頑張りは無駄にならない
「ったく、これで何回死んだよ!」
もう飽き飽きと言わんばかりにステラは乱暴に寝袋のような物を蹴り飛ばす。
「ふへぇ〜…♡身体…溶けちゃいそう…♡」
「いや、溶けてるよね?」
寝袋の正体はウツボカズラのような物に頭から下を丸呑みにされ、消化液によって比喩ではなく本当に溶かされそうになって悦に入ってるスザクだった。
「もうかれこれ三十回は死んでるね。スザクがいなきゃ命が幾つあっても足りないよ」
実際のところ一歩踏み出せば植物が破裂したかたと思えば棘状の種子が刺さって蜂の巣にされたり、更にもう一歩踏み出せば猛毒の茨が巻き付いて即死させ、おまけにもう一歩踏み出せばトラバサミのような花が閉じて手足や首をギロチンのように切り落としてくる。
正しくここは天然の即死系の罠が満載のダンジョンであり、多くの冒険者が進む度に犠牲となり血を流して森を紅く染めるがために『紅の樹海』と呼ばれるのも納得だった。
「けっ、こいつもよく飽きないよな」
「まあ、そのお陰で僕らは命拾いしたような物なんだし、立ち入り事態を禁止するのも納得だよ」
そんな危険な場所を歩けるのは何度死んでも絶頂と共に蘇るスザクが喜んで盾替わりになってくれるからで、そうでなければとっくに全滅してもおかしくないぐらいここのダンジョンは過酷だった。
「ところで目的地はこの先なの?」
「あたしの『熱感知』スキルだと鳥らしいのはこの先の岩場にいるらしいんだ」
クリムゾングルには凶暴な植物か一癖も二癖もある虫ぐらいしかいないため、体温が一定である鳥を熱感知スキルで探すのは暗闇でホタルを探すのと同じぐらい容易いだろう。
『ゲ…ゲゲッ…』
『ギャアアア!?グエエエ!?』
もちろんそれ以外の獣やモンスターもいたりはするが、大抵は虫に体液を吸われて干からびたり、植物の消化液によってドロドロに溶かされ養分にされたりとすぐに姿を消しているため基本的には上記の二種類しかいなかった。
「こんなところにディアバトロスが本当にいるのかよ。こんなの迷い込んだらあっという間に餌食になるだろ」
周りには上空から迷い込んだ鳥型モンスターがモウセンゴケのような植物モンスターに捕らわれ、出される消化液によってジワジワ溶かされていたためディアバトロスも同じ末路を辿ったのかとステラは指摘する。
「ディアバトロスは絶滅危惧種ではあるけど、闇魔法を行使するからクリムゾングルのモンスターや植物でもおいそれと襲えないはずだよ」
教会での乱入騒ぎで忘れていたがニナを元の妖精の姿に戻した所を見るに強力な魔法を使えるモンスターであることは間違いない。だからクリムゾングルに迷い込んだとしてもむざむざ捕食されるほど弱くはないはずだ。
「ううん…何か見えてきたぞ」
力尽きたウツボカズラからイモムシのようにズルズルと消化液と共に出てきたスザクは岩場に枝を組み合わせて作られた不思議なオブジェがあるのを目にする。
「あれは鳥の巣かな、ここにディアバトロスが?」
「今は出払ってるみたいだな」
好都合なことに巣の持ち主は何処にもおらず、今ならニナを助けられるチャンスなのではと様子を伺う。
「念のため見つからないように…さっきスザクを食べてた『ドツボカヅラ』の汁を浴びておこう」
ナイフを取り出したメイナスはスザクを捕食していたウツボカズラ型のモンスターの表面を裂いて、出てきた汁を泥と共に身体に塗り込む。
「これで僕らの匂いは察知されないはずだよ」
「なるほど…スザクちゃんも」
「んんっ…ぬるぬるした感じが癖になりそう…」
要はディアバトロスに勘付かれないためのカモフラージュだ。アメジスもステラも倣って身体に塗り込むが、スザクだけは何処か色っぽく二人をドギマギさせる。
カモフラージュを終えて息を殺しながら巣に近寄る。しかし意外にも巣は大きく、半径だけでも五メートルはありそうだった。
「ニナ、大丈夫かい」
ギリギリまで近付いて呼び掛けるも返事がなく、意を決して巣をよじ登ってみるもニナどころか卵や雛などもおらず正しくもぬけの殻だった。
