第三話 片想い一方通行シャッフル(7)
「すごくよかったよ、ツバキちゃんっ」
「ウミちゃんっ! ありがとう!」
ツバキちゃんの舞台の初演は大成功だった。ツバキちゃんは主役ではないものの、劇中で鍵となる重要な役どころで、情感たっぷりに最後まで演じきっていた。
なんでも今回演じたのは、劇団OBの有名なプロの脚本家が古巣のために書いた本らしく、芝居としての完成度も高かった。
「お姉ちゃんはどうだった?」
瀬戸内さんと一通り話をし終えると、ツバキちゃんは僕の方へ身体を向けて尋ねてきた。
「うん、楽しかった。ツバキちゃんの芝居も堂に入っていて、観ていて安心感があったよ。あの役柄の内なる苦悩を、セリフに頼らずにきっちり表現できていたんじゃないかな」
普通に舞台を楽しんでいた僕は、反射的に思ったことを言ってしまった。
ここは、御蔵さんの感想を聴いてから答えるべきところだった。
ちらりと二人の様子を窺うと、どちらも驚いたように目を丸くして僕を見ていた。
「イルカちゃん……なんか、どうしたの?」
「……言い方がお姉ちゃんっぽくないんだよね」
やってしまった。自分が御蔵さんを演っている意識が薄くなっていた。
『何度注意してもわからない人ですね、ホントに』
うさ乃がため息混じりにぼやくと、御蔵さんが助け舟を出してくれた。
『横のラックにフライヤーが入っているので、それを手に取って、「この人の真似をしてみたんだけどダメかな」って言ってください』
僕は言われたとおり、ラックからフライヤーを取ると、できるだけ御蔵さんをイメージしながらセリフを口にした。
「い、いやぁ、この人の真似をしてみたんだけどダメかな?」
すると、猛烈な勢いで一斉にダメ出しをされた
「似てないよー、もっと偉そうだよ。イルカちゃん、修行が足りない」
「そうだよ、お姉ちゃん。それにあの人は、まず褒めたりしないよ」
「そうだよっ」
「もっと嫌味っぽいんだよ!?」
二人とも口々に指摘をしてくる。そしてそれは、いつしか文句の様相を呈し始めていた。
しかし、このフライヤーに載ってるのは誰なんだ。興味が湧いてきたのでよく見てみると、今回の芝居の脚本を書いたという人物だった。
なかなかみなさんに好評じゃないか、この人気者。やはり人は日頃の行いが物をいうのだ。肝に銘じておこう。
「わたし、ちょっとトイレに行ってくる」
一区切りついたところで、瀬戸内さんがそう言って場を離れていった。
すると、ツバキちゃんが急に真顔になって詰め寄ってきた。
「あの、変なこと言いますけど、あなた、お姉ちゃんじゃないですよね? いや、見た目はお姉ちゃんなんですけど……誰なんですか?」
その据わった目つきは、何かを確信をしている目だった。言い逃れはできない。僕はそう直感で判断した。
「そうだね。違うよ」
『ちょっ、なに言っちゃってんですか!?』
うさ乃が慌てて介入してくる。
下手なごまかしは通用しないよ、うさ乃。
「お姉ちゃんはどうしたんですか?」
僕を見つめてくるツバキちゃんの目に浮かんでいる感情は、敵意でも警戒心でもなく、好奇心だった。好奇心は猫をも殺す。これで彼女の記憶を消すことは確定だろう。
「ちゃんと見ていたよ。君の素晴らしい舞台をね。そして、すぐに帰ってくる。お姉さんには何の問題もない」
僕がツバキちゃんの目を見据えたままそう言うと、彼女はにこりと微笑んだ。
「ならいいんです」
「えっ!? いいの!?」
あまりに予想外の反応だったので、思わず訊いてしまった。
「あなたが誰だかは知りませんが、悪い人ではなさそうですからね。きっと本当なのでしょう。それにわたしには、その話を信用することしか、できることはありませんから」
確か、小学生だったはずなのだが。賢しいというのか、大人びてるというのか、僕は唖然としてしまった。
