第三話 片想い一方通行シャッフル(6)
待ち合わせの場所へ来てみると、瀬戸内さんは既に待っていた。
ショップのショーウィンドウを鏡代わりに、前髪を撫でつけている。
すると、すぐ僕に気が付いたようで、瀬戸内さんはくるりと身を翻して、大きく手を振ってきた。すごく嬉しそうな笑みを口元に浮かべている。
こんな風に待ち合わせをすると、本当のデートの様な気がしてきて、妙にどきどきする。
これまでに、瀬戸内さんと二人きりで何処かに出かけたことなんて、数える程しかないので尚更だった。
「おはよう……ウミちゃん」
初めて瀬戸内さんを名前で呼んでみる。
こんな機会でもなければ、僕には気恥ずかしくてとてもできそうにない。
心臓がばくばくと鼓動を速める。
今日の瀬戸内さんは、紺地のスカート部分に水玉模様があしらわれた白いワンピース姿で、目にも涼しい爽やかな感じだった。
「おはヨーグルトっ! おや、イルカちゃん。その服かわいいね」
対する僕は、というか御蔵さんは、ベッドの上に出ていた例のワンピースを着て、今日はガーリーにまとめていた。
似合うということを僕が証明しようと思って、積極的にこれを選んでみた。コーディネートは御蔵さん本人だ。
ありがとうと言いながら、ショーウィンドウの前に瀬戸内さんと並んでみる。
やっぱり悪くなんかない。思ったとおり、よく似合っている。
こうして瀬戸内さんと並んだって見劣りなんかしない。むしろ、御蔵さんの魅力が際立つようにさえ思える。
確かに、いま着ているワンピースは、大きく分類すれば瀬戸内さんの物と同系統のテイストなのかもしれない。
でも、それによって引き出される魅力は、この二人では異なっている。
すらりとした瀬戸内さんは、かわいさの中にもカッコよさみたいなものがあるのに対して、御蔵さんは女のコ特有の柔らかさみたいなものが、前面に出ているように思う。
これは、どちらが優れているかという問題ではないし、当然、良し悪しなんかでもない。
僕は、ショーウィンドウに映る御蔵さんに向かって、にぱっと笑いかけてみた。
自分でやっておいてなんだけれども、すごくどきどきする笑顔だった。
御蔵さんはちゃんと見てくれているだろうか。朝はまだ頭ががんがんすると言っていたけれども、さっきから何の反応もないのが少し気がかりだ。
「じゃあ、行こうか」
瀬戸内さんが歩きはじめる。
今回の劇場には誰も行ったことがないようなので、若干、道順には不安があったりする。
でも、瀬戸内さんはそんなことはお構いなしにずんずん進んでいく。
僕は慌てて瀬戸内さんの隣へ並ぶと、ちらりと彼女の横顔を窺ってみる。
すると僕の視線に気が付いて、瀬戸内さんはにこりと微笑んだ。
「どしたの?」
まっすぐに僕の目を見つめ返してくる。
顔を見てましたなんて言えないので、焦って言い訳を口にする。
「い、いや、ウミちゃんは今日もかわいいなぁ……と思って」
何を言ってるんだ僕は。こっちの方がどう考えても不自然だ。
僕がしまったという表情を浮かべていると、瀬戸内さんは髪をかき上げながら低い声音を作る。
「ふっ、お嬢さん。オイラに惚れたら、火傷するぜっ」
そして横から勢いよく抱きついてきた。
「くぅー、愛い奴めっ。このっ、食べちゃいたいぞっ」
瀬戸内さんにぎゅっと抱きしめられる。
そんな突然の抱擁に不意を突かれて、僕は思わずよろけそうになってしまう。
「うわっ、ちょっ、せ、ウミちゃんっ!?」
しかし、僕を抱きしめてくる力は一向に緩む気配がない。
瀬戸内さんの身体の弾力と柔らかさが僕を包んでくる。
人に抱きしめられることなんてないから、だから知らなかった。
抱きしめられることが、こんなにも心地よいものだったなんて。
安心できるものだなんて。
瀬戸内さんの匂いがする。
僕はずっとこうしていたくて、静かに目を瞑った。
「おぉっ!? イルカちゃん、うっとり顔なんかしちゃって、いったい誰を想い出してるんだい? このっ! このっ! ウミちゃんは妬いちゃうぞ?」
瀬戸内さんが、僕の頬を両手で挟みながらぐにぐにとさせる。
君のことを想っているだなんて、露ほども知らないのだろうな。
僕はされるがままになっていた。
「ほら、誰なんだ、言ってみろっ」
ノリノリの瀬戸内さんは追求の手を緩めない。
これが本当の御蔵さんだったなら、彼女はいったい誰を想うのだろう。
なぜだか僕は、ふと、そんなことを考えた。
すると、囁くような小声でうさ乃が呼びかけてきた。
『あのですね……いちゃつくのはその辺にしてもらえませんかね。御蔵さんが落ち込んじゃったじゃないですか。もうちょっと気を遣ってくださいよ。心拍数を上げないとか……』
心拍数を上げないとかって、何だよそれ。
それに、どうしてこの展開で御蔵さんが落ち込むのか、因果関係がいまいちわからないのだが……。
相手は瀬戸内さんだし、このぐらいは日常茶飯事ではないのだろうか。
『それに、時間もあんまりありませんよ』
待ち合わせ自体が余裕たっぷりの時間設定ではないので、そんなにのんびりもしていられないのは事実だった。
「うふみぃしゃん……じゅきゃんが……」
頬を押さえられながら、僕が不明瞭な言葉を発すると、瀬戸内さんはちらりと腕時計に視線をやった。
「あっ、急いだ方がいいかも。ほら、行こうっ」
瀬戸内さんが僕に向かって右手を差し出してきた。
僕も手を伸ばして瀬戸内さんの手を取る。
ふにっとした感触。
瀬戸内さんの手に触れたのは初めてだった。
さらりとしていて、頼りないほどにほっそりとしいて、そして、とても柔らかい。
その手に引かれて、僕は劇場を目指した。




