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子爵家屋敷の門扉が開いた。数人が出てくる中、セナ・クロフォード……この家のご令嬢を俺は見つけた。
「王都までどれくらいかかりそうですか?」
セナは、俺の後ろに座る御者に聞く。
「晴れておりますので、だいたい40分ほどでしょう」
適当こきやがってと、俺は内心で毒づいた。
「ヴィート、今日もよろしくね」
彼女は俺の首筋を撫でてからキャビンに乗り込んでいく。
さて、ここで問題だ。
我がクロフォード子爵邸から王都まではだいたい70㎞離れています。その距離を40分で移動するには、馬車を引くお馬さんは時速何キロで走ったら良いでしょうか?
……。
……。
そうだね、時速105㎞だね!
ではもう一つ質問。
時速105㎞で馬車を引きつつ、70㎞の距離を走り続けられるお馬さんなんて存在するのかな?
……。
……。
そうだね、居たら化け物だね!
俺は御者に指示されるでもなく、自ら歩を速めていく。
街の外に出て、俺は徐々に駆け足になる。
ゴォッ!!
唸る、気圧が急変したかのような風音。
景色がはるか後方に飛んでいく。
目測だが、時速100㎞は既に超えている。
この速さを維持すれば本当に40分ちょっとで王都で辿り着けるだろう。
そんな速度で走るお前は何者なんだって?
どうも申し遅れました。馬です。
勿論ただの馬ではない。物語の進行を無理やり進めるために作られた、舞台装置の馬なのである。
◆
前世で木林森男という日本人だった俺は競馬で負けて全財産を失い、ショック死した。
そして、ぼんやり光のともった謎の空間に移動していたかと思うと、神を自称する男からこう言われた。
「君は死んだ。ある使命を持って別の世界に転生してもらう」
「その使命というのは?」
「まずは馬になってもらう」
「ふざけんな」
こうして俺は馬になった。
そして、神(自称)が俺に与えた使命こそ、クロフォード子爵家の令嬢、セナを死亡フラグから守ることだったのだ。
彼女はネット小説原作の乙女ゲーム『リーランド王国物語』の主人公。現在彼女は破滅ルートに向けて絶賛進行中なのである。
そこでセナ推しの神は、転生者である俺を使って彼女を救おうとしているらしい。
それなら人間に転生させてくれと思うのだが、どうやら様々な制約があって出来なかったようだ。
悪い話ではなかった。もし俺がセナを救えたら『競馬で全額失う前に戻してあげる。しかも報酬として500万円を持った状態で』というのだ。
俺は二つ返事でOKした。
どうしても、その500万円が喉から手が出るほど欲しかった。他でもない、唯一の肉親である姉を助けるためだった。
こうして俺は馬になった。(二回目)
◆
子爵邸を出て40分後、本当に馬車は王都へ到着していた。
徐行しながら左右を見回す。赤や青などカラフルな看板や暖簾を出した店が目立つ。
カレー屋、お好み焼き屋、ラーメン屋。
一応中世ヨーロッパ風の世界のはずだが、設定がガバガバなせいで日本の食い物屋が溢れる結果となっている。
ガバ過ぎて俺のような馬も必要になったわけだが……。
俺は御者の合図を受け、孤児院の前で止まった。
「ありがとう」
セナは俺と御者に微笑むと孤児院に消えていった。
彼女は本当に美人だ。俺は馬やってる最中なので人間に欲情することはないが、前世の美的感覚は持ち合わせている。
セナのつややかな銀髪に、透き通る南国の海のような瞳、そして天使の微笑みを見れば、誰だって彼女を好きになる。現に御者だって彼女の背中を見送りながら惚けている。
外見だけでなく内面も美しい。この孤児院だって、聖女として優秀な力を持つ彼女が治療を目的に訪れているのだ。
人間だけでなく馬にも優しい。毎日日が暮れる前になると馬房にやってきて「今日もありがとう」と言いながらブラッシング、掃除もしてくれる。
馬丁も最初は「私たちの役割ですから」と止めていたが、今はもう諦めているようだ。
本当に、善意の塊のような少女だ。
だからこそ、あのクソ野郎に目を付けられてしまったのかもしれないが……。
「次は何処に向かいましょう?」
御者が聞く。
「そうね、次はグレイル修道院に向かって。その次は祖父の家に。この前、お爺様からの手紙に『たまには顔を見せろ』と書いてあったわ。きっとおばあ様がお亡くなりになって寂しいのよ。それが終わったら、クッキーづくりのために良い牛乳が欲しいからノール北部高原の牧場に行きたいわ。あとついでだからランドルフの家に寄って行こうかしら」
●現在地点から修道院まで……3㎞
●孤児院からセナ祖父の家(隣領)まで……12㎞
●セナ祖父の家から北部高原の牧場(北の辺境)まで……56㎞
●牧場からランドルフ(辺境伯子息)の家まで……158㎞
この鬼畜野郎!!!!!
でも行くしかないんすよね! だって俺は舞台装置だから!