「……いないよ。まさか食べられたの」
巣に連れ帰ったかと思われたが最悪の事態に発展したのではとアメジスは顔面蒼白になる。
「断言はまだ出来ないけど…うわっ!?」
「何だよこの風!?」
何とか励ましの言葉を見つけようとするも望み薄かと思われたその時、突風が四人を襲い動けなくさせるだった。
『グガアアアアア!』
何かが対角線状から飛び出して巣の上に着地したかと思えば、大木のような太い脚に体高が五メートルはあろう巨大鳥が動けなくなっていたスザク達を下に見ていたのだ。
「これって…ディアバトロス?なんかあたしが見たよりも随分デカいけど」
教会で見たディアバトロスもかなり大きかったが、今目の前にいる鳥は明らかにそれ以上の大きさがあるためスザクも目を疑う。
「これは…違う!ディアバトロスじゃない!」
「じゃあ、これって…っ!」
探していたモンスターではなかったこともだが、それとは別にメイナスが動揺していると気が付いたアメジスはモンスターの尻尾が蛇のような形をしていることに動揺したような表情を浮かべた。
「これって…『コカトリス』!?」
と言うのも目の前にいるのは蛇の形をした尻尾を持つニワトリ型のモンスター『コカトリス』だったからだ。
ニワトリだからと言って侮るなかれ、コカトリスは非常に攻撃的で例え相手がドラゴンだろうと容赦なく戦いを挑むほどで、尻尾の蛇も強力な猛毒を有しており、時と場合によってはそのドラゴンをも殺してしまう場合もあるのだ。
一番厄介なのはニワトリと蛇の目から放たれる光線だ。あらゆる物を石化させる力があるゴッドプレシャスで『ゴーゴン・アイズ』と呼称されている。
「石化能力を持つモンスターと言えば?」と質問すれば名前にあるゴーゴンやメデューサ、そしてこのコカトリスが代表格として挙げられるぐらい有名なモンスターだ。
「ドラゴンを殺すようなモンスターだからいても不思議じゃないけど、本来は洞窟とか暗い場所を好むはずなのにどうしてここに」
「んなことよりもどうすんだ。目的のモンスターじゃないなら長居は無用だろ」
本来の生息地とは異なる土地に居座っていることに疑問に思うも、巣の持ち主がディアバトロスではなかったとなればニナを救出するために戦って時間を割いている暇はないとステラが釘を差す。
「わぶっ!?」
「しまった!?アメジス!?」
無論、撤退を視野に考えるもアメジスが何かの技を受けてしまう。
「あ…あ…身体がぁ…!?」
アメジスの全身が白い油土のような物に包まれていき、ピキピキと言う音と共に徐々に固まっていきやがて動かなくなる。
「アメジス!どうしたんだ!」
「なんてことだ…石化されてしまった」
スザクが動揺する中ですぐに撤退を指示しなかったためにアメジスが石化したことに後悔の念に囚われるメイナス。
「おい!戻す方法はあるんだろうな!」
「バジリスクの血を飲ませれば良い…こうなったら戦うしかない!」
後悔するのも後回しにしろと言わんばかりのステラの檄を受け、メンバーの中では最年長で司令塔であるメイナスは後悔を押し殺して、すぐに解決策を口にすると同時に後には引けないと戦うことを決意する。
「奴の正面と後方は危険だ、左右から挟み撃ちにするように攻撃だ!」
コカトリスには通常の目に加え、尻尾の蛇の目からも石化する光線を放つ。だからこそ正面と後方からは攻めず、スザクは左側からステラとメイナス本人は右側へと回り込む。
「アメジスを元に戻せ!」
親友を石に変えられたことに感じたことのない感情に支配されたスザクは両腕を炎の翼へと変え、羽ばたくように炎を飛ばしてコカトリスの羽根を燃やす。
『グエエエ!?グエエエ!?』
「あれ、なんかあっさりだな」
羽根が燃えたことにコカトリスは正しくニワトリのように騒々しく暴れ始め、思ったよりも攻撃が通ったことにスザクも唖然となる。
『クケエエエ!』
「はうあっ!?♡な…何だこの音はぁ…♡」
