第60話 幼女、新入りを見る
デイドンのルーイン王国軍が壊滅した翌日。
山脈を越えたパロマの砦の攻防についての情報は未だババール砦へは届いていなかった。届けられる者がもういないのだから、それは当然のことではあったが、ベラたちがそれを知っているはずもなく、朝になった段階でババール砦を後にしていた。
それは、安全圏に留まったことで頭も冷えてきたジョン・モーディアスから回転歯剣の返還を求められそうな気配がしてきたということもあるし、デイドンの勝利の知らせが届いたときにベラたちがその場にいると空気が微妙になるだろうからという事情もあった。
そして、昼も過ぎた頃にベラたちはドロワ平野にある、かつて前線基地であった場所へと鉄機兵用輸送車を止めた。
そこには鉄機兵の残骸を回収しに来ている商人たちもいるようだったが、整地もされているため泊まるのには適している。そのため、本日はこの前線基地跡で夜を明かす予定となっていた。
また、まだ昼を過ぎてからそれほど経っていないという事もあり、ベラは新たに入った奴隷のデュナンと修理し終えた騎士型鉄機兵『ザッハナイン』の状態の確認も行うことにしたのである。
そして、デュナンはかつて見た悪夢と再度対峙することとなった。
『どうしたんだい、デュナン。あんたのガーメの喉袋は潰れちまってるのかい?』
デュナン・オルドソード。かつてはパロマ王国の貴族であった男で、つい先日までは傭兵団の団長も務めていた彼は、今まさに心の奥底から恐怖に震えていた。
『ハッ、ハァ……』
デュナンは息も荒くして、目の前の赤い鉄機兵と向かい合っている。
デュナンの乗っている鉄機兵『ザッハナイン』はベラによって一度完膚なきまでに破壊された。
それが今はモーディアス家の護衛騎士であった騎士型鉄機兵からパーツを流用したことで完全に復活していたのだ。さらには、モーディアス家の鉄機兵の性能の良さからスペックは以前よりも高くなっているはずだった。
また、今『ザッハナイン』が持っている武器クレイモアも、モルド鉱山街での戦闘の際で鹵獲した、相当に上質の剣であった。
しかし、今のデュナンは動けない。かつての記憶が蘇り、正面の赤い鉄機兵を直視できない。足が震えて前へと進むことができないのだ。
『んー、ちょいと調教が効き過ぎたかねえ』
そう言って『アイアンディーナ』の中にいるベラは苦笑する。以前にデュナンを相手にしたときには奴隷にする気も特にはなく、ひたすら人形を使って、手に入れた玩具で遊んでいたのだ。
ならばとベラは腰につけた回転歯剣をアタッチメントから取り外し、刃を広げて地面へと突き刺した。そしてベラはデュナンに向かって口を開いた。
『さあ、デュナン。これで怖いのはなくなったんだから、さっさと来るんだよ。でないとね……』
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「お、走り出したぜ」
硬直していた『ザッハナイン』がついに動いたのを見てボルドが声をあげる。ずっと固まっていた状態がようやく解けたのだ。ベラの言葉がよほど利いたらしいとボルドは苦笑した。
「愚直な特攻か。まあクレイモア使いならばソレも良しだろうな。しかし主様も酷なことを言う」
ボルドの横で共に見ているバルの瞳には若干の同情の色が宿っていた。
「『動かないなら使うぞ』だからな。そりゃあ、必死になるしかねーやな」
「『あれだけの目』にあったのだから苦手意識を持ってしまっても仕方がないだろうがな」
ボルドの言葉にバルは深く頷いた。何しろバルは一部始終を見ていたのだ。ベラが逃げまどうデュナンを罵りながら回転歯剣で少しずつ少しずつ鉄機兵を削り、その心に恐怖を刻み続けていたのを。
そして、胸部ハッチを破壊され、目の前で回転歯剣の回転を見せ続けられたデュナンは、捕らえられたときには発狂寸前だったのだ。だからベラは今回そのトラウマを利用し、回転歯剣を外して挑発したのだ。
「しっかし、ありゃあ」
「それも面白いと言えば面白いが」
ボルドとバルの前で金属同士の激突による火花が飛び散っている。斬りつけるデュナンの攻撃をベラのウォーハンマーが次々とさばいているのだ。その様子を見ながらバルが目を細める。