セナが修道院で用事を済ませた後、俺は一気に馬脚を露した。
王都を出た瞬間、ぐいーーーーんと、一気に加速してく。
はい、次はおじいちゃんの家だ!
ぐんぐんと山道を登り、下り、関所を通過した。
ん? 関所を素通りして大丈夫なのかって? 問題ない。あの一瞬でしっかり通行税を払っていたからな。
御者が。
そう、御者も、検問の兵士も舞台装置。
馬車が通過する一秒以下の時間の中で、
「関所を通りたい」
「では身分証を見せて、あと通行料を払って。2500円ね」
という会話がしゃしゃしゃしゃしゃ!!!! とされていた。
試しにハイスピードカメラを使って彼らの挙動を録画し、その後再生させるとしっかりやり取りが成立しているはずだ。
もはや宇宙最強の戦闘民族同士の戦いみたいな動きで、料金をぶん投げて、お釣りをぶん投げ返されていた。
そう考えると戦闘民族というより銭闘民族だな。
セナのおじいちゃん家に行った後は北部高原までひとっ走りだ。
こっちは「高原」と名がついてるだけあって標高2000mの高さにある。流石の俺にもきつくて時速90㎞くらいしか出せない。
到着はしたものの流石に疲れた。
セナが牛乳を買い求めている間に乳牛の居る所へ行って、牛乳をゴッキュゴッキュ直飲みしていると、
「何をしとるか、この泥棒馬ぁ!!」と牧場のおっさんに追いかけられたので急いで逃げた。
そして最後にランドルフ……セナの幼馴染の家へ向かう。
ではこの辺で、どうして馬の俺がモンスターマシン並の速さを手に入れたか説明しよう。
そもそもこの速さは転生するときにもらった能力……ではない。クロフォード子爵家の馬は元からこの速さで走っておったのじゃ。
理由は単純明快。物語を成立させるためだ。
前述した通り、このゲームは設定自体がガバである。それは時代考証に限らず、移動距離を全く考慮していないという点でも、そうなのだ。
神によると、このゲームでは一日5ターン行動が出来る。しかも、攻略対象となる男は国の端から端までドラ●ンボールのように散らばっている。ちなみに国土面積は北海道とほぼ変わらない。
それを一日でピンボールのように跳ね回るのだから、普通の馬だと物理的に不可能である。
その不可能を可能にするため、因果律か何かそれらしきものによって生み出されたのが、ヴィートという馬だった。
ちなみにおかしいのは俺だけはない。さっきの動きが機敏すぎてキモい御者もそうだし、道は高速道路並みに真っすぐ続き、馬が走るのに最適な硬さを全域にわたって保っている。
馬車は流線形で風の抵抗を最小限に抑え、中の人間を守るシートベルトやエアバッグも完備。四つの車輪にはそれぞれ、ごっついサスペンションもある。
それでも異世界人たちは全くこのことを不思議に思わないらしい。セナはめっちゃ俺を酷使しているようだが、全く悪気はないのだ。
それは俺も分かっているし、何なら体力は有り余っているので丁度良い運動くらいに思えている。
***
門前でセナを出迎えたランドルフは稲穂のような輝く金髪を持った、碧眼の美丈夫だった。彼もこのゲームの攻略対象だ。
「やあセナ、よく来たね」
ランドルフは微笑む。
「うん、ちょっと近くを通ったから」
近く(約158㎞)
幼馴染だけあって、二人の会話には淀みがない。しかし話の中で、互いに少しづつ距離を取っているのが分かる。それも無理からぬことだ。
この世界線でセナが進んでいるのは、ランドルフのルートではない。
彼女は実家であるクロフォード家の事情により、既に別の男と婚約してしまっているのだ。
その男こそ、俺がへし折るべき死亡フラグの根本原因、シモン・バレクだった。
俺は次にセナと、そのシモンが会う茶会のことを考えていた。
※ ※ ※
シモン・バレク侯爵令息はセナに執着するヤンデレであり、自分の持てる財産すべてを使って彼女を振り向かせようとするなど、情熱的なところもある。
攻略自体は最も簡単で人気キャラだったようだ。
しかしゲーム発売後しばらくして、この物語の原作者が投稿した小説に、シモンルートのその後が描かれていた。
そこには嫉妬心と猜疑心から、日常的にセナに暴力をふるうシモンの姿があった。しかも小説の最後には、浮気をされているという疑心暗鬼から、彼女を殺めてしまうのだ。
この世界において原作者は最も影響力が強い。そのため、このままいくと確実にセナは殺されてしまう。
しかし回避する方法もある。それがシモンとの茶会イベントだった。
ゲーム内で茶会は、シモンとの仲を深めるための定期イベントだが、超低確率でシモンの好感度が爆下がりするアクシデントが発生する。
セナの馬に近づいた彼が、突如噛まれたり、蹴られたりするのである。
これによって婚約が成立することは無くなり、シモンルートは消滅。セナが殺されることは無くなるのだ。
もうお分かりだろう。俺のやることはシモンを蹴ったり噛んだり、とにかく茶会をめちゃくちゃにすることだ。