「お姉ちゃんには、今日の夕飯は餃子だって伝えてください。これもわたしの好きなものなんです」
今日もがっつり中華系ですね。まぁ、あの演技を支えている源なのかもしれない。
「大丈夫。伝わってるよ」
言って、僕が微笑みかけると、ツバキちゃんはこくりと頷いた。
「じゃ、わたしは片付けがあるから、これで」
くるりと踵を返すと、彼女は楽屋へ向かって歩きはじめた。
僕がその背中を見送っていると、ツバキちゃんはちらりと後ろを振り返った。
「あ、そうでした。何処かの誰かさん。今日は来てくれてありがとうございました。また会えますか?」
「会えると思うよ。君が忘れなければね」
「では、またその時に」
軽く会釈をすると、ツバキちゃんは再び歩きはじめた。
僕が目を開けると、その正面には御蔵さんが座っていた。僕は恐る恐る自分の手を確認してから、次に顔をぺたぺたと触ってみる。
「戻った……」
向かいの御蔵さんも同じようなことをしている。
「やっぱり自分の身体の確かさはスゴイな。いままでそんなこと意識したことなかったけど、完璧に操れる感じがするよ」
腕をぐいっと動かして確かめてみる。当然、違和感なんてまったくない。
「ま、枕崎くんの見ている世界は視点が違ってた……」
立ち上がって部屋の中を見渡すと、御蔵さんが呟いた。
「さあさあ、お二人とも、何処かに異常や違和感があったりしませんか?」
うさ乃がウィンドウを睨みながら尋ねてくる。
「あぁ、僕は大丈夫。御蔵さんは?」
「わ、わたしも、大丈夫です」
その答えを聴くと、うさ乃はすくっと立ち上がった。
「じゃあ、御蔵さん。記憶をデリートさせてもらいますよ。安心してください。変なことはしませんので。あと、今日の出来事は、一部改変をして脳内に再メモリーしておきますから、記憶の欠落などは起こりません」
「う、うん……。枕崎くんと入れ替わったことは……全部、全部忘れちゃうんだよね?」
説明を受けた御蔵さんは、少し困ったような表情を浮かべながら、うさ乃に再度確認をした。
「そうですね。そこの記憶は消させてもらいます。今回のポイントになりますので」
まぁ、そこが一番もみ消したい不祥事だからな。御蔵さんも、とばっちりを喰らって迷惑しただろう。
「何か不都合でも?」
「ううん。ちょっと、残念かなって思っただけで……」
僕としては、あんなとこや、こんなとこを見られてしまっているので、きれいさっぱり忘れていただきたいです。はい。
「実際には、脳内シナプスの接合部位を、他の一切から遮断するといったイメージです。なので、記憶自体は脳内にあるのですが、呼び出されることがなくなるといった感じですかね。なので、何かの拍子に思い出す可能性はゼロとは言えません。まぁ、誤差のような確率の話ですが」
それを聴いた御蔵さんは、なぜか薄く微笑みを浮かべた。
「じゃあ、消えてなくなるわけじゃないんだ……」
「そうですね」
「……ならよかった」
小さく呟くと、御蔵さんは表情を引き締めた。
「それじゃあ、お願いします」
「では、いきますか」
うさ乃がダンボール箱をがさがさとやりはじめた。
「おい、そういや記憶を消す機械って、例の頭痛のやつだろ? そんなのを御蔵さんに使うのか?」
鼻から埋め込まれるだなんて想像したくもない。
「あぁ、あれは昔の話しですよ。わたしたちの技術だって進歩しているんですから」
そう言ってうさ乃は、銀色のペンライトのような棒を取り出した。
「お、おいっ。それって……」
「いやー、地球文明のコンセプトには素晴らしい物があってですね、こういう場面で使うのに適した記憶消去装置があるんですよ。この間、テレビでやってた映画で観ました。めちゃめちゃインスパイアされましたよ」
言いながら、うさ乃はサングラスを取り出す。やっぱりか……。
「ほら、もう一個ありますから」
