一喜一憂
エイダンは今頃なにしてるかなぁ。
エイダンに会いたいなぁ。
エイダンに会ったら何して遊ぼうかなぁ。
鬼ごっこ? かくれんぼ?
いや、まだ走るのは難しいかもしれないなぁ。
それに鬼ごっこで得られる能力が瞬発力とか持久力、判断力でかくれんぼが空間認識能力だった気がするし、今はまだいいか。
そうなると……あっ、缶ぽっくりとかいいんじゃない?
あれは自然と背筋が伸びるし、バランス感覚を鍛えられるのよね。
手足の運動にもいいし、今のエイダンには向いてる遊びかもしれないわね。
────って、なんで私こんな謎知識だけ持ってるんだろう。
ボランティアについては何にも知らないくせに。
ちょっと知識が偏よりすぎている気がする……。
まぁまぁまぁ、エイダンには役に立つ知識だから、何も知らないよりかはマシよね。
そういえばこの世界独自の子供の遊びってあるのかなぁ。
それを取り入れるのも有りよね。
ハリーとかベラにでも聞いてみよう。
それにしてもこの世界に缶詰ってあるのかなぁ?
まっ、無ければ木で作ってもいいか。
流石に缶詰の作り方は知らない。
異世界転生ものの小説で缶詰め作ってる描写があったけど、凄いなぁと思いながら台詞が長かったから読み飛ばしたんだよね。
よく分からなかったのもあるけど、こんな事になるなら熟読しとけば良かった。
薬草の知識とかさ。
現代のドラッグストアや病院行けば薬なんてすぐに買えるわけで、自分には必要の無い知識だと思った過去の自分に言いたい。ちゃんと読んでおけと。
エイダンが森の中で怪我をしたとする。
近くに自分しかいなかった場合「エイダン待っていて。すぐに止血できる薬草を採ってくるわ!」とか言えたら、めっちゃかっこいいじゃん。
待てよ……昔お婆ちゃんがヨモギは揉んで傷口に貼ると止血できるって、よもぎ餅作りながら言ってた気がする。
お婆ちゃんありがとう! それを聞きながら止血パウダーふればいいじゃんと思った自分の馬鹿野郎!
止血パウダーなんて森の中にはないんだよ!
これで、もしエイダンが森の中で怪我をしても大丈夫ね。
後は、解毒剤とかね。
エイダンも王族だから毒を盛られる可能性があるわけで、医者を待ってたら助からないかもしれない。
そこで私が「エイダン、これを飲んで! 解毒剤よ!」とか言えたら、スペシャルかっこいいやないかーい!
何か……何かないか。
思い出せ、思い出すんだ私の脳みそよ。
────あっ、炭! 確か毒を吸着する効果があるから、もしもの時は噛み砕いて飲めって、お婆ちゃんが作った炭を倉庫にしまいながら言ってた!
お婆ちゃん、またまたありがとう! それを聞きながら、またうんちく始まったよーと思った自分の大馬鹿者! 年長者の話はちゃんと聞いておけ!
効くかどうかは分からないけど、応急処置としては十分よね。
これから私、炭を持ち歩くわ!
一生出番がないと良いけどね。
◇◇◇◇
自分の「グオォォー」というお腹の音でハッと目が覚めた。
あの後エイダンに賞賛される自分を妄想していたら、いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
人間やることがないと、そんなに疲れてなくても眠れるもんだなと自分に感心した。
それにしてもお腹が空いた。
起きてからずっと私のお腹の中の猛獣が荒れ狂っている。
でも、ダイエットしようと思ってたならこれぐらい我慢できないといけないよね!
