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第1話

第1章 婚約編


第1話


ルカ

「あなたを私の妻に迎えたい。私と結婚して頂けませんか?」


マリー

「・・・」


 予想外の出来事にマリーは固まった。マリーはいま目の前の15歳の少年に求婚されている。


 結婚歴があり子供がいて現在は生活のために愛人をしている。そんなマリーと結婚したいとこの少年は言う。


・・・・・


 マリー・ハルウィは現在22歳。未亡人である。夫とは死別した。そして6歳の娘がいる。つまりシングルマザーの身だ。


 夫は貴族だった。ハルウィ伯領8万石の領主カール・ハルウィ伯爵。マリーより17歳年上だった。マリーの父親も貴族だった。つまり政略結婚だ。珍しくも何ともない、貴族間では極めて一般的な結婚。当時マリー15歳、カール32歳。


 夫はとても温厚で善良な人物だった。数年前に父親を亡くして家督を継ぎ20代の若さで領主となった。能力は可もなく不可もなし。領内の統治は父の代からの重臣たちの意見に従い逆らう事がなかった。善良であり凡庸な領主だった。名君とまでは言わずとも十分に及第点をクリアしている領主。


 結婚した時、すでに夫には2人の愛人がいた。領主クラスの貴族であれば珍しい事ではない。結婚は政治的なものであり恋愛は愛人とするものというのが上流貴族の認識である。なにより正妻との間に男子が生まれなければ愛人の子供を跡継ぎにしなければならない。つまり領主の務めともいえた。


 しかしそれは男側の理屈。15歳で嫁いだマリーにすれば面白いことであるはずもない。17歳年上の夫は温厚であるが優しいといえるほど情に厚くはない。しかし酷薄というわけでもない。マリーはこの夫を愛しいという程には愛せない。しかし憎いというほどには嫌えない。やがて結婚というのはこういうものなのだろうと理解した。


 夫は善良だった。愛人たちと同じくらい妻を愛した。結婚後すぐに子宝に恵まれた。女の子だった。娘の名前はサラ。男子ではなかったことに明らかに夫はがっかりしていた。この国では家督の女子相続は認められていないからだ。


 娘が3歳になった時に転機は訪れた。政変により夫が領地を失った。マリーにとっては晴天の霹靂である。そして失意のうちにまもなく病で夫は亡くなった。病没であると公表されたが毒殺のようにも思われた。真相はさだかではない。


 マリーの夫カールは領主の座を追われた。そしてカールの腹違いの弟ジークが新たなハルウィ伯の座についた。カールは先代ハルウィ伯と正妻の間に生まれた息子だったが新ハルウィ伯ジークは愛人の子供。幼い頃から兄との扱いの違いに怨恨に似た黒い感情があったようである。たまに接するマリーへの当たりは冷たいものであった。


 カールの死後、マリーと娘サラは領内から追放される事となった。ただし着の身着のまま追放ということではない。当面の生活費として少なからぬ金額を与えられた。言い方を変えれば手切れ金を渡して放り出したともいえる。


 新ハルウィ伯に言わせればマリーの追放には正当な理由がある。まず兄カールが領主の座を追われた理由が「反逆罪の疑い」なのだ。次期国王の座をめぐり第一王子派と第二王子派が対立していた。王子たちは二人とも正妻の子であったため、長子相続の慣習に従い通常であれば第一王子が王位を継ぐ。そこに第二王子を新国王に擁立しようと暗躍する貴族が現れたのだ。


 王位の長子相続は慣習であって法ではない。第一王子を追い落として第二王子を王位につける事は策をめぐらせれば不可能ではない。なんなら第一王子が「不慮の死」を遂げてしまえば必然的に第二王子が次期国王となる。


 どのような方策をとるにせよ仲間が多い方が良いことは言うまでもない。王国内の領主が二つにわかれて争う可能性もある。あらかじめ多数派を形成しておくべきである。


 第二王子擁立派の貴族は多数派工作にいそしんだ。そして何を隠そう、マリーの父親は第二王子擁立派の主要人物の一人だったのだ。


 マリーの父親、サザール侯爵。サザール侯領30万石の領主である。侯は子だくさんでマリーには兄弟姉妹が多い。サザール侯はその子供達を政略結婚の道具として大いに活用した。


