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カミサマ談義  作者: 真樹
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【後日談】夜明けの音


 朱緋あけひは、籐条の家のカミサマである。  

 生まれた時から、ずっとそうだった。それを、窮屈だとも当然だとも思ったことはない。

 朱緋はまだ十をいくつか超えたばかりの子供だけれども、神と呼ばれることに伴う義務と権利を、彼は誰よりも良く理解していた。  


 神には力がある。けれど、力だけでは何も出来ない。  

 神の力を正しく使うためのもの。  

 言ってしまえば朱緋などのカミサマと呼ばれる存在そのものが『そう』なのであろうし、家の表の顔となる当主の存在もそれに当たるのだろう。力を使うための器だ。  


 力の他に、必要なもの。そんなものがあるのだと。

 そう、理解していたからこそ ―――― 朱緋は、神代に生まれた新しい当主のことを、ひどく愉快だと思った。






*  *  *


「ただいま」  


 いつもの通り、そう帰宅の意を告げた朱緋に、それを迎えた相手はおかえりーと明るい声で応えた。そうして一拍後、朱緋の顔を覗き込んで、あら? と首を傾げる。


「どしたの? 朱緋。楽しそうな顔しちゃって」  


 何かあった? と朱緋の頬をちょいと抓むのは、籐条の当主で名を真赭まそほ、二十歳を超えたか超えないかという年頃の女である。少し癖のある長い髪を揺らして、真赭はふにふにと朱緋の頬を引っ張った。


「楽しそう、というよりは、嬉しそう? 良いことがあった感じね。ほら、何があったのかちゃっちゃと白状しちゃいなさい」

「別に隠しているわけじゃないんだけれどね。そんなに判りやすかったかい?」

「ええ。この前、いじりがいのある侍女が入って来たー、って言ってた時よりも更にイイ顔をしてたわよ?」

「人聞きの悪い」  


 抗議の声を上げながらも特に気を悪くした様子もなく、朱緋は真赭の指をそっと自分の頬から外した。真赭が笑う。


「もしくは、夕飯で大好物が出てきた時みたいな顔かしらね?」

「それは、また……」  


 一気に平和的な例えになったものだ、と朱緋がため息を吐く。この当主に掛かると、いろいろな大事があっという間に些末事に思えてくるから不思議だ。  

 逆に、何でもないようなことが何故だか大事になる事態もなきにしもあらずなのだが、この際それは脇へと置いておく。


「真赭」

「なぁに?」

「報告だ。『神代』の当主の首がすげ代わるよ」  


 短くそう告げた朱緋に、真赭はあら、と瞳を瞬かせた。そもそも今日の朱緋の外出は、むしろそうならないよう抑止するためのものだったはずだ。神代の当主がその座に相応しい人物かと問われれば、ふざけるなと笑顔で返すような評価の持ち合わせしかない真赭ではあったが、それでも他に適当な人物もいなかった。非常に消極的にではあるが、彼の当主があの家において必要な人材であったことは否めない。  

 だがしかし。


「すげ代わる……ってことは、新しい当主がもう決まってる、ってことよね?」

「ああ。前当主よりも余程最適なのがいたからね。あれを据えれば問題はないだろう。しばらくは周囲がうるさいことになるだろうが……まぁ、その辺は真赭、手伝ってくれ。そういうの、得意だろう?」

「えぇー……? 好き勝手な手段で黙らせればいいって言うんなら、そりゃ得意だけどー。―― なに? いやに協力的ね? 新しい当主様、気に入ったの?」  


 すべてを理解しているとは言わないが、それなりに真赭は自分の家のカミサマがどんな性格をしているのかをきちんと把握している。朱緋は自分の興が乗らないことに関しては指一本動かさない人間だ。それを知っているからこその真赭の問いに、朱緋はにこりと笑ってみせた。


「まぁ……、面白い子だとは思ったかな」

「……あら? その口ぶりからすると成人してるわけでもなさそうね、その当主様。どんな子なの?」

「子供らしくない子だったよ」

「……朱緋にだけは言われたくない台詞ねぇ、それ」  


 子供らしくない子供代表、と言っても差し支えないぐらいに大人びた言動をする朱緋を眺めしみじみと言い放った真赭に、朱緋は笑った。その自覚は大いにあるので、言いたいように言えばいいと思う。


「多分、真赭も気に入ると思うよ。変に素直で、大胆で、怖いもの知らずな子だ」

「ふぅん? だから、当主にしようって?」

「それもある。でも、それだけじゃない」  


 問い掛けに、朱緋は笑った。いつもの大人びた笑みとは違う、子供のような笑みだった。


「聞いて驚け。琥珀が懐いてる」  


 宣言通りに、真赭は驚いた。朱緋の言葉を脳内で反芻すること数秒、え、と呟いてぱちりと瞬きをする。彼女にしては珍しいといえる反応に、朱緋は満足そうな笑みを浮かべた。


「えっ……えええええ!? 本気で!? あの琥珀ちゃんが!?」

「大懐きだ。なかなかに面白いことになっているよ」  


 今度見に行ってみるといい、と言われて、行くに決まってるでしょー! と真赭は即座にそう返した。  



 朱緋は笑う。ああ、そうだ。確かに、嬉しいことがあったよ、と。最初の問いに返す答えを、内心で呟いて笑った。

 どんな子なのかと真赭に訊かれた。変に素直で、大胆で、怖いもの知らずな子だと自分は答えた。  


 それから、あともうひとつ。  

 神と、人。そこにあるはずの境界線を飛び越えて、手を伸ばす子だよ ―― と。  


 朱緋は笑って、少しだけ瞳を細めた。  




 朱緋は、自分が神と呼ばれる存在であることを理解している。  

 けれど同時に、己がどうしようもなく人でもあるのだと、それもまた理解しているのだ。  


 だからこそ。  

 神と人。その境界を無意味だと。  

 言葉よりも行動で、その眼差しで。はっきりと示してみせた浅葱を、朱緋は愉快だと思った。  






 古き因習にとらわれていた場所で、時が動き始める。  

 遠からず、皆がそれを知るだろう。  



 ―――― 新しい夜明けの音が、聴こえている。









*  *  *


「―― ああ、千歳。新しいご当主様は、無事目が覚めたのかな?」

「あー、若様ならさっき目ぇ覚ましたとこッス」

「既に『若様』呼びなんだな、お前は。で? 肝心の彼の反応は? 一介の使用人が、何の前触れもなく当主の座を与えられたんだ、驚いたんじゃないか?」

「いやいやいやいや、若様を甘く見ちゃ駄目ッスよ!」

「つまり?」

「恐ろしいぐらいに通常運転だったッス……。あまりに動揺がなくて、逆に俺が若干涙目」

「それはそれは」

「あと、そんな若様に求婚もどきをされた真主様が割と致命傷ッス」

「どうしてそんな面白い事態に……」


お付き合い頂きありがとうございました!


実はちまちまとこのお話は続いていたりしますので、またWEB上にUPする際には読んで頂けると嬉しいです。

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