────いや、無理かもしれない。
前の世界の体とは違って、空腹感が半端ない。
この体なら水だけあれば1週間ぐらい何も食べなくてもいけるだろうと思っていたけど、その考えを訂正します。無理です。
この体には沢山食べる習慣ができちゃってるし、胃も大きくなってるだろうし、シャーロットは鬱気味 だったから食欲系の脳の一部がバグっているとしか思えないほど何か食べたくて仕方がない。
テレビでめちゃめちゃ痩せた人とか見た事あるけど、凄い努力をしたんだなって今なら身をもって分かる。
全然簡単じゃない。食欲を抑えるのがこんなに大変だったなんて……あの方達を私は尊敬します。
私にもダイエットの神がおりてこないかしら……。
なんて現実逃避をしていると、また看守が2人やって来て、1人はまた銀のトレーを持っていた。
交代したのか昼ご飯を持ってきた2人とは違う人だった。
もう夕ご飯の時間か。途中寝ていたからか、時間が過ぎるのが早い。
時計もなく窓もないずっと薄暗い牢の中なのに、私の腹時計は優秀ね。
また1人が扉を開けると、入り口で待機し、もう1人が銀のトレーを床に置いた。
トレーの上を見てまた私は驚いた。
普通のパンにゴロゴロと野菜が入ったおいしそうなシチューが入っていたからだ。
「あれ? 今度は普通のご飯ね」
思わず私がそう言うと、トレーを置いた彼は一瞬何を言われたのか分からないようだった。
「え、 えぇ……普通のご飯ですが、何かご不満がありましたか?」
「そうじゃないわ。ただ囚人食って、石みたいに硬いパンと具のないスープなんじゃないの?」
「殿下、よくご存知ですね。昔の囚人食はそんな感じだったそうですが、今はそんな事ないですよ。まぁ、普通よりかはちょっと具材が多いとは思いますが……」
「でも昼は────「おい、早くでろ! 殿下申し訳ございません、次がありますので」
入り口に立っていた看守が私の言葉を遮り、中の看守に早く出るように促した。
「あら、ごめんなさいね。忙しいのに引き留めてしまって」
「いえ……では我々はこれで失礼します」
そう言って鍵をしっかりかけた後、2人は足早に去って行った。
引き留めて悪かったなと思っていると、さっきの2人の会話が聞こえてきた。
小声で喋っているつもりかもしれないが、響いているので丸聞こえだ。
「殿下とあまり話すなと言われているだろう! 俺達も巻き込まれる可能性だってあるんだぞ!」
「ご、ごめん。でも、殿下は噂で聞いてたよりも気さくな方だったな」
「馬鹿野郎! それが演技だったらどうするんだよ! 俺達は言われた事をただ黙ってやっていればいいんだ!」
「そうだな、気をつけるよ」
「ああ、そうしてくれ。俺達平民の命なんてあの方達にとっては軽いんだからな」
忙しいんじゃなくて、私と喋るのがだめだったのか。
そうよね、私だって冤罪かけられてるぐらいだし、彼らも何かあれば巻き添えをくらいかねない。
そこまでは私も頭が回らなかった。
看守の人に喋りかける事もダメかぁ。
お昼の看守さんが来たら貧困層の話を聞こうと思っていたけど、やめておこう。
ちょっと暇つぶしになるとか、甘い事考えてたわ。
とりあえず今はこのおいしそうなご飯をいただきましょうか。
また銀のトレーを取りに行き、さっきと同じように自分はベッドに腰かけトレーを隣に置いた。
今度のパンは手で普通に千切る事ができた。
昼のあの硬いパンは本当に何だったんだ。
さっきの看守が「昔の囚人食」と言っていたが、それならただの嫌がらせじゃないか!
ムカつくがこのパンはとてもおいしい。
でも、なぜ今になって普通の食事に変わったのだろうか?
嫌がらせなら、毎食昼のような食事が出てくるはずだ。
ハリー達王族派が何かしてくれたのかなぁ?
あっ、このパンにシチューつけて食べたらめちゃめちゃおいしい!
私は考えるのをやめて無我夢中で食べ進めた。
あっという間に完食し「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
今度はしっかりとした量があったので、腹八分目でちょうど良かった。
ふぅーと一息つきながら水を飲んでいると、また誰かが牢屋に近づいて来た。
疲れるのでもう警戒する事はせず、今度は何かしらと呑気に牢の外を眺めていると、ハリーが慌てた様子でやって来た。
「まぁ、ハリーじゃない。やっぱり王族派に何か進展があったの?」
私がそう聞くと、ハリーは申し訳なさそうに目を伏せた。
「申し訳ありません、王族派はまだ何も進展はありません。あっちの妨害がひどくて中々進まないんです」
「そうなの? ご飯がお昼よりも豪華になったから、てっきり王族派が何かしてくれたのかと思ったわ。でも、ハリーがわざわざここまで来たって事は何かあったんでしょ?」
「えぇ、1つは1週間後にガネート帝国の皇帝がこの国に来訪されます」
「えっ!? 皇帝が? 自ら?」
「はい」
あの「待て」は行くから待ての待てか。
別に手紙で教えてくれるだけで良かったのに、わざわざ教えに来てくれるなんて、お兄ちゃんめちゃめちゃ優しいじゃん。顔はあんなに恐いのに。
って事は、私ってそんなに嫌われてないんじゃない?
