空は青いだろう
土埃にまみれたレジスターが、桟橋屋に転がり込んできたときは、ケイトは少々驚いた。
「ゾウの檻です。直ちにアンテナを破壊してください!」
「現場の指揮を執っているはずのあんたが、何をしに来たッ!」
電話もあるし、そもそも伝令を出せばいいはずだ。それを、息を切らしながら自転車にまたがり、転がるように走り込んできたのだ。
「電話が使用不能です。伝令には別の任務がありました。
それよりも電波の発信源が……」
「今さら違っていたっていうの?」
もう遅い……アルの機体につけた『空中魚雷』は当初の目的であるラジオ局のアンテナに使ってしまった。
エリナ機は混戦状態でどこを飛んでいるのかわからない。
もうこちらの迎撃が持つか、ドラグーンの群れがマナ・ニウムに対する拒絶反応で帰ってくれるかぐらいしかない。
「現在、ゾウの檻に部隊を編成して向かわせています。
ですが、ゾウの檻に到着するまで時間がかかります」
「先にアンテナを破壊して、電波を止めた方が早いか」
ケイトはすぐに無線電話に取りついた。
『エリナ、いまどこにいるの?』
雑音ばかりだった無線電話から、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
彼女は返答に困ったが、上を見ても下を見てもドラグーンばかりだ。
どこと言われてもよくわからない。避けているうちに連中のど真ん中へと入り込んでしまったようだ。
「只今、ゾウの檻、上空。高度二〇〇〇」
後部座席からリジーが吠える。
『いいところにいるわね』
「いいもんですかッ! 機銃弾、残弾なし。
エリナがちゃんと避けないからこんなドラグーンのど真ん中にいるんじゃないの」
『ともかくまだ『空中魚雷』はあるわね』
「ありますよ。もう終わっているんだから、こんな重たいもの早く捨てちゃいなさい」
『まだ終わってないわ。
エリナ、リジー。よく聞きなさい。
ゾウの檻から海岸線沿いを伝っていくと、小さな小屋のようなものが見えない』
「小屋? エリナ、見える?」
正直いってそんな暇はない。だが、リジーは後ろを向いて飛んでいるから、翼が死角になって見えないのだろう。
エリナはすぐさま機体を動かし、斜めになりながら素早くゾウの檻の周りを周回し始めた。
海岸線沿い……緑が広がり、それらしいものはすぐにはわからない。一度、上空から離れて距離を取り、再度。今度は海岸線沿いに沿って街の方に飛んでみる。
「リジー、あそこッ。右下の方」
エリナが先に見つけた。
緑の中に小さな赤い屋根が見えた。だが、すぐにドラグーンが襲いかかってきたので、リジーは確認できていない。
『見つけたようね。そこを狙いなさい』
「狙えって、『空中魚雷』はまっすぐしか飛ば……あっ、はいッ!」
「狙うってどうする気よ」
「急降下……前にやったときみたいに目標に向かって進めば、そうすれば当てられるッ!」
「前やったとき、大きく外れたじゃない」
「もっと近づけば……」
そういうと機体を上昇に急激に向けた。
機体を上昇させて一気に急降下する。
そうすれば照準あわせの距離もとれる。『空中魚雷』は直進するはずなので、大きく目標に外れることはないはずだ。だが、自分達も地面に向かって落ちていくのだから、上昇するタイミングをはずせばそのまま墜落しかねない。
リジーは自分の体がシートに押し付けられるのを感じながら、もう止められないと諦めるしかなかった。
「リジー、高度を読み上げてね」
体が軽くなったと思ったら、今度はベルトが肩に食い込んでくる。
後ろ向きで飛んでいるから、エリナがちゃんと目標に向かっているのか分からない。外はドラグーンが埋め尽くされている空しか見えない。
「高度一〇〇〇……九〇〇……八〇〇……エリナッ!」