反撃と言わんばかりに鼓膜が破けるような高周波を放ってくる。その音はスザクの鼓膜だけでなく全身をくまなく突き刺すような激痛を伴い、例によって快感に変わって彼女の身体を襲い身悶えさせる。
「『音波』スキルか。今のは聞くことが出来ない高音の『超音波』か」
「つまりは音で攻撃してるのか。耳障りだが…」
間接的に音波攻撃に苦しむものの攻撃はスザクに集中しており、彼女には悪いが暫くの間はコカトリスの注意を集中させて貰うことにする。
「おんっ…♡んっ…♡効くぅ…♡」
もっともスザクには鼓膜が破けるような音波の苦痛も、既に快楽に変わっているため悪い話ではなかった。
「コカトリスには尻尾の蛇と鳥の身体の繋ぎ目、それとトサカと喉が弱いと聞いたことがある」
「聞いたことあるって…それ本当か?眉唾物じゃないのか?」
モンスターの弱点などは冒険者やギルドを介し、重要な情報源として図鑑や資料として各地に広まっていく。
しかしゴブリンやスライムと言った低ランクモンスターならまだしも、ドラゴンなどの高ランクモンスターとなれば弱点どころか生きて帰って情報を持ち帰れるか分からないため、ランクが上がれば上がるほど情報量は反比例して下がっていくのだ。
「確かにね。でもコカトリスには蛇と鳥の部分にそれぞれ意思があるんだ。つまり二種の生物が一つの身体を共有していて、神経や内臓なんかも一つに纏っているはずなんだ」
弱点の情報を何処まで信用して良いか分からないが、メイナスは医学的観点からコカトリスには共有している部分が幾つかあると告げてくる。
「鳥と蛇が一つになってる場所…そこはきっと内臓や神経を共有しているはずだ。きっとそこがコカトリスの弱点にもなるはずだ」
弱点かどうかは断言は出来ないが、共有している部分を攻撃すればダメージは大きいはずだとメイナスは確信していた。
「要は切り落とせば良いんだな?」
腕をカマキリの鎌に変えてステラはコカトリスの蛇の尻尾に目掛けて交差させるように振り下ろす。
『グゲエエエェェ!?』
ズバッと言う切断音と共に蛇の尻尾がボトリとコカトリスの足元に落ち、甲高い断末魔が森全体に響き渡りドスウウンと言う音と共に巨体を横たわらせる。
「あ?本当に弱点だったのか?」
「んう…もう終わりぃ…?」
Sランクのモンスターだから倒れてもすぐに起き上がって来ると思っていたが、もはやピクリとも動かなくなり白目も向いていて死んでいるのは一目瞭然だった。
呆気なく倒してしまったことに憶測ではあったもののコカトリスの弱点――いや、これほどまでにあっさりと倒せた辺り、もはや剥き出しの心臓も同然である尻尾の蛇を斬り落としたステラは唖然とし、攻められて快感に溺れていたスザクも物欲しそうにしていた。
「ぷはっ!?何この変な匂い…」
「お、アメジス!大丈夫か」
石化した表面を卵の殻のように破ってアメジスが外に出てきたことにスザクは余韻の残る顔を向けて嬉しそうにしていた。
「あ?まだ血を使ってないのに石化が解けた?倒したら無条件に回復するのか」
石化を解除するにはコカトリスの血液が必要なはずなのだが、まだ処置をしていないはずなのにアメジスが自力で石化を跳ね除けたことにステラはメイナスにどう言うことかと追及する。
「血液での解除はあくまでもコカトリスを倒さずに治す方法なんだ」
つまり戦いの最中に何とかコカトリスから血液を採取すれば、わざわざ倒さずとも石化を解除することが出来るのだと言う。
「けど、おかしい。アメジスが治ったのは良かったけど、Sランクモンスターがこうもあっさり倒せるなんて」
SランクどころかSSランクであるアンデッドセイリュウとも渡り合ったからこそ、強さを肌で感じて来たからこそ分かるのだが幾ら何でも弱過ぎることに違和感を感じていた。
「おい、そんな鳥の死体なんかどうでも良いだろ。SSランクとも戦ったから、あたしらが強くなり過ぎたんだろ」
「…そうだね。僕らが強過ぎたんだろうね」