 娘マリーをハルウィ伯に嫁がせたのもハルウィ伯を第二王子派に引き入れるための策略の一環だったのだ。サザール侯は格下の伯爵クラスの領主たちに娘たちを嫁がせて影響力の拡大をもくろんだ。数年がかりの大仕事だ。


 しかし、露見した。第二王子擁立の策謀はあくまでも水面下で行われていたこと。それが現国王にバレたのだ。現国王は高齢にして病弱。あまり先が長くないのではないかと何年も前からずっと噂されている。しかしまだ健在である。国王はもともと優柔不断で決断力に乏しい。凡愚・暗君の類である。


 そもそも王位の跡目争いの芽がうまれたのもこの王の優柔不断によるものだ。第一王子は明らかに愚鈍・凡愚だ。王に似ているともいえる。それに対して第二王子は明らかな俊才。弁舌さわやかにして眉目秀麗、人を惹きつける魅力がある。そして勉学にも武勇にも秀でている。きっと母親似なのだろう。見た目も母親似だ。


 第一王子と第二王子は腹違いの兄弟だ。兄は今は亡き先妻との子供、弟は現在の妻との子。第一王子の母は国内第一位の大貴族クロフォード公爵家の血筋、第二王子の母は国内第二位の大貴族ラスター大公家の血筋。


 王は長年悩んでいた。王位を第二王子に継がせた方が良いのではないか? しかし慣習を無視しても良いものか? 正当性に異を唱えるものが出て第一王子を担ぐ貴族たちが結集して内乱になるのではないか? どうしよう。どちらが良いのだろう。


 密かに悩んでいるぶんにはまだ良かったのだが、王はことあるごとにこの悩みを周囲に漏らした。このような所がまさにこの王が暗愚・凡君たるゆえんなのだ。周囲に「第二王子継承の可能性あり」と思わせるには十分な理由となった。


 しかし工作が王にバレた。第二王子擁立の企ては露見した。企ての首謀者は王国内第二位の大貴族、ラスター大公。その下の数人の侯爵クラスの貴族が実働部隊となって仲間集めをしている。


 処罰しなければならない。しかし大貴族を処断して良いものか。大公は所領250万石の大貴族である。ラスター大公家と縁戚関係にある貴族は多い。そして、何といっても王妃の実家なのだ。今代のラスター大公は王妃の弟。つまり第二王子の叔父にあたる。これは処断できないだろう。ひょっとすると王妃がこの事件にかかわっているのかもしれない。しかしそれは知りたくない。知られたくない。大公を追い詰めて下手なことを言われるのはまずい。


 仕方ないのでその下で動いていた侯爵クラスの貴族を処断して見せしめにしよう。


 所領没収・家名断絶・当主は死刑。


 これでラスター大公も怖気づいて今後はこのような企みは慎むであろう。大公に連なる侯爵どもに声をかけられていた伯爵クラスの小領主も多いようだが、まあこれはおいおい探せばよかろう。みつければ処断すれば良いし、みつからなければ有耶無耶にしてしまってもかまわない。弱小領主たちなどはどうでもよい。とにかく王国が乱れるのを避けたい。


 王の処罰は妥当なものであったとは言い難い。


 そもそも、情報が間違って伝わっていた。


「第一王子を暗殺して第二王子を王位につけようという企てが進んでいる」という報告を受けてそれを信じてしまったのだ。


 真実はかなり異なる。第一王子の暗殺など誰も企てていない。


 国王は高齢病弱で何年も前から「もう長くないのではないか?」と噂されていた。しかし、なかなかくたばらない。もう何年もずっとその状態が続いている。今後も当分ずっとこの状態が続くのかもしれない。王位継承などいつになるのかわからない。その目途も立たない。


 そんな中、王が息子たちのどちらに王位を継がせるか迷っているという情報がもたらされた。そこで機会があれば第二王子を王位につけたいと考えたラスター大公が密かに支持者集めをはじめた。ただそれだけの話なのだ。これを反逆罪とするのは無理がある。まだ未遂ですらない。王位継承が未定の状態で第二王子を支持すること自体は王への反逆にあたらない。処断された侯爵クラスの貴族たちは冤罪である。


