閑話 ハリー・タカログ
エイダン殿下襲撃事件の後、俺は殿下を連れて部屋の外に出たが舌打ちしたい気分だった。
王族専用居住スペースだというのに、廊下には誰もいなかった。
まだ襲撃者に襲われて倒れていた方がマシだな。
第五騎士団の上層部はきっと知っていたんだ、エイダン殿下の暗殺計画を。
なんて奴等だ。騎士のプライドはないのか?
まぁ、この件は後だ。
今はエイダン殿下の安全を確保する事が先だ。
俺は殿下の手を引いて、誰か近くに人がいないか探して長い廊下を歩いた。
あてはあるが、殿下を連れてあまり歩きたくなかった。
やっと人がいたのは、殿下の部屋と妃殿下や陛下の部屋があるちょうど中間地点のT字路だった。
ティーセットを持った侍女が俺を見て悲鳴をあげた。
「キャーーー!! ち、血が!!」
彼女はガクガクと震え、その場に尻餅をつき、その拍子に持っていたティーセットは中を舞い無残な姿になった。
「あっ、妃殿下のお気に入りのカップが……で、でも血が……」
彼女はティーカップを気にしつつも、俺の姿が怖いのかジリジリと手の力だけで後ずさって行く。
いつもはキャーキャーと良い意味で騒がれている俺が、こんな悲鳴あげられる日がくるなんてな。
確かに今の俺の姿は血まみれで、安全な居住区にこんな奴がいたら彼女には殺人鬼の様に見えているだろうな。
「まぁ落ち着け。それより第二騎士団の詰所に行って誰か呼んで来てくれないか? 5人は欲しいが最悪2人でもいい」
「えっ? えっ?」
彼女は混乱しているのか、俺と殿下の顔を交互に見る。
やっと状況を理解したのか、彼女はハッとした顔をした。
「申し訳ありませんタカログ卿。今すぐ動きたいのですが、腰が抜けてしまって動けそうにありません」
彼女は恥ずかしそうに顔を赤くして、申し訳なさそうにそう言った。
俺は顔に笑みを作った。
「そうか。こっちこそ驚かして悪かったな。ここにも人を寄越す様に言っておくよ」
「いえ、大丈夫です。少し時間をおけば大丈夫なので、私の事は放っておいて下さい」
「そうか? でも、ここは茶器の破片が散らばっていて危険だ。貴方は大丈夫かもしれないが、誰かが踏んだら大変だ」
「そ、そうですね。すみません」
「かまわないよ。俺が驚かしてしまったのが原因だしな。では、また」
「は、はい。よろしくお願いします」
彼女はそう言ってぺこりと軽く頭を下げた。
はぁー、使えない。やっと人と出会う事ができたと思ったのに、仕事が増えただけだったな。
そう思ったのも束の間、バタバタとこちらに近づいてくる複数人の足音が聞こえてきた。
俺はふぅーと安堵の息を吐いた。
彼女の悲鳴が人を呼び寄せたか。使えないと思って悪かったな。
第五騎士団の者が5人に侍女が2人か。
走ってくる騎士の1人が殿下を見て一瞬驚いた顔をしたのを俺は見逃さなかった。
あいつは関係ありか。
その騎士以外は何があったのかと疑問顔でこちらに来ていたが、彼は走りながら声を張り上げた。
「貴様、エイダン殿下を誘拐するつもりか! 王妃の命令か!」
その一言で他の者達は騎士の誘導に惑わされてしまった。
エイダン殿下を連れた血まみれの王妃の護衛に、目の前に倒れている侍女。
俺は剣を抜いていないが、何も分からない者がみれば脅しているように見えただろう。
あぁーややこしくなった。面倒くせぇー。
やっぱりこいつ使えなかったわ。
さっさと兄貴のところに行った方が早かったな。
チラリと殿下の方を見ると、6歳とは思えない冷めた目をその騎士に向けていた。
状況を分かっているんだな。本当に賢い御方だ。
俺はその騎士に向けて言った。
「たった今エイダン殿下の部屋に賊が入り込み、制圧した所だ! 誘拐した訳ではない!」
「何を戯言を! 我々第五騎士団がいるのに、それはありえない! それに貴様はさっき追い返したはずなのに、なぜここにいる!」
やっぱりそうくるよなぁー。
面倒くさい、面倒くさい、面倒くさい。
俺は面倒が嫌いで第二騎士団に入ったはずなのに、なぜこんな面倒くさい事に巻き込まれているんだ。
「ハリー、この状況はどういう事だ?」
妃殿下の部屋の方の廊下から、聞き慣れた声が聞こえた。
俺はその声を聞いて安心した。これで面倒事から解放される。
「とてつもなく面倒な状況です」
俺が満面の笑みを浮かべてそう言うと、兄貴はやれやれという顔をした。
いつもそういう顔して助けてくれる兄貴は、第一騎士団の団長で普段は陛下の警護をしているが、陛下の指示で今は臨時で第二王子と妃殿下を警護している。