ステラはコカトリスの死体を調べるメイナスにニナの救出が最優先であると再び釘を差す。それを聞き入れたのかメイナスは調査をそれまでにしたのだが、その表情はある確信を得ていた。
「そもそも僕らが仕留めたのはコカトリスじゃなかったんだよ」
「はあ?コカトリスじゃないって、どう見てもこいつは…」
自分達の戦っていた相手はそもそもコカトリスではなかった。だからあっさり勝てたとメイナスが言うのだが、どう見てもコカトリスに間違いないのにどう言う意味なのか理解出来なかった。
「最初は気が付かなかったけど…ほら、羽毛が伸びて埋もれてたせいで誤解したんだけど、これはコカトリスじゃなくて『ノイズリッチ』って言うCランクモンスターなんだ」
羽毛を何枚か剥ぎ取ると頭部はニワトリと言うよりもダチョウに近い見た目をしており、コカトリスには見えなかった。
「ノイズリッチは音と声を駆使した生態が特徴的で、スザクを攻めたあの音もその内の一つだよ」
音波は最初コカトリスのスキルかと思われたが、実際は音に関する生態を持っていたからだった。
「ただ気になるのはノイズリッチは大きくなっても人間大ぐらいの大きさまでにしかならない。羽根がここまで伸びるほどのサイズになるなんて異常だ」
コカトリスのように見えたのは羽根が異常に長く伸び、身体も規格外なほどに大きくなっていて成長や育ちが良いを通り越して異常にも思えた。人間で言うなら子供が三日三晩で大人と変わらない身長にまで背が伸びるのと同じであった。
「それだけじゃねぇだろ。あたしが斬り落とした蛇もいつの間にか何処にもいねぇ」
「そうだよね。これがコカトリスじゃなくてノイズリッチだったとするのなら蛇だと思っていた尻尾は一体…」
全く異なるモンスターをコカトリスと誤解したのは羽毛と体格が異常成長しただけではなかった。一番の特徴である尻尾の蛇を目にしたからだったが、そもそも戦っていた相手がコカトリスでないのなら、ステラが斬り落とし蛇だと思っていたのは何なのかと言うことだった。
「うう〜ん…何か変な匂いがするよ」
ふとツンとする匂いがしたと思ったらアメジスの身体にはゲル状の物体が服や身体や髪に付着しており、彼女自身もその匂いと感触に気持ち悪がっていた。
「コカトリスじゃないなら、アメジスが石化した理由は何だったんだ」
アメジスの石化現象だが相手がコカトリスではなく、別種であるノイズリッチだったのなら何故固まったのか話が通らなかった。
「ってか、アメジスと体に着いてるこれは何だ?」
アメジスの身体の付着物をよく調べてみると、ズタボロの毛皮や骨が混入した物体が固まっているようにも見えた。
「そうか、ペリットが固まった物をアメジスが石化したと勘違いしてたんだ」
ペリットとは鳥などが餌を食べ、消化出来なかった骨や毛皮などを糞尿とは別に口から吐き出した塊のことであり、アメジスの石化はノイズリッチが吐き出したペリットの塊が彼女に浴びせられて固まっただけだった。
「つまり僕らは偶然が重なったノイズリッチをコカトリスと勘違いして戦ったんだ」
「けっ、時間を無駄にしたな。もうここには他に鳥らしい熱は感知出来ねぇ」
どっちにしても目的のディアバトロスはここにはおらず、戦いが終っても徒労だったことには変わらず一同はガックリと肩を落とす。
「つまりここにはニナちゃんはいないってことだね…」
「でも皆が頑張ってくれたお陰で一番危険であるクリムゾングルにニナがいないことが分かったんだ!きっとレイラ達がニナを見つけてるかもしれないよ!」
「そうだな…そうだよな!」
しかしクリムゾングルにディアバトロスがいなかったのならば残るマンゾアスの密林にいて、そこを調べているレイラ達がニナを救出している可能性があるとメイナスが前向きな言葉を掛け全体を明るくするのだった。
「行こうぜ、アメジス……どうした?」
「ううん…」
前向きな言葉に自然と明るくなったスザクはアメジスに呼び掛けるも様子が何処かおかしいことに気が付く。




