物が人間のように催眠術のような真似事が出来るとは思えなかった。


「何者かの意思と言う可能性もある」


「それって妖精族のことか?」


「精霊と呼ばれていただけあって木々に干渉し、遠くから手も触れずに幻覚を見せる芸当もあり得なくもないかもね」


他に幻覚を見せる意思があるとすれば、このシンフォニーフォレストを住処にしている妖精族しかいない。昔は精霊と言うだけあって音の鳴る樹木を利用した幻覚や催眠術なんて訳ないだろう。


「確かなのは長い間シンフォニーフォレストの危険度が未知数で、冒険者が誰一人も帰って来てないのは…何者かの意思によって冒険者達は幸せな幻覚を見せられ、帰ろうにも帰れないようにされたのかも」


そう言うとルアーネはとある方向を指差した。そこには胴当てや剣を装備した状態で白骨化した複数の遺体だった。


ここに足を踏み入れた者達は総じてスザク達のように音を使った幸せな幻覚によって骨抜きにされ、自分達が罠に落ちたとも知らずにシンフォニーフォレストに死ぬまでずっと釘付けにされていたからだった。


「下手するとあたしらもああなったってことかよ」


「幸せな夢を見たまま死に、そしてシンフォニーフォレストの肥やしになる…ここはまるで地獄と極楽の両方を(あわ)せ持っているようじゃのう」


ルアーネが気が付かなければレイラ達の行き着く先はシンフォニーフォレストの土壌の中で、他の冒険者同様に帰還も叶わず骨を埋めることとなっただろう。


「とにかく耳栓をしてれば大丈夫なんだな」


「後はスザクちゃん達にもしてあげられれば…」


今は耳栓をしているお陰で幻覚に惑わされずに済んでいるが、残る気掛かりであるスザク達にもいち早く耳栓をしなければとルアーネは決意する。


「しかしあの三人ならば、そう簡単にはくたばらんじゃろう」


アメジスは半分は吸血鬼(ヴァンパイア)であるし、ミエナもゴッドプレシャスの『ファントムハート』で霊体化出来るし、スザクは不死鳥であるため言わずもがなであるためそこまで心配しなくては良いのではとユウキュウは指摘する。


「けど、スザクちゃん達のゴッドプレシャスの力を植物が吸収したらきっと厄介なことになるよ。ボクも一度だけスザクちゃんのマナミナ吸収したけど、スゴい力が湧いてきたよ」


以前にスザクのことを調べようと拷問し、植物の根を彼女に張り巡らせて不死鳥の力による強力なマナミナを吸収したのだが、もしもそんなのをシンフォニーフォレストの木々が吸収したら手が付けられなくなるかもしれないとルアーネは危険視していた。


「しかしどうやら儂らは人の心配よりも自分の心配をした方が良いようじゃのう…囲まれておるぞ」 


無視出来ないのは理解出来たユウキュウだが、自分達は得体の知れない何かに包囲されて由々しき事態にあると告げてくる。


『『『ギュコココ…!』』』 


木々の合間から毒キノコに人間の手足を生やし、本体の所々からギョロ目を覗かせる不気味なモンスター達がジリジリとこちらに向かって近寄って来るのだ。


「何だこいつら…キノコモンスターか?」


「これは…見たことがないモンスターだ。気を付けて!」


ただでさえ先程知らないが故に幻覚の罠に陥ったが、これまたルアーネも知らない未知のモンスターが登場したことでレイラ達はより警戒を強めながら戦闘態勢を取るのだった。

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