むしろ好かれてたりするんじゃない?
だって、嫌いな人に忙しいのにわざわざ教えに来てくれたりしないよね?
なんか、味方が増えたようで嬉しいよ。
そう私が内心喜んでいると、ハリーは深刻そうな顔で言った。
「なぜ、この時期に来訪されるのかは不明ですが、良い事ではないでしょう」
「あっ、それは───」
言おうとしてやめた。
なぜ訪問理由を知っているのか、どうやって連絡をとったのかと聞かれたら困ると思ったからだ。
ガネート帝国の秘術は皇族の一部しか知らないのに、私が安易に誰かに喋るわけにはいかない。
「ハリー、そんなに考えこまなくても、きっと妹の私に久しぶりに会いに来たとかそんな他愛もない事じゃないかなぁ?」
「殿下が嫁いでから、一度も会いに来たことがないのに今更ですか? 殿下は皇帝を甘く見過ぎです。あの方が何の得もなく動くはずがありません」
ハリーの真剣な顔に、私もやっぱりそうかなと思い始めた。
私の貧民街救済の話はついでで、何か他にあるのかもしれない。
何かは私ごときが考えたところで分からないが、ただ妹のお願いだけで大国の皇帝が動くはずがないよね。
やっぱりお兄ちゃんは味方ではないのかもしれない。
あぁーもう分からん。来ると言うなら、もう出たとこ勝負よ。
あの人の考えなんて、シャーロットでも分からないのに私が分かるはずないじゃん。
「ハリー、あの人の考えは誰にも分からないんだから、考えるだけ時間の無駄よ無駄」
「しかし、帝国にとってこんな好機な時期にわざわざ来るなんて都合が良すぎます!」
「確かにねぇ……でも貴族派に操られている王様の国なら一度壊して───「殿下!! 冗談にしてもそれはあんまりです!」
一度壊してから一から作り直した方がいいんじゃないかと言おうとした所で、ハリーの怒った声で遮られた。
「殿下、この国が腐りかけている事は事実ですが、それを正すために属国になるつもりは我々にはありません。自分の祖国は自分たちの手で立て直したいんです! 正しき者が正しく評価され、今よりも豊かな国になるように……」
「属国なんて私も嫌よ。だってエイダンが王様になって立派に統治している姿がみたいもの」
「えっ?」
「それにハリーが言っている国が実現したらとても良いと思うわ。でも、とても難しい。だから誰もやってこなかったんでしょうね。お兄様でさえほとんど武力による恐怖政治なんだから」
「まぁ、そうでしょうね……」
「でも、その誰も成し得なかった事をエイダンの時代には出来るといいわね。 私は政治には詳しくないけど、権力だけはあるんだからエイダンのためならいつでも力を貸すわ!」
「牢に囚われながら言われてもって感じですが、ありがとうございます。父に伝えておきます」
ハリーがそう言って私を見ながら少し笑った。
「確かに今の私じゃ、何の権力もないわね。ハリー達に全部任せっぱなしだし……ねぇ、お兄様が来るなら私が牢にいるのはマズいんじゃない?」
「それに関係する話なんですが、本日エイダン殿下の部屋に賊が侵入しました」
「えぇっっ!! エイダンは無事なの? 王妃宮に居るよりも安全だと思って王宮に行かせたのに、イーサンは何をしとるんじゃいっ!!」
「私がその場にたまたま居合わせたので、エイダン殿下は傷一つ無く無事です。その後第一騎士団の団長である兄に託したので、当分は安全だと思います」
「そう、良かった。ハリー何から何までありがとう!」
本当に良かった。
エイダンが王宮に居て、殺されかけるなんてやっぱり物語の強制力が変に発動している可能性がある。
今の状況でエイダンが傷をおったり、考えたくもないけど死んでしまった場合、私は塔への幽閉ではなく、即刻処刑されるだろう。
何がなんでも、この物語の世界は私を殺したいらしい。
今は信用のおけるハリーのお兄ちゃんがエイダン守ってくれているから安心だけど……って、ちょっと待って。
私は嫌な考えにたどり着いてしまった。
それを答え合わせするかのように、ハリーに尋ねた。
「ねぇ、普通なら私もう釈放されててもおかしくないのに、釈放されないのってもしかして……」
「現在の罪では皇帝が来訪されるなら、殿下はすでに釈放されているはずです。それなのに釈放されないのは、それまでにエイダン殿下を亡き者にしようとしているからだと思われます」
ハリーは苦虫を噛み潰したような表情でそう言い切った。