「さすがに主様も新しい腕には戸惑っているようだな。さばき方に遊びがない」
バルの言葉にはボルドも頷いた。
元異形鉄機兵のモノだった『アイアンディーナ』の今の右腕は、出力こそ高いがベラが強者たる理由の一つである繊細な鉄機兵操作の精彩を損なわせているようにバルには感じられていた。左腕の操作でフォローすることでどうにか以前と同レベルに近い形には保てていけているようだが、やはり余裕がないようにバルには見えていた。
「あちゃー、ありゃ、後が思いやられるぜ」
もっとボルドにとっての問題はデュナンの乗っている『ザッハナイン』の方にあった。まるで狂戦士の如く猛り攻める様はダイナミックで見た目には良いのだろうが、鉄機兵の関節部を激しく損耗させていることは間違いなかった。
後ほどの調整を考えるとボルドの頭はたいそう痛んだのだ。
「お、勝った」
「まあ、主様だからな」
そして、ふたりの見ている前でデュナンのクレイモアが宙を舞って地面へと突き刺さり、倒れ込んだ『ザッハナイン』の胸部ハッチにはウォーハンマーのピックがコンッとぶつかっていた。
一瞬にして懐に飛び込んでの足払いとウォーハンマーを短く持っての接近対応。その、あまりにも見事な『アイアンディーナ』の攻撃には倒されたデュナンも声が出ないようだった。
もっとも、今回の模擬試合は性能チェックが目的であって、デュナンが勝利しなければならないというものでもない。ベラとしては、デュナンの性能が把握できたのだから悪いものではなかった。
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「はー、こりゃシンドいね」
「すみません」
『アイアンディーナ』から降りてきたベラに、横につけた鉄機兵『ザッハナイン』から降りてきたデュナンが頭を下げる。ベラはそれを見ながら「あんたのことじゃあないよ」と言って、鉄機兵用輸送車の横に設置させていた椅子にドカッと座ったのだ。そして、ベラは己の鉄機兵『アイアンディーナ』を見た。その視線は主に右手に向けられていた。
(竜腕の制御がやはり難しいね。竜尾の方も身体を支える程度にしか使えちゃいない。まったく課題が多いったりゃありゃしない)
ベラにとって今、目の前にある課題内容はソレであった。
バルの推測通りにベラは竜腕と呼ぶことにした右腕の制御についてかなり苦慮していた。固めに調整したグリップでも十分な制御力をキープできたとは言えなかった。また臀部から伸びている竜尾は両足と共に鉄機兵の巨体を支えるのには役立ってはいた。
それにより思った以上の安定感を得ることには成功し竜尾の実用性は確認できたが、それらを自在に使いこなすにはまだまだ慣れが必要だった。
「ベラ団長、ただいま戻りました」
そして、ムスッとした顔で考え込んでいるベラと周囲にいる奴隷たちの元へと従者のパラと、それに付き従っているジャダンにヴォルフ、さらにはヴォルフの狼がやってくる。
その狼は並の狼よりも二周り大きい、ローアダンウルフという魔獣である。巨獣ではないが精霊機クラスであるならば十分に対応も可能であり、巨獣の憑依操作の際の護衛として育てているとのことだった。
「ああ、どうだったんだい。何か変わったことでもあったかい?」
ベラはそう言いながら、バッグの中から水筒をとりだして一気に飲み込むと、それから視線をパラに向ける。その様子を見てからパラは口を開いた。
「はい。商人たちからの話ではモルソンの街は以前と変わりない様子とのこと。また、ベラドンナ傭兵団対象分の鉄機兵の残骸の回収はすでに完了し、ここにいる商人たちも現在回収している分を回収し終えたら撤退するそうです」
「なるほどね。そんじゃあ、コーザにも久々に顔を見せることにするかね」
そう言ってベラは笑う。コーザとの再会が嬉しい……というわけでは当然ない。鉄機兵の残骸は相当数に及び、その換金額も相当なモノになっているはずだった。デイドンからの報酬も街で支払われるため、ベラは今から楽しみで仕方がないようだった。
次回更新は7月28日(月)0:00予定。
次回予告:『第61話 幼女、美しく咲き誇る(仮)』
ベラちゃんも女の子です。
そろそろ、少し背伸びをしておめかしをしたい年頃なのかもしれません。