いるかいないかは賭けだったが、呼びに行かなくても来てくれて幸運だな。
「ヤイダル卿! タカログ卿が居住区に不法侵入し、エイダン殿下を誘拐しようとしているのです!」
「本当に面倒だね」
「そうでしょ? 不法侵入は間違っていないけど、エイダン殿下の部屋に賊が入った。もう制圧はしてるけど、エイダン殿下の安全の確保をどうしようかなって」
「分かった。この場は私に任せて、エイダン殿下を陛下の執務室に連れて行き……いや、その服ではダメだな。エイダン殿下も私が預かろう。お前は第一騎士団の詰め所に行き人を寄越してくれ。その後着替えて父上に報告を」
「分かった。さっすが兄貴! 恩にきるぜ!」
「それと、遊んでばかりいないでたまには家に帰って来い。母上が会いたがっていた」
「まぁ、気が向いたらな」
俺は小言を言われないうちに、しゃがんで殿下と目を合わした。
「殿下。この方は私の兄上で信用できます。私はここを離れますが、兄上がきっと良いようにしてくれるのでご安心下さい」
殿下はコクリと頷くと走って兄貴の横に移動した。
俺は立ち上がって殿下に礼をすると、第五の奴等をすり抜けて第一騎士団の詰め所に向かって走った。
後ろで何か言っている声がしたが、知らない。
後は兄貴に任せたからな。面倒事から解放されて良かったー。
◇◇◇◇
俺は第一騎士団の詰め所に行った後、寮の自分の部屋に戻り着替えてから親父がいる王宮の一室に来た。
親父は騎士団長で騎士団のトップだ。
俺は今までの経緯を全て報告をした後、部屋のソファーで紅茶を飲み優雅に寛いでいた。
俺とは正反対に親父は難しい顔をして、執務机で何かを考えているようだった。
そんな時部屋にノックの音が聞こえ、兄貴が疲れた顔をして部屋に入ってきた。
「チャーリーご苦労だったな。で、賊から何か聞き出せたか?」
「申し訳ございません。第一騎士団が殿下の部屋に着いた時には、賊は全員死んでいました」
「うそだろ!? 両手両足の骨をへし折って縛っといたのに、どうやって死ねるんだよ」
「喉を切られていたので、あの後また誰かが侵入した可能性があります」
「殿下を亡き者にした後、賊達を殺す役回りの者がいたのだろうな」
「そうだと思います。ハリー良くやったな」
兄貴に褒められたが、俺は冷や汗をかいていた。
あの場所は当分もう大丈夫だと思って、殿下を1人部屋に残そうとしていたなんて口が裂けても言えない。
殿下が一緒に行きたいと言ってくれて良かったー。
エイダン殿下、ありがとうございます!
「それにしても最近のビスタ卿はやりすぎではないか? あの慎重な男がこんな大胆な事をしでかすとは……でもこれは好機かもしれない。今まで証拠は一切見つけられなかったが、大胆な時程証拠は残りやすくなるものだ」
「そうですね。ですが、王宮の暗部がやっかいです。今も我が家の暗部の妨害ばかりされています」
「頭が痛い話だが、第三と第五と暗部は奴に掌握されてしまっている。王妃様の件で忙しいというのに、仕事を増やさないでほしいな」
「俺が殿下の部屋にいたのはたまたまだったけど、いなければ殿下は殺されていた。王妃様を確実に処刑するためじゃないの?」
「だろうな。王族を殺したとなれば、あの悪魔でも何も言えんからな」
「ビスタ卿でもあの悪魔はさすがに怖いんですね」
「当たり前だろう。奴は死にたいわけじゃない。生きて甘い汁だけを吸っていたい奴だからな」
「そうですね。いっそあいつを暗殺した方が早い気がしてきました」
「それは最終手段だ。それよりもあいつの悪事を全て白日の下にさらし、きちんと償いをしてもらわなければ、今まで死んでいった者達に申し訳ない。楽に死んでもらっては困るよ」
「そうですよね。引き続き、証拠探しを頑張るしかないですね」
2人はハァーとため息をついた。
いつも頑張って疲れている2人に俺はお茶を入れてあげる事にした。
俺が2人の前にお茶の入ったティーカップを置くと、ドンドンドンと扉が激しく叩かれた。
「入れ」と親父が言うと、第一騎士団の者が息を切らして部屋に入ってきた。
「何があった?」
兄貴がそう言うと、彼は震える声で言った。
「1週間後にガネート帝国の皇帝が来訪されます!」
初めて10万字を書く事ができました。モチベーションをあげていただけた皆様のおかげです。ありがとうございます。仮面の王妃は今までの最高位異世界日間ランキング56位になりました。100位以上いった事がなかったのでありがとうございました。感謝。