耐えかねてリジーが悲鳴をあげた。だが、まだ『空中魚雷』を放たないし、急降下を続けている。
「まだ……」
「六〇〇……五〇〇ッ! エリナッ!」
「発射ッ! アガレッ!」
空中魚雷のロケットモーターが火を放ち、切り離された。
それと同時にエリナは力の限り操縦菅を引いた。連動するサーボモーターも、主翼のフラップも、全開にして機体を持ち上げようとする。だが、機体は重たい。
リジーは恐怖で身をこわばらせた。放たれたはずの空中魚雷のロケットモーターの火柱が、機体からいっこうに離れないのだ。
〈このまま一緒に地面に激突する!〉
とっさに頭を守ろうと体を丸くした。
「低すぎる!」
ケイトは双眼鏡を握りしめた。
機体は見えないが、『空中魚雷』のロケットモーターの光が、あまりにも低く見えたからだ。
あの高さからでは、目標へ命中はできるだろうが、機体の引き上げが間に合わないかもしれない。
ほどなく地表から爆発が上がった。『空中魚雷』が命中したのだ。
目標は「ゾウの檻」のケーブルのメンテナンス小屋だ。そこを破壊すれば最小の被害で電波を停止させることができるし、復旧も早期可能だろう。
「ラジオ電波の停止を確認しました」
レジスターが報告をあげる。だが、それよりもエリナとリジーがどうなったのか……先程の地表での爆発はひとつだけだ。まだ望みはあるかもしれない。
「アルとテリーに、二人を捜させて」
どれだけ気を失っていたのだろうか?
エリナは額の痛みで目覚めた。
目の前には先程まで自分が目一杯引いていた操縦桿があった。
ひょっとして怪我をしているかもしれないと、額に当てた手を見たが、血は付いていない。
少しずつ冷静さを取り戻し、周りを見回す……が、風防のガラスが汚れていて外はよく分からない。機体が止まっているのは確かだ。
「リジーちゃん!」
そうだ、自分の相方はどうしたのだ。
慌ててシートベルトを外そうとするが、手が震えてかうまくいかない。
早く後部座席の彼女を確認しなければ……
突然、風防が開いた。
「エリナッ!」
声よりも先に彼女が飛び込んできた。そして目一杯に抱き締めてくる。
それは小柄な彼女に思えないぐらいに強い力だ。
痛い……でも、それは生きている証拠だった。
外れなかったシートベルトがようやく外れ、彼女の力を借りてコックピットから出る。
そしてようやく自分の機体がどうなっているか確認できた。
もう飛べないのは一目瞭然だ。
機体はゾウの檻があるロングソード半島の対岸、ショートソード半島の浜辺にのり上がっていた。あったはずのエンジン下のフロートが無い。砂浜に胴体着陸していて、プロペラは両翼とも潰れていた。
「これじゃあローナさんに怒られちゃうわね」
「二人で怒られましょ」
そう言って二人は空を見上げた。
「わたし、この街を守れたのかな」
「エリナは十分頑張ったわよ。じゃなかったら、アタシが許可しない」
空を指差した。
「まったく、どこにいっていたのかしら……うちのナイトはようやくお出ましよ」
見上げればテリーの機体が旋回していた。
自分達を見つけたのか、翼を揺らし手を振っているように見える。
空は青く澄みわたろうとしている。
ドラグーンの群れは南へと集まり、帰っていくように見えた。
お付き合いありがとうございました。
元々、このお話は、借金で首が回らない傭兵と失敗ばかりしている暗殺者のファンタジー物でした。
気がついたら飛行機に乗ることとなり、主人公はむさ苦しい男よりも女の子の方がいいんじゃないと、こういう形になりました。
ずいぶんほったらかしになっていた作品ですが、何とか完成させれたと思います。
ところで、今回の出てきたいろいろな名称は、ほぼ元ネタがあります。
見つけてもらえると嬉しい! と思っています。
では、どこかの時間、どこかの場所、どこかの時空でまたお会いいたしましょうm(_ _)m