うさ乃は僕にもサングラスを無理やり押し付けてきた。
「それっ! いきますよっ!」
――僕らは眩い光に包まれた。
僕の記憶については、今後に役立つという理由で消去保留となった。そして、ツバキちゃんについては、御蔵さんと同様、該当の記憶を消去した上で、改変した記憶が再メモリーされたらしい。
「どうでしたか? 瀬戸内ウミのことはわかりましたか?」
今回、使った機器をダンボール箱に片付けながら、うさ乃が言った。
「おいこら。あんなやり方でわかるわけないだろ!? しかも、入れ替わったの御蔵さんじゃないか!?」
「いえいえ。意外とわかったんじゃないですかね? あなたに接するのとは違う瀬戸内ウミを見れたと思うのですが」
ダンボール箱にガムテープで封をすると、うさ乃は振り返った。
「さぁ、決心はつきましたか!?」
「いやいや、なんの進展もないだろ!?」
おまえのせいで、どたばたしただけだろうに。
すると、うさ乃が僕の襟元を掴んで、ぐいっと詰め寄ってきた。おでこがいい音を立ててぶつかる。ちょっと前にも同じことがあったような……デジャヴ?
「言ったじゃないですか!? 待ちを決め込んでいても何にもならないとっ!」
「わ、わかったよ……じゃあ、どうすればいいのさ」
こうでも言わない限り、うさ乃は許してくれそうにない。額がずきずきしてくる。
「わたしが瀬戸内ウミの行動パターンやバイタルデータから最適解を分析します。観音岬さんは、その情報から適切な行動をとってください」
そろそろキレてもいいのだろうか、枕崎だと……。僕が頬をひくつかせているのも構わず、うさ乃は続ける。
「これ以降、できるだけ瀬戸内ウミと一緒に行動してもらいたいのですが可能ですか?」
うさ乃が荒っぽく揺さぶってくるので、僕の首はがくんがくんと大きく前後する。
「な、夏休みになったら、みんなで瀬戸内さんの家の別荘に行くことになってるんだ。その時なら、一緒の時間が結構あると思うけど……」
誰も使わないと家が痛むとかで、瀬戸内さんに誘われているのだ。
「夏休み……もうすぐですね。いいでしょう。そこで勝負にでます」
例のウィンドウでスケジュールを確認すると、うさ乃は握り拳を作ってわなわなと武者震いをした。
「その前に、念のため確認なんですが、ペアリングの相手は瀬戸内ウミだけを標的にするということでいいんですよね?」
「どういうこと?」
なんか、うさ乃がおかしなことを言いはじめた。それだと他の選択肢があるような言い方に聞こえる。にしても、標的ってどうよ?
「つまり、ペアリング自体の実現性を優先するよりも、アプローチの相手が瀬戸内ウミであることを重視するということです」
「んっ?」
うさ乃の言ってることの違いがよくわからない。思わず頭にはてなが浮かぶ。
「瀬戸内ウミ以外の女性は対象としなくていいんですね、と訊いています。具体的には、御蔵イルカを対象外としていいんですね!? っということです」
ここでようやく、うさ乃が僕の襟元から手を離す。まったく、むち打ちになるかと思った。首筋を擦りながら僕はうさ乃に答える。
「どうしてここで御蔵さんが出てくるのかはわからないけれど、もちろん対象外だよ。だって、御蔵さんは僕にあまり好意的な感情を持っていないからね」
うさ乃はやたらと御蔵さんを引き合いに出してくる。うさ乃的には御蔵さん押しなのだろうか。動機はよくわからない。
「ふーん、そうですか……。じゃあ、拒絶をされてもぶったぎられても、恋い焦がれる瀬戸内ウミってことですね?」
「なんだかネガティブにしか聴こえないんですが……」
けしかけておきながら、それはないのではないか。
「いえ、そこは極めて重要なポイントなので、はじめに確認しておく必要があったのですよ」
そう言って、うさ乃はうんうんと独りで頷いていた。




