心臓潰してあげられなくてごめんね
決戦の日、クラス対抗戦の日。
朝のホームルームだというのに、クラスの全員が体操服に袖を通している。皆勝利を望んではいるものの、これまでの試合結果的に諦めているのか表情が暗い。
負けたら誰が奪われるのかを話している。四組の奴ら害にも、俺達三組もスクールカーストを気にしているようだ。
俺は良く知らないので全くもって知らないので気にしていないが。そもそも俺にとって今日は九令寺を四組に押し付けられるか、押し付けられないかの日で、誰が奪われようと構わない。
いや、正確に言えば奪われたら困る人間はいる。和だ、それと一人にしたら惨めな思いをしそうだから茜。ここの二人と違うクラスになりたくない。
でも、ここ二人が奪われる訳が無い。和はそもそも俺以外と関わっていないからスクールカースト上げる素材にはなれないし、茜は廚二病だ。
何の不安も無い。だからこそ今日は勝つか負けるかではなく、勝つか勝てないかなのだ。
「今日はクラス対抗戦だってな、頑張れよ。因みに俺は今日授業しなくていいから有給使う気だった。教頭に止められたんだよ、申請をギリギリで寸止めされちまった」
キモイ言い方すんな
朝っぱらから花魁先生は下ネタ炸裂する。重たい空気にはそのくらいのユーモアがあった方が良いのだろうが、今朝は花魁先生の話を聞いている生徒は少ない。
元々、女子は微塵も話を聞いていないからここは変わりないが、嬉々として聞いていた男子までも聞いていない。
それもそうだろう、スクールカースト上位になるための人間がとられる。つまり、クラスの人気者を失うということなのだから。
「皆、元気ないな。仕方ない、保健室で寝ていようかと思ったが、応援に行ってやるから元気出せ」
「……」
「静かだな……以上ホームルーム終了。各自グラウンドに出るように」
あの花魁先生が、朝のホームルームで下ネタを一つしか言わずに教室を後にした。
返事はしないものの、皆よそよそしく立ち上がってグラウンドへと向かう。その際に、「今日で最後かもね」や「萩原失ったら私たちのスクールカースト終わる」などと言っている。
そんなにスクールカーストって大事か?
「なあ、スクールカーストってそんなに大事?」
丁度立ち上がろうとしていたノーマル君を呼び止め尋ねる。するとノーマル君は不思議そうに首を傾げて見つめ返してくる。
ノーマル君の反応で、俺は余計に疑問に感じ頭に『?』を浮かべる。
「え、本当に知らないんですか?」
「うん」
「それ知らずに入学する人ってそうそういないですよ」
「いいから教えて」
「良いですか?スクールカーストはクラスの評価です。その評価が高いクラスは好待遇を受けられるんです。そして一つの学期中に最下位のクラスに対し自身のクラスと最下位クラスとの差分だけ命令を出せるんです」
呆れたような溜息を一つ吐きノーマル君は説明する。深刻そうな顔つきで言うノーマル君だが、俺にはそれの何が問題なのか分からない。
命令されるなんて、言ってもどうせ体育祭前のテントの準備とか、卒業式の椅子の用意とかだろ。確かに面倒くさいが言うほどか?
「東条君に理解させるならそうですね、クラスの人気者を、お調子者、ムードメーカーを取られたクラスが思い出を作れると思いますか?無理でしょう?だから皆自分自身の青春を守るために必死なんですよ。じゃ、僕もう行くんで」
「教えてくれてありがとな!」
教室から出ていくノーマル君に感謝を述べる。
確かにそうだな、俺にとっての和が、皆からしたらクラスの人気者って訳なのか。なら納得しようと思えばできる。
顎杖をついてノーマル君の言っていたことを踏まえて考える。
「屑、勝つ方法は見つけたか?」
「あっ……」
「おいおい、考えてなかったのか?」
俺は和なんかに呆れられてしまう。和は俺の肩に腕を置き、ちょっと体重をかけてきて重い。
でも仕方ない、昨日は陰毛のことで頭が一杯一杯だったから。
「やめてやれ、兄者は昨日陰毛を眺めて一日を過ごしたのだから」
突然背後からしたのは茜の声。どうやら茜が余計なことを言ったらしい。
昨夜、俺はからかわれていたことを知り、茜を口封じしようとした。しかし、どんな脅しをかけても『そんなこと言うならバラしちゃおっかな?』と一蹴されていたのだ。
「アハハハハハ‼結局一日中悩んでたのか⁉アハハハ‼」
昨夜の茜同様、和はゲラゲラと腹をかけて笑っている。それどころか立つことすらままならなくなったのか、その場に倒れ込んでしまった。
この野郎……‼
「おっと、動くなよ兄者。動いたら、学校中に言いふらすよ?」
「既に和に言ったじゃねえか!」
「和さんは元々作戦を知っていた人間だ。安心して欲しい、和さん以外には言わない。和さんも私以外には言わない。だから拳を納めなっ!」
仕方なく、茜の言葉を信じて固く握った拳を納める。それでもなお、心の内では怒りが燃えている。言われたくはないが、復讐はしたいということだ。
信用するしかない、このバカな妹を。ここで和と茜に復讐しようものなら、こいつらは本気で言いふらすに決まってる。
深呼吸、深呼吸だ。
大きく肺を膨らましては、長く息を吐く、長く息を吸っては、肺を凹ます。
「アハ、ハハ、ハァー……やっと収まった」
「ぁ、あの、東条君っ!」
「アハハh‼」
ようやく和の笑いが収まったというのに、九令寺が話しかけてきたせいで、和の笑いが吹き返す。
九令寺にバレないように、今度はお腹では無く口を押えている。
「何だ、九令寺?」
「あの、つ、伝えとかないとって思って」
九令寺は恥ずかしそうに、胸の前で両の手を擦り合わせている。さらに目線が俺に合わせては、目が合うと逸らすを繰り返しながら言う。
いい加減に慣れて欲しい……。
「何だ?」
「あ、あの東条君、今日のクラス対抗戦に勝ったら私に心臓潰して欲しいと思うのですが――」
何その優勝したら付き合っての怖い番
「移植する私の心臓がまだ治り切ってないのです。だから、今日のところは心臓潰してあげれません、ごめんなさい!」
勝手にフるなボケ!
脈絡のない言葉の内容に流石の俺も混乱する。九令寺のイカレっぷりが普段とはまた別の方向に向かっているのが、俺を朝から不快な思いにさせる。
「大丈夫、元々心臓潰してもらう気ないから」
「え、で、では私の勘違い……ってこと、で、ですか?」
「うん」
あっさりと答えたのが悪かったのか、そもそも俺に悪いところがあったのかは分からないが、九令寺の顔が首からつむじへと赤く染まっていく。
そして声も発せない様子で、口をパクパクと動かし、身振り手振りで何かを伝えようとしている。
俺には何も伝わらなかったが。
「ぁ、ぁ……ぁひゅっ……」
九令寺は顔から湯気を出し、その場に倒れてしまった。
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