「第一王子暗殺の企てあり」と国王に報告したのは王国宰相クロフォード公爵その人だ。第一王子の後ろ盾である。彼はラスター大公の企てを逆手に取って利用した。


・・・・・


 正妻の父親サザール侯爵の処刑。理由は王家への反逆罪。その報告を受けたハルウィ伯爵領の重臣たちに衝撃が走った。妻をむかえた当家も疑われているに違いない。何としてもこの疑いを晴らさなければならない。当主カールは何も知らない。まだサザール侯爵から何の話も聞かされていなかった。しかし知らなかったで済むものではない。反逆者の娘が正妻なのだ。どうやって事を収めるか。どうやって王家の疑念をかわすか。


 重臣たちは優秀だった。結果としてハルウィ伯爵家にお咎めはなく家名は存続、家臣たちの雇用は守られ領民に混乱も生じなかった。


 まずカールを当主の座から降ろして弟のジークを新当主にする。カールはまもなく亡くなり反逆者の娘マリーとその娘サラを領内から追放する。そしてこの旨をクロフォード公爵家に内々に伝え今後の忠誠を約束する。重臣たちはそういう絵を描いた。


 カールは重臣たちの要請にしたがい領主の座を弟に譲った。これまでも重臣たちの意見に従って無難に領地を治めてきたのだから今回もきっとこれが最良なのだろうと疑う事がなかった。譲位後は年金を支給するので領内で気ままに暮らせば良いと聞かされていた。


 ジークは重臣たちの要請に従い領主の座に就いた。カールはまもなく亡くなるので妃マリーとその娘を追放して縁を切るようにとも伝えられた。


 重臣たちの言う通りまもなく兄カールは亡くなった。死亡理由は聞かない。知らない事にしておいた方が良いだろう。しかし真実は知っておかなければならない。証拠を集めておかなければならない。重臣たちの弱みを握らなければならない。兄カールの身に起きたことは将来の自分に起こり得ることなのだから。


 ジークは考える。重臣たちは有能だ。おそらくハルウィ伯爵家は処断されずに生き残れるだろう。しかし、次に切り捨てられるのは自分かもしれない。苦労知らずのお人よしの兄。温厚で馬鹿な兄。信じていた重臣たちに利用されて切り捨てられた愚かな兄。自分は絶対にそうはならない。


・・・・・


 カールの葬儀の翌日、ジークと重臣たちがマリーの居宅にやってきて伝えた。


ジーク

「反逆者サザール侯爵の娘マリー。その方を領内から追放する。当座の生活費はくれてやるから娘ともども早々に領内を去れ。」


 ジークは冷たくそう伝えた。そして当座の生活費としてマリーに小切手が渡された。少なくない金額だ。それを見た重臣の一人が驚きジークをいさめた。そのようなものは必要ないと。しかしジークは相手にしない。


「貴様、家臣の分際でわきまえよ!」とジークが一喝する。そして冷たい目でマリーとその娘サラを一瞥してその場を去った。


 時にマリー19歳、娘サラ3歳。苦難の生活がはじまる。


 後に彼女は世界の全てを手に入れる。これはそんな物語である。


・・・・・


※このお話に登場する愛人という語について。側室や妾という語のほうが日本語として正しいかもしれません。しかしそれも多少ニュアンスが異なるため本書では愛人の語で統一します。


※このお話の舞台となる「西方王国」の制度について。


大公・公爵:

石高100万石以上の大領主


侯爵:

石高10万石以上の中規模領主


伯爵:

石高1万石以上の小規模領主


子爵:

知行1000石以上を給付される貴族


男爵:

知行500石以上を給付される貴族


騎士:

知行500石以下。貴族とはみなされない。


伯爵以上の貴族は領地を持ちます。諸侯とも呼ばれます。


領地の規模は収穫できる穀物の量で表記されます。


穀物1石で成人を1年間を養えるとされます。


領主は石高1万石につき兵100名を動員できます。


子爵以下は領地を持たず、領主から石高相当の給金をもらいます。


大公と公爵の違いは王族との血縁や歴史的経緯によります。所領の大きさとは無関係。


国王は王国内で最大の領主で直轄領を直接統治しています。


西方王国の総石高は約5000万石で、そのうち約1000万石が国王直轄領